発表・掲載日:2013/02/12

酸化亜鉛粒子を用いた発振特性に優れたランダムレーザー素子を開発

-サブマイクロメートル球状粒子の新たな応用技術-

ポイント

  • 結晶性酸化亜鉛球状粒子のサイズをサブマイクロメートルレベルに揃えて薄膜を作製
  • この薄膜に欠陥として導入したポリマー粒子部分に良好なランダムレーザー発振を確認
  • 安価で容易に作製できるレーザー素子として、幅広い技術への応用を期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 山口 智彦】フィジカルナノプロセスグループ 越崎 直人 主任研究員は、国立大学法人 北海道大学【総長 佐伯 浩】(以下「北海道大学」という)電子科学研究所 藤原 英樹 准教授、国立大学法人 九州大学【総長 有川 節夫】(以下「九州大学」という)先導物質化学研究所 辻 剛志 助教、国立大学法人 香川大学【学長 長尾 省吾】(以下「香川大学」という)工学部 石川 善恵 准教授と共同で、産総研で開発したサブマイクロメートル球状粒子作製法(液中レーザー溶融法)により得られた酸化亜鉛(ZnO)粒子からなる薄膜に光学的な欠陥粒子を導入すると、発振特性に優れたランダムレーザーとして動作することを実証した(図1)。

 ランダムレーザーは、高度な材料合成・加工技術が求められる明確なキャビティー構造を必要とせず、また安価で容易に作製できるレーザー素子として注目を集めてきた。今回開発したサブマイクロメートルサイズの酸化亜鉛球状粒子を用いた小型ランダムレーザー素子は、低価格で単色性が要求される小型光源、家庭用ヘルスモニター用分光装置、照明用素材、発光素子を要する電子デバイスなどへの幅広い技術応用が期待できる。

 この技術の詳細は2013年2月25日に米国の科学誌Applied Physics Letters 102巻8号に掲載される。

図1 ZnOサブマイクロメートル球状粒子膜の電子顕微鏡写真とこれを利用したランダムレーザー素子の模式図。欠陥におけるレーザー発振特性の図
図1 (左)ZnOサブマイクロメートル球状粒子膜の電子顕微鏡写真とこれを利用したランダムレーザー素子の模式図。(右)欠陥におけるレーザー発振特性。


研究の社会的背景

 レーザーは、加工・もの作り、情報・通信、医療、植物育成、エネルギー関連など数多くの産業の基盤技術に貢献する光源として期待されている。しかし、従来のレーザー素子はレーザー発振を起こさせる明確なキャビティー構造が必要であるため、高度な材料合成・加工技術が不可欠であった。一方、ランダムレーザーは、キャビティー構造を必要とせずに簡便・安価に作製できるランダム構造を利用してレーザー発振を起こす素子として注目を集めてきた。しかし、一定の構造をもたないため、多波長で発振する、レーザー発振ピークのS/N比が低い、発振しきい値が大きい、などレーザーとしての十分な性能が得られない問題点があった。

研究の経緯

 産総研はこれまでに、液相中に分散させた原料粒子に比較的弱いパルスレーザー光を照射することにより、従来の化学的手法では得ることができなかった結晶性の金属や酸化物のサブマイクロメートル球状粒子を得る液中レーザー溶融法を開発した(2010年9月1日 産総研主な研究成果)。また、この手法によって酸化チタンのサブマイクロメートル球状粒子を作製し、湿式太陽電池における光の有効利用のための光散乱体としての可能性を実証した(2012年1月30日 産総研主な研究成果)。

 今回、産総研は北海道大学、九州大学、香川大学との共同研究により、ランダムレーザーの高性能化を目指した材料設計に取り組んだ。北海道大学 藤原 英樹 准教授は、これまでのランダムレーザーに関する研究を発展させることで、散乱体のサイズや形状が均一である光散乱体の集合体がある特定の波長範囲で非常に小さな透過率になり一種の鏡として働くことや、均一サイズの光散乱体の集合体中に点欠陥を導入すれば特定の波長領域の光を空間的に閉じ込められることを計算により検証してきた。この点欠陥のサイズは光散乱体のサイズよりも大きく、また、欠陥と同様に機能する空隙が存在しないことが重要となる。これを実験で検証することを目指して研究を進めてきた。

研究の内容

 今回、提案した手法の有効性を示すため、既にランダムレーザー発振の報告が多くある酸化亜鉛(ZnO)を光散乱体および利得媒体として選択し、共鳴波長と適合する粒径のZnOサブマイクロメートル球状粒子を使用した。ZnOの発光波長は380-390 nmであり、この波長付近の光に対して粒子を鏡のように働かせるために最適な粒径は約200 nmであることが、最近の研究で明らかになってきた。そこで、このサイズの平均粒径をもつZnO粒子を、産総研が開発した液中レーザー溶融法を利用して、市販のZnO粒子(平均粒径:100 nm)原料から作製した。

