発表・掲載日:2004/08/10

10個のアミノ酸からなる「最小のタンパク質」の創製に成功

-タンパク質研究の基礎応用両面に大きなインパクト、生命起源の研究へも影響-

ポイント

  • これまで短鎖(低分子量)のペプチドは水溶液中で単一の立体構造を保持できないと考えられていた
  • 今回、独自のコンピュータ技術を用いて、10個のアミノ酸だけの構成で固有の立体構造を形成し協同的な構造転移を示す新しいペプチドの設計・合成に成功した
  • タンパク質の安定化機構、フォールディング、分子設計研究の進展に貢献し、生命の起源の解明にもつながる期待


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)生物機能工学研究部門【部門長 巌倉 正寛】と年齢軸生命工学研究センター【センター長 倉地 幸徳】は、産総研で考案した独自のアルゴリズムに基づいて、10個のアミノ酸で構成される新規の非環状ペプチドを設計・合成し、このペプチドが水溶液中で安定な立体構造を形成すること、及び、昇降温に伴い可逆的かつ協同的に変性/再生することを証明した【図1】。

設計したペプチド、「シニョリン」の立体構造図

図1 設計したペプチド、「シニョリン」の立体構造

 (PDB登録番号:1UAO)


 生命の起源と深く関連するタンパク質が、どのように誕生して今日見られる洗練した機能分子へと進化したのかは大きな謎である。今回設計・合成したペプチド(分子量約1000)は、通常自然界に現存するタンパク質(分子量5000~150000)に比べて極端に小さい【図2】。しかし、固有の立体構造協同的な構造転移は、タンパク質が機能するための不可欠な要件であることから、この2点で判断すれば、合成したペプチドを最小のタンパク質と呼ぶこともできる。

 これまで、一般にタンパク質が安定な立体構造を形成するには、30~50個のアミノ酸が最低必要であるとの見方が支配的であった。しかし、合成したペプチドは、この下限を大きく下回るもので、タンパク質の構造単位に関する従来の認識の修正を促すものである。この研究成果により、タンパク質の安定化機構、フォールディング、分子設計研究の進展が今後加速するとともに、生命起源の研究へも大きな影響を及ぼすことが期待される。

シニョリンと代表的なタンパク質であるヘモグロビンの分子の大きさの比較図

図2 シニョリン(左:アミノ酸10個)と代表的なタンパク質であるヘモグロビン(右:アミノ酸574個)の分子の大きさの比較(1nmは10億分の1メートル)

 本研究成果は、米科学誌ストラクチャーの2004年8月10日号に掲載された。

*Honda, S., Yamasaki, K., Sawada, Y. and Morii, H. (2004) 10-residue folded peptide designed by segment statistics. Structure 12(8) 1507-1518.



研究の背景

 タンパク質は、生命を担う最も重要な物質のひとつであり、また、その機能の発現には固有の立体構造の形成が必須であることが知られている。タンパク質は、化学的には鎖状の高分子である。そのひも様の分子が、いかなる分子機構を経て自ら折りたたみ、最終的にどのような立体構造になるのかという疑問は、フォールディング問題とも呼ばれ、分子生物学における未解決問題の一つである。また、私たちが現在知る複雑で精緻なタンパク質の立体構造が、どのような過程を経て出現したのかというタンパク質の化学進化の問題も、生命の起源と関連した興味深い課題である。両問題とも全容の解明には至ってないが、着実な進展が続いており、現在は共にその初期過程に起こる(起こった)事象の解明に多くの研究者の関心が向いている。これらの研究は、基礎的な側面のみならず、そのプロセスの理解が新たなタンパク質を創出するための技術基盤に直結することから、医薬・農林水産等をはじめとする産業界からも注目される分野となりつつある。

研究の経緯

 産総研生物機能工学研究部門では、以前よりタンパク質のフォールディングに関連した研究を精力的に展開しており、多くの国際的な成果を上げてきている。これらの研究を通じて、当該部門の本田真也主任研究員らは、フォールディングの初期過程とタンパク質の化学進化の初期過程には共通の分子論的機構が成立しうるとの考えに至り、その発展からタンパク質の自律要素仮説を提案した。この仮説では、タンパク質分子は、一般に考えられているよりもっと小さいサイズの単位で構成される階層的構造体であると解釈している。今回、この仮説に立脚して通常困難と考えられているサイズのタンパク質を設計・合成することを試みることにより、本仮説の妥当性を検証することとした。

