発表・掲載日:2016/01/25

世界最高水準の耐環境特性ゴム材料を開発

-単層CNT添加で耐環境特性を改善、材料の適用範囲を飛躍的に拡大-


 NEDOプロジェクトにおいて、単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)と産業技術総合研究所は、ゴム材料に単層カーボンナノチューブ(CNT)を加えることで、世界最高水準の耐熱性、耐熱水性、耐酸・耐アルカリ性などの耐環境特性を持つゴム材料を開発しました。

 今後、石油掘削装置などのシーリング、自動車などの金属ガスケット代替、化学プラントの高温部シールへの適用や、燃料輸送への適用など、ゴム材料の適用範囲の飛躍的な拡大が期待されます。

開発したCNTを添加したゴム材料と他材料とのヤング率(柔らかさの指標)、連続使用限界温度の比較の図
開発したCNTを添加したゴム材料と他材料とのヤング率(柔らかさの指標)、連続使用限界温度の比較


1.概要

 フッ素ゴムやポリウレタンなどのエラストマー材料は、ゴム弾性という特徴を有し、ガスや液体のバリア性に優れ、様々な形状への成形が容易であることから、シーリング材料として特に優れた材料です。しかし、熱、熱水、酸・アルカリなどの環境下では劣化するため、これらの環境下における使用には制限がありました。

 今般、NEDOプロジェクトにおいて、技術研究組合単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)と産業技術総合研究所(産総研)は、ゴムなどのエラストマー材料中に単層カーボンナノチューブ(CNT)を添加することで、世界最高水準の耐熱性、耐熱水性、耐酸・耐アルカリ性などの耐環境特性を持つ新たな複合材料を開発しました(左下図)。

 これにより、耐熱性・耐熱水性が求められる石油掘削装置などのシーリング、自動車などの金属ガスケットの代替、化学プラントの高温部シールへの適用や、燃料輸送への適用など、ゴムなどのエラストマー材料の適用範囲が飛躍的に拡大することが期待されます。

 なお、本成果は、2016年1月27日(水)~29日(金)の間、東京ビッグサイトで開催される「nano tech 2016 第15回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」のNEDOブースにおいて展示します。

2.今回の成果

 産総研が開発したスーパーグロース法で得られる単層CNT(SGCNT)とエラストマー材料の複合化研究において、高度なネットワーク構造を保ちながらSGCNTをエラストマー材料中に超高分散させる技術を開発しました。これにより、エラストマー材料の耐熱性、耐熱水性、耐酸・耐アルカリ性などの耐環境特性が大きく向上しました。

 【鍵技術:エラストマー材料へのSGCNT高分散化】

 力学的強度や電気・熱伝導性などSGCNTの持つ優れた物理・化学的補強効果を最大限に生かすためには、SGCNTをできるだけ均一に、かつ孤立分散に近い状態でエラストマー材料などのマトリックスに分散させる必要があります。しかし、繊維状のSGCNTはカーボンブラックなど粒状である既存のフィラー(充填材)に用いられる方法では分散させることはできないため、全く新しい複合化技術を開発する必要がありました。

 今回、SGCNTを種々の工程により分散し、フッ素ゴムと有機溶媒中で混合、最後に有機溶媒を除去することによりSGCNT/ゴムマスターバッチを作製しました。長いポリマー分子同士の連結(架橋)が必要なゴムに関しては、二本ロールでこのSGCNT/ゴムマスターバッチを混練りしながら架橋開始剤、架橋剤などを加え複合材料を作製しました。実際に作製したフッ素ゴム中に1wt%添加されたCNTの構造は、ち密なネットワーク構造を有していることが確認できます(右下図)。SGCNT間の距離は大よそ50nm~10μmであり、SGCNTがゴム中で偏在することなく分散しています。

SGCNTとフッ素ゴムの複合材料の写真
SGCNTとフッ素ゴムの複合材料
  SGCNTのゴム中でのネットワーク構造の写真
SGCNTのゴム中でのネットワーク構造

 【耐熱性】

 フッ素ゴムは劣化すると貯蔵弾性率が低下することから、耐熱性試験として高温下における24時間後の貯蔵弾性率変化の測定を行いました。SGCNT未添加のフッ素ゴムでは200℃以上で貯蔵弾性率の低下が始まり、280℃では24時間で80%低下しました。一方、SGCNTを1wt%加えたフッ素ゴムでは、貯蔵弾性率の低下はほとんど起こらず、劣化が抑制されていました。

