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発表・掲載日:2007/09/10

抗体医薬を精製する高性能クロマトグラフィー用ビーズを開発

-抗体の分離精製効率を大幅にアップ- 

ポイント

  • 抗体医薬の分離精製を行うクロマトグラフィー用の高性能ビーズを開発
  • シリカビーズ表面に、抗体を捕らえるリガンドタンパク質の配向を制御して固定化することにより、抗体結合量を大幅にアップ
  • 副作用の少ない抗体医薬の高品質・低コスト生産に寄与

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)生物機能工学研究部門【部門長 巌倉 正寛】蛋白質デザイン研究グループ 巌倉 正寛 研究グループ長(兼務)、広田 潔憲 研究員、 分子細胞育種研究グループ 本田 真也 研究グループ長らは、AGCエスアイテック株式会社【代表取締役社長 森川 眞介】(以下「AGC-SI社」という)と共同で、抗体医薬の精製工程で用いられるクロマトグラフィー用の高性能アフィニティー担体(ビーズ)を開発した。

 このアフィニティー担体は、シリカビーズ表面でリガンドタンパク質が配向しているため無駄がなく、抗体を高速に精製できる。副作用の少ない医薬品として期待されている抗体医薬品の製造において、高品質製造による安全性向上、低コスト生産に貢献できる。

シリカビーズ上に多数のリガンドタンパク質が配向している高性能ビーズとランダム配向している従来品の図
シリカビーズ上に多数のリガンドタンパク質が配向している高性能ビーズ
医療用の抗体の精製に威力を発揮する。
リガンドタンパク質がランダム配向している従来品

 本技術の詳細は、2007年9月13~15日に北海道大学(札幌市)で開催される化学工学会第39回秋季大会で発表される。



開発の社会的背景

 抗体医薬は、抗体が生体内の異物を認識する性質を利用した医薬品で、患部のみをピンポイントで攻撃するので、副作用が少なく、従来タイプの医薬品では難しい難病の治療や、高い効能が期待されている。例えばヒト型モノクローナル抗体は、その薬効、副作用の低さなどから夢の治療薬として大きな期待がもたれ急速な勢いで市場が拡大している。

 抗体医薬の製造において、抗体を生産する細胞である「DNA組換え型動物細胞」の改質や培養条件の至適化等の向上が目覚しく、この方面での研究開発は盛んに行われている。一方、製造される抗体医薬品の品質安全性および製造コストに大きく影響するダウンストリーム工程の研究は大きく遅れ、危機的状況である。プロセスにおいて使用される技術の多くが欧米由来であるため、国産技術の開発が望まれてきた。

 抗体分子の分離精製にはアフィニティークロマトグラフィーという方法が用いられる。抗体分子を特異的に認識して結合するリガンドタンパク質をシリカビーズ等に固定化し、このビーズを充填したカラムを用いて抗体の精製を行う。抗体と不純物を含む水溶液をこのカラムに流すと抗体だけがリガンドタンパク質に捕捉される。捕捉された抗体は後ほど溶出液で溶出することができるので精製される。リガンドタンパク質としては抗体に結合する性質を有するプロテインAという微生物由来タンパク質が用いられているが、拡大する多品種の抗体に対応できなくなってきている。

研究の経緯

 生物機能工学研究部門では、タンパク質の固定化技術としての配向制御固定化技術の開発、抗体が認識して結合するタンパク質性リガンド分子の開発(タンパク質分子の再デザイン)を行ってきた。また、リガンド分子を固定化しておくためのシリカ系の担体基材の製造に関して国内トップクラスの技術を有するAGC-SI社と共同で、クロマトグラフィーとしての動的特性でも優れたアフィニティー担体(多数のリガンド分子が結合しているシリカビーズ)の開発に取り組んできた。

 なお、本研究開発の一部は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「新機能抗体創製技術開発/高効率な抗体分離精製技術(平成18~19年度)」による支援を受けて行ったものである。

研究の内容

 抗体が分子の構造を認識して結合するリガンドタンパク質の設計を行った。リガンドタンパク質のアミノ酸配列を、抗体結合機能部分、固定化反応を効率よく行わせる部分、および製造工程においてリガンドタンパク質そのものを分離精製するのが容易になるように精製タグ配列部分に分割し、それぞれの部分配列ごとに各機能の最適化を行った。

 今回作製したリガンドタンパク質は、まだプロトタイプの段階ではあるが、抗体との結合機能をもつアミノ酸配列としては、プロテインA由来のアミノ酸配列を元にした。これより数十個の変異体を作製し、抗体との結合能を保持したまま、固定化反応を阻害しないような最適の配列を得た。これに、ビーズ表面との距離をとるため適切な長さのリンカー配列、固定化反応のための活性化配列、および精製を容易にするための精製タグ配列を付与した。精製タグ配列により、製造工程においてリガンドタンパク質の分離精製が容易になり、効率よく純度の高いリガンドタンパク質の製造ができる。

