発表・掲載日:2010/12/09

可視光で色が変わり耐久性にも優れる無機フォトクロミック材料

-青色光を当てるとピンク色に、緑色光を当てると無色に可逆的に変化-

ポイント

  • バリウムマグネシウムケイ酸塩に鉄を添加し還元雰囲気で調製して特性を向上
  • 照射光の波長により色の濃度を制御することが可能
  • 超高密度光メモリーや書き換え可能なコピー紙などへの応用に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)生産計測技術研究センター【研究センター長 平井 寿敏】プロセス計測チーム 秋山 守人 研究チーム長、応力発光技術チーム 山田 浩志 主任研究員、光計測ソリューションチーム 坂井 一文 招聘研究員は、青色と緑色の単色光を交互に照射すると、可逆的なフォトクロミズム現象を安定して示す複合金属酸化物材料を開発した。

 この材料は、金属元素を添加したバリウムマグネシウムケイ酸塩(BaMgSiO4)を還元雰囲気で調製したものである。波長405 nmのレーザー光(青)を照射すると、薄いピンク色になり、波長365 nmの紫外光を照射すると濃いピンク色になるなど、照射する光の波長で色の濃度を制御できる。また波長532 nmのレーザー光(緑)を照射すると無色に戻る。これらの色の変化は可逆的である。この材料に10回以上光の照射を繰り返しても色の変化にほとんど影響がなく、耐久性にも優れている。今後、超高密度光メモリーや書き換え可能なコピー紙、ディスプレーなどへの応用が期待される。

 この研究成果は、日本セラミックス協会の学術論文誌Journal of the Ceramic Society of Japanで公開される予定である。

鉄を添加したBaMgSiO4のフォトクロミック特性の図
図1 鉄を添加したBaMgSiO4のフォトクロミック特性

開発の社会的背景

 無機フォトクロミック材料は、高密度メモリーやディスプレー用の材料として長年期待されてきた材料の1つである。特に半導体レーザーやLEDを光源として使用できる小型の超高密度メモリーを開発するために、可視光に応答する無機フォトクロミック材料の研究が行われている。しかし、ほとんどの無機材料は可視光でフォトクロミズムを示さず、また、耐久性が低く応答速度も遅いなどの問題があった。さらに、数回の光の照射で脱色できなくなるなど可逆性が乏しいという課題もかかえていた。また、材料の色もほとんどが青色であった。

研究の経緯

 産総研は、従来の無機フォトクロミック材料の可視光応答特性と耐久性のさらなる向上を目指して研究開発を進めてきた。今回、半導体レーザーやLEDを光源として使えるように、青色光と緑色光でフォトクロミズムを起こす材料の探索を行い、さらにフォトクロミズムの特性を向上させるために、調製条件の影響や金属元素の添加効果などを詳細に調べた。

研究の内容

 今回の研究では、蛍光物質である複合金属酸化物を中心に材料探索を行った。その結果、還元雰囲気で調製したバリウムマグネシウムケイ酸塩(BaMgSiO4)が可視光応答性のフォトクロミック特性を持つことを見いだした。図2にBaMgSiO4の結晶構造と今回作製したBaMgSiO4材料のX線回折パターンを示す。

BaMgSiO4の結晶構造とBaMgSiO4のX線回折パターンの図
図2 (a)BaMgSiO4の結晶構造、(b)BaMgSiO4のX線回折パターン(数字は回折面を示す)

 BaMgSiO4トリジマイト構造に属し、SiO4四面体が角でつながっていて3次元のトンネルを形成している(図2a)。そのSi4+イオンの半分はMg2+イオンに置き換わっており、トンネルの中にBa2+イオンが埋め込まれた構造をしている。今回作製した試料の結晶構造をX線回折で調べた結果、すべての回折ピークがトリジマイト構造の回折ピークパターンと一致し、還元雰囲気での調製によってトリジマイト構造が変化していないことが確認できた(図2b)。

