発表・掲載日:2003/08/27

ナノテクとバイオの融合分野で活躍できる人材を養成

-人材不足の分野で即戦力となる人材を輩出し産業競争力強化へ貢献する-

ポイント

  • ナノテクとバイオテクノロジーの融合により大きく市場が拡大すると予測
  • ナノバイオの基礎研究部分で日本が世界をリード
  • ナノバイオの基礎研究部分を産業化につなげる人材が不足
  • 実践的な研究実習により即戦力となる人材の養成

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) は、文部科学省・科学技術振興調整費・新興分野人材養成プログラムにより、広い視野と先端的な機器・手法の研究開発が要求されるナノバイオテクノロジー分野において、即戦力となりうる人材の養成を行うことを目的として、「ナノバイオ人材養成ユニット」をスタートさせました。本人材養成ユニットは、産総研の広い分野にわたる6つの研究ユニット(代表者:人間系特別研究体 湯元昇)により構成され、さらにユニット相互の機動的連携を図ることにより、人材養成機関として効率的に組織されています。

ナノバイオ人材養成ユニットについての図1
ナノバイオ人材養成ユニットについての図2

 被養成者は、既存の豊富な研究資源を活用した養成プログラムにより、ナノバイオ分野で研究を遂行していくための様々な技術を獲得することができます。ナノバイオ分野の広範な知識と技術の修得を目的とした、講義と技術講習の他、二つの実習コース(生体ナノマシンコース、ナノバイオ材料・マシン製造コース)に参加することにより、さらに実践的な技術および知識を得ることができます。

 養成プログラムとして、ポスドクを対象としたリーダープログラム、大学院生を対象としたサブリーダープログラム、企業技術者を対象とした技術者プログラムを用意しています。



コースの説明

1.リーダー養成プログラム (ポスドク対象、2~3年)
 本養成ユニットで研究実習などを行いながら、将来ナノバイオテクノロジー分野の研究リーダーとなるために必要な幅広い素養と技術を身につけてもらいます。生化学、分子生物学、生物物理学、有機化学、高分子化学、材料化学、応用物理学のいずれかの分野で博士号を取得(あるいは取得見込み)の方で、ナノバイオテクノロジー分野への強い関心と研究意欲を持つ方を歓迎します。

2.サブリーダー養成プログラム (大学院生対象、~3年)
 将来企業等の研究開発現場においてナノバイオ研究を陣頭指揮あるいは自ら率先して推進していくサブリーダークラスとなるために必要な素養と技術を身につけることを目的としながら、本養成ユニットで研究実習などを行います。産総研での受け入れは、技術研修制度や連携大学院などを通して行います。

3.技術者養成プログラム (企業技術者など対象、~1年)
 即効的にナノバイオ分野の特定の技術を修得することを目的としながら、本養成ユニットで研究実習などを行う方。 産総研での受け入れは、産総研の規程に従います。 企業技術者は休職でポスドク、連携大学院社会人入学で大学院生となることも可能です。

4.実施場所
 つくば及び大阪

背景

 米国では、1999年にクリントン大統領(当時)が年頭教書で発表した科学技術政策(NNI)では、ナノバイオはナノテクの主要テーマのひとつと位置づけ、米国の主要大学(UC Berkley, M.I.T., Cornell Univ., Caltech等)で分野融合を伴った大規模なナノバイオ研究を推進しています。これに対して我が国ではナノバイオを標榜している研究機関・プロジェクトはありますが、実際には材料系あるいは生物系に偏った研究体制がほとんどであり、真の意味でナノバイオ分野の人材養成を行える機関はありません。

これまでの研究内容

 産総研では、運動蛋白質を用いて、「分子サンタクロース」がプレゼントを配るように、ナノ機能素子の運搬と配置を行えるナノバイオマシンを開発しようとしています。そのため、蛋白質と機能素子の結合方法、運動の制御方法、自在な運動を可能にする基板修飾法などを、平成14年度から開発しています。

 具体的には、運動蛋白質に関する高いポテンシャルをもつジーンファンクション研究ラボと、運動蛋白質をマシン化するのに必要な要素技術をもつ各研究者が融合化して、運動蛋白質に望みの動きをさせるための基板修飾、運動蛋白質に運ばせる「荷物」(ナノ機能素子)の開発と運動蛋白質との結合方法の開発、運動の制御機構の開発を行っています。運動蛋白質としては、微小管(蛋白質が集合してできた直径25 nmの管)の上をATPの分解エネルギーをつかって動くキネシンを用いています。キネシンを基板に貼り付けると微小管が動く系ができます。これまでに、以下のような研究成果が得られました。

