発表・掲載日:2014/10/15

身体に負担なく何度でも血中脂質を測定できる高感度分光装置を試作

-指先を透過する光でリアルタイム血液検査-

ポイント

  • 従来の1000倍以上の感度で、安全に生体透過光の分光計測が可能
  • 脈波に追従できる高速性により、血中成分のリアルタイム測定が可能
  • メタボリックシンドロームといった生活習慣病の予防への貢献に期待


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)電子光技術研究部門【研究部門長 原市 聡】光センシンググループ 古川 祐光 主任研究員は、微弱な生体透過光を効率よく測定して、血中成分を分析できる分光装置の試作機を完成させた。

 この試作機は、近赤外光を高感度で高速に分光分析することが可能で、持ち運びが容易なことが特徴である。生体を透過した微弱な光の連続的な変動をとらえることができるので、血中に含まれる脂質を、採血することなくリアルタイムでモニタリングすることができる。家庭や職場で日常のカロリー管理ができ、メタボリックシンドロームの予防などへの貢献が期待される。さらに、今後、さまざまな疾患と関連する物質の無侵襲モニタリングへの展開も期待される。

 なお、この技術の詳細は、平成26年10月15~17日にパシフィコ横浜(神奈川県横浜市)で開催されるインターオプト2014で発表される。

無侵襲血中成分測定用の分光装置の試作機の写真
無侵襲血中成分測定用の分光装置の試作機


開発の社会的背景

 最近、予防医療の観点から、家庭や職場で手軽に利用できる血液成分検査装置が高い関心を集めている。例えば、心筋梗塞や脳梗塞につながる糖尿病・動脈硬化・高脂血症を予防するために摂取カロリー管理や健康管理の指標を目に見える形で提示できる技術が求められている。生活習慣病への危機感から、脂肪吸収を抑える特定保健用食品が注目を集めていることからも、脂質摂取量への関心の高さが分かる。しかし、食事で摂取した成分が体重や体脂肪の増減として反映されるまでには時間がかかるので、現在の体重計・体脂肪計だけではこのような日々の食事の質的管理は行えないという問題があった。

研究の経緯

 産総研は無侵襲生体計測の研究開発を行っており、2005年~2010年に、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の「高精度眼底イメージング機器研究開発プロジェクト」によって、光学的に透明な「眼」を通した糖尿病網膜症の早期診断技術を開発し、実用的な試作機を開発した。

 さらに、経済成長・食の欧米化とともに急増してきた糖尿病やメタボリックシンドロームを背景に、予防医療に貢献できる技術の開発を目指し、安全な光の強度に抑えながらも、不透明な生体内部の透過光測定による血液検査技術開発を目指している。今回、産総研は従来の技術では計測が困難だった生体を透過した微弱な光を分光分析できる世界最高の感度を持つ分光装置を開発し、高速で安定した測定ができ、個人による持ち運びも容易な小型試作機を完成させた。

研究の内容

 生体組織に入射した光はすぐに減衰してしまうため、光を用いて生体内部の情報を得るには、光を照射した表面近くで拡散反射される光を測定する手法が主流だが、より正確な生体内情報を得るには、生体を透過した光を用いるほうがよい。しかし従来の検出技術では、透過光が微弱なため長時間の測定(露光)が必要となり、測定中に体が動いてしまうと信号がうまく取得できない、動的な変化に追従できない、などの問題があった。照射する光源の強度を強くすれば、それだけ透過光も強くなるので、測定のSN比(信号対ノイズ比)は向上するが、安全性の点で、生体に照射できる光の強度には限界がある。

 そこで今回は、広い面積から光を集めることで微弱な光でも高速で分光できるようにして、これらの問題を解決し、従来の分光器の1000倍以上の高感度を実現し、安全な光入射強度で生体からの透過光のリアルタイムの分光計測を可能とした。今回試作した装置では、透過した光のスペクトルを求める手法として、光源面積を制限することがないフーリエ分光法をベース技術として採用した。さらに、奥行きのある生体に対しても透過光を効率よく装置に導入する工夫を加え、偏光特性を効果的に利用するといった工夫も行った。

 図1(a)は産総研が研究開発開始当初に設計・試作したプロトタイプであり、図1(b)が今回の試作機である。安定性・操作性を向上させながら、小型化・軽量化することで可搬性も付与した。

