発表・掲載日:2003/02/03

レーザー光・波面制御用可変形ミラーの高速自動調整技術を実用化

-低コスト・高精度のレーザー加工や、生体にやさしいレーザー医療を可能に-

ポイント

  • 自動調整ソフトウェアにより、簡単にレーザー光のビーム形状( 波面 )を最適化
  • これまでに例のない高速自動調整を達成 ( 調整時間10分以内 )
  • CCDによる高速評価システムを開発し、再現性と信頼性を検証可能とすることで実用化
  • 次世代の高精度レーザー加工システム実現へ道を拓く
  • 患部へのダメージの少ないレーザー医療( あざ・しみ取り、近視治療など )を可能にする

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 小林直人】は、産総研「AISTベンチャー」認定の(株)進化システム総合研究所【代表取締役社長 吉井 健】、筑波大学【学長 北原 保雄】電子・情報工学系安永研究室(以下「筑波大」という)と共同で、レーザー光のビーム形状( 波面 )を制御するために用いる可変形ミラーの高速自動調整を可能とするソフトウェア及びCCD評価システムを開発し、実用化に必要とされる調整時間10分以内を達成した。

 これまで、研究レベルでのみ使用されていた可変形ミラーによるビーム形状の整形を、遺伝的アルゴリズムに基づく自動調整ソフトウェアを開発することによって、短時間で実現し、かつ再現性と信頼性を確保することが初めて可能となった。また、CCDによる高速評価システムの導入により本技術の実用化に成功した【図1】。今後、レーザー加工分野やレーザー医療分野への応用が大いに期待される。

 レーザー加工分野においては、本研究開発によってレーザー光のビーム形状を自由自在に最適化(波面の補正と集光状態の最適化が可能)できるようになったことで、エネルギーコストの削減や、加工切断面の凹凸の少ない高精度のレーザー加工が可能となる。また、レーザー医療分野においては、トップハットと呼ばれるエネルギー分布が一様なビーム形状【図2】を利用することによって患部への一様なレーザー照射【図3】が可能となり、生体へのダメージの少ない治療が可能となる。

 なお、今回開発したソフトウェアについては、既存の可変形ミラー用自動調整ソフトウェアとして、旧通商産業省(現経済産業省)傘下の国立研究所からの第一号ベンチャー企業である(株)進化システム総合研究所が、平成15年4月を目途に販売を検討している。

開発に用いたビーム形状最適化実験装置の写真

可変形ミラー制御システム構成図


図1 開発に用いたビーム形状最適化実験装置(上)と
可変形ミラー制御システムの構成図(下)


可変形ミラーによるレーザービーム形状の最適化の図

図2 可変形ミラーによるレーザービーム形状の最適化(トップハット)


レーザービームの形状とレーザー処理の特徴の図


図3 レーザービームの形状とレーザー処理の特徴


研究の背景

 レーザー発振装置から伝搬されたレーザー光の波面は、空間的に乱れた波面となっている。このため、光の中心部分はほぼ波面が揃っているが、光の周辺部分にいくにしたがって波面の乱れを生じている。このようなレーザー光を工業分野で用いる場合、比較的波面の揃った中心部分のみを切り取って利用しているのが現状である。そこで、中心部分のみを用いるのではなく、周辺部分の波面を中心部分に揃えることによって、レーザー光全体を活用できるようにし、エネルギー効率を改善する技術開発が期待されている。

○可変形ミラーの最適化調整は、人手では不可能
 可変形ミラーは、調整箇所を多数もつ任意形状に変形可能なミラーである。この可変形ミラーは、裏側の多数の電極部を伸縮させる事により、ミラー膜の表面形状を任意の形状に変形させる機能を持つ。ミラー膜の表面形状は、その電極部の電圧の組み合わせによって決まり、例えば、37個の電極(設定可能範囲:0V~255V)の場合は、256の37乗??10の90乗 もの天文学的な組み合わせとなり、人手の調整では、事実上最適な調整を見出すことが不可能である。そのため、可変形ミラーの用途は、現在では研究用に限定されている。その利用者は、可変形ミラーの天文学的な組み合わせから、良さそうな組み合わせを発見し、調整しているのが現状である。さらに、使用時の光負荷や熱負荷などの計算できない影響も考慮する必要がある。また、線形解析の手法を取り入れた自動調整技術も存在するが、初期調整を人手に頼るなどの問題点があり、研究レベルに留まっている。

