発表・掲載日:2017/02/08

モバイル遺伝子検査機の開発に成功

-現場に持ち込み、細菌やウイルスを約10分で検出-

ポイント

  • 遺伝子検査機(リアルタイムPCR装置)の超小型化・軽量化に成功した。
  • 遺伝子検査の所要時間を従来の約1時間から約10分へ短縮できた。
  • バッテリー駆動で場所を問わず遺伝子検査が可能。


  JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、日本板硝子株式会社(日本板硝子)、産業技術総合研究所(産総研)、および株式会社ゴーフォトンの共同開発チームは、「モバイル遺伝子検査機」(小型・軽量リアルタイムPCR装置注1))の開発に成功しました。

  従来の細菌やウイルスなどの遺伝子検査は高精度で有用な一方、装置は大きく高価で検査にかかる時間も長いため、専門施設でしか利用できませんでした。感染の拡大を抑えるには早急に有効な対策が必要ですが、そのためには現場で原因となる細菌やウイルスなどを迅速に特定できる遺伝子検査機が求められていました。

  開発チームは、小さなプラスチック基板で目的の細菌やウイルスの遺伝子を高速に増やす産総研の技術と、その遺伝子の量を高感度で測定できる日本板硝子独自の小型蛍光検出技術を組み合わせることで、高精度のまま小型化と検査時間の短縮を実現しました。

  開発したモバイル遺伝子検査機は、従来の装置に比べ片手で持ち運べるほど小型・軽量(約200mm×100mm×50mm、重量約500g)で、従来は約1時間かかっていた検査時間注2)を、約10分に短縮しました。また、小型化により低コスト化を実現し、バッテリー駆動も可能にしました。

  この成果によって、これまで専門施設内に限られていた高精度の遺伝子検査が場所を問わず実施可能となります。インフルエンザやノロなどのウイルスや細菌を現場で素早く特定できるため、医療現場だけでなく工場などの食品衛生、環境汚染調査のほか空港や港湾で感染症予防の水際対策での使用など、幅広い分野での活用が期待されます。このモバイル遺伝子検査機は、日本板硝子より年内発売を目標に開発を進めています。



開発の背景

 近年、細菌やウイルスによる集団感染や食中毒が問題となっています。このような場合に必要なのが、原因となる細菌やウイルスの特定作業ですが、現在これらを高精度に測定する手段は遺伝子検査に限られています。しかし、これまでのPCR装置は、大型で消費電力が大きく、価格も高いことから専門施設内での利用に限られていました。そのため、現場からサンプルを送付する必要があり、さらに測定に約1時間かかることも普及の足かせとなっています。

開発の内容

 産総研は、遺伝子検査方法の中で最も普及しているPCR法に着目し、薄くて小さなプラスチック基板にマイクロ流路注3)を作製し、そこに試料を注入して高温・低温の領域間で試料を高速に移動させることにより遺伝子を増幅させ、蛍光で検出する原理を開発しました。

 一方で、日本板硝子は光通信などに使用されるSELFOC®マイクロレンズ注4)の技術を利用した小型蛍光検出器を開発しました。これは暗箱を必要とせず高感度で蛍光を測定できる検出器で、振動に強い特長を持つためモバイル遺伝子検査機のキーデバイスとなります。さらに、マイクロ流路内の試料を精度よく安定して移動させる方法を開発し、小型・軽量・高速のモバイル遺伝子検査機の試作機を完成させました。モバイル・高速という特長を持ちながら精度は従来の大型・高価格なPCR装置とほぼ同等で、価格は大幅に低減することができました。

具体的な特長は以下の通りです。
・小型:手のひらサイズ(約200mm×100mm×50mm)
・軽量:約500g
・高速:約10分(産総研開発の大腸菌用高速PCR試薬を用いた時の例)
・感度:20copies/μL以下(同上)
・測定項目数:最大3項目
・その他:逆転写可能(ウイルスなどのRNA量も測定可能)
バッテリー駆動可能
振動に強い
最高使用高度2000m
簡単操作