(a)   
  高感度分光分析技術による無侵襲血液検査の試作機の写真(a)
(b)   
  高感度分光分析技術による無侵襲血液検査の試作機の写真(b)
  図1 高感度分光分析技術による無侵襲血液検査の試作機
    (a) 当初開発した高感度分光装置のプロトタイプ
  (b) 高い安定性と可搬性も実現した今回の試作機
    光ファイバー開口部に指を入れることで血中脂質を測定

 図2は、今回試作した分光装置で測定した透過光スペクトルで、脂質に対応する波長成分の強度の経時変化である。脂質による信号が規則正しく周期的に増減する様子が測定できている。血管は脈動に合わせて収縮と拡張を繰り返すため、測定したスペクトルから、周期的に変動する成分のみを抜き出すことによって、血液中に存在する成分を判別・検出できる。

 今回試作した分光装置による測定から、食事前後の血中脂質成分を推定したところ、食後に中性脂肪が高くなり、約4時間後にピークを迎える様子が計測された(図3)。

脈動によるスペクトル強度変動の例の図
図2 脈動によるスペクトル強度変動の例
各周期が脈動による吸光度変化を示している。(10秒間に14周期程度)

開発した試作機による指先での血中脂質測定の図
図3 開発した試作機による指先での血中脂質測定
昼食後に血中中性脂肪が増減する様子

 

今後の予定

 今回完成した高感度分光装置は、共同研究先企業から来年度の市場への投入を目指す。また、分光分析のアルゴリズムを改良して、さまざまな血中成分の無侵襲測定を行う予定である。特に、血糖値などさらに必要性の高い血中成分のリアルタイム測定の実現を目指す。



用語の説明

◆近赤外光
可視光と赤外光との境界付近の波長の光。一般的には、波長0.7-2.5 µm程度の光を指す。可視光(0.4-0.8 µm)、赤外光(2.0-20 µm)は電子に吸収されるが、可視光は分子内を動く電子に吸収され(物が色づいて見える原因のほとんど)、赤外光は分子の振動など、結合に係る電子に吸収される。(分子振動が活発となり温度が上がる。温かいと感じる原因。)一方、近赤外光はこれら吸収の中間的なエネルギーであるためいずれのメカニズムによる吸収も起こりにくく、可視光や赤外光に比べて、比較的透過性が高い。[参照元へ戻る]
◆分光分析
分子の構造に応じて、吸収される光の波長が異なるため、物質の推定や構造解析に用いられる手法である。物質にさまざまな波長の光を照射し、透過または反射した光を測定してどの波長の光が吸収されたかを特定する分析方法。
主に分散分光法かフーリエ分光法が用いられる。分散分光法では、波長の分解能をあげるために、入射光は非常に狭いスリット(10 µm程度)を通過させる。フーリエ分光法では、この制約は1 mm程度まで若干回避できるものの、波形をスキャニングするための時間がかかることが問題となる。[参照元へ戻る]
◆SN比
信号対雑音比。(SN比) (信号レベル)÷(ノイズレベル)。検出器や光源にはある程度のノイズがあるため、検出すべき信号レベルが、ノイズレベルをどの程度超えるかが精度良い測定を行う要である。検出器で問題となる熱ノイズなどのようにランダムに変動するノイズは、変動の時間平均をとれば一定値に落ち着いてくるため、長時間測定を行うことで、ノイズレベルを下げて、SN比を向上できる。一般に、測定時間を4倍にすればSN比は2倍向上し、測定時間を9倍にすればSN比は3倍に向上する(測定時間の平方根に比例する)。[参照元へ戻る]
◆フーリエ分光法
赤外光のスペクトル(光の波長成分、各波長の強度、各波長の位相)を測定する計測方法。入射光の波形を観測するための光学系部分と、観測波形からスペクトルを求めるための計算機部分で構成される。入射する光は、スペクトルと呼ばれるさまざまな波長をもつ単色光の和からできているが、その入射光の波形が分かれば、入射する光をそれぞれの単色光に分解するというフーリエ変換と呼ばれる計算によってスペクトルを求めることができるという考えに基づく。
フーリエ分光法は、赤外光の分光分析でよく用いられる手法である。これに対して、分散分光法(回折格子やプリズムを用いた方法)は、近赤外光・可視光・紫外光によく用いられる。[参照元へ戻る]



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