発表・掲載日:2016/05/09

どの方向からも画像が自分に向いているように見えるディスプレイを開発

-標識・広告・テレビなどでの活用により情報にアクセスしやすい環境の実現を目指して-

ポイント

  • 独自の表示技術を用いどの方向から見ても自分に向いているように表示できるディスプレイを開発
  • 異なる角度から見ても、移動しながらでも全ての利用者に正面向きに表示
  • 広告宣伝効果の向上や、公共スペース、交通機関や大型施設などの情報環境の改善に貢献


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)人間情報研究部門【研究部門長 持丸 正明】感覚知覚情報デザイン研究グループ 大山 潤爾 研究員は、360度どの方向から見ても画像が正面を向いているように見える表示技術を用いたディスプレイのプロトタイプを開発した。

 これまでの表示コンテンツの見やすさの改善の研究では、表示面を正面から見た条件での見やすさは改善できるが、表示面の正面方向から見た場合以外の見やすさは改善できなかった。そこで特殊なレンズ構造を使った独自の表示技術(特許出願中)を開発し、どの方向からみても表示面が自分の方向を向いているように見える静止画のディスプレイのプロトタイプを製作した。

 このディスプレイは、複数の利用者が同時に異なる角度から見ても、歩きながら見た場合でも、常に正面が表示されるため、これまでの一般的な表示では必ずあった見にくい角度や死角がなく、全ての利用者が最も見やすい正面向きの表示で内容を確認できる。また、表示装置のサイズには制限がほとんどないため、大規模イベント会場や駅・病院などの公共施設の案内や標識、文房具や玩具まで数多くのシーンでの活用が期待される。開発した技術は、公共スペースや交通機関、大型施設など、生活環境のあらゆる場所で、高齢者や障がい者を含むより多くの人々が情報にアクセスしやすい環境を実現するとともに、既存の情報環境の改善へ貢献することが期待される。

ディスプレイの試作模型(a,bは別角度から撮影)と利用例(cのイラストの矢印箇所)の図
ディスプレイの試作模型(a,bは別角度から撮影)と利用例(cのイラストの矢印箇所)

 
 
 


開発の社会的背景

 高度情報化が進む一方で、高齢化や国際化が進む社会において、情報を効果的に表示するユニバーサルデザインアクセシブルデザインは、緊急性の高い課題として注目を集めている。しかし、これまでのアクセシビリティーの改善は、表示を正面から見ることを前提としたコンテンツのデザインの改善であり、限定された位置からしか見やすい表示にならない、という課題を残してきた。また、これまでのディスプレイは、一つの平面や平面を単純に曲げた曲面、あるいはそれらを複数組み合わせた表示方法で、見やすい正面向きの表示が見える方向は限られており、どの方向からでも見やすい表示は不可能と考えられてきた。

研究の経緯

 産総研は、人間工学や認知心理学における感覚知覚認知特性の研究を進めており、これまでに高齢者や障がい者などを対象に感覚特性を測定してデータベースを公開するなど(2013年8月19日 産総研プレス発表)、客観的根拠に基づく設計による製品や空間のアクセシビリティー改善に貢献してきた。これらの技術は、公的施設や商品デザインに利用され、さらには、JISやISOなどの国内外の標準規格にも応用されてきた。これまで表示コンテンツの見やすさの評価や改善の研究を行ってきたが、表示面を正面から見た場合の見やすさは改善できるものの、表示の正面ではなく見にくい方向からの見やすさは改善できなかった。こうした課題を解決するため、どの方向からでも、正面向きの見やすい角度で表示を見ることのできる技術の開発に取り組んできた。

研究の内容

 今回、特殊なレンズによる独自の表示技術を開発(特許出願中)し、どの方向からも表示の正面が利用者を向いているように見えるディスプレイのプロトタイプを製作した。このディスプレイを用いると、これまでの技術で改善できなかった、表示角度による見にくさや死角の問題を解決できる(図1)。

従来の掲示方法(上)と、開発したディスプレイを利用した場合(下)の異なる方向から見た表示の見え方の違いの図
図1 従来の掲示方法(上)と、開発したディスプレイを利用した場合(下)の異なる方向から見た表示の見え方の違い