 さらに、産総研で高速に反応するPCR試薬を作製し、これを用いて試作機でPCR増幅テストを実施しました。性能は以下の通りで、モバイル・高速でも従来のPCR装置とほぼ等しいことが確認できました。
 ・大腸菌用試薬を用い、約10分で20copies/μL(感度は大型装置と同等)を検出
 ・ノロウイルス用試薬を用い、約12分で20copies/μL(同上)を検出
 ・インフルエンザ用試薬を用い、約12分で50pfu/mL注5)(同上)を検出

今後の展開

 これまで専門施設に1日かけて送付し確定診断を待っていた遺伝子検査が、今回開発したモバイル遺伝子検査機により、適切な前処理と高速試薬の組み合わせで、専門施設外で迅速に行えます。そのため、食品衛生、感染症予防、環境汚染調査など幅広い分野での活用が期待され、例えば鳥インフルエンザの感染有無を現場の獣医師が本機を利用して判断できれば、ウイルスの拡散を素早く防げる可能性があります。また、食品工場や学校などの公共施設でも、初期段階でノロウイルスやO157のなどの感染を特定できれば、迅速な対応が期待できます。

 さらに、バッテリー駆動が可能で、ある程度の振動にも耐えられるため、移動中の救急車や航空機の中での使用に対応できれば、遺伝子検査機としての利用範囲の拡大が期待されます。

 今後の課題として、この装置の特長を最大限に生かすため、検査対象ごとに最適化された高速PCR試薬や前処理技術が必要であり、準備を進めています。

 このモバイル遺伝子検査機の試作機は、研究機関、大学向けには試験的に供給し実地検証を開始していますが、発売は日本板硝子より年内を目標に開発を進めています。


今回開発したPCR装置の温度制御法の図
従来のPCR装置の温度制御法
1つのヒーターで加熱・冷却を繰り返すため
加熱・冷却に時間がかかる。
開発したPCR装置の温度制御法
高温・低温間で試料を往復させるため
加熱・冷却が速い。
図1 今回開発したPCR装置の温度制御法

SELFOC®マイクロレンズを使用した小型蛍光検出器の図
図2 SELFOC®マイクロレンズを使用した小型蛍光検出器

モバイル遺伝子検査機(試作機)の写真
図3 モバイル遺伝子検査機(試作機)の写真
手のひらサイズ、高さ200mm×幅100mm×厚み50mm、重量約500g。

大腸菌での測定例の図
図4 大腸菌での測定例
日本板硝子開発装置での測定データ(測定時間9分)
合成DNAを使用し濃度(単位copies/μL)を変化させた場合。
濃度が下がれば立ち上がりサイクルが長くなることが分かる。

ノロウイルス試薬の市販PCR装置での測定データの図
市販PCR装置での測定データ(測定時間85分)
合成RNAを使用し濃度を変化させた場合。
  ノロウイルス試薬の日本板硝子開発装置での測定データの図
日本板硝子開発装置での測定データ(測定時間13.5分)
合成RNAを使用し濃度を変化させた場合。
同濃度ではほぼ同サイクルで立ち上がっていることが分かる。
図5 ノロウイルス試薬での測定例


用語説明等

注1) リアルタイムPCR装置
ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)による標的DNAの増幅を経時的(リアルタイム)に測定し、その結果からDNAの定量を行う装置。試料を、高温・低温の2温度(もしくは3温度)域を往復させることでDNAの特定の部分が、1サイクルごとに同部が2倍、4倍、・・と指数関数的に増幅する。(例えば、理論上40サイクルで約1012倍に増幅)
微量のDNAからでも増幅でき、遺伝子工学研究では必要不可欠な技術となっている。[参照元へ戻る]
注2) 検査時間
高速試薬との組み合わせで使用した場合の、検査機の測定時間。前処理などは含まない。[参照元へ戻る]
注3) マイクロ流路
プラスチックもしくはガラスに数十から数百μm程度の溝(流路)を作り、その中に試薬などの流体を流して反応をさせる板状の反応容器。[参照元へ戻る]
注4) SELFOC®マイクロレンズ
日本板硝子の登録商標。円筒状のガラスに屈折率の分布を付け、端面を平らに削るだけでレンズになる特徴を持つ。[参照元へ戻る]
注5) pfu/mL
活性を持つウイルスの濃度を表す単位。1mL中に含まれる細胞に感染可能なウイルス量として算出される。[参照元へ戻る]



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