発表・掲載日:2022/09/05

スポーツイベントの声出し応援に関する新型コロナウイルスの感染リスク評価

-その4 Jリーグの声出し応援段階的導入試合の調査結果-

ポイント

  • 「Jリーグの声出し応援段階的導入試合」の計12試合で声出し応援エリアを中心に調査を実施。
  • 試合中の声出し応援エリアのマスク着用率は94.8〜99.8%。
  • CO2濃度は平均で400~550 ppmであり、空気が停滞する状況は確認されず。
  • Jリーグのガイドライン改定を通じ、感染リスク低減に貢献。

概要図

図 声出し応援導入試合の調査結果とJリーグとの関係


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ(以下「研究ラボ」という)の保高 徹生 ラボ長、大西 正輝 副ラボ長、坂東 宜昭 ラボ員、内藤 航 副ラボ長は、研究チームMARCOや公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(以下「Jリーグ」という)などと連携し、試合観戦時における観客の新型コロナウイルス感染リスクや対策効果の評価を行ってきました。

6月11日、12日開催された「Jリーグの声出し応援段階的導入試合」のSTEP1の2試合(声出し応援エリア:収容率25%)、7月2日と6日に開催された同STEP2の6試合(声出し応援エリア:収容率50%)、7月30日と8月7日、10日、14日に開催された同STEP3の4試合(声出し応援エリア:収容率50%)において、カメラ撮影・AIを用いた画像認識によるマスク着用率の評価等の感染予防対策の実施状況に関する調査を実施しました。

調査結果概要を表1に示します。今回の調査において、声出し応援エリアの試合中のマスク着用率は94.8〜99.8%であり、不織布マスクを着用して応援するというルールが遵守されていたことを確認しました。声出し応援エリアの観客間距離は、STEP1では試合中94.5〜97.0%で格子の座席位置が保たれており、座席間隔も適切に守られていることが確認されました。CO2濃度は、声出しエリア、一般席ともに、平均で400~550 ppm、高くても750 ppm程度であり、試合終了後のCO2濃度がすぐに低下することからも、空気が停滞する状況は確認されませんでした。ホーム側応援席の声出し応援時間は、120分中60〜62分で試合時間の5割程度であることを確認しました。

今回得られた結果から、本調査の範囲においては、多くの観客が「声出し応援に関するガイドライン[ PDF:741KB ]」を遵守して観戦していたことを確認しました。これらの結果は、Jリーグの運営検証に基づくガイドライン改定に貢献するとともに、9月5日に開催された第62回NPB・Jリーグ 新型コロナウイルス対策連絡会議にて報告されました。また、スタジアムなどの大規模集客イベントなどで実施されている感染予防対策の効果の評価、対策の指針作りなど、新型コロナウイルス感染リスク評価や対策の評価に貢献します。

表1 調査結果概要

表1

6/21速報:スポーツイベントの声出し応援に関する新型コロナウイルスの感染リスク評価 -その2(速報版) 声出し応援段階的導入試合の調査結果-
7/19速報:スポーツイベントの声出し応援に関する新型コロナウイルスの感染リスク評価 -その3(速報版) 声出し応援段階的導入試合STEP2の調査結果-


研究の社会的背景と経緯

新型コロナウイルス感染が続く中、一度に多くの観客が集まるスタジアムのような大規模施設で開催されるイベントにおける感染リスクは、社会的にも注目されています。政府は、イベントにおける人数を制限してきましたが、2021年12月以降は、声出し応援をしないと分類されるイベントでは、感染防止安全計画を策定することで、最大収容人数に対して100%の定員でのイベント開催が可能となりました。

産総研は、これまで政府、Jリーグらと連携して、スタジアムなどでの観戦における新型コロナウイルス感染予防のための調査を継続して実施しており、観戦時の観客のマスク着用の有無や、応援方法、スタジアム内の歓声などを評価する調査や感染リスク評価に関する研究を進めてきました。

Jリーグなどのイベントでは、原則として声出し応援は禁止されていました。しかし、応援は、スポーツ観戦の楽しみの一つであり、高揚感や選手との一体感を得ることができ、コロナ感染拡大前の日常を取り戻すためにも、声出し応援の再開が待望されています。その際の感染リスクや各種対策を評価することは重要であり、2022年6月10日に「スポーツイベントの声出し応援に関する新型コロナウイルスの感染リスク評価―その1 声出し応援段階的導入試合の事前評価―」を公開しました。これらの情報は、Jリーグに情報提供され、6月の公式試合における声出し応援段階的導入計画の声出し応援に関するガイドライン[ PDF:741KB ](STEP1)の設計に活用されています。