 図1のように、通常の表示方法で円形の柱の表面に情報を掲示した場合、情報の表示面に垂直な方向からだけ最も見やすい状態で表示を見ることができるが、方向が変わるにつれて見にくくなり、90度ずれた方向からは表示が見えない(図1上)。一方、今回開発した技術を適用すると、あたかも柱の内部の平面(図1下の点線の見かけの表面)に見ている方向を正面とした表示面があるように見える(図1下)。そのため、柱の周囲の、どの方向からも、見ている方向が正面になり、常に最も見やすい条件で表示を見ることができる。また、何人もの利用者が同時に別の方向から見ても、全ての利用者が自分の方向を向いた最適な条件で表示を見ることができる(図2)。さらに、本技術の表示装置には動力を利用していないが、利用者やディスプレイが移動しても、あたかも利用者に合わせて表示面の向きが変わるかのように、常に正面向きの表示を見せることができる。

開発した技術を用いた場合の視覚効果の図
図2 開発した技術を用いた場合の視覚効果
赤の利用者には赤い面が、青の利用者には青い面があたかも図の柱の中に設置されているかのような効果を実現できる。

 また、今回開発した技術ではディスプレイのサイズがほとんど制限されないため、今回試作した手のひらサイズ(高さ約8 cm、直径約8 mm)の小さなものから、高層ビルの壁面まで、あらゆるサイズに適用できる可能性がある。

 この技術を適用した表示には、大きく三つの有用な効果がある。一つ目は、空港、駅、病院などの公共交通機関や公共施設に適用することで、安全で安心な情報環境を整備できる可能性がある。公共空間で多くの人が必要な情報を探すために、立ち止まったり、歩き回ったりすることは、混雑や事故の原因や、高齢者や障がい者への負担となる。今回のディスプレイを用いれば、どの方向にいても必要な情報が見られるため、人の移動がスムーズになり、安全安心な情報環境を提供できる。

 二つ目は、広告宣伝での伝達効果の向上が期待できる。同時に多数の利用者が異なる方向から見ていても、全ての利用者が、最も見やすい条件で表示を見ることができるため、決められた表示スペースで、理論上最大限の表示効果が得られる。また、利用者の移動に追随して表示が回転するような視覚効果が得られるため、その利用者に個別に訴えている状況と同等の特別感を演出できる。例えば、ファミリーレストランやパチンコ店の店舗脇には、どの方向からでも見やすいように、電動で回転する看板などが設置されているが、今回開発した技術では、動力がなくてもどの瞬間でも全ての方向から正面向きの看板に見える。

 三つ目の効果は、多数の利用者が同時に見ることによる共感や一体感の向上である。これまでの技術では表示ディスプレイの向きと利用者との位置によっては表示が見えにくいなどの問題が生じたが、開発したディスプレイであれば、全ての利用者が、見やすい向きの表示を見ることができるため、ディスプレイを見る方向による不平等感がない。たとえば、本技術を大型施設でのパブリックビューイングに適用すると、360度どの方向の席からでも見にくいことがなく観客はより一体感を楽しめる。

今後の予定

 今後は、大都市における情報環境の整備や公共施設での静止画ディスプレイなどを対象に二年以内の実用化を目指すとともに、国や自治体、民間企業と連携して技術移転を進める。また、動画用のディスプレイも、すでに特許出願中の技術で実現できるため、試作を進めており、2020年には公共スペースやイベント、展示会、商業施設などでの業務用としての実用化を目指し、2030年までには民生用として家庭でも楽しめるように実用化を図る。



用語の説明

◆ユニバーサルデザイン(Universal Design、UD)
一般的には、障がい者・高齢者・健常者などの区別なしに、文化・言語・国籍・性別の違いにかかわらず、すべての人が使いやすいように製品・建物・環境などをデザインすること。広義ではアクセシブルデザインと同様の意味を指す。[参照元へ戻る]
◆アクセシブルデザイン(Accessible Design、AD)
高齢者や障がい者を含む、より多くの人々が使いやすいように製品・サービス・環境などを設計する手法。従来の特定のユーザーだけがアクセスできる(気がつける、読み取れる、聞き取れる、理解できる、利用できる、参加できる、等)デザインから、文化・言語・国籍の違い、老若男女といった差異、障がい・能力の如何を問わず、より広く人々のニーズに応えられるように拡張し、ユーザーを最大限に拡大できる製品や環境やサービスの設計(デザイン)を指す。[参照元へ戻る]
◆アクセシビリティー
アクセスしやすいこと。デザインにおいては、情報やモノやサービスへのアクセス(気がつける、読み取れる、聞き取れる、理解できる、利用できる、参加できる、等)を容易にする設計や、それを支援する設計を指す。[参照元へ戻る]
 


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