発表・掲載日:2017/02/15

ナノ炭素材料の安全性試験総合手順書を公表

-自主安全管理を支援し、CNT、グラフェンの普及拡大に貢献-


 NEDOプロジェクトにおいて、技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)と産業技術総合研究所は、カーボンナノチューブ(CNT)などのナノ炭素材料を取り扱う事業者や試験機関の自主安全管理を支援するために「ナノ炭素材料の安全性試験総合手順書」を完成し、本日公表しました。

 この手順書には、CNTやグラフェンなどのナノ炭素材料について、簡易・迅速な培養細胞試験とそれを補完する動物実験の評価手法と実施例をまとめました。これにより、製造・加工現場の自主安全管理を支援することで、ナノ炭素材料の普及拡大に貢献します。

 本書は、NANO SAFETYと産業技術総合研究所のWEBページからダウンロードできます。

「ナノ炭素材料の安全性試験総合手順書」の表紙
図1 「ナノ炭素材料の安全性試験総合手順書」の表紙


1.概要

 ナノ炭素材料は、従来の材料とは異なる新たな物理的・化学的性質を持つ革新的素材として注目されています。

 しかし、ナノ炭素材料はサイズが極めて小さいことや形状が特殊であることから、これまでの化学物質にはない特有の生体影響が引き起こされる可能性への懸念もあるのが現状です。技術革新のスピードが速く、安全性※1に関する知見も構築途上の状況では、事業者は予防的な考えに基づき、自主的な安全管理に取り組むことが重要です。しかし、事業者が自主的にナノ炭素材料の安全性を確認することは容易ではありません。まず、生体影響に関する安全性評価には動物試験が一般的ですが、多大な費用と時間が必要となるため個々のナノ炭素材料すべてについて実施することは困難です。また、動物試験に関する3R原則(代替、削減、苦痛の軽減)に基づき、世界的にもできるだけ動物試験に依存しない安全性評価が求められています。

 そこでNEDOプロジェクト※2において、技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)と産業技術総合研究所(産総研)は、カーボンナノチューブ(CNT)などのナノ炭素材料を取り扱う事業者や試験機関の自主安全管理を支援するために、より簡易で迅速な安全性評価方法を開発してきました。その一つが、培養細胞試験※3です。培養細胞試験を行うために、ナノ炭素材料を培養液中に安定に分散させる試料調製技術と計測技術、適切な評価項目の選定などの課題に取り組み、まずはCNTを対象として2013年に「安全性試験手順書」(日本語版、英語版)を公表しました(https://www.aist-riss.jp/assessment/717/)。

 今回、上記の手順書に対して、対象物質を広げ(多層CNT、剥離グラフェン、半導体型および金属型分離単層CNTなど)、簡易で迅速な培養細胞試験と、さらにこれを補完する動物実験の評価手法と実施例を加え、大きく発展させた「ナノ炭素材料の安全性試験総合手順書」を完成させ、本日公表しました。これにより、製造・加工現場の自主安全管理を支援することで、ナノ炭素材料の普及拡大に貢献します。

 なお、ここでの安全性評価とは、ナノ炭素材料製造に関わる労働者の安全衛生管理を想定とする吸入経路を対象にしたもので、経口や経皮を対象にしたものではありません。また、本書に準拠して得られた試験結果は、急性炎症を中心とした呼吸器への影響や、遺伝毒性を評価するものであり、安全性すべてについて保証するものではありません。

2.「ナノ炭素材料の安全性試験総合手順書」の特徴

 培養細胞試験においては、ナノ炭素材料を細胞培地※4に混合する必要がありますが、ナノ炭素材料は、培地中に凝集・凝塊を作り、細胞に直接沈降する性質を持つため、これを防ぎ分散させる技術が必須となります。しかし、界面活性作用※5を持つ分散剤は、それ自身が細胞毒性※6を持つ場合も多くあります。そこで、これまで、細胞毒性のないウシ血清アルブミン(BSA)※7を分散剤として使用し、超音波照射によって単層CNTを安定に分散させる簡易な調製方法を開発しました。

 今回、調製方法の対象物質を単層CNTだけでなく、多層CNT、半導体型および金属型分離単層CNTに広げました。図2(A)に半導体型分離単層CNTが調製液中に安定的に分散されている様子を示します。また、図2(B)にこの調製液を24時間暴露させたラットマクロファージ細胞株(NR8383)※8が半導体型分離単層CNTを貪食※9する様子を示します。これの結果から、本調製方法が広範なナノ炭素材料に適用できることを実証でき、さらに吸入暴露影響を想定とした簡易で迅速な培養細胞試験を実施できることを明らかにしました。

半導体型分離単層CNTの調製液、および24時間暴露したラットマクロファージ細胞の図
図2 半導体型分離単層CNTの調製液(A)、および24時間暴露したラットマクロファージ細胞(B)

 また、培養細胞試験を補完する動物試験として半導体型および金属型分離単層CNTを対象材料としたラット気管内投与試験や、剥離グラフェンを対象材料としたAmes試験やマウス赤血球小核試験といった遺伝毒性試験の手順を実施例とともに収載しました。図3に試験の概要を示します。多様なナノ炭素材料に対して、簡易で汎用性がある調製方法と適切な特性評価を用いて、培養細胞試験や動物試験による安全性評価ができることは、新たに開発される材料にも応用できるため、事業者の自主的な安全管理支援に貢献することが期待されます。