 図3にアルゴン雰囲気中で調製したBaMgSiO4(BMS)と水素を5 %含んだアルゴン雰囲気(還元雰囲気)中で調製したBaMgSiO4(BMS-H)の反射スペクトルとフォトクロミズム特性を示す。光照射前にはどちらの試料も、可視光領域における反射率の減少はない(図3a)。しかし、青色光(波長405 nm)を照射するとBMS-Hでは523 nmの光の反射率が減少し、薄いピンクに色づくことが観察された(図3b)。また、青色光を照射した後のBMS-Hに緑色光(波長532 nm)を照射すると無色に戻り、可逆的なフォトクロミック現象が確認された。さらに、紫外光(波長365 nm)を照射した場合は、BMSでは523 nm付近にわずかな反射率の減少が見られるだけだが、BMS-Hでは523 nmを中心とした幅広い可視光領域での反射率が減少していた(図3c)。このときのBMS-Hの色は鮮やかなピンクであり、紫外光照射後に緑色光を照射すると無色に戻ることも確認された。また、興味深いことに、青色光を照射し続けても反射スペクトルは変化せず(色は濃くならない)、しかも、紫外光照射後に青色光を照射すると鮮やかなピンクから薄いピンクに色が変化する。すなわち、照射する光によって色の濃さが変化する現象を見いだした。

照射前の反射スペクトル、青色光照射後の反射スペクトル、紫外光照射後の反射スペクトル、BaMgSiO4のフォトクロミズム特性の図
図3 (a)照射前の反射スペクトル、(b)青色光(405 nm)照射後の反射スペクトル、 (c)紫外光(365 nm)照射後の反射スペクトル、(d)BaMgSiO4のフォトクロミズム特性

 また、BaMgSiO4のフォトクロミック特性を向上させるために、さまざまな金属元素の添加効果について調べた結果を図4に示す。鉄(Fe)やユウロピウム(Eu)を添加した場合に523 nmの光の反射率が著しく減少した。また、10回以上光の照射を繰り返しても色の変化にほとんど影響がなく、耐久性にも優れていることが確認された。特にFeはレアアースであるEuよりはるかに入手しやすいため、今後の活用が期待される。

紫外光照射によるフォトクロミズムに対する金属元素添加の効果の図
図4 紫外光(365 nm)照射によるフォトクロミズムに対する金属元素添加の効果

 BaMgSiO4の可視光応答フォトクロミズムのメカニズムは、還元雰囲気の調製によって現象が観察されることから、材料中の酸素欠陥が関与していると考えられる。すなわち、光照射によって励起された電子が、酸素欠陥につかまってしまうことによって、523 nmの光を吸収するようになりBaMgSiO4がピンク色に見える。逆に緑色光を照射すると、欠陥につかまっていた電子が励起されて元に戻るために脱色されると考えている。また、波長によって色の濃度が変化するのは、励起される電子の遷移確率が励起波長に依存するために、濃度の違いが現れているものと推測している。

今後の予定

 今後は、超高密度メモリーやディスプレー材料としての可能性を実証するために、金属元素を添加したBaMgSiO4の薄膜化の研究を行う予定である。


用語の説明

◆フォトクロミズム
物質の色が適切な波長の光によって可逆的(元に戻せる)に変化する現象のこと。[参照元へ戻る]
◆複合金属酸化物
2種類以上の金属イオンを含む酸化物のこと。[参照元へ戻る]
◆還元雰囲気
ここではアルゴン中に5 %の水素を混合させた雰囲気のこと。酸素を引き抜きやすい性質がある。[参照元へ戻る]
◆無機フォトクロミック材料
適切な波長の光が照射されたとき、色が可逆的に変化する無機材料のこと。例えば、酸化タングステンや酸化モリブデン、酸化チタンなどが有名である。[参照元へ戻る]
◆トリジマイト構造
例えばSiO4四面体が六角環状に配列し非常に開放的であるため、密度や屈折率が小さく、ほかの原子が侵入しやすい空間を持っている構造のこと。[参照元へ戻る]
◆酸素欠陥
金属酸化物において酸素が抜けた結晶の欠陥のこと。[参照元へ戻る]


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