発表・掲載日:2002/10/03

カーボンナノチューブを光通信に

-光スイッチへ新たな道を拓く-

ポイント

  • 次世代超大容量光通信に利用する光スイッチ用材料の開発が待たれていた
  • 光通信で利用される近赤外波長領域で、可飽和吸収効果を示す有機系材料が有望
  • 近赤外波長領域におけるカーボンナノチューブの可飽和吸収効果の観測に成功
  • 光スイッチ用材料として、カーボンナノチューブが極めて有力であることを示す

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 小林 直人】の 榊原 陽一 主任研究員 およびナノテクノロジー研究部門【部門長 横山 浩】の 徳本 圓 研究グループ長 は、技術研究組合 フェムト秒テクノロジー研究機構【理事長 庄山 悦彦】(経済産業省の産業技術研究開発プログラムに基づく、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託先研究機構、以下「FESTA」という)および東京都立大学【総長 荻上 紘一】(以下「都立大」という)と共同で、光通信で利用される1.55µm付近の近赤外波長領域で、カーボンナノチューブの光吸収率が光強度が大きくなると低下する現象(可飽和吸収効果)を観測することに成功した。これによって、現在は光信号を一旦電気信号に変換して行っている光-電気スイッチに替わって、光信号のまま切り替える全光スイッチをナノチューブを利用して実現できることが期待され、次世代のブロードバンド超大容量光通信への道を拓くものである。

 ブロードバンドネットワークの本格的な到来を迎え、次世代超大容量光通信システムに利用する光スイッチ用材料の開発が大きな課題となっている。可飽和吸収効果を示す材料は、制御光の強さ(有無)により信号光を透過させたり吸収させたりできるため、光スイッチ用材料として有望であり、産総研およびFESTAは、「フェムト秒テクノロジーの研究開発」制度等により、光通信に用いられる近赤外波長領域で可飽和吸収効果を示す有機系材料の探索を進めてきた。我々は、半導体カーボンナノチューブが可飽和吸収効果の発現に必須の強い光学吸収を持つことから有望であると見込み、都立大の参画を得て、可飽和吸収効果発現の実証研究を行った。その結果、入射レーザー光強度が一定強度よりも大きくなると、レーザー光強度が大きくなるにつれて光吸収率が減少することが確認され、可飽和吸収効果の観測に成功した。さらに、波長により可飽和吸収効果の起こり易さが異なることが明らかになった。

 今回観測した効果は、これまでにエレクトロニクス応用を中心に多彩な機能が開拓されているカーボンナノチューブの、光学的応用についての有望な機能としては初めてのものである。この成果は次世代のブロードバンド超大容量光通信用光スイッチ等の開発に画期的な道を拓くものと期待される。


研究の背景と経緯

 ブロードバンドネットワークの本格的な到来を迎え、次世代超大容量光通信システムに利用する光スイッチ用材料の開発が強く求められている。光スイッチでは、現在行われている電気スイッチのように光信号を電気信号に変換することなく光信号のまま処理できるため、フォトダイオードなど電気信号に変換するための部品が不要になるほか、データ伝送速度や伝送フォーマットの違いによらずスイッチングできるという利点があるためである。光スイッチにはいろいろな方式が提案されているが、可飽和吸収効果を利用する光スイッチは、超高速応答を示すスイッチとして期待されており、1.55µm付近の光通信波長帯で可飽和吸収効果を示す材料の開発が大きな課題となっている。

 産総研およびFESTAは、「フェムト秒テクノロジーの研究開発」制度等により、光通信に用いられる近赤外波長領域で可飽和吸収効果を示す有機系材料の探索を進めてきた。可飽和吸収効果の発現には、物質が当該波長で強い光学吸収を持つことが必須である。我々は、近年ナノテクノロジーの代表的物質として急速な研究開発が進められているカーボンナノチューブのうち、半導体的性質を示す単層カーボンナノチューブ(SWNT)が強い光学吸収を近赤外波長領域に持つことから有望であると見込み、SWNTの作製で世界最先端の技術を持つ都立大の 阿知波 洋次 教授 と 片浦 弘道 助手 の参画(産総研の客員研究員として)を得て、SWNT薄膜に対して可飽和吸収効果発現の実証研究を行った。その結果、入射レーザー光強度が一定強度よりも大きくなると、レーザー光強度が大きくなるにつれて光吸収率が減少することが確認され、可飽和吸収効果の観測に成功した。さらに、波長により可飽和吸収効果の起こり易さが異なることが明らかになった。

