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発表・掲載日:2001/10/04

細胞への遺伝子導入を飛躍的に効率化

- 遺伝子機能の研究やガンの遺伝子治療を大幅に加速 -

ポイント

  • 特定の遺伝子を細胞の外から中に入れることは、遺伝子機能の研究や、ガン、エイズの遺伝子治療の際に必須の操作である。現在、遺伝子治療では、ウィルスを利用した遺伝子の導入法が主に使われているが、病原性の問題があり、より安全で効率的な遺伝子導入法の開発が熱望されている。
  • リポソーム(脂質から作られるカプセル)を利用する遺伝子の導入法は、ウィルス法に比べ簡便で安全性が高く、新しい手法として注目されているが、遺伝子の導入効率が低いことが、これまで最大の問題であった。
  • 産総研と名古屋市大は、バイオサーファクタント(微生物が作り出す機能性脂質)を材料とした新しいタイプのリポソームを開発し、従来のリポソーム法に比べ、動物の培養細胞への遺伝子導入効率を50~70倍にアップさせることに成功した。この効率は、リポソーム法としては世界一のレベルである。
  • この新しいリポソームを用いる手法によって、遺伝子導入操作が大幅に効率化され、ライフサイエンスにおける遺伝子機能の研究や、医療における遺伝子治療の研究を大きくスピードアップできるものと期待される。


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)環境調和技術研究部門【部門長 春田 正毅】の北本 大・主任研究員 は、名古屋市立大学【学長 和田 義郎】薬学部の中西 守・教授 のグループと共同で、新しいタイプのリポソームを利用して、細胞への遺伝子導入を飛躍的に効率化することに成功した。

 今回開発されたリポソームは、バイオサーファクタントと呼ばれる酵母菌が作り出す機能性脂質を含んでおり、従来の市販リポソームに比べ、代表的な哺乳類の培養細胞への遺伝子の導入効率を、50~70倍にも引き上げることがわかった。このバイオサーファクタントは、使用濃度では細胞に対する毒性がなく、また酵母菌の発酵により植物油脂などから大量にできるなど、実用性に優れている。

 細胞への遺伝子の導入は、遺伝子の機能を調べたり、その機能を利用する場合に不可欠な操作であり、現在の生命科学や医学の研究では最も基盤的かつ重要な技術である。

 本件は、これまでの遺伝子導入操作を大幅に効率化するものであり、遺伝子利用研究の推進に資するばかりでなく、ガンやエイズあるいは先天的な遺伝病の遺伝子治療に大きく貢献できるものと期待される。

導入効率の高いリポソームの開発が、遺伝子研究、遺伝子治療を加速の図
新しいリポソームを利用した細胞内への遺伝子導入の図


研究の背景

○ 近年、ガンを攻撃する遺伝子を体内に注入し、その遺伝子の働きでガンを抑制しようという、いわゆる「遺伝子治療」が注目を集めている。遺伝子治療法は、先天性の遺伝病の画期的な治療法としても期待されており、より安全性が高く、効率的な遺伝子の導入法の開発が望まれている。

○ これまでの遺伝子治療では、遺伝子の「運び屋」としてウィルスを利用しているため、常にその病原性が心配されていた。そのため、ウィルスに代わる安全な「運び屋」を開発することが、遺伝子治療技術の最も大きな課題の一つである。

○ 現在、「運び屋」の最右翼として考えられているのが、リポソームと呼ばれる脂質から作られるカプセルである。リポソームは、既に食品や医薬品を包装するミクロなカプセルとして実用化されているが、遺伝子の運び屋としては、まだまだ効率が低く、効率改善に向けた新しいリポソームの開発が様々な方向から行われている。

研究の経緯

○ 北本主任研究員らは、環境にやさしい機能性材料の開発の一環として、バイオサーファクタントとよばれる「微生物が作り出す機能性脂質」の研究に取り組んできた。その中で、ある種の酵母菌が大量に作り出す糖(マンノース)を含むバイオサーファクタントが、洗剤や抗ガン剤などのユニークな機能を持つことを発見していた。