 【耐熱水性】

 280℃、6.3MPaの水蒸気中で3時間保持した際の形態変化と物性変化を測定する熱水環境試験を実施したところ、フッ素ゴム単体や市販の耐熱ゴムでは、表面凹凸の増加、硬化などの形態変化が観察されるとともに(左下図)、試験前に比べて引張強度や硬度(IRHD)といった物性も低下しました(右下図)。一方、SGCNTを添加したフッ素ゴムでは形態変化は確認されず、物性にもほとんど変化がなく、耐熱水性が大幅に向上していることが確認されました。

熱水環境試験前後の形態の図
熱水環境試験前後の形態
  熱水環境試験前の物性を100としたときの、試験後の材料の引張強度(左)と硬度(右)の図
熱水環境試験前の物性を100としたときの、試験後の材料の引張強度(左)と硬度(右)。

 【耐酸・耐アルカリ性】

 耐酸・耐アルカリ性については、ポリウレタンにSGCNTを5wt%添加した材料と添加しなかった材料で酸(3mol/l塩酸:HCl【pH=-0.47、85℃】)とアルカリ(3mol/l水酸化カリウム:KOH【pH=14.47、85℃】)に対する耐性比較を行った。SGCNTを添加しなかった材料は劣化したものの、SGCNTを添加した材料では、引張試験に耐えうる強度を保っており、SGCNTを添加することによって加水分解による材料劣化を抑制できることが示されました(下図)。

酸処理、アルカリ処理後のポリウレタン及びポリウレタンCNT複合材料の比較の図
酸処理、アルカリ処理後のポリウレタン及びポリウレタンCNT複合材料の比較

【コスト・成形性】

 市販フッ素ゴムの中でも耐熱性の高いパーフロロエラストマーは、80万円~100万円/kgと高価なため材料展開が阻まれてきましたが、今回開発した材料は、1万円/kg程度と比較的安価なフッ素ゴムを基材に用いてパーフロロエラストマーに匹敵する耐熱性を実現できており、コスト面で使用できなかった用途への展開が見込まれます。また、基材のフッ素化度を低く抑えることができるために柔らかさを保持しており、材料混練りや成形の容易さの面でも利点があります。


用語解説

◆エラストマー
常温でゴム弾性を示す高分子物質。長いポリマー分子(分子鎖)同士を連結(架橋)させる必要があるゴムと、必要の無い熱可塑性エラストマーがある。軽量で成形が容易であるという特徴を有することから、主に工業用途や建築用途においてチューブやシーリング材料として用いられている。しかし、エラストマーは熱、熱水、酸・アルカリの中では分解し弾性を失うため、このような環境下ではエラストマー製のシーリング材料を長時間使用することは出来なかった。[参照元へ戻る]
◆NEDOプロジェクト
「低炭素社会を実現するナノ炭素材料実用化プロジェクト」(2010年度~2016年度)のことで、プロジェクトリーダーは産総研の湯村守雄氏。[参照元へ戻る]
◆カーボンナノチューブ(CNT)
炭素原子だけで構成される直径が0.4~50nm、長さがおよそ1~数10µmの一次元性のナノ炭素材料。その化学構造は、グラファイト層を丸めてつなぎ合わせたもので表され、層の数が1枚だけのものを単層CNT、複数のものを多層CNTと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆スーパーグロース法
単層カーボンナノチューブの合成手法の一つである化学気相成長(CVD)法で、水分を極微量添加することにより、触媒の寿命と活性を大幅に改善した方法で、高純度、長尺、高比表面積かつ分散性に優れた単層CNT(SGCNT)が生成できる。また、従来の500倍の長さに達する高効率成長、従来の2,000倍の高純度単層カーボンナノチューブを合成することが可能。本手法は、2004年に産総研で開発され、2015年11月に日本ゼオン株式会社によって工業的量産が開始されている。[参照元へ戻る]
◆孤立分散
CNTを一本一本にばらすこと、およびその状態を指す。CNTは合成直後にはバンドルと呼ばれる、CNTが数本から数100本より集まった構造を有しており、バンドルの内側にあるCNTの表面は化学的補強効果を発現し得ないため、バンドル状のCNTを孤立分散させる必要がある。[参照元へ戻る]
◆貯蔵弾性率
粘弾性体に対して、ひずみを与えた際に、ひずみと同位相の応力の振幅とひずみの振幅との比で表す。ゴム弾性の指標であり、貯蔵弾性率が低下することは、分子鎖の切断による劣化が進行していることを意味している。[参照元へ戻る]
◆IRHD
International Rubber Hardness Degreeの略で、国際ゴム硬さ単位。[参照元へ戻る]
◆加水分解
高分子などが分解する際に、水分子がプロトン成分と水酸化物成分に分割され反応し、生成物が生じる反応。特にポリウレタンやシリコンゴムは加水分解反応を起こしやすい。[参照元へ戻る]



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