研究の内容

 SWNTは、炭素六角網目のシート状の構造がチューブ状になって管を形成しているが、六角網目の巻き方によって半導体的あるいは金属的性質を示す。半導体ナノチューブでは、近赤外波長領域(1.2~2.0µm)に非常に強い光吸収端が存在するが、この吸収端の波長はSWNTの直径に反比例して大きく変化する。我々は、直径の揃ったSWNTの作製に適したレーザーアブレーション法を用いて半導体ナノチューブを作製し、精製後石英ガラス基板上に薄膜化し、吸収ピークが1.78µmとなる試料を得た。

 可飽和吸収効果を確認する方法としてZスキャン法を採用した。【図1】に示すようにレーザービームを凸レンズで絞り込み、Z軸に沿って光強度が変化するようにし、Z軸上に置いたサンプルの位置をスキャンしながら透過してきた光の強度を位置の関数として測定する。ビームが一番細くなる位置(ビームウエストという)で光強度が最も強くなるので、可飽和吸収効果が発現すれば、ビームウエスト付近では光吸収率が減少し、透過光強度の増大が観測される。

Zスキャン法説明図


図1 Zスキャン法の説明図


 前述の試料に対して、波長1.55µm、パルス幅200fs、繰り返し1kHzのフェムト秒レーザーによりZスキャン実験を行ったところ、レーザーパワー100µW以上で【図2】に示すようにビームウエスト付近で透過光強度の増大が見られ、良好な可飽和吸収効果の観測に成功した。このときの光吸収率の変化は25%程度である。さらに、試料の吸収ピーク波長である1.78µmのレーザー波長で同様の実験を行ったところ、約一桁弱い10µWから可飽和吸収効果の発現が観測された。このことから吸収ピーク付近の方が可飽和吸収効果を発現しやすいことが明らかになった。

Zスキャン法実験結果図
図2 Zスキャン法の実験結果

今後の展望

 カーボンナノチューブは、これまでエレクトロニクス応用を中心に多彩な機能が開拓されてきたが、光学的応用の有望な機能としては可飽和吸収効果が初めてのものである。今回の研究成果に基づいて、この効果を利用した応用に関する特許を、産総研とFESTAの本研究当該企業である富士ゼロックス株式会社【代表取締役社長 有馬 利男】により、2001年10月に国内共同出願済みであり、現在研究開発を鋭意推進中である。

 2002年8月になって、米国レンセラー工科大学(RPI)のグループよりHiPco法という方法で作製したカーボンナノチューブの可飽和吸収効果を利用した1ピコ秒以下の超高速光スイッチに関する論文(Y.-C.Chen et al., Appl. Phys. Lett. 81, 975 (2002))も発表され、今後、この分野の研究が活発化するのは確実である。我々も、この分野の先端的研究をさらに加速して行く予定である。


用語の説明

◆可飽和吸収効果
非線形光学効果の一種で、強い光を当てた瞬間だけ物質が透明になる現象。[参照元へ戻る]
◆レーザーアブレーション法
カーボンナノチューブを作製する方法の一つ。電気炉中でカーボンブラックと触媒金属の混合物をレーザーで蒸発させてカーボンナノチューブを合成する。直径分布の制御性に優れる。[参照元へ戻る]
◆HiPco法
high-pressure carbon monoxide (HiPco) processのこと。カーボンナノチューブを作製する方法の一つで、高圧にした一酸化炭素を加熱してナノチューブを合成する。レーザーアブレーション法に比べて、一般に直径の小さいナノチューブが得られる。[参照元へ戻る]



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