発表・掲載日:2012/11/19

植物の背丈や葉、実のサイズを決める機構を解明

-3つのタンパク質のバランスが植物細胞の伸びを調節-

ポイント

  • 植物の細胞の伸びを調節している3種類のタンパク質を同定
  • 3種類のタンパク質がそれぞれの働きを拮抗的に阻害する新たな機構を解明
  • 背丈や葉・実のサイズ、形状を改変した新たな作物品種や園芸品種の開発に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】植物機能制御研究グループ 高木 優 招聘研究員、樋口(池田) 美穂 協力研究員(日本学術振興会 特別研究員RPD)らは、植物の細胞の長さが3種類のタンパク質が拮抗することによって調節されていることを解明した。

 植物の細胞の長さは、樹高・草丈や、葉や実の大きさなどに直接影響を及ぼす。今回、植物には、細胞の長さを伸ばす働きをもつ2種類のタンパク質(PRE1ACE)と、逆に伸びを抑制する1種類のタンパク質(AtIBH1)が存在することを発見した。ACEは直接細胞の伸びを引き起こすが、AtIBH1はACEを阻害することで伸びを抑制し、PRE1はAtIBH1を阻害することで間接的に伸びを促進することが分かった。この3者のバランスにより、最終的な細胞の長さが決まる。

 これらのタンパク質は、複数の遺伝子の働きの調節にかかわる転写制御因子である。これらの転写制御因子を利用することで、植物の樹高・草丈、葉・実のサイズ、花形・草型などの改変が可能になり、農作業効率の向上や、バイオ燃料生産用の大型作物の作出、珍しい園芸作物の開発など、多方面への応用が期待される。

 この研究成果の詳細は、米国の科学誌「The Plant Cell」に掲載される。

細胞の長さの違いによる植物への影響の写真(シロイヌナズナ)
細胞の長さの違いによる植物への影響(写真はシロイヌナズナ)

研究の社会的背景

 植物は重要な資源であり、昔から食料や衣類・住居の材料として利用されるとともに、園芸植物などとして人々に癒しを与えてきた。また、近年、漢方薬やバイオ燃料、工業材料など、植物由来の医薬品や材料が注目を集めており、その用途も広がりつつある。用途に合わせて植物の姿形や大きさを改変することは、生産の効率化につながる。

 このような背景において、植物の細胞の長さは、樹高・草丈、葉・実の大きさなどに直接影響を及ぼすことから、従来から育種の重要なポイントとして研究されてきた。しかし、細胞の長さを決める環境要因には、日あたり、温度、水、栄養素の比率などさまざまなものがあり、どのようにして植物がこれらの環境条件を総合的に判断して最終的に細胞の長さを決定しているかは、これまで解明されていなかった。

研究の経緯

 産総研では、工業材料・医薬品・食料生産などへの応用をめざして、植物遺伝子、特に、多くの遺伝子の働きを総括的に制御する転写制御因子類の研究を行ってきた。これらの研究により開発されたキメラリプレッサーサイレンシング法(CRES-T法)や構築された転写制御因子ライブラリーは、汎用的なツールとして、既に世界各国において基礎・応用の多様な転写制御因子解析に用いられている。また、産総研では汎用ツールの開発に加えて、植物の形や、サイズ、物質生産など、さまざまな現象に関わる個別の転写制御因子の研究も進めている。今回は植物の細胞の伸長を制御する機構について研究を行った。

 なお、この研究は、独立行政法人 日本学術振興会の特別研究員奨励費「作物全般に適用可能な分岐・矮性化・分化能を制御する転写因子の単離とその利用(平成23~25年度)」による助成を受けて行ったものである。

研究の内容

 植物は日あたりや、温度、水、栄養素の比率など、さまざまな環境条件に総合的に対応して、細胞の伸長を調節し、例えば日なたや日陰といった環境に合った形に生長する。また、どの時期にどの細胞を伸長させるかということは、春に芽が伸びるといった季節による生長の違いや、若い植物は良く伸びるが年老いるとほとんど伸びないといった時期的な生長の違いにも関係している。さらに、植物の細胞伸長は単純な生長だけでなく、花が咲く、あるいは、倒れると上を向くといった植物の重要な機能にも関係している(図1)。