 このリガンドタンパク質を、AGC-SI社が開発しているシリカ系担体(ビーズ)に配向を制御して固定化した。この反応は既にわれわれが開発しているカルボキシ末端を介した配向制御型固定化方法を用いた。この方法を用いると担体表面にすき間なくリガンドタンパク質を固定化することができる。

 開発したアフィニティー担体は、担体1mlあたり、抗体(IgG)分子を90mg結合させることができた。これは市販品に比べて1.8倍の結合能力(静的結合容量)である(図1)。


アフィニティー担体の抗体結合能力の比較図
図1 アフィニティー担体の抗体結合能力(静的結合容量)の比較

 産業用の大量精製プロセスにおいては高速処理するために、抗体とリガンドとの接触時間が1分未満(実際は、0.83分という極めて短い時間)においても高い性能を発揮することが求められる。今回開発した担体は、担体1mlあたり、抗体(IgG)分子41mgの結合能力(動的結合容量)を示した。この値は、現在入手できる抗体精製用アフィニティー担体の中で動的結合容量の最も高い担体と同等であり、世界的にみても最高レベルの結合能力を引き出せたことを示している(下表)。

抗体精製用アフィニティー担体の動的能力の比較表
抗体精製用アフィニティー担体の動的能力の比較の表
*長カラムを用いており、他の測定と条件が異なる。使用実績は少ない。

 比較表に示すように、AIST-2(配向制御:主鎖)ではリガンドタンパク質の配向を制御してシリカ担体(ビーズ)に固定化することにより、ランダムに多点結合する場合AGSIT(多点:測鎖)に比べて、固定化されたリガンドタンパク質の量が半分以下であっても、動的抗体結合量を1.3倍にあげることができている。これはアフィニティー担体のコストの大部分を占めるリガンドタンパク質の使用量を減らすことができるので、コスト面においても優れていることを意味する。

今後の予定

 近年の抗体医薬品ブームは、アフィニティークロマトグラフィーが産業用にも幅広く利用される時代を予感させる。そのようなパラダイムシフトを起こすためには、精製対象物と強く結合するリガンドタンパク質を、必要なときにすばやくデザインして、供給できるデザインシステムの開発が重要と考えられる。産総研は、このようなパラダイムシフトを目指し研究開発を推進する。


