発表・掲載日:2012/07/09

単原子からの特性X線の検出に成功

-原子ひとつからの発光を捉えた-

ポイント

  • 電子顕微鏡の性能を向上させて世界で初めて原子ひとつからの発光(特性X線)の測定に成功
  • 原子レベルで白金や金などの貴金属の元素分析が可能に
  • 触媒や抗がん剤の研究への貢献に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノチューブ応用研究センター【研究センター長 飯島 澄男】末永 和知 上席研究員と同センター高度化ナノチューブチーム 岡崎 俊也 研究チーム長は、国立大学法人 九州大学【総長 有川 節夫】(以下「九州大」という)超高圧電子顕微鏡室室長 松村 晶 教授、日本電子株式会社【代表取締役社長 栗原 権右衛門】(以下「日本電子」という)奥西 栄治 リーダーと共同で、最新鋭の収差補正型電子顕微鏡を用いて単原子からの特性X線を検出することに成功した。

 この技術はエネルギー分散型X線分析(EDX)の検出効率を飛躍的に向上させることによって、原子レベルでの元素分析を可能にした。貴金属などのこれまで検出の難しかった元素の単原子レベルでの分析にも応用できるため、貴金属を含んだ触媒や抗がん剤の原子レベルでの研究への貢献が期待される。

 なお、この研究の詳細は、Nature Photonicsに2012年7月9日(日本時間)オンライン掲載される。

実験の模式図イラスト
実験の模式図
カーボンナノチューブに閉じ込められたエルビウム原子(赤)に、
細く絞った電子線を当てて(緑で表示、左上方から右下方へ)この原子だけを発光させる。


開発の社会的背景

 生体や物質に含まれる元素を、原子ひとつひとつの精度で全て分析する技術は、広い範囲の研究分野で望まれている。これまでにも電子線エネルギー損失分光(EELS)など単原子の元素分析ができる技術はあったが、対象となる元素の種類が限られ、特に触媒や抗がん剤に使用される貴金属(白金や金など)単原子の高感度元素分析はできなかった。一方、エネルギー分散型X線分析(EDX)はホウ素(原子番号5)からウラン(原子番号92)まで貴金属を含む広範囲の元素の同定ができる分析手法であるが、これまでは検出効率の低さから単原子レベルでの元素分析は不可能とされてきた。特に極微量の貴金属元素が重要な役割を果たす触媒や抗がん剤の研究では、EDXを用いた単原子レベルの元素分析が待ち望まれていた。

研究の経緯

 産総研では、カーボンナノチューブをはじめとするナノ材料の性質を大きく左右する不純物やドーパントを検出するために、単原子レベルの元素分析手法の開発に取り組んできた。一方、九州大学と日本電子では、X線を取り込む立体角をこれまでより一桁程度大きくすることによって検出効率を飛躍的に向上させたEDX用のシリコンドリフト検出器と、それを搭載する最新鋭の収差補正型透過電子顕微鏡の開発を行ってきた。

 なお、本研究開発は、文部科学省「ナノテクノロジーネットワーク(平成19~23年度)」および独立行政法人 科学技術振興機構の「研究加速プログラム(平成23~27年度)物質や生命の機能を原子レベルで解析する低加速電子顕微鏡の開発」による支援を受けて行っている。

研究の内容

 今回、九州大学に設置された収差補正型透過電子顕微鏡(JEM-ARM200F、日本電子製)に、0.8 sr(ステラジアン)の立体角を持つ広角シリコンドリフト検出器(日本電子製)を搭載した(従来のEDX検出器の立体角は0.1 sr程度)。収差補正型透過電子顕微鏡は通常の透過電子顕微鏡に比べて、より細い電子線に高い電流量を流すことができる。この電子顕微鏡を用いて、産総研で合成したエルビウム原子を含むナノピーポッドを試料として、単原子からの特性X線の検出を行った。図1に用いた電子顕微鏡の外観写真と実験概略図を示す。

 ピーポッド試料を壊さないために、電子顕微鏡の電子線の加速電圧は60 kVと低く抑えた。入射電子線の直径は、原子ひとつの大きさに相当するおよそ0.2 nmと極めて細い。また、効率よくX線を発生させるために高い電流量(200 pA)を用いた。この電子線の照射によりエルビウム原子が発生する特性X線を、大口径EDX検出器を用いて測定した。