酸素の特性X線に対する超伝導X線検出器のエネルギー分解能とSiC中の微量ドーパントであるNを検出した例の図
図1 植物の細胞伸長が関与する現象の例

 今回、モデル植物であるシロイヌナズナから、細胞を伸ばす働きをもつ2種類の転写制御因子(PRE1、ACE)と、細胞の伸びを抑制する1種類の転写制御因子(AtIBH1)の3種類のタンパク質を同定した。これら3種類の転写制御因子はいずれも、細胞の数には顕著な変化を与えず、細胞の伸長のみを制御する因子であった。このうち、ACEは直接、細胞を伸ばす酵素遺伝子の働きを活性化して細胞の伸びを引き起こす機能をもっていた。一方、AtIBH1はACEに結合して、その働きを阻害することで、細胞の伸長を抑制していた。PRE1はAtIBH1に結合し、AtIBH1の働きを邪魔して、ACEの働きが阻害されることを防ぎ、結果的に細胞の伸長を促進していた。このACE、AtIBH1、PRE1による拮抗阻害機構を三重拮抗制御(Tri-antagonistic bHLH system)と命名した。図2に機構のイメージ図を示す。これと類似した2因子間の拮抗阻害機構はこれまでにヒトについて報告されているが、3因子による拮抗阻害機構は、これまで動植物についての報告例がなく、新しい制御機構といえる。

今回発見した3種類の転写制御因子のうち、PRE1は茎の先端や若い葉、若い実などに多く存在する一方で、AtIBH1は堅くなった茎の下の方や、年老いた葉、大きくなった実などに多く存在していた。このことから、PRE1、AtIBH1、ACEの3因子による拮抗阻害機構は、植物の生長段階ごとにさまざまな細胞の伸びを調節している可能性がある。


XAFSスペクトルの図
図2 植物の細胞伸長を制御する三重拮抗制御(Tri-antagonistic bHLH system)

今後の予定

 今後はPRE1、AtIBH1、ACEの働きを部分的に増強したり、阻害したりすることで植物の背丈や葉、花、実のサイズなどを改変する技術の開発を試み、実際の作物育種に応用していきたい。また、これらの3因子自体を操作することで、植物の外見だけではなく、代謝なども変化することが期待されている。代謝系に与える影響についても、研究開発を進めていきたい。


用語の説明

◆PRE1、ACE、AtIBH1
シロイヌナズナから発見された3種類のタンパク質の名前。いずれのタンパク質も、電話コードのようならせん状構造を特徴とするbHLHという種類のタンパク質であり、AtIBH1はこのらせん構造を利用してACE、PRE1とそれぞれ結合する。それぞれ、Paclobutrazol resistance1 (PRE1)、Activator for cell elongation (ACE)、 Arabidopsis thaliana ILI1 binding bHLH1 (AtIBH1)の略。[参照元へ戻る]
◆転写制御因子
他の遺伝子の働きをコントロールする管理者的な遺伝子。標的となる遺伝子の転写(DNA情報をRNAに写し取る反応)を直接制御し、通常は1つの転写制御因子が複数の遺伝子の働きの調節にかかわる。標的となる遺伝子の働きを活発化する活性化因子と、働きを不活発化する抑制因子が存在する。[参照元へ戻る]
◆育種
目的にあわせて生物の性質を改変し、新しい有用な形質をもつ品種を作り出す方法。植物における育種目的の代表例としては食味、色、病虫害耐性の改善などがあげられる。従来は良い特性をもつ品種同士を交雑するなどの手法で行われていたが、近年は遺伝子研究の成果の利用も進みつつある。[参照元へ戻る]
◆キメラリプレッサーサイレンシング法(CRES-T法)
2003年に産総研が開発した、植物の遺伝子の働きを不活性化する新しい技術。転写制御因子タンパク質の末端に細工を施し、用いることで、目的遺伝子の働きを効果的に停止させる。
CRES-TとはChimeric repressor silencing technologyの略。[参照元へ戻る]
◆転写制御因子ライブラリー
莫大で多種多様な遺伝子の中から、転写制御因子の遺伝子だけを収集したもので遺伝子研究に有用である。[参照元へ戻る]
◆シロイヌナズナ
アブラナ科シロイヌナズナ属の一年草。学名はArabidopsis thaliana。 形状はナタネと類似しているが、非常に小型である。植物研究のモデル生物として広く用いられている。[参照元へ戻る]
◆酵素遺伝子
生物の体内で行われる化学反応を触媒するタンパク質(酵素)の遺伝子。[参照元へ戻る]


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