※現状の問題点をまとめると、以下のとおりである。
(1)最適化には長時間の調整が必要とされる。【最適な調整は事実上不可能】
(2)光や熱などによるミラーの歪みを補正していない。【環境の変化に対応不能】
(3)線形解析による調整は、産業応用に至っていない。【信頼性に欠ける】

○遺伝的アルゴリズムに基づいた自動調整ソフトウェアを開発
 産総研、(株)進化システム総合研究所、筑波大は共同で、遺伝的アルゴリズムに基づいた可変形ミラー自動調整ソフトウェアを世界で初めて実現した。本ソフトウェアは、レーザー光のビーム形状を自由自在に整形するために、可変形ミラーの調整を自動で高速に行うことを可能とするものである。

 本ソフトウェアの特徴は、可変形ミラーの多数ある調整箇所(既存のミラーでは、ミラーの大きさにより17~117箇所)を同時に調整することである。また、CCDを用いた高速評価システムを統合することにより実用化に必要な10分以内(37箇所の場合)の調整時間を達成した。

 なお、この遺伝的アルゴリズムを用いた自動調整手法は、可変形ミラーを含むすべての光学システムに適用できる応用可能性の高い技術である。

研究の経緯

 本研究開発の基礎となる調整アルゴリズムに関しては、産総研と筑波大が平成13年度より共同研究を行っており、平成14年度からは、産総研、(株)進化システム総合研究所、筑波大によって共同研究が開始された。研究の進展に伴い、高速CCD評価システムが開発され、可変形ミラーの自動調整アルゴリズムと統合することで、実用化レベルの自動調整ソフトウェアを実現した。

今後の予定

 別途開発中の耐熱性の可変形ミラーと本自動調整ソフトウェアを統合して、高効率フェムト秒レーザーシステムの開発を予定している。

 また、本自動調整ソフトウェアについては、既存の可変形ミラー用自動調整ソフトウェアとして、旧通商産業省(現経済産業省)傘下の国立研究所からの第一号ベンチャー企業である(株)進化システム総合研究所 が、平成15年4月を目途に販売を検討している。


用語の説明

◆遺伝的アルゴリズム( Genetic Algorithm : GA )
非常に頑健で、かつ効率的な探索アルゴリズム。広大な探索空間で最適解の探索を行う場合には、問題に対する事前知識がないとなかなか効率的な探索が行えないが、遺伝的アルゴリズムを用いることにより、事前知識なしに効率良く最適状態を探し出すことができる。ポイントは、探索に先だって解の候補を2進ビット列の形で表現し、複数候補を用意する。これら候補を遺伝子とみなし、淘汰、交叉、突然変異といったアルゴリズムを繰り返すうちに、次第により良い解が求まっていく。方程式などを用いて解析的に解を求めることが困難な問題に対して特に有効な探索手法である。[参照元へ戻る]
◆CCD( Charge-Coupled Devices
光(光子)の入力に応じて蓄電容量が変化する半導体素子(フォトダイオード)を用いた、光(画像)信号を電気信号に変換するデバイス。イメージスキャナー・ファクシミリ・デジタルカメラ・ビデオカメラなどに使用。電荷結合素子。[参照元へ戻る]
◆可変形ミラー( Deformable Mirror : DM )
可変形ミラーとは、ミラーの表面形状を可変にすることにより反射ビームの形状を調整することを可能としたミラーのことを言う。マイクロマシン技術を利用して作製されることが多い。ミラーの裏側にミラーの形状を調整する多数の電極部が存在し、その大きさを制御することでミラーの形状を調整する。ミラーの形状を制御することにより、光学系の波面の補正や、反射ビームの方向・形状を制御できる特徴を有する。[参照元へ戻る]


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