発表・掲載日:2015/09/02

海水のpH測定法の国際規格ISO18191が発行

-二酸化炭素モニタリング技術の構築による地球温暖化対策への貢献-

ポイント

  • 海水のpHを測定する方法のISO国際規格が発行
  • 高純度pH指示薬を用いることで正確な測定が可能
  • 二酸化炭素の海底下地層貯留における漏洩監視や海洋酸性化研究などへ貢献


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下、「産総研」という)原田 晃 名誉リサーチャー(兼)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター 理事と環境管理研究部門【研究部門長 田中 幹也】鶴島 修夫 主任研究員は、国立研究開発法人 海洋研究開発機構【理事長 平 朝彦】(以下、「JAMSTEC」という)海洋工学センター 中野 善之 技術研究員とむつ研究所 渡邉 修一 所長、株式会社 環境総合テクノス【代表取締役社長 中山 崇】(以下、「KANSO」という)と共同で、海水の水素イオン濃度指数(pH)測定法を国際標準化機構(ISO)に提案し、国際規格ISO18191として発行されることになった。この過程でJAMSTECとKANSOの活動は、経済産業省と国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託を受けて行われた。

 地球温暖化対策技術である二酸化炭素の海底下地層貯留における漏洩監視や海洋酸性化研究などへの貢献が期待される。

二酸化炭素回収貯留(CCS)における海洋二酸化炭素モニタリングの図
二酸化炭素回収貯留(CCS)における海洋二酸化炭素モニタリング


開発の社会的背景

 二酸化炭素の排出量削減技術として注目されるCCS(Carbon dioxide Capture and Storage:二酸化炭素回収貯留)は、世界各地で商用運用や実用化を目指して実証実験やその検討などが行われている。日本では、経済産業省の「二酸化炭素削減技術実証試験事業」による北海道苫小牧沖での海底下地層貯留実証試験などが推進されている。海底下地層CCSに関しては、国際条約(ロンドン条約1996年議定書)と国内法(海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律)によって、潜在的な二酸化炭素漏洩リスクをはじめとする海洋環境への影響評価が求められており、CCSの社会的合意形成に向けても適切なモニタリングの枠組みを構築することが必要である。特に、海水に溶存する二酸化炭素の濃度をモニタリングすることは、環境影響評価の基盤となるデータを取得するために極めて重要である。

 海水のpHは溶存する二酸化炭素濃度の増加に伴って低下するため、pHを連続測定することにより二酸化炭素の濃度変化を測定できる。海水のpH測定はガラス電極を用いた方法が最も一般的であり、センサー化も容易である。しかし、このようなpHセンサーで有機物や微生物などを含む海水のモニタリングを長期間行うと、電極の感応部であるガラス薄膜の汚染などにより測定値のずれが避けがたく、測定誤差の要因となる。したがって、ガラス電極を用いたpHセンサーをモニタリング技術として適切に利用するには、適切な校正法が必要となる。標準溶液を用いた校正が一般的であるが、海水のpHを正確に測定するための標準溶液は組成が複雑なため作成には熟練が必要で、市販もされていない。そこで、ガラス電極法とは別の高精度な測定手法により、測定対象の海水のpHを正確に決定することで、pHセンサーの測定値の修正を行うことが有効であると考え、本測定手法の標準化提案を行った。

研究の経緯

 2009年より産総研は、JAMSTEC、KANSOを含む国内の大学、研究機関、測定機器メーカーなどの関係者とともに、国際規格化を念頭に置いた海水のpH測定法の検討を開始した。2010年には、JAMSTECとKANSOにより、国内研究機関による相互検定の試行や、指示薬として用いる色素の純度などに関する技術的検討が開始された。これらを踏まえて、2011年にISO/TC147(水質)/SC2(物理的・化学的・生物的方法)総会に参加し、海水のpH高精度測定法の国際規格案を提案した。2012年のISO/TC147/SC2総会において、原田 晃 産総研名誉リサーチャーを議長としたワーキンググループ(WG67)が立ち上がり、この規格案に関する審議が始まった。2014年に国際相互検定を実施したところ、参加5カ国8機関の各測定値は平均値から0.003 pH以内の範囲にあり、従来は困難であった0.01 pH以下の正確さでの校正が可能となることが示された。2014年のISOでの最終投票では全会一致で国際規格として発行することが承認された。これにより、CCS事業における環境影響評価の基盤となる二酸化炭素濃度の正確なデータを取得する事が可能となり、モニタリング技術・環境影響評価手法を含めたCCS技術の実用化が促進されると考えられる。