研究の内容

 ある種のタンパク質のフォールディングの初期過程では、「核」と呼ばれる特定の部位が全体に先立って立体構造を形成することがわかっていた。もし、フォールディングの初期過程と分子進化の初期過程の間に何らかの関係が存在するのであれば、「核」部位の構造的保存性は、他の部分に比べて高いことが予想される。そこで、あるタンパク質の「核」部位と類似の立体構造をもつ断片を、コンピュータを用いてタンパク質構造データベースの中から抽出した。研究に着手した時点では、この目的に沿うソフトウエアは存在しなかったため、独自のアルゴリズムを考案し専用のコンピュータプログラムを開発した。抽出した多数の断片の統計的解析から、それらのアミノ酸配列には有意な偏りがあること、さらにこの偏りは部分構造の安定性を半定量的に反映していることが明らかになった。このような独自のコンピュータ解析を通じて、安定な構造形成が期待される新規なアミノ酸配列を設計し、「シニョリン(chignolin)」と命名した。

 合成したシニョリンが水溶液中で溶解することを確認した後、核磁気共鳴法によりその立体構造を解析した。得られた構造データのばらつきはわずかで、天然のタンパク質と同程度の精度の原子座標が決定された。また、シニョリンの変性/再生過程を詳細に解析したところ、分子全体が協同的に変化し、二状態性構造転移を示すことも明らかとなった。この転移現象は緩やかで広い温度範囲に及ぶが、平衡状態にあるシニョリン分子の2割程度は、100℃においても立体構造を維持している。短鎖のペプチドであるシニョリンが高温下でも安定に存在するという事実は、生命の起源の有力な説である海底熱水噴出孔仮説と関連して興味深い。

 現在、シニョリンの構造データは、日米欧で協調して運営されている国際的公共データベースであるタンパク質構造データバンク(PDB)に登録されている(登録番号:1UAO)。なお、PDBに登録されたタンパク質の中で、固有の立体構造と構造転移の協同性が確かめられているのはシニョリンが最小である。

今後の予定

 タンパク質の自律要素仮説の検証に向けて、引き続き安定な短鎖ペプチドの設計を進める。また、コンピュータによるペプチドの構造安定化技術の高度化を図り、阻害剤やワクチン等の医薬原料への応用を検討することで、産業分野への波及拡大を目指す。