 不定形の原料ZnO粒子を水中に分散させ、これに非集光のパルスレーザー光照射(波長:355 nm、パルス幅:6 ns、繰り返し周波数:10 Hz)を行って、平均粒径が約212 nmの球状ZnO粒子を作成した。図1(左)は、作製したZnO粒子の電子顕微鏡写真である。次に、この球状ZnO粒子を分散させた液に緑色の蛍光ポリスチレン粒子(ポリマー粒子、平均粒径:900 nm)を欠陥粒子として加え、ガラス基板上に滴下し、乾燥させて厚さ約100 µmの膜を作製した。図2(左)に示すように、緑色の蛍光から欠陥粒子の場所を特定できる。

図2 欠陥として導入されたポリマー粒子の蛍光画像
図2 (左)欠陥として導入されたポリマー粒子(矢印)の蛍光画像。
(右)同じ領域のレーザー発振強度分布。矢印1は欠陥として導入したポリマー粒子の位置、矢印2はZnOサブマイクロメートル球状粒子の位置

 この膜のレーザー発振特性評価では、励起光としてパルスレーザー光(波長:355 nm、パルス幅:100 ps、繰り返し周波数:1 kHz)を、対物レンズを使用して膜に照射した(スポットサイズ:約65 µm)。ZnOからの励起子に由来した蛍光やレーザー発振光は、同じ対物レンズで集光し、ピンホール(試料面で約1 µmに相当)を通過後、光ファイバーで検出器に導入した。図2(右)に、励起光強度が10 MW/cm2のときのレーザー発振強度の面分布を示す。強い発光を示している場所は、ポリマー粒子の場所、すなわち、欠陥の位置に対応していた。なお、ポリマー粒子からの蛍光は非常に弱く、励起光の照射による光分解により容易に退色してしまうため、実験結果への影響はほとんどないと考えられた。

 図1(右)は導入したポリマー粒子の場所(図2(右)の矢印1)での発光スペクトルで、それぞれしきい値の0.5倍、1.0倍、2.0倍の強度の励起光を照射した結果である。およそ波長380 nmの単一の鋭いレーザー発振ピークが観測された。励起光の強度をしきい値の5倍まで上げても、レーザー発振ピーク波長のふらつきや他のピークの発生は確認されなかった。また、一般的なランダムレーザーに見られるようなバックグラウンド信号の蛍光ピークの狭線化や増大も観測されなかった。

 一方、欠陥から離れた場所(図2(右)の矢印2)で得られたスペクトル(図3(左))からは、388 nm付近にピークをもつ発光スペクトルと鋭いピークがそのピーク波長付近で観測された。また、ピーク強度は励起エネルギーや励起パルスごとで変化し、不安定であった。このような挙動は他の欠陥位置から離れた場所でも観測され、従来の典型的なランダムレーザーの挙動とよく似ており、欠陥位置でのランダムレーザー発振の挙動(図1(右))とは大きく異なっていた。

 また、液中レーザー溶融法を適用する前のサイズが揃っていないZnO原料粒子とポリマー粒子を用いて、同様にランダム構造の膜を作製した。この膜の欠陥位置でのランダムレーザー発振の挙動は、図3(右)のように多重ピークが388 nm付近に観測され、これも典型的なランダムレーザーの挙動とよく似ていた。これは液中レーザー溶融法によるサブマイクロメートルサイズの球状粒子作製が、良好なレーザー発振を得るために重要な役割を果たしていることを示している。

図3 ポリマー粒子以外の場所とサイズが揃っていないZnO原料粒子とポリマー粒子を用いて同様に作製した膜の欠陥位置からのレーザー発振スペクトルの図
図3 (左)ポリマー粒子以外の場所(図2右の矢印2)と(右)サイズが揃っていないZnO原料粒子とポリマー粒子を用いて同様に作製した膜の欠陥位置からのレーザー発振スペクトル。

 図4はレーザー発振ピーク強度の励起光強度依存性を欠陥位置(左)と欠陥位置以外の場所(右)で比較したものである。矢印はしきい値エネルギーであり、レーザー発振スペクトル中に最初に鋭いピークが現れる励起光の強度として定義した。励起光の強度がしきい値を超えると、鋭い発光ピークの強度が非線形的に増えることから、欠陥の有無に関わらず、ランダムレーザー発振が生じていた。しかし、欠陥のある場所(図4(左))でのしきい値は、約6 MW/cm2であり、欠陥のない場所のしきい値(図4(右))約80 MW/cm2のおよそ13分の1と小さくなり、容易にレーザー発振を起こさせることができる。