このような背景のもと、2022年6月11日、12日に実施されたJリーグ公式試合における声出し応援の段階的導入試合STEP1の2試合、2022年7月2日、6日に実施された同STEP2の6試合、7月30日と8月7日、10日、14日に開催された同STEP3の4試合において、感染予防のための調査を実施したので報告いたします。

 

調査内容・結果

本調査では、表2に示す12試合において、調査を実施しました。

表2 調査実施試合・調査内容

試合 日程 会場 カメラ撮影 レーザーレーダー マイクロホンアレイ CO2測定
JリーグYBCルヴァンカッププレーオフステージ 2022/6/11 カシマサッカースタジアム 実施 実施 実施 実施
明治安田生命J2リーグ第21節 2022/6/12 味の素スタジアム 実施 実施 実施 実施
明治安田生命J2リーグ第24節 2022/7/2 ソユースタジアム 実施     実施
明治安田生命J2リーグ第24節 2022/7/2 NDソフトスタジアム山形 実施     実施
明治安田生命J2リーグ第24節 2022/7/2 ケーズデンキスタジアム水戸 実施   実施 実施
明治安田生命J1リーグ第20節 2022/7/6 カシマサッカースタジアム 実施 実施 実施 実施
明治安田生命J1リーグ第20節 2022/7/6 味の素スタジアム 実施     実施
明治安田生命J1リーグ第20節 2022/7/6 日産スタジアム 実施     実施
明治安田生命J2リーグ第29節 2022/7/30 NDソフトスタジアム山形 実施     実施
明治安田生命J1リーグ第24節 2022/8/7 味の素スタジアム 実施     実施
JリーグYBCルヴァンカッププライムステージ準々決勝第2戦 2022/8/10 埼玉スタジアム 実施   実施 実施
明治安田生命J1リーグ第25節 2022/8/14 カシマサッカースタジアム 実施   実施 実施

・カメラによるマスク着用率の計測結果

観客のマスク着用率をAIによる画像認識を用いて評価しました。図1に計測の様子とAIによる画像認識技術でのマスク検出状況の一例を示します。また図2に各試合での試合中とハーフタイムのマスク着用率を示します。声出し応援エリアの試合中のマスク着用率は94.8〜99.8%であり、不織布マスクを着用して応援をするというルールが遵守されていたことを確認しました。今回確認されたマスク着用率は、声出し応援再開前のマスク着用率である94.3%をすべての会場で上回っていました。

図1

図1 カメラでの撮影範囲およびAIによる画像認識技術でのマスク検出状況
6/11カシマスタジアム(左)、6/12味の素スタジアム(右)

図2

図2 マスク着用率の計測結果

・カメラによる座席位置遵守状況の計測結果

観戦時における観客の座席位置遵守状況をAI画像認識による位置情報を用いて評価しました。図3にSTEP1における観戦時の座席位置遵守状況を示します。声出し応援エリアの観客間距離は、STEP1では試合中94.5〜97.0%で格子の座席位置が保たれており、座席間隔も適切に守られていることが確認されました。座席位置が守られていないケースの大半は、子供が親と近くにいるケースであることが確認されました。

なお、STEP2から座席配置が市松配置になったため、座っている人と立っている人が重なり合うケースが多く、STEP1で用いたAI解析が適用不可のため、STEP2、STEP3については評価ができておりません。解析方法について検討中です。

図3

図3 観客の座席位置遵守状況(STEP1)

・マイクロホンアレイによる音声調査の結果

図4にAIに基づく音響イベント検出により求めた観客による拍手とチャンスなどにおける大人数の歓声および声出し応援の時間割合を示します。図4から分かる通り、声出し応援時間と拍手による応援時間が同程度であり、ホーム側応援席の声出し応援時間は120分中50.0〜51.1%(60〜62分)で試合時間の5割程度であることが確認されました。

現地で声出し応援以外の席については、現地を視察する限りにおいて、声出し応援禁止席の観客が声出し応援をしている様子は確認されませんでした。また、ホームゴール裏の声出し応援席とバックもしくはメインの声出し応援禁止席で観測した音声量について、AIで応援音声を切り出した後、打楽器・拍手音を抑圧した信号のパワーを比較した結果、声出し応援禁止席のパワーは声出し応援席の平均で半分程度となり、声出し応援禁止席で声出し応援しているような状況ではないと評価されました(非応援席においても声出し応援席の音声が到達しているため、声出し応援禁止席のパワーが半分程度というデータは、声出し応援禁止席で声を出していることではありません)。