○ 一方、中西教授のグループは、リポソームを用いた遺伝子導入法について研究を進めており、これまでにリポソームの基本材料となる新しい陽イオン性脂質(陽イオン性コレステロール誘導体)を独自に開発し、遺伝子導入効率の改善に成功してきた。

○ 遺伝子(DNA)は陰イオンを持つため、リポソームは陽イオンを持つ方が、両者の結合が促進される。そのため、これまでに様々な陽イオン性の高分子、脂質、糖などがリポソーム材料として試されてきたが、陽イオン性物質だけでは、効率を大幅に上げることはできなかった。

○ 今回、産総研が開発した前述のバイオサーファクタントを基本材料に加えたことが突破口となって、画期的なリポソームの開発に成功した。このバイオサーファクタントは、細胞毒性もなく、植物油脂などから発酵で大量に作ることができるので、実用化にも大きな利点がある。

○ 今回開発したリポソームの場合、従来のものに比べ、遺伝子との結合性が高く保護効果もあること、サイズがコンパクトで細胞への付着や取り込みがスムーズに起こることなどが、高い効率を生み出す要因と考えられる。

今後の予定

○ 今後は、他のバイオサーファクタントについても、遺伝子導入用のリポソーム材料としての可能性を調べる予定。さらに、培養細胞ばかりでなく、生体内の細胞やガン細胞への遺伝子導入にも応用する予定。

○ 本件は、平成13年10月6日から大阪大学吹田地区【大阪府吹田市】で開催される日本生物物理学会第39回年会で報告される。


用語の説明

◆ リポソーム
リン脂質を主成分とする人工の膜で、カプセル状の構造を持つ。内部に、色々な化合物を封入できるため、化学物質のキャリアー、マイクロカプセルとして食品、医薬品材料としても利用されている。リポソームに薬品を内包し、体内に注入することにより、薬品の効果を持続させたり、特定の器官にだけに薬効をもたらすことが可能となる。
材料としては、レシチンなどのリン脂質が最も多く用いられる。調製法や材料により、直径50ナノメーターから、10マイクロメーターの大きさを持つものが得られる。特定の温度やpHで内包した薬剤を放出できる、温度感受性リポソームやpH感受性リポソームもある。[参照元へ戻る]
◆遺伝子導入
細胞の外から、内部へ遺伝子(主にDNA)を導入すること。特定の遺伝子の細胞内での機能を調べたり、その遺伝子の機能を利用する場合に(例えば外来の遺伝子を導入して、本来その細胞にはないタンパク質を生産させる)、不可欠な技術。
遺伝子導入法は、ウィルスを「運び屋」に用いるウィルス法と、ウィルスを用いない非ウィルス法に大別される。前者では、アデノウィルスやレトロウィルスに目的の遺伝子を組み込み、そのウィルスを細胞に感染させることにより、遺伝子を導入する。後者では、人工的に作製した「運び屋」を用いて遺伝子を導入するが、現在では、リポソームが最も多く研究されている。[参照元へ戻る]
◆バイオサーファクタント
微生物によって作り出される機能性脂質(多くは、界面活性剤としての機能を持つ)。糖類や植物油脂を原料として、大量に作られる(培養液1Lあたり数十グラムから数百グラム)。種類としては、糖脂質系、ペプチド系、高分子系のものなどがある。
特徴としては、1)生分解性、安全性に優れている、2)界面活性機能ばかりでなく、様々な生理活性を示す、などがあげられる。近年、地球にやさしい高機能性材料として注目されており、食品、化粧品、医薬品素材への利用ばかりでなく、省エネルギー技術や環境修復技術(油汚染の除去)への応用研究もされている。[参照元へ戻る]
◆遺伝子治療
細外来の遺伝子を体内に直接導入することにより、その遺伝子の働きで疾病を治療しようというもの。この治療は、病気の本態に迫る画期的な医療であり、今までの化学療法、対処療法的な医療とは根本的に異なる。ガンの場合、腫瘍部にガンを攻撃する遺伝子などを注入し、その遺伝子の働きでガン細胞を抑制する。
日本での臨床例は未だ数例であり、欧米(3,000例以上)に比べ大幅に立ち遅れているため、遺伝子導入法など治療技術の開発が急務の課題となっている。[参照元へ戻る]


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