用語の説明

◆ペプチド(オリゴペプチド、ポリペプチド)
2個以上のアミノ酸が結合したもの。アミノ酸数が100以下のものを指すことが多い。環状と非環状(鎖状ともいう)とに大別される。自然界には少なくとも1000を超える生理活性ペプチドが存在し、記憶、睡眠、免疫等の調節や抗菌・抗ウイルス、酵素阻害など幅広い機能を有する。一般にアミノ酸数が2~10のものをオリゴペプチド、それ以上のものをポリペプチドと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆タンパク質
約20種のアミノ酸が結合したポリペプチド。タンパク質の種類により、構成するアミノ酸の数、種類、結合順序が異なる。生体物の主要な構成成分であるとともに、酵素、ホルモンなどの生理活性物質として生命現象にきわめて重要な機能を担う。タンパク質とペプチドは化学的には同種の物質で、その鎖長(分子量)の長短のみで区別される。両者を区別する厳密な定義は存在しないが、自然界のタンパク質のアミノ酸数は概ね50~1500の範囲であることから、一般的にはアミノ酸数50以上のものをタンパク質と呼ぶことが多い。以下に説明する立体構造と協同性は、タンパク質の機能に欠くことのできない属性であることから、これらの性質の有無をペプチドとの区別に用いる場合もある。[参照元へ戻る]
◆タンパク質の固有の立体構造、変性、再生、フォールディング
鎖状の高分子であるタンパク質は、生理的条件下で常に一定の空間的配置に自発的に折りたたみ、種類ごとに固有の立体構造を形成する。一方、タンパク質を特殊な条件で処理すると、分子鎖を切断することなしに立体構造を崩すことが可能で、これを「変性」と呼ぶ。ほとんどのタンパク質は変性によりその機能が失われることから、固有の立体構造がタンパク質の機能に不可欠であると考えられている。変性したタンパク質を生理的条件に戻すと元の立体構造を再び形成させることが可能で、これを「再生」と呼ぶ。変性したタンパク質が再生する過程、即ちひも様の分子が固有の立体構造へ自発的に折りたたむ様をフォールディングという。細胞内で新しく生合成されたタンパク質もフォールディングの過程を経て活性型になる。[参照元へ戻る]
◆タンパク質の協同的な構造転移、協同性、二状態性
タンパク質が機能するには固有の立体構造が不可欠であるが、立体構造が可逆的に変性/再生する能力を持っていることもきわめて重要である。例えば、分泌タンパク質の膜透過や輸送、過剰発現タンパク質や中古タンパク質の分解管理は、タンパク質が変性/再生能力を有するからこそ効果的に進めることができている。大部分のタンパク質の変性/再生は、分子全体が同期して構造が変化する。この変化を協同的な構造転移と呼び、この性質を協同性という。その結果、1つのタンパク質分子は完全に変性した状態と完全に再生した状態のどちらか一方になる。このことから二状態性とも呼ばれる。どちらか一方のみで途中の状態が無いことから、タンパク質の機能の明瞭なON/OFF切り替えが可能になり、細胞全体の制御管理が容易になると考えられている。ただし、二状態性はすべてのタンパク質で成立する規則ではなく、いくつかのタンパク質では途中の状態(中間状態)が存在することも知られている。近年、中間状態にあるタンパク質の細胞内凝集が原因で発症していると考えられる疾病が多数存在することが報告され、タンパク質の二状態性の重要性があらためて認識されている。[参照元へ戻る]
◆生命の起源
地球上の生物の起源に関しては、大別して三つの考え方が存在する。第一は、超自然現象として説明するもので、例えば神の行為を考える説。第二は、地球上の物質の状態変化の結果と考える説。第三は、地球外から飛来したと考える説。一般的には、二番目の化学進化説が支持されている。さらに化学進化説は、生命はタンパク質から始まったとする考えと核酸から始まったとする考えの二つの説に大別される。後者の説においても核酸とタンパク質が対になって共進化する段階が次に続くとされており、いずれにしてもタンパク質の出現は生命の起源と深い関わりを持っていたと考えられている。[参照元へ戻る]
◆タンパク質の化学進化
現在のタンパク質は進化の産物である。多くの研究から、突然変異を含むさまざまなメカニズムによって、現在の姿に徐々に変化してきたことが明らかになっている。しかし、遡って最も始めの原始タンパク質がどのようなもので、どのように作られたのかについては謎のままである。現在のタンパク質より単純でサイズの小さい分子であったと想像されているが、証拠は存在しない。一般に、生命の誕生以前に非生物的な作用で原始タンパク質が出現した過程を化学進化といい、生命誕生以降にタンパク質が徐々に変化していった過程を分子進化と呼んで区別している。[参照元へ戻る]
◆自律要素仮説
タンパク質分子は、10~20アミノ酸程度の自律要素(Autonomous Element)と残りの受動的依存的要素から構成される階層的な構造体であるとみる考え方。自律要素の立体構造は、配列上の近傍アミノ酸との局所的相互作用によって安定化され、配列上の遠方アミノ酸の影響をほとんど受けない。このことから自律要素は、類縁関係のない異なったタンパク質分子内でも常に同一同様の部分構造を形成する傾向が高い。また、フォールディング過程においては、独立に構造を安定化することが可能なことから、自律要素は反応初期に形成される「核」またはその一部となる傾向が高い。さらに、化学進化に関連して、初期に形成された原始タンパク質は、小さくかつ安定なものが有利であったと類推できるので、自律要素を原始タンパク質のなごりと解釈することも可能である。[参照元へ戻る]
◆海底熱水噴出孔仮説
化学進化説における生命誕生のシナリオとして有力なひとつ。海底熱水噴出孔は現在の地球にも存在し、海水は200気圧、350℃の特殊な状態にある。この熱水エネルギーによってタンパク質または核酸が合成され、生命が発生したと考えるのが海底熱水噴出孔仮説である。現在まで、フローリアクターという熱水噴出孔を模した実験装置で、アミノ酸水溶液を原料にして、アミノ酸数6程度のオリゴペプチドなら合成可能であることがわかっている。しかし、タンパク質レベルの長いポリペプチドの合成は確認されておらず、このような過酷な条件ではタンパク質は安定に存在できないとの批判もある。[参照元へ戻る]


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