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お知らせ

2018/07/02

「ドーピング検査標準研究ラボ」を設立
-スポーツイベントでの正確な検査に貢献-

ポイント

  • ドーピング禁止物質の迅速で正確な分析技術の開発に着手
  • オリンピックなどにおける検査の信頼性を計量学的に支援

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)計量標準総合センター【総合センター長 臼田 孝】(以下「NMIJ」という)は、平成30年7月1日に「ドーピング検査標準研究ラボ」を立ち上げ、ドーピング検査における分析値の信頼性向上に資する研究を行います。

国際競技大会に出場する選手などが対象となるドーピング検査は、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が公示するドーピング禁止物質のリストに基づいて行われています。近年、ドーピングの多様化によって禁止物質は増え続けており、現在は数百種類にも及びます。ドーピング検査に用いる分析装置の目盛付けには禁止物質と同じ種類の標準物質が必要ですが、禁止物質には大量合成が難しい代謝物なども多く、必要となる標準物質を常備することは容易ではありません。信頼性の高いドーピング検査結果を得るには、計量学的に高品質な標準物質の拡充が不可欠であり、2020東京オリンピック・パラリンピックなどでの検査基盤強化の一環として、WADAから産総研に計量学的な支援の要請がありました。

そこで本研究ラボでは、産総研が世界に先駆けて実用化した定量核磁気共鳴分光法(qNMR)などの校正技術をさらに高度化させて、迅速さと正確さを兼ね備えたドーピング禁止物質の分析技術を開発し、国際単位系(SI)にトレーサブルな分析基盤を構築します。本研究ラボで構築した技術は、NMIJから認証標準物質校正サービスとして、また、試薬メーカーなどを通じてNMIJトレーサブル標準物質として、検査分析機関に供給する予定であり、オリンピックなどの国際競技大会でのドーピング検査基盤強化への貢献を目指します。

概要図

社会的背景

ドーピング検査では、禁止物質を検出するだけでなく、検体中の成分量を測ることが重要になります。成分量を適切に測定するには、分析装置に正しい「目盛」を刻むための計量学的に品質の高い標準物質を用いた校正が必要です。値が不正確な標準物質で分析装置の校正を行うと、装置に不適切な目盛が付けられることになります。例えば、実際の純度が50 %の物質を純度100 %として扱ってしまうと、検体中の成分量が実際の2倍含まれるという分析結果を与えてしまいます。このようなことがドーピング検査で生じると、実際は許容濃度以下で陰性なのに、陽性という誤った結果になってしまい、選手生命を奪うような事態を引き起こす可能性があります(図1)。これを未然に防ぐためにも、高品質な標準物質で分析装置を校正することが重要であり、検査分析機関では高品質な標準物質の常備が喫緊の課題となっています。

図1
図1 検体の分析結果の事例

qNMRを用いた校正技術について

これまでの一般的な標準物質の校正技術では、同種の化学物質同士でしか値を比較できず、必要とされる標準物質の全てについて同じ種類の国家標準物質を開発・整備する必要がありました。しかし、qNMRを用いた校正技術では、ほとんどの有機化合物に含まれるプロトン(1H)の個数を正確に比較できるため、数種類の国家標準物質さえあれば、それを値の基準として、多様な標準物質の濃度や純度を定めることができるといった利点があります。

産総研では、校正技術としてのqNMRの可能性に着目し、経済産業省委託事業「1対多型校正技術の研究開発(平成21年度)」などにより、世界に先駆けて標準物質の校正技術として実用化を進めてきました。これまでにもqNMRを用いて、環境や食品などに残留する農薬類の分析に用いられる100種類以上の標準物質や、アミノ酸分析に用いられる多様な標準物質を、画期的に短い期間で開発してきました。また、qNMRを用いた校正技術は、医薬品の品質規格書である日本薬局方や食品添加物公定書などの公定法に採用され、平成30年1月には日本工業規格「定量核磁気共鳴分光法通則(JIS K 0138)」が制定されるなど、有機化合物の純度分析技術として欠かせないものとなっています。

