- オレアセインの生理活性機能に着目
- オリーブ葉を原料に粘土鉱物を触媒として収率75%でグラム単位の変換を実現
- 未知機能を解明する研究に弾み
オレアセインを合成する従来の全合成プロセスと今回開発した触媒プロセス
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という) 食薬資源工学オープンイノベーションラボラトリ 富永 健一 副ラボ長と国立大学法人 筑波大学(以下「筑波大」という) 生命環境系 礒田 博子 教授は、オリーブ油に含まれる希少成分であるオレアセインをオリーブの葉に豊富に含まれるオレウロペインから固体触媒によって直接製造する技術の開発に成功しました。
オレアセインは、オリーブ油からの単離が難しい成分の一つです。従来のオレアセインの全合成では、D–リキソースから14段階の反応を経る必要がありました。一方、この新しい製造法は簡便にオレアセインを合成でき、実際のオリーブの葉を原料としてグラム単位で製造できることを確認しました。
ある種のオリーブ油には、オレアセインと似た構造を持つオレオカンタールという成分が含まれています。オレオカンタールは、抗炎症剤として知られているイブプロフェンと同じメカニズムで、抗炎症作用を示すことが知られています。オレアセインは入手が困難なため、その機能に関する研究は遅れていました。しかし、今回開発したオレアセインの簡便な合成法により、オレアセインの入手が容易になります。このため、オレアセインの機能の解明が進むと期待できます。なお、この発見の詳細は、2023年5月22日 (協定世界時)にシュプリンガー・ネイチャー社が発行するScientific Reports誌で発表されました。
オリーブは地中海地域が原産で、その油は紀元前より食用、薬用、燃料として用いられてきました。また、近年注目されている地中海食に欠かせない食材の一つです。オリーブ油には不飽和脂肪酸が豊富なだけでなく、数十種類ものポリフェノール化合物が含まれています。2005年に米国Monell化学感覚センターのGary K. Beauchamp博士らは、オリーブ油に含まれるフェノール化合物の一つがイブプロフェンと同様のメカニズムで抗炎症作用を示すことを見いだし、その化合物をオレオカンタールと名付けました(Nature, 437, 45, 2005)。
ある種のオリーブ油には、このオレオカンタールと類似した構造を持ったオレアセインという化合物が含まれています(図1)。しかし、オレアセインを入手することが困難なことから、オレアセインが示す生理活性機能に関する研究は遅れていました。
図1 オレオカンタール(a)とオレアセイン(b)
オレオカンタールやオレアセインをオリーブ油中から単離精製することは困難です。2007年に米国ペンシルバニア大学のAmos B. Smith, III教授らは、リキソースという糖を出発原料として用い、14段階の反応を経てオレオカンタールとオレアセインを全合成する方法を報告しています。
本研究では、オレアセインを簡便に合成するための原料として、オレウロペインという化合物に着目しました(図2)。オレウロペインはオレアセインと一部が類似した構造を持つだけでなく、オリーブ油やオリーブ葉に豊富に含まれており、特にオリーブ葉からは容易に抽出することが可能です。オレウロペインを原料として、触媒反応により、効率よくオレアセインの合成ができないかを検討しました。
図2 オレウロペイン
試薬のオレウロペインを原料として用い、種々の触媒を検討した結果、表面が酸性の固体である固体酸を用いることにより、オレウロペインが一段階でオレアセインに変換されることを見いだしました。特に、酸性に調整したモンモリロナイトという粘土鉱物が触媒に適していて、ジメチルスルホキシドを溶媒とした150 ℃での反応では、オレアセインが収率82%で生成しました。使用した触媒はろ過操作で反応溶液から分離回収することができ、5回以上の繰り返し使用後でも、収率はほとんど低下しないことも分かりました。
オレウロペインをオレアセインに変換するためには、オレウロペイン分子に含まれる糖(図2の赤色の部分)を加水分解した後、二つのエステル基(図2の青色と緑色の部分)のうちメチルエステル基(図2の青色の部分)のみを加水分解する必要があります。そこで、この分子における酸によるエステル基の加水分解反応のメカニズムを密度汎関数法という理論計算手法により検討しました。本研究では、エステル基の反応性に着目するために、オレウロペインからエステル基以外の官能基を取り除いた単純な構造の分子をモデル分子として設定しました。図3にメチルエステル基の加水分解の過程を示します。
酸によるエステル化合物の加水分解反応は一般によく知られた反応ですが、一つのエステル基に対して二つ以上の水分子が関与していることが知られています。しかし、この化合物では他方のエステル基の働きにより、一つの水分子で加水分解反応が進行することが分かりました。また、もう一方のエステル基も同様の反応機構で加水分解が進行しますが、メチルエステル基の加水分解の方が熱力学的に有利なため、選択的にメチルエステル基の加水分解が進行することも示されました。
図3 モデル分子におけるメチルエステル基の加水分解メカニズム
試薬を用いて開発した反応がそのまま天然由来の原料に応用できるとは限りません。そこで、今回開発した反応の実用性を示すために、実際のオリーブ葉を原料として、オレアセインの合成を行いました。まずオリーブの葉10 gからエタノールを用いてオレウロペインを主成分とする分画1.53 gを抽出しました。それを原料としてモンモリロナイト触媒の存在下で、温度150 ℃で3時間反応を行うと、単離収量0.598 g(収率75%)でオレアセインを回収することができました。
オリーブの栽培では、廃棄物として切り落とされた枝葉が発生します。今回開発した技術は、バイオマス資源として、オリーブ由来の廃棄物の高付加価値化に役立つと期待できます。
なお、本研究はJST SATREPS 「エビデンスに基づく乾燥地生物資源シーズ開発による新産業育成研究」、JST COI-NEXT「つくば型デジタルバイオエコノミー社会形成の国際拠点」のもとで行われました。
本反応により合成されたオレアセインを用いて、潜在する生理活性機能の探索を進めます。また、機能性食品や医薬品としての応用可能性の検討を進めます。
掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:Solid acid-catalyzed one-step synthesis of oleacein from oleuropein
著者:Yasuhiro Shimamoto, Tadahiro Fujitani, Eriko Uchiage, Hiroko Isoda, Ken-ichi Tominaga
DOI: 10.1038/s41598-023-35423-x
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
食薬資源工学オープンイノベーションラボラトリ
副ラボ長 富永 健一 E-mail:k-tominaga*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)