発表・掲載日:2023/05/30

テラワットスケールの太陽光発電: 持続可能な社会への挑戦と展望

-世界の太陽光発電研究者からの提言、Science誌に論文掲載-

ポイント

  • 持続可能な社会の実現に際して、世界で必要になりそうな量の太陽光発電を導入するペースや、課題となる点を紹介
  • 今後10年間ほど現在の市場成長率を保ち、普及速度をおよそ10倍にする必要性を指摘
  • 技術革新やエネルギー使用効率の向上のほか、世界的な生産拠点の分散化など、持続可能なエネルギーシステムの実現に向けた方策を提言

図1

図1 2050年時点までの世界の太陽光発電の導入ペースの目安
今後10年間で年間導入設備量を10倍程度まで拡大させることで、持続的な社会において必要と想定される規模の導入設備量(この例では2050年頃に75TW)に達する。これまでの実績と今後の見通しからは、この目標は達成可能と示唆される。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)は、2022年5月に、独フラウンホーファー研究機構 太陽エネルギーシステム研究所(以下「Fraunhofer ISE」という)と米国国立再生可能エネルギー研究所(以下「NREL」という)と合同で「The Terawatt Workshop 3」(以下「ワークショップ」という)を開催しました。3機関を中心とする世界中の専門家たちにより、テラワット(1012ワット=10億キロワット)単位の太陽光発電が普及する時代を迎え、気候変動を十分抑えるために必要な普及量を目指す上で必要な事柄を検討しました。

その後、3研究機関を中心にワークショップでの議論を論文としてまとめました。この論文が2023年4月6日付のScience誌へ掲載されました。論文のタイトルは「Photovoltaics at multiterawatt scale: Waiting is not an option」で、世界が持続的な社会に向かうにあたり、今後必要な太陽光発電の普及速度の目安や課題を提示しています(図1)。


論文の社会的背景

気候変動の影響が顕在化する中、環境とエネルギーの2つの持続可能性を早急に両立させることは、全世界的な要請であり、挑戦的な課題です。この課題の解決に際し、太陽光発電は重要な役割を担える技術です。太陽光発電は、環境、経済性、エネルギー安定供給の点で優位性を発揮し、主要な発電手段の一つとして普及が加速しています。太陽光発電の技術がさらに発達し、発電コストの大幅な低減も進むなか、普及をいかにスムーズに進めるかが、持続的社会の実現の鍵を握ると考えられています。

再生可能エネルギーは2022年には世界で新設された発電所の設備容量の8割以上を占めるなど(*1)、世界のエネルギー経済を変革しつつあります。その中でも太陽光発電は、研究や製造技術の大きな進展によって、世界各地でコスト競争力に優れた電力源になっています。世界の太陽光発電累積導入設備量は2022年末で約1.1テラワット(TW)(1TW=1,000ギガワット(GW)=1,000,000メガワット(MW)=1,000,000,000キロワット(kW))になり、テラワットの大台に乗りました。世界の発電電力量に占めるシェアは4~5%程度ですが、市場成長率にして年25%前後、約3年ごとに2倍になるペースで拡大しています。太陽光発電はさまざまな気候変動対策手段の中でも、比較的低コストかつ短期間で普及可能な、数少ない技術でもあります。

気候変動を十分に抑え、持続的な世界を目指すに当たっては、電力由来の温暖化ガスの排出を減らすのと並行して、自動車・飛行機・船等の輸送手段(運輸部門)や、金属精錬や化学品合成等の工業プロセス等の電化も進める必要があります。このため再エネ電力に対する需要も拡大が見込まれ、太陽光発電はその将来の需要にも対応していくことが求められています。

 

研究の経緯

産総研、Fraunhofer ISE、NRELの3研究機関は、これらの国際的な挑戦課題に取り組んでいます。2016年に第1回のテラワットワークショップがドイツのフライブルグで、2018 年に第2回が米国のコロラド州ゴールデンで開催され、議論や解析の結果がScience誌に論文としてそれぞれ掲載されました。