新設したラボでの研究内容

ドーピング禁止物質の多くは大量に合成することが難しい代謝物などであるため、qNMRに影響を与える不純物のみを取り除く安価な候補標準物質の合成・精製技術の確立や、標準物質を大量に消費しないために低濃度化した溶液の安定性確保に向けた要素技術の開発を行います。また、低濃度溶液でも正確な測定ができるようにするための高感度qNMRの実用化、qNMRの正確性に影響を与える類似構造の不純物を排除する手法を開発します。これらqNMRおよび周辺技術を高度化することによりSIにトレーサブルな分析基盤を構築し、NMIJから認証標準物質や校正サービスとして、また試薬メーカーなどを通じてNMIJトレーサブル標準物質として、検査分析機関に2019年度から順次供給する予定です(図2)。また、将来的には構築した分析基盤をドーピング禁止物質以外にも拡張させて、臨床検査薬など社会的要請の高い分野に展開したいと考えています。

図2
図2 qNMRおよび周辺技術の高度化によるSIにトレーサブルな分析基盤の構築


◆標準物質、認証標準物質、国家標準物質
化学分析で用いられる分析装置の多くは物差しに相当するものを搭載していないために、実際に測りたい試料を測定する前に目盛付けが必要です。このとき目盛付けに用いられる濃度や純度が表明されている物差しとなる物質を標準物質と呼び、均質性と安定性を確認したものが瓶などに封入されて市販されています。分析装置の目盛付けには、測りたい試料に含まれる成分と同じ化学物質からなる標準物質が用いられるので、例えば残留農薬分析で100種類の農薬を測りたいとすると、100種類の標準物質が必要となります。そのため、すべての分析に対して計量学的に高品質な標準物質を用意するのは現実的に不可能であり、さまざまな品質の標準物質が流通しているのが実情です。
標準物質生産者のための国際規格に定められた手順に従って生産され、トレーサビリティを保証した値が記載されている認証書が付けられた標準物質は「認証標準物質」と呼ばれ、計量学的に高品質な標準物質です。
日本の国家計量標準機関である産総研計量標準総合センター(NMIJ)では、最高の計量学的品質を有し、国際単位系(SI)にトレーサブルな値を持つ認証標準物質を開発・供給しています。これらは特に「国家標準物質」と呼ばれており、汎用される標準物質の値の基準となる役割を担っています。 [参照元へ戻る]
◆定量核磁気共鳴分光法(qNMR)
核磁気共鳴分光法(NMR)は、物質に含まれる原子の原子核を強い磁場の中で共鳴させ、共鳴信号を解析して、その物質の分子構造を知る方法として普及しています。特にプロトン(1H)の原子核から得られる信号は最も感度が良く、分子中のプロトン数に比例するので、構造決定に欠かせない分析技術となっています。
一方、分子構造が既知の物質のプロトンの量を正確に測ることができれば、その物質量がわかるので、さまざまな分子構造が既知の物質の成分量を測定できます。このような逆転の発想で開発されたのが定量核磁気共鳴分光法(qNMR)です。すなわち、プロトンの量がわかっている標準物質と成分量を測りたい物質を同時に測定すると、両者から別々の共鳴信号が得られます。このとき測りたい物質の分子構造が分かっていれば、標準物質の信号量を基準にすることで、測りたい物質の信号量とそれに寄与するプロトン数から成分量が求められます。これまでは標準物質と同じ物質でなければ、その量を求められませんでしたが、qNMRの登場により、プロトン信号量の国家標準物質から、さまざまな標準物質の濃度や純度を正確に定めることができるようになりました。[参照元へ戻る]
◆国際単位系(SI)にトレーサブル
標準物質の濃度や純度を、世界共通の単位で表すことは、分析結果の比較を容易にします。国際単位系(International System of Units :SI)では、次元的に独立であるとみなされる7つの量、すなわち、長さ、質量、時間、電流、熱力学温度、物質量および光度について明確に定義した単位である、メートル [m]、キログラム [kg]、秒 [s]、アンペア [A]、ケルビン [K]、モル [mol]およびカンデラ [cd]が基本単位として選定されています。化学分析では、それらから組立てられたmg/kgやmol/kgなどの単位(組立単位)が通常用いられています。検査分析機関の分析装置の校正(目盛付け)を正しく行うためには、校正に用いられる標準物質の値が世界共有の物差しであるSIに紐付けられている、すなわち、SIにトレーサブルな高品質な標準物質が不可欠です。[参照元へ戻る]
◆校正サービス
産総研NMIJでは、認証標準物質の頒布とは別に、試薬メーカーなどの製造した標準物質の値をSIにトレーサブルな方法で分析し、証明書として提供するサービスを行っています。これを校正サービスと呼び、検査分析機関などは、NMIJが濃度や純度を保証した標準物質を試薬メーカーなどから購入することができます。[参照元へ戻る]

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