図4 欠陥位置および欠陥位置以外の場所における励起光強度とレーザー発振ピーク強度との関係の図
図4 欠陥位置(左)および欠陥位置以外の場所(右)における励起光強度とレーザー発振ピーク強度との関係。矢印はしきい値を示す。

 また、欠陥位置でのレーザー発振の空間的な広がりはレーザー発振ピーク高さの欠陥中心からの距離依存性から約1300 nmと見積もられ、レーザー発振モードは欠陥の周りに空間的によく閉じ込められていた。

 液中レーザー溶融法により作製した比較的サイズの揃ったZnO粒子薄膜にポリマー粒子を導入するだけで、レーザー発振領域を欠陥位置に限定することができ、レーザー発振モード数の減少やレーザー発振波長の制御、および低しきい値化などのランダムレーザーの性能を向上できた。

今後の予定

 今回開発した作製法では、サブマイクロメートルの球状粒子が分散した液に欠陥としてポリマー粒子を添加し、この分散液を塗布するだけでランダムレーザーを作製できる。このため、小型で安価なレーザー素子が容易に作製でき、低価格で単色性が要求される小型光源、家庭用ヘルスモニター用分光装置、照明用素材、発光素子を要する電子デバイスなど、幅広い技術への応用が期待できる。今後、粒子のサイズ均一性向上や他の波長のランダムレーザー開発を目指した物質の探索などに取り組んでいく。



用語の説明

◆サブマイクロメートル
1マイクロメートルは1ミリメートルの1千分の1の長さである。サブマイクロメートルは1マイクロメートル以下、すなわち、数百ナノメートルの長さの総称。[参照元へ戻る]
◆液中レーザー溶融法
産総研が開発した新しい結晶性サブマイクロメートル球状粒子作製法。液相中に分散させた原料粒子に比較的弱いパルスレーザー光を照射して短時間溶融させることで球状粒子を得る方法である。従来の化学的手法では作製できなかった結晶性の金属や酸化物のサブマイクロメートル球状粒子を作製できる。[参照元へ戻る]
◆ランダムレーザー
光の波長程度の散乱体が不規則に分散された系に光を入射すると、多重散乱により光が構造内に閉じ込められる現象が起こる。この構造内に利得媒質(誘導放出により光を増幅できる状態を作れる物質)を導入すると、利得媒質からの光が構造内に閉じ込められ、利得が散乱などによる損失を上回るとき光の増幅が得られる。この多重散乱を利用したレーザーをランダムレーザーと呼ぶ。通常のレーザーと異なり、複雑かつ多数の光路長が異なる経路を通って増幅されるため、空間的な干渉性や指向性が低い事が特徴である。[参照元へ戻る]
◆キャビティー構造
光を長時間その内部に閉じ込めるための構造である。最も単純な構造は、2枚の平行な鏡で構成され、ある特定の波長(共鳴波長)の定常波(波がどちらにも進行せず一定の場所で振動しているように見える波)を形成して、この波長の光をキャビティー構造内部に閉じ込める事ができる。キャビティー構造は、レーザーや干渉計などに使われる。[参照元へ戻る]
◆S/N比
信号(シグナル)と雑音(ノイズ)の比のこと。これが大きいほど高精度の測定ができる。[参照元へ戻る]
◆しきい値
レーザーにおけるしきい値とは、レーザー発振が開始するときの励起の大きさ(励起光強度や励起電流値など)のことをいう。励起強度を大きくしていくと、利得媒質からの誘導放出が増加し、ある励起強度でレーザーデバイス内の全損失量と釣り合う。さらに励起強度を大きくすると、損失よりも利得が上回るため、増幅された光が外部へと出射する。[参照元へ戻る]
◆散乱体
光は対象物と相互作用することで、吸収・反射・透過などの現象を起こすが、散乱もその一つの現象であり、その対象物を散乱体という。散乱体の特性には屈折率の差やサイズ、形状が大きく影響する。[参照元へ戻る]
◆利得媒体
誘導放出により光を増幅できる状態(反転分布)を作れる物質を利得媒体と呼び、気体、固体、液体が目的に応じて使い分けられている。[参照元へ戻る]
◆共鳴波長
キャビティー構造などにおいて定常波(波がどちらにも進行せず一定の場所で振動しているように見える波)を形成する波長であり、従来型のレーザーではキャビティー構造の形状やサイズに依存して共鳴波長は変化する。ランダム構造の場合、局在場を形成する光の波長が共鳴波長となる。[参照元へ戻る]
◆レーザー発振モード
レーザー発振を規定する発振波長と空間的な強度分布を併せてレーザー発振モードという。通常は、キャビティー構造の共鳴波長とその共鳴波長におけるキャビティー構造内での空間強度分布と一致する。[参照元へ戻る]

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