(参照:N. M. Haegel et al., “Terawatt-scale photovoltaics: Trajectories and challenges”, Science 14 Apr 2017: Vol. 356, Issue 6334, pp. 141-143
(参照:N. M. Haegel et al., “Terawatt-scale photovoltaics: Transform global energy”, Science 31 May 2019: Vol. 364, Issue 6443, pp. 836-838

今回の論文はそれらの続編で、2022年の先記ワークショップ(図2)での分析結果を踏まえて書かれたものです。

図2

図2 第3回テラワットワークショップ参加者の集合写真

研究の内容

気候変動対策として世界の温室効果ガス排出量を2050年時点で十分に減らすシナリオは、既に世界で多数検討・報告されております。その中で必要になる太陽光発電の導入設備量の想定はシナリオによって幅がありますが、著者らはこれら既存の検討結果を参照した上で、挑戦的だが実現可能と思われる値として75 TWの導入設備量を想定し、必要な普及速度の目安や、実現までの課題や留意事項をまとめました。

太陽光発電は近年、年25%前後の市場成長率を記録しています。この市場成長率を10年ほど継続すると、年間約3.4TWの年間導入設備量となります。その後は同じ年間導入設備量を維持することで、2050年に75 TWに達するシナリオが想定できます。

本論文ではこのようなシナリオをスムーズに実現するための課題や留意点として、公的機関、企業、行政府やシンクタンクなどの持つデータや見解、学術的な知見を集約した結果、下記のような事項を指摘しています。

  • 今後10年のうちに規模を拡大しておくのが大事である。後になってから拡大しようとした場合、急激な拡大に追いつけなくなったり、(供給能力が一時的に過大になって)持続性を欠いたりする危険性がある。
  • 太陽光発電の急速な普及に追いつけるように、インフラの計画は前向き、かつ積極的に行われなければならない。
  • 大量の太陽光発電を導入していく過程では挑戦的な課題も発生する。風力や水力との組み合わせ、送電網の増強、蓄電、デマンドレスポンス、水素、ヒートポンプや電気自動車との連携等、複数の戦略を活用して解決に取り組む必要がある。
  • 最新の技術水準やコスト、十分な解像度をもつ電力系統のシミュレーションモデル、他分野の電化まで考慮した将来のエネルギー供給システムの検討結果はいずれも、太陽光発電が大きなシェアを担う結果を示している。
  • 輸送コストや供給障害のリスクを抑え、普及をスムーズに進める観点からは、関連機器の生産拠点を一つの国や地域に集中させ過ぎないよう、分散させるべきである。
  • 発展途上国や新興国におけるエネルギーシステム拡大においては、(安さや扱いやすさ等から)太陽光発電が第一の選択肢となる。
  • リサイクルを促進する取り組みは今すぐ拡大させる必要がある。
  • さらなる持続性向上のため、変換効率向上やエネルギー使用量削減等に関する継続的なイノベーションも求められる。
  • 太陽光発電の普及拡大と並行して、蓄電や(水素用の)電解装置の規模拡大も必要になる。
  • 建材一体型太陽光発電(BIPV)や電気自動車への充電、ソーラーシェアリング(agriPV)等の新しい利用形態も有用である。
  • 水素、合成燃料、原料等を持続的な形で製造するには、太陽光発電や風力発電の大規模な普及が必須である。
  • 次の10年間が決定的である。気候変動や大気汚染に起因するコストを踏まえ、幅広い電化を進め、古すぎる想定を排し、素早い変化への対応が必要となる。
  • これまでの実績と今後の見通しは、2050年に75 TWを導入する目標が達成可能だと示唆している。(これを踏まえて、「座して待つことは選択肢ではない」と論文のタイトルで表現している)。

本論文で挙げたような挑戦的な課題への対応を進めつつ、現在の市場成長率を当面維持することで、世界のエネルギー供給体制を持続的なものに変革していくにあたり、太陽光発電がその決定的な役割を果たせるものと考えられます。