図4

※ 6月、7月のデータは、集計窓幅を5秒から0.3秒に変更し、再解析を行ったため、STEP1、STEP2の速報値から数値を修正した。
図4 AIによる音響イベント検出結果

・CO2濃度の計測結果

表3〜5に設置場所ごとのCO2濃度を示します。声出しエリア、一般席ともに、平均で400~550 ppm、高くても750 ppm程度であり、空気が停滞している状況は確認されませんでした。

表3 STEP1のCO2濃度(ppm)

表3

表4 STEP2のCO2濃度(ppm)

表4

表5 STEP3のCO2濃度(ppm)

表5

まとめと今後の予定

今回得られた結果から、本調査の範囲においては、多くの観客が「声出し応援に関するガイドライン[ PDF:741KB ]」を遵守して観戦していたことを確認しました。声出し応援再開前の試合中のマスク着用率(平均94.3%)と比較して、声出し応援席のマスク着用率が高い結果(94.8〜99.8%)となったことからも、声出し応援席の観客が感染予防に対する高い意識を持っていたことが伺われます。本内容は、Jリーグやクラブに情報提供され、公式試合における声出し応援に関するガイドライン[ PDF:741KB ]の改定に活用されるとともに、9月5日に開催された第62回NPB・Jリーグ 新型コロナウイルス対策連絡会議にて報告されました。また、スタジアムでの観戦の際の新型コロナウイルス感染リスクと対策の指針作りなど、新型コロナウイルス感染リスク評価、対策効果の評価を進めます。

 

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ ラボ長
地圏資源環境研究部門 地圏化学研究グループ
研究グループ長 保高 徹生 E-mail:t.yasutaka*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)

新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ 副ラボ長
人工知能研究センター 社会知能研究チーム 
研究チーム長 大西 正輝 E-mail:onishi-masaki*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)

新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ 副ラボ長
安全科学研究部門 リスク評価戦略グループ
研究グループ長 内藤 航 E-mail:w-naito*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)


用語の説明

◆研究チームMARCO
MARCO((MAss gathering Risk COntrol and COmmunication)代表者:東京大学医科学研究所 井元教授)は、大規模集会におけるリスク制御とコミュニケーションを目的に組織された有志研究チームです。医学、工学、環境学、数学、統計学、バイオインフォマティクス、ハイパフォーマンスコンピューティングなど多様な専門分野の研究者が集まり、課題を解決するための研究と社会実装を展開しています。国公立大学、私立大学、国立研究開発法人、民間企業、病院など10を超える機関から20名以上が自発的に参加し、社会に向けた多くの提言を行っています。[参照元へ戻る]
◆Jリーグの声出し応援段階的導入試合
応援スタイルの見直し、特に声出し応援に関して、感染リスクを最小限に保ちながら再開することを目指した、段階的な導入「声出し応援段階的導入計画(令和4年5月17日実行委員会付議)」の対象試合です。段階的な導入は、STEP1からSTEP3までの3段階から成り、STEP1においては、政府事務連絡の令和4年3月17日付「基本的対処方針に基づくイベントの開催制限、施設の使用制限等に係る留意事項等について」に準拠したガイドラインを敷き、数試合で声出し応援実施時に実効性のある運営体制となっているかを検証します。STEP2・3ではSTEP1のガイドラインを基本とし準備をすすめ、STEP1における運営面の改善点を検証し、反映させます。[参照元へ戻る]
◆マイクロホンアレイ
異なる位置に複数のマイクロホンを配置したものです。各マイクロホンの位置関係と、各マイクロホンに音が到達する時間の違いをもとにデータ処理を行い、音源の位置を推定したり、特定方向の感度を上げたり下げたりすることができます。[参照元へ戻る]
◆レーザーレーダー
レーザーを用いて対象物体までの距離を計測するセンサーです。複数のレーザーを回転させることによって高い空間分解能で環境の三次元空間の情報を得ることができます。ライダー(LiDAR: Light Detection And Ranging)とも呼ばれています。[参照元へ戻る]
◆音響イベント検出
入力された音響信号に含まれている特定の音響イベントを、その生じた区間とともに検出する技術です。[参照元へ戻る]

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