発表・掲載日:2004/10/28

環境残留性が高い有機フッ素化合物の分解・無害化に成功

-ヘテロポリ酸光触媒によりパーフルオロオクタン酸(PFOA)の完全分解を達成-

ポイント

  • 環境残留性や生体蓄積性が問題になっている有機フッ素化合物を、光触媒を用いることにより、高効率に分解・無害化することに成功。
  • 有機フッ素化合物は、界面活性剤やコーティング剤として広く使用されているが、きわめて難分解性であるため、その環境対策が求められていた。
  • これらは「炭素・フッ素結合」による強固な成り立ちを持っており、これまで有効な分解処理方法は存在しなかった。
  • 今後は、さらに研究を進めることにより、フッ素系物質全体の環境負荷低減への寄与が可能。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)環境管理技術研究部門【部門長 山崎 正和】の 堀 久男 未規制物質研究グループ長らは、環境残留性や生体蓄積性が高く、生態系への影響が懸念されている典型的な有機フッ素化合物であるパーフルオロオクタン酸(PFOA)をはじめとする水中のパーフルオロカルボン酸類を、常温でフッ化物イオンまで完全分解する方法の開発に成功した。

 有機フッ素化合物は、他の物質では代替困難な優れた物理化学的性質を持っているため、界面活性剤、表面処理剤、ポリマー、燃料電池構成材料、レジスト、液晶等の機能性材料として、近年その用途が拡大している。

 しかしその反面、一部の有機フッ素化合物が環境水や野生生物中に地球規模で存在していることが明らかになってきており、その難分解性と生体蓄積性による生態系への影響が懸念され、発生源対策および廃棄物対策の確立が急務となっていた。

 これらの有機フッ素化合物は、炭素が形成する結合のうち最強である「炭素・フッ素結合」から成り立っているため化学的に非常に安定であり、自然界では分解しない。また、熱分解させるためには約1000℃以上の高温が必要となる。さらに、これらの物質はOHラジカルとの反応性が乏しいため従来の水処理法(酸化チタン光触媒、オゾン等)でも分解困難であった。

 今回、産総研の研究グループでは、ヘテロポリ酸という光触媒を用いて、室温で水中のPFOAをはじめとするパーフルオロカルボン酸類を、低エネルギーでフッ化物イオンと二酸化炭素へ完全分解させることに成功した。フッ化物イオンは既存のプロセスであるカルシウム処理法により環境無害なフッ化カルシウムに変換される。

 今後は、さらに研究を推進し、当システムの実用化とフッ素系物質全体の環境負荷低減へ寄与していく予定である。

 なお、この方法は光化学的にPFOAを分解させた世界初の例であり、米国化学会発行の環境科学専門誌Environmental Science & Technology(11月15日号)に掲載される。(電子版は米国化学会ホームページにて10月9日公開済み)  


研究の背景

 有機フッ素化合物は他の物質では実現できない特異な性質(耐熱、耐薬品性に優れ過酷な条件でも使用可能、光吸収能がない等)を持つため、界面活性剤、乳化剤、撥水剤、消火剤、ワックス、カーペットクリーニング剤、コーティング剤等、様々な用途に用いられてきた。最近も半導体用の表面処理剤や燃料電池構成材料等、機能性材料としての用途が増加している。ところが数年前から一部の有機フッ素化合物が環境水や野生生物体内に蓄積していることが米国やカナダの研究者を中心に報告され始めた。その典型がパーフルオロオクタン酸(PFOA; C7F15COOH)に代表されるパーフルオロカルボン酸類やパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS; C8F17SO3H)に代表されるパーフルオロスルホン酸類であり、その後欧州や日本の研究者も環境分析研究に参入した結果、これらの化合物が我が国を含めて世界規模で環境中に存在していることが明らかになった。また、細胞間の物質の伝達を阻害する等、生体に有害な作用も指摘されたため各国で規制が開始され、米国では2002年初頭に米国環境保護局(EPA)がPFOSについて用途を厳格に限定して使用するという法的制限を行い、PFOAについても現在本格的な規制の検討を行っている。我が国でも、PFOAとPFOSは2002年12月に化審法の指定物質(現在の第二種監視化学物質)となっている。

 有機フッ素化合物の持つ優れた機能性はその本質的な構造(炭素・フッ素結合)に由来するため他の物質での代替が非常に困難である。代替物質の研究も行われてはいるものの、有効な結果は得られていない。

 従ってこれら有機フッ素化合物による環境負荷を低減させるには、発生源においての漏洩を防止すると共に廃棄物や排水中の残留物を無害化する必要がある。ところがこれらは非常に安定(炭素・フッ素結合は炭素が形成する共有結合で最強)であり、熱分解には約1000℃以上の高温が必要となる。また、これらの化合物はその用途から水中に存在することが多いが、これを直接熱分解させるには膨大なエネルギーコストが必要となる。従来、水中の有害物質を分解させる方法としてはオゾン処理や酸化チタン光触媒が知られているが、OHラジカルとの反応性が乏しいためこれらの方法を用いても炭素・フッ素結合は切断できない。有機フッ素化合物をフッ化物イオンまで効果的に分解できれば、フッ化物イオンは既存のカルシウム処理法により環境無害なフッ化カルシウムに変換可能となる。このため、有機フッ素化合物を効果的に分解する方法の開発が望まれていた。

研究の経緯

 産総研 環境管理技術研究部門では、有機フッ素化合物に関して環境分析法の開発、環境動態の解明、廃棄物の分解処理や曝露低減のための無害化法の開発を相互に連携して行っている。