本論文は世界の太陽光発電の今後の普及速度の一つの目安となると共に、関連分野との連携戦略や、研究開発方針の策定の助けになるものと期待されます。

 

今後の予定

産総研、Fraunhofer ISE、NRELの3研究機関は持続的社会の実現加速のため、今後とも世界の太陽光発電の専門家たちと連携し、普及加速のための分析や情報発信に取り組んでまいります。

 

論文情報

掲載誌:Science
論文タイトル:Photovoltaics at multiterawatt scale: Waiting is not an option
著者:N. M. Haegel, 他
巻号:Vol 380, Issue 6640, pp.39-42, 6 Apr 2023
DOI: 10.1126/science.adf6957

 

参照資料

 

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
安全科学研究部門 社会とLCA研究グループ
主任研究員 櫻井啓一郎 E-mail:k-sakurai*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)


用語解説

フラウンホーファー研究機構 太陽エネルギーシステム研究所(Fraunhofer ISE)
欧州最大の応用研究機関であるフラウンホーファー研究機構の中の一研究所。太陽エネルギーを中心にした研究を行っており、同分野における欧州最大の研究機関です。(プレスリリース) [参照元へ戻る]
国立再生可能エネルギー研究所(NREL)
米国エネルギー省傘下の国立研究機関。米国で唯一、再生可能エネルギー全般と省エネルギー技術に関する研究開発を実施しています。世界トップレベルの太陽光発電の研究機関であり、関連する主要な国際標準規格の制定にも深く関わっています。(プレスリリース[参照元へ戻る]
変換効率
太陽電池に入射した光エネルギーのうち、どれだけの割合を電力に変換できるかを表します。現在一般的な市販品の太陽電池では20%強のところ、民生用途向けに開発中のものでは30%を超えており、発電するための費用を今後さらに引き下げると見込まれています。[参照元へ戻る]
デマンドレスポンス
電力需給の状況に応じて電力価格を上下させることで、電力の安い時間帯に需要を移動させること。
例えば太陽光発電や風力発電の電力が余りそうな時に金属精錬を行ったり、エコキュートによる造湯や電気自動車の充電を行ったりすることで、捨てられるはずだった電力を有効活用できるようになり、国全体でも化石燃料輸入量の削減や排出量削減が可能になります 。[参照元へ戻る]
ヒートポンプ
熱を温度の低いところから高いところへ移動させる仕組みで、身近な冷蔵庫やエアコン、エコキュート等に使われています。電力をヒーター等で直接熱に変えてしまうのでなく、外気が蓄えている太陽などからの熱を利用することで、より少ない電力で同じ量の熱エネルギーが得られます。工場などで化石燃料を燃やして数百℃の高温を作り出している工程でも、ヒートポンプを使う技術開発が行われています。[参照元へ戻る]
建材一体形太陽光発電(Building Integrated Photovoltaics, BIPV)
屋根材や壁面、窓等の建材と一体になった太陽電池、およびそれを使った太陽光発電のことです。一戸建て住宅の屋根等で既に広く用いられていますが、近年は任意の色や模様を付けられる製品も登場し、建造物のデザインの一部として積極的に利用する事例も見られます。[参照元へ戻る]
ソーラーシェアリング(agriPV, agrovoltaics)
植物が太陽光を100%は活用しきれないことを利用して、田畑の一部を太陽電池で覆って発電すると同時に、残りの太陽光で作物も育てる技術です。作物や利用条件にもよりますが、収量を損なわずに、収益の増加、散水量の抑制、日陰による作業環境の改善等の効果が期待でき、世界的に利用が拡大しています。日本でも野菜、果物、水稲、お茶などで成功事例が見られます。(例えば農林水産省、営農型太陽光発電についてのページが参考になります。 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/renewable/energy/einou.html#02[参照元へ戻る]