用語の説明

◆抗体医薬
生体には、病原菌やウイルスなどの異物(抗原)の侵入に対して、感染を抑止する免疫反応と呼ばれる防御システムがある。抗体は、この免疫反応をつかさどるタンパク質のことで、生体内において抗体が抗原に特異的に結合することで抗原の除去に役立っている。抗体医薬とは、この抗体が抗原を認識する特異性を利用した医薬品のことを指す。がん細胞などの標的細胞だけに結合するよう抗体を人為的に合成することによって、患部をピンポイントで攻撃することができ、 低分子化合物を利用する従来タイプの医薬品では難しい難病の治療や高い効能、副作用の低減につながると期待されている。
抗体医薬の生産に関しては、以前は抗原を感作したウマやウサギなどの動物から抗体を抽出して利用する方法が考えられていたが、現在では、副作用の極端に少ないヒト型化抗体やヒト抗体を合成する技術が発達し、この結果、本格的な実用化の条件が整い実際に上市されるようになった。抗体医薬の開発は米国が先行しているが、国内においても、既に数種の抗体医薬の販売が認可されており、2004年時点で440億円(日経バイオ年鑑2005調べ)の市場規模を達成している。ゲノム創薬の発展もあいまって、今後、創薬のターゲットとなる分子の特定が拡大することが予想されていることから、抗体医薬は、次世代バイオ医療の主役として期待されている。一方で、解決すべき問題の一つが抗体医薬の低価格化である。高度な開発や高品質生産に巨額の投資が必要なため、現在の抗体医薬の薬価は非常に高価であり、このことが普及の妨げとなっているとの指摘は少なくない。 [参照元へ戻る]
◆アフィニティー担体
特定の生体分子を特異的かつ可逆的に吸着する能力をもつ不溶性の担体のこと。アフィニティークロマトグラフィーにおいて用いられる。 [参照元へ戻る]
◆モノクローナル抗体
抗体は、膨大な数の抗原に反応するための機構に基づき産生されるので、本来的に多様で不均一な分子である。また、単一の抗原で免疫した動物の血清から調製した抗体も、抗原が複数のエピトープ(抗原決定基)をもつことが多いことから、結果として雑多な分子集団となる。このような抗体はポリクローナル抗体と呼ばれる。これに対し、単一クローンの抗体産生細胞が産生する抗体をモノクローナル抗体という。ポリクローナル抗体は、厳密には特異性が互いに異なる分子からなる混合物であるが、モノクローナル抗体では、単一のエピトープに対する単一の分子種となるため、アミノ酸配列が均一であり、かつ、抗原特異性も全く同一となる。 [参照元へ戻る]
◆ダウンストリーム
製造業での生産工程において、原材料に始まる前半の工程をアップストリーム、商品に至るまでの後半の工程をダウンストリームと呼ぶ。例えば、抗体医薬の生産では、抗体遺伝子の動物細胞への導入、組換え動物細胞の培養までをアップストリームと、培養液からの抗体の分離精製、製剤、梱包工程等をダウンストリームと呼ぶことが多い。 [参照元へ戻る]
◆アフィニティークロマトグラフィー
生体分子の間の特異的な親和性を利用して生体分子を精製するクロマトグラフィーのこと。例えば生体分子Aを精製したい場合、それと特異的かつ可逆的に結合する分子Bを不溶性の担体に固定化してアフィニティー担体を作製し、カラムに詰める。生体分子Aを含む原料溶液をそのカラムに流し込むと、Aのみがアフィニティー担体に吸着し、A以外の成分は吸着せずにカラムから流出する。その後、例えばpHを下げることによってAをBから乖離(かいり)させ、カラムからAのみを含む溶液を溶出させる。このようにして、生体分子Aを精製する方法がアフィニティークロマトグラフィーである。 [参照元へ戻る]
◆プロテインA
プロテインAは、スタヒロコッカス属黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の細胞壁に存在する膜タンパク質で、免疫グロブリンG(抗体)、免疫グロブリンA、免疫グロブリンMの定常領域に特異的に結合することが知られている。プロテインAは、約520のアミノ酸残基からなる、分子量約60000のタンパク質であるが、抗体に結合するのは、細胞壁の外側に存在する60アミノ酸弱の小型ドメインである。細胞外領域に、E、D、A、B、Cのアミノ酸配列が相同な五つのドメインがあり、そのどれもが抗体のFc領域と特異的な親和性を有している。プロテインAのこのような性質は、黄色ブドウ球菌がほ乳類に進入した際に、抗体の機能を抑制することで、菌がほ乳類の免疫系によって排除されることを防ぐためと解釈されている。一方、抗体の定常領域と特異的に結合するというこの機能は、抗体の精製、検出、評価等の目的に、バイオテクノロジーのさまざまな分野で広く利用されている。なお、黄色ブドウ球菌より抽出精製した、あるいは遺伝子組換え技術により生産されたプロテインAには毒性がないことが確認されている。 [参照元へ戻る]
◆リガンド分子
アフィニティークロマトグラフィーにおいて、不溶性の担体に固定化しておく分子のこと。生体分子Aを精製したい場合、それと特異的かつ可逆的に結合する分子Bが存在すれば、それがリガンド分子となり得る。例えば抗体分子を精製する場合、抗体に特異的かつ可逆的に結合するプロテインAと呼ばれるタンパク質をリガンド分子として固定化した担体を作製し、アフィニティークロマトグラフィーを行うことができる。 [参照元へ戻る]
◆担体基材
アフィニティークロマトグラフィーにおいて、リガンド分子を不溶化するために用いる基材のこと。不溶性の担体基材には、目的分子が入り込めるような孔(あな)をもっていること、化学的に不活性で非特異的吸着がないこと、物理的・化学的に安定であること、などが要求される。そのような基材として、アガロース等のポリマー分子を重合させたもの、シリカゲル、多孔性ガラスなどが用いられている。 [参照元へ戻る]
◆動的結合容量
単位体積(1ml)のアフィニティー担体が、どの程度の量の目的の分子を吸着(結合)できるかを示す値。目的の分子をアフィニティー担体のカラムに徐々に添加していくと、はじめのうちはすべて吸着されるが、それにつれて目的の分子と結合していないリガンドが減っていき、目的の分子が担体に吸着しきれずにカラムから漏出してくるようになる。アフィニティークロマトグラフィーでは、漏出が起こるまでに目的の分子をどの程度吸着できるかが重要である。そこで、例えば10%の漏出が起こるまでに添加できる量を測定し、アフィニティー担体の性能を表す指標として用いている。それが動的結合容量である。この値は、溶液をカラムに添加するときの流速(添加溶液がカラムの中に滞留する時間等で表す)に依存して変化する。通常、流速が早くなると動的結合量は低下する。また、動的結合容量は、リガンド分子の性質、担体に固定化されているリガンドの量、担体基材の性質、に依存する。 [参照元へ戻る]



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