異方性粒子の開発
運動蛋白質と結合させるのに最適なナノ機能粒子として、異方性をもつ新規複合高分子型微粒子の調製法を確立しました。

ナノバイオマシンの光スイッチの開発
キネシンの微小管結合部位と末端部のペプチドを合成したところ、運動を停止させるものが得られました。そのペプチドに光感応基を導入する方法を適用することにより、ナノバイオマシンの運動の光スイッチを開発しました。

運動蛋白質へ運動制御機能の付与に成功
キネシンにカルシウムイオン濃度によりオン・オフする機能を付与し、ナノバイオマシンの運動をイオン濃度により制御することを可能にしました。

 今後は開発した要素技術を複合化し、ナノバイオマシンとしてシステム化することを計画しています。今回の人材養成プログラムの研究実習では、このナノバイオマシンの開発に被養成者に参加してもらうことにより、ナノバイオ技術を実践的に修得してもらうことを狙っています。

ナノバイオマシン(分子サンタクロース)の開発イメージ図

波及効果

 ナノテクとバイオの両分野に精通した研究者・技術者は、今日および将来のナノバイオ分野の重要性にも関わらず、我が国では稀有な存在であり、その社会的ニーズは極めて高いものです。本ユニットは基礎科学志向の大学とは相補的な存在です。即ち、輩出する人材は基礎だけなく応用も視野に入れた実践的研究者・技術者であり、急速かつ戦略的な産業競争力強化が求められるナノバイオ分野の研究水準の早期の向上に大いに貢献しうると考えています。

 研究実習で行うナノバイオマシンの構築の成果としては、ライフサイエンス分野における計測・解析のための先端的な機器・手法の開発につながることが予測されます。例えば、本研究実習では、マイクロ・ナノ空間において標的分子を特異的に認識することにより運動するナノバイオマシンを構築しようとしています。これは、マシンの運動により標的分子を計測・解析するという全く新しい手法の開発ですので、これまでと全く原理の異なるバイオセンサー等の開発に資すると考えています。


用語の説明

◆ナノバイオ
ナノバイオという用語には基礎科学として、ナノメーターサイズの生体分子である蛋白質、DNAなどを研究する「ナノバイオロジー」と応用技術である「ナノバイオテクノロジー」が含まれます。ナノバイオロジーは生物学の中に含まれますが、ナノバイオテクノロジーはバイオテクノロジーに含まれてしまうのでなく、ナノテクノロジーとバイオテクノロジーとをつなぐ技術と考えられます。なぜなら、生体分子のもつ自己組織化能のような利点がナノテクノロジーの欠点を補うことができると考えられているからです。
ナノバイオテクノロジーにはさらに、「ナノテクからバイオ」の方向と「バイオからナノテク」の方向があります。前者は、DNAチップなどに代表されるように、ナノテクノロジー(NT)を利用した生命現象、生体分子解析です。これに対して、後者は生体分子の特徴を利用してNTを構築しようとするものです。バイオテクノロジーとIT、NTの融合により20年後には市場は現在の1000倍に拡大すると予測されていますが、前者が既存市場を拡大するのに対して、後者は新規市場を創製すると考えられています。言い換えますと、「バイオからナノテク」の方向のアプローチは始まったばかりですが、今後大きな市場形成が予測されています。[参照元へ戻る]
ナノバイオテクノロジーの説明図
バイオテクノロジーとIT、NTの融合による市場形成予測の説明図
◆ナノバイオマシン
ナノバイオテクノロジーにおける「バイオからナノテク」のアプローチは、バイオ分子を組み上げてNTを構築するボトムアップ型アプローチと言い換えることができます。この始まったばかりのアプローチの有力な開発ターゲットがナノバイオマシンです。ナノバイオマシンとは「生物現象を司る分子機構を参考にした有用な分子アッセンブリーシステム」と定義されています。[参照元へ戻る]
◆運動蛋白質
運動蛋白質とは、ATP(アデノシン三リン酸)を加水分解して得た化学エネルギーをすべり運動や力発生などの力学エネルギーに変換する蛋白質を言い、分子モーターとも言います。レールとなる蛋白質の上を直線的に動く線形モータータイプと回転型タイプがあります。運動蛋白質のエネルギー変換効率は非常に高いですが、そのメカニズムの解明(ナノバイオロジー)では、柳田敏雄 阪大教授をはじめとして、日本人研究者が世界のトップで活躍しています。米国では、このような高効率分子を工学的に役立てようとする試み(ナノバイオテクノロジー)が始まっています(例えば国防省関連機関でも昨年より分子モーターのプロジェクトを立ち上げています)が、日本ではそのような研究は産総研以外では殆ど行われていません。[参照元へ戻る]



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