 なお、JAMSTECおよびKANSOの活動については国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「戦略的国際標準化推進事業/標準化研究開発 CCSモニタリングに対応した海水のpH高精度測定法に関する標準化」、経済産業省「戦略的国際標準化推進事業/国際標準共同研究開発事業 海水中のpH高精度測定法に関する標準化」による委託を受けて行った。

研究の内容

 今回、国際規格として発行された測定法は、分光光度計を利用した比色法によるpH測定方法である。光路長(測定光が試料を通過する距離)10 cmの分光光度計用ガラスセルに海水を封入し、指示薬(メタクレゾールパープル)を添加する前後の吸光度を精密に測定する。メタクレゾールパープルは一般的な海水のpHの変動範囲(7.3~8.3)で鋭敏に色が変化するため、特定の波長(434、578および730 nm)の吸光度を測定してpHを求める事が出来る。測定試料の温度管理を厳密に行うことなどに注意する必要があるが、一般的な器具・装置で高精度な測定が可能である。適切な手法で指示薬の純度を高めれば、原理的に標準溶液を用いる必要がなく、海水のpHを正確に測定できる。

今後の予定

 本国際規格は、比色法を用いた海水のpHの高精度な測定手法に特化した規格であり、さまざまな状況が想定されるモニタリング観測現場におけるセンサーの測定値の具体的な校正方法については規定していない。今後は、海底下地層CCSの実証事業現場におけるモニタリング観測での実証試験などを通して、本国際規格の効果的な活用方法を検討する予定である。

 また、本国際規格は近年影響が懸念されている大気中の二酸化炭素濃度上昇を主な原因とした海洋酸性化のモニタリング技術としても適用可能である。国際規格化された測定法を用いることで、世界的にデータの品質が向上し、海洋酸性化研究にも大きく貢献することが期待される。



用語の説明

◆国際標準化機構(ISO)
世界各国の代表的標準化機関からなる国際標準化機関であり、電気・電子技術分野を除く全産業分野(鉱工業、農業、医薬品など)に関する国際規格作成を取りまとめている。[参照元へ戻る]
◆国際規格
工業製品、部品、使用技術の規格統一を目指すための国際的な規格。[参照元へ戻る]
◆CCS(Carbon dioxide Capture and Storage:二酸化炭素回収貯留)
温室効果ガスである二酸化炭素を火力発電所などの大規模発生源で回収し、大気から隔離された場所に貯留して、大気中への二酸化炭素放出量の低減を目指す技術。このうち海底下地層貯留は、海底下の帯水層(地下水を含む地層)中に二酸化炭素ガスを圧入し、溶解・不動化させる技術。圧入された二酸化炭素は背斜構造(おわんを伏せた状態の構造)を持つ不透水層(液体やガスなどを通さない岩石や地層)により上方への移動を遮られるため、長期間にわたり二酸化炭素を貯留することが可能と考えられている。[参照元へ戻る]
◆標準溶液
測定対象の物質の濃度があらかじめ正確にわかっている溶液。[参照元へ戻る]
◆相互検定
複数の研究、試験機関に同一の試料を送り、同一の方法で測定を行う試験方法。[参照元へ戻る]
◆比色法
測定試料に指示薬などを加えて発色させ、色の濃さを比べることによって対象物質の濃度を定量する方法。[参照元へ戻る]
◆吸光度
試料溶液中を特定波長の光が通過したときに強度がどの程度弱まるかを示す値。[参照元へ戻る]



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