実験に用いた収差補正電子顕微鏡(九州大学に設置)と実験の概略図
図1(a)実験に用いた収差補正電子顕微鏡(九州大学に設置)と(b)実験の概略図

 用いたピーポッド試料のモデルを図2(a)に示した。エルビウム原子(赤で表示)ひとつひとつがフラーレンとカーボンナノチューブに二重に内包された構造を持つ(炭素原子のネットワークはグレーで表示)。図2(b)は電子顕微鏡による暗視野像であり、白く明るく見えるところがエルビウム原子である。ここで細く絞った電子線を図2(b)中の黄色矢印で示したエルビウム原子に照射することで特性X線を発生させた。

実験に用いたエルビウム原子(赤)を含むピーポッド試料のモデルと電子顕微鏡による暗視野像
図2(a)実験に用いたエルビウム原子(赤)を含むピーポッド試料のモデルと(b)電子顕微鏡による暗視野像

 このときにEDX検出器で検出されたX線のスペクトルを図3に示す。およそ1.4 keVと7.0 keVに現れたのが、図2中で黄色矢印で示したエルビウム単原子が励起され発生した特性X線のピークである。(それぞれM線、L線と呼ばれることもある。)このようにエルビウム単原子の特性X線の検出を行うことができた。なお、0.3 keVには炭素に由来する特性X線のピークが現れている。

エルビウム単原子からのX線スペクトル
図3 エルビウム単原子からのX線スペクトル

今後の予定

 この手法は、幅広い範囲の元素の極微量検出に応用できるため、物質に関わるさまざま研究分野の発展に大きなインパクトをもたらす。いままで不可能であった貴金属を原子ひとつひとつの精度で検出することが可能になるため、白金や金などを触媒とする燃料電池の機能解明など、特に触媒化学などのグリーンテクノロジー分野への貢献が期待される。また分子可視化技術と組み合わせることで、抗がん剤に用いられる白金がどのようにがん細胞の増殖を抑えるかなどの情報が原子レベルで直接得られるようになれば、分子設計に基づいた将来の医薬品開発にも貢献が期待される。


用語の説明

◆収差補正型透過電子顕微鏡
収差とは物が歪んだり、ぼやけて見える原因であるが、近年のコンピューターの発達と計算手法の研究の進展により、電子顕微鏡の対物磁界レンズの収差を補正する機構が開発された。これにより、電子顕微鏡像の位置分解能を原子サイズ以下にまで向上させ、原子サイズ程度の微小な領域の状態分析も可能になった。[参照元へ戻る]
◆特性X線
原子の遷移に伴なって発生するX線。元素に特有な波長(エネルギー)をもつため、特性X線の波長から、測定対象物質の構成元素がわかる。[参照元へ戻る]
◆エネルギー分散型X線分析(EDX)
特性X線を利用して、試料の元素分析を行う手法。一般には電子線を入射して、発生する特性X線を分析するため、電子顕微鏡と組み合わせて使われることが多い。発生するX線の波長(エネルギー)と強度を解析することで、微小な領域に存在している元素の種類と量がわかる。 (Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)[参照元へ戻る]
◆電子線エネルギー損失分光(EELS)
電子線が試料を透過するとき、試料中の元素に特有のエネルギーを電子線が失うことを利用して、試料中の元素、電子状態などを調べる分析手法。(Electron Energy-loss Spectroscopy[参照元へ戻る]
◆カーボンナノチューブ
炭素によって作られる六員環のネットワークシートが、単層あるいは多層の円筒状になった物質。単層のカーボンナノチューブは直径が1~2 nmほどで、内部空間にさまざまな物質を取り込むことができる。特に透過型電子顕微鏡ではチューブの内部が影絵のように見えるので、試験管のような役割を果たすことが示されてきた。[参照元へ戻る]
◆ドーパント
主に半導体などで意図的に加えられる不純物のこと。ごく少量の添加で大きく物性を変化させることができる。[参照元へ戻る]
◆シリコンドリフト検出器
小型で軽量な半導体検出器の一種。結晶シリコンの結合電子がX線によって励起される度合いからX線のエネルギーを測定する。励起された結合電子を電界によって電極に集めて検出効率を大きく高めており、従来より効率の良いX線分析に用いられるようになった。[参照元へ戻る]
◆ナノピーポッド
フラーレンをナノチューブに内包させた主に炭素原子からなる複合構造。ピーポッドとは「さやえんどう」のことであり、構造が似ていることから名付けられた。[参照元へ戻る]
◆フラーレン
炭素原子からなる籠状の分子。特に60個の炭素原子からなるサッカーボール型のC60分子がよく知られている。カーボンナノチューブの中へ特に取り込まれやすく、電子顕微鏡観察においても球殻状の形状から認識しやすい。特に内部に金属原子を内包したものを金属内包フラーレンと呼ぶ。[参照元へ戻る]


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