 今回の有機フッ素化合物の分解法に関する成果の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金 基盤研究B「錯体触媒による環境残留性パーフルオロ酸化合物の分解・無害化処理」(平成15~16年度)の支援を受けて得られたものである。

研究の内容

 産総研の研究グループでは、非常に安定なPFOAをはじめとするパーフルオロカルボン酸類の分解を行うために、光触媒の中で通常用いられている酸化チタンに隠れて一般にはほとんど知られていなかったヘテロポリ酸( H3PW12O40)に注目した。ヘテロポリ酸には、多くの電子を受容できる(高い酸化力)、強酸性下で安定( pH 1以下でも安定なため分解対象物がパーフルオロカルボン酸類のような強酸類であっても使用できる)、水に溶かして使うため原理的にコーキングを起こさない、回収・再利用可能(エーテルと選択的に結合する性質を利用して水溶液中から分離・回収できる)という特徴がある。

 今回の実験は次のようにして行った。耐フッ素、耐圧性の反応容器にPFOAとヘテロポリ酸触媒を含む水溶液を導入し、上部に加圧(0.48MPa)酸素を導入した。PFOAの濃度は工業プロセスから発生する処理前の排水中の濃度と同程度とし、そこに紫外・可視光を照射した。反応温度は25℃で一定に保った。照射後、気相および液相の成分分析を行った。【写真参照】


光反応装置の写真
写真 光反応装置

 【図1】にPFOA分解反応の照射時間依存性を示す。光照射によりPFOA濃度は減少し、気相中に二酸化炭素、液相中にフッ化物イオンが生成している。24時間照射後はPFOAが完全に消失すると共に、ほとんどのフッ素成分はフッ化物イオンまで分解した。ヘテロポリ酸触媒は24時間後にも100%残存し全く劣化しておらず、このためPFOAとヘテロポリ酸触媒を導入し、一度PFOAを光照射により分解させた後、再度新たなPFOAを導入し、光照射分解させるという連続利用も可能であった。

 また、今回開発したこの処理方法では、PFOAだけでなく炭素数2-7の他のパーフルオロカルボン酸類も分解可能なことが実証されている。有機フッ素化合物を電子線照射などの高エネルギー的な手法で無理に分解させると、テトラフルオロメタン( CF4 )のような環境に非常に有害な温暖化物質が生成する場合があるが、本処理方法ではそのような有害物質の生成も観測されていない。

 PFOAのような環境残留性の高い有機フッ素化合物の強固な炭素・フッ素結合を切断し、フッ化物イオンまでの完全分解させることは、従来の方法ではきわめて困難であり、これを光触媒で達成したのは今回が世界初の例である。


PFOA分解反応の光照射時間依存性の図
図1 PFOA分解反応の光照射時間依存性

今後の予定

 本研究では、これまで適当な分解処理の方法がなかったPFOAをはじめとするパーフルオロカルボン酸類について、フッ化物イオンまで効果的に分解・無害化できる光反応システムを開発した。炭素・フッ素結合の切断は有機フッ素化合物の環境対策の鍵となる技術であり、今後はその対象物質を広げると共に分解効率の向上、可視光のみでの駆動化を目指す。さらには、分解特性に関する知見を有機フッ素化合物の代替物質の開発にも反映させ、フッ素系新規物質全体の環境負荷低減に寄与していく考えである。

用語の説明

◆パーフルオロオクタン酸(PFOA)
ペルフルオロオクタン酸、ペンタデカフルオロオクタン酸とも呼ばれる(化審法での名称はペルフルオロオクタン酸である)。構造はCF3CF2CF2CF2CF2CF2CF2COOH。[参照元へ戻る]
◆パーフルオロカルボン酸類
パーフルオロアルキル基を有するカルボン酸の総称で構造はCnF2n+1COOH( nは1以上の整数)。PFOAはn = 7の場合である。耐薬品性、耐熱性が優れており強酸、強アルカリ性でも分解しない。[参照元へ戻る]
◆ヘテロポリ酸
オキソ酸が縮合して2核以上の多核錯体を形成しているものをポリ酸というが、このうち2種以上の中心イオンを含むものをいう。最も基本的な構造は[XM12O40]n-(ここでX = Si, Pなど、M = Mo, W等、nは整数)。今回用いたH3PW12O40はリンタングステン酸、あるいは12タングストリン酸と呼ばれる。光触媒としては珍しいが、酸触媒としてテトラヒドロフランの重合等で工業的に使用されている。[参照元へ戻る]
◆光触媒
触媒とは、自身は消費されることなく、化学反応に関与して反応を促進するような機能を持つ物質のこと。これに対して光触媒とは反応系に対しある物質を添加しただけでは反応が進まないか遅いが、光を照射することで反応が促進され、その添加した物質自体は反応の前後で変化しない場合、その物質のことを言う。[参照元へ戻る]
◆化審法
化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律の略。難分解性の性状を有し、かつ人の健康を損なうおそれがある化学物質による環境の汚染を防止することを目的として、1973年に制定され、その後に改正が重ねられている。このうち現在の「第二種監視化学物質」は、高蓄積性は有さないが、難分解性であり、長期毒性の疑いのある化学物質と規定されている。[参照元へ戻る]
◆コーキング
光触媒が反応する際、酸化チタンのような固体触媒の場合、表面を反応物が覆って光触媒の反応が阻害されることがあり、これをコーキングという。[参照元へ戻る]


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