ナノ炭素材料の試料調製と特性評価、培養細胞試験および動物試験の概要の図
図3 ナノ炭素材料の試料調製と特性評価、培養細胞試験および動物試験の概要

3.手順書の構成

 本書は、下記の章から構成されています。

Ⅰ はじめに
Ⅱ 汚染・暴露防止対策
Ⅲ ナノ炭素材料の分散液試料の調製
Ⅳ ナノ炭素材料の分散液試料の特性評価
Ⅴ 動物組織中のナノ炭素材料の分析
Ⅵ ナノ炭素材料の分散液試料を用いた培養細胞試験
Ⅶ ナノ炭素材料の分散液試料を用いた動物試験

4.公開情報

【1】ダウンロード
本書は、NANO SAFETY WEBサイトおよび産総研安全科学研究部門WEBサイトより、無償でダウンロード可能です。

【2】nano tech 2017 第16回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議
NEDOブースで本書を展示、説明します。
日時:2017年2月15日(水)~17日(金) 場所:東京ビッグサイト
公式サイト(http://www.nanotechexpo.jp/main/index.html

【3】総説
 CNTやナノ炭素材料の自主安全管理や本書の内容を分かりやすく説明するために、TASC/産総研は、公益社団法人日本保安用品協会の機関誌「セイフティダイジェスト」に、「カーボンナノチューブの有害性評価支援」と題する有害性評価の総説を掲載しました(http://www.nanosafety.jp/2017/01/05/seika/)。


用語解説

※1 安全性
ISOやJISでは「安全」とは「危害の容認できないリスクがないこと」、「リスク」とは「危害の発生確率及びその危害の程度の組合せ」と定義されています(JIS Z 8051:2004 (ISO/IEC Guide 51:1999))。化学物質のリスク評価は、暴露評価による「危害の発生確率」と、有害性評価による「危害の程度」を組み合わせて検討することが一般的です。[参照元へ戻る]
※2 NEDOプロジェクト
「低炭素社会を実現するナノ炭素材料実用化プロジェクト」(2010~2016年度)では、これまでCNTを取り扱う事業者などが安全性試験や作業環境計測を行う際の参考として、自主安全管理のための技術開発を進めました(「カーボンナノチューブの安全性試験のための試料調製と計測、および細胞を用いたインビトロ試験の手順(安全性試験手順書)」、「カーボンナノチューブの作業環境計測の手引き」)。http://www.nanosafety.jp/tasc/documents/
なお、「ナノ粒子特性評価手法の研究開発」(2006~2010年度)では、CNTやフラーレンなどのリスクを評価するために、試験試料の調製方法、粒子の形状や大きさに関する測定技術、有害性試験手法、暴露評価手法などの確立に取り組みました(「ナノ材料リスク評価書」、「ナノ材料有害性試験のための試料調製方法と計測方法(手順書)」、「ナノ材料の有害性試験方法」、「ナノ材料の排出・暴露評価書」)。https://www.aist-riss.jp/assessment/11911/
これらの成果の一部は国際標準化され、現在のプロジェクトにも活用されています。ISO/TS 1933 Characteristics of working suspensions of nano-objects for in vitro assays to evaluate inherent nano-object toxicity(ナノ物体固有の毒性を評価するインビトロ試験のためのナノ物体の作業懸濁液の特性)2016年3月15日付で発行。http://www.nanosafety.jp/international-organization/iso/isots193372/ [参照元へ戻る]
※3 培養細胞試験
試験管内、シャーレ中などの人工的に構成した条件下、すなわち各種の試験条件を人為的にコントロールした試験環境での試験。[参照元へ戻る]
※4 細胞培地
細胞などの培養に必要な栄養成分を含む培養対象の生育環境の場のこと。[参照元へ戻る]
※5 界面活性作用
水になじみやすい部分と油になじみやすい部分の両方を持つ物質(界面活性剤)を媒介にして、水と混ざりにくい物質(ここではCNT)を水に均一に混合させる働きのこと。[参照元へ戻る]
※6 細胞毒性
細胞に対して死、もしくは機能や増殖への影響を与える作用・性質のこと。[参照元へ戻る]
※7 ウシ血清アルブミン(BSA:Bovine serum albumin)
牛の血清から精製したタンパク質。界面活性剤の代替としてCNTの水中への分散を図るために使用します。[参照元へ戻る]
※8 ラットマクロファージ細胞株(NR8383)
肺洗浄から得られた正常ラット肺胞マクロファージ。非特異的に異物を速やかに貪食し、酵素により分解する働きを持ちます。その際、好中球などの白血球を呼び寄せることや、刺激するために情報伝達物質であるサイトカインの分泌をします。[参照元へ戻る]
※9 貪食
マクロファージや好中球などが、外部から侵入した細菌や死んだ細胞、塵などの異物を取り込むこと。生体防御の役割を果たします。これまでの研究において、ラットマクロファージ細胞株(NR8383)は、単層CNTを貪食することを明らかにしています。半導体型および金属型分離単層CNTや多層CNTなどにおいても、貪食が認められたことから、分散剤であるBSAは生体に影響を及ぼさず、適切に分散調製ができたと考えられます。[参照元へ戻る]



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