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発表・掲載日:2002/01/16

筋肉細胞による神経活性制御機構の解明

-重症筋無力症等の疾患症状の理解に大きな貢献-


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【 理事長 吉川 弘之 】の脳神経情報研究部門【 部門長 河野 憲二 】は、モデル生物である線虫の遺伝子疾患を用いて、筋肉細胞による神経活性調節の鍵をにぎる新規遺伝子の同定とその調節機構の解明に成功した。

 本成果によって、人の重症筋無力症等の疾患症状の理解が大幅に進むと期待される。

 なお、本成果は、平成14年1月17日に発行される『 Neuron(ニューロン)誌 』に掲載される。



研究の背景

 神経は、筋肉や内臓器官の活性を制御し、動物が生きていく上で、極めて重要な情報伝達を行っている。このような制御は「順行性伝達」と呼ばれ、一方向であると考えられがちであるが、筋肉や内臓器官が、神経活性を制御する「逆行性伝達」という現象も知られている【図1】。逆行性伝達は、筋肉や内臓器官からの神経へのフィードバック機構と考えられ、神経活性制御の重要な機構の一つである。また、逆行性伝達は末梢神経系だけでなく、中枢神経系の可塑性(記憶や学習)に極めて重要な役割を果たすことが知られており、機構解明は神経科学において重要な研究課題である。

順行性伝達 逆行性伝達
二方向性神経伝達の図
神経細胞   筋肉・内臓器官    
図1.二方向性神経伝達

研究の経緯

 人の筋肉等のシナプス後細胞からの逆行性シグナル放出機構については不明な点が多い。脳神経情報研究部門 脳遺伝子研究グループ 岩崎 幸一 主任研究員の研究チームでは、線虫というモデル生物を用いて、逆行性神経伝達の制御をする新規遺伝子の同定に成功し、そのシグナル放出機構を解明した。本研究チームでは、モデル生物である線虫の神経伝達異常を引き起こす遺伝子疾患を手がかりに、遺伝子導入法を用いて線虫での遺伝子治療を行い、原因遺伝子を同定した。『 AEX-1 』と名づけられた遺伝子の機能により、筋肉や内臓器官からの逆行性シグナルが放出される【図2】。このシグナルが神経細胞に伝えられると、神経末梢で順行性伝達を制御するタンパク質である『 UNC-13 』の局在に変化が起こり、神経末梢からの神経伝達物質放出量が調節されることが世界で初めて明らかにされた。


正常細胞 AEX-1欠損細胞
神経筋接合部での相互活性制御の機構図
図2.神経筋接合部での相互活性制御の機構

今後の予定

 神経と筋肉・内臓器官等の間では、このような相互作用により、それぞれの細胞活性を制御し合っていると考えられ、人の疾患である重症筋無力症等でも逆行性神経伝達の重要性が示されている。今後は、同様の機能をもつ人の相同遺伝子の解析と、重症筋無力症等の疾患症状の解明および、これら疾患のための新薬探索等を進める予定である。



用語の説明

◆モデル生物
 生命科学の究極の目的は人の理解であるが、人の体は約60兆個ともいわれる多数の細胞からなる極めて複雑な構造をしているため、より単純で実験の行いやすい生物を用いて研究を進めることが一般的に行われている。特に、いくつかの生物は遺伝学の研究が行いやすいなどの際だった利点のため、多くの研究者が集中して研究を行っており、モデル生物と呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆線虫
 学名をC.エレガンスという。上記のモデル生物の代表的なもので、体長1mm程度の体細胞数がわずか1000個であるにも関わらず、消化器系、神経系、筋肉系、生殖巣など、高等動物の持つ基本的な体の構造の多くを備えている。受精卵から成虫に至る細胞系譜が完全に解明されており、発生過程での細胞移動も個々の細胞単位で全て分かっている。また、突然変異体の分離、原因遺伝子のマッピングやクローン化など、未知の遺伝子の機能を明らかにするための遺伝学の手法が極めて使いやすいという利点がある。全ゲノム情報(ヒトの約30分の1)もすでに1998年に多細胞生物で最初に解明されており、ゲノム上の遺伝子の多くは人を含む高等動物のものと類似していることが明らかになっている。[参照元へ戻る]
◆同定
生物の分類上の所属を決定すること。[参照元へ戻る]
◆重症筋無力症
 随意筋が疲れやすく、反復動作を続けると脱力・麻痺に陥る疾患。眼瞼下垂、眼球運動の障害、構音や嚥下の障害があり、さらには四肢の筋力低下、呼吸筋麻痺を来すこともある。しばしば胸腺腫を伴う。神経筋接合部のアセチルコリン受容体に対する自己抗体の出現があり、一種の自己免疫疾患と考えられる。若い成人女性に多い。厚生省の特定疾患(難病)に指定されており、平成11年では全国で11,966人の登録がある。[参照元へ戻る]
◆末梢神経系
 中枢神経系と皮膚・感覚器官・筋肉・腺などとを連絡する神経の総称。脳から出る脳神経と脊髄から出る脊髄神経とがある。機能上、遠心性神経と求心性神経とを区別し、また運動神経・知覚神経・自律神経の別がある。[参照元へ戻る]
◆中枢神経系
 集中化した神経系の中心部。受容器からの刺激を受け、それを筋肉などの効果器へ連絡する働きをする部分。無脊椎動物の神経節・腹髄、脊椎動物の脳・脊髄の類。[参照元へ戻る]
◆シナプス後細胞
 シナプスはシナプス前細胞およびシナプス後細胞により形成される。末梢神経系では、シナプス前細胞は神経でシナプス後細胞は筋肉等であることが多い。中枢神経系では、シナプス前細胞およびシナプス後細胞ともに神経である。[参照元へ戻る]
◆シナプス【synapse
神経細胞間あるいは神経・筋肉細胞間等の細胞間の連絡が行われる重要な微細構造。[参照元へ戻る]
◆遺伝子導入法
 遺伝子をコードするDNA断片を、遺伝子疾患個体に導入し、疾患症状を治癒することにより、どのDNA断片に疾患原因遺伝子がコードされているかを同定する方法。人の遺伝子治療も同様の概念に基づき開発されている。今回は、微小DNA導入法が使われた。[参照元へ戻る]
◆局在
限られたところにのみ存在すること。[参照元へ戻る]


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