発表・掲載日:2020/10/13

人工知能で体外設置型人工心臓を最適設計

-機能向上と副作用低下を両立させた人工心臓をデザイン-

ポイント

  • 実験計画法に複数の人工知能の手法を組み合わせて、少ないシミュレーション回数で人工心臓のデザインを最適化
  • 本最適化手法により動圧軸受の発生力の増加と赤血球破壊の減少を同時に実現する人工心臓のデザインを探索
  • 製品設計、製造プロセスなど、広い分野の研究開発効率向上への貢献に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)安全科学研究部門【研究部門長 緒方 雄二】社会とLCA研究グループ 河尻 耕太郎 主任研究員と健康医工学研究部門【研究部門長 達 吉郎】人工臓器研究グループ 小阪 亮 主任研究員は、複数の人工知能(AI)の手法を組み合わせて、少ない数値シミュレーションの解析データで人工心臓のデザインを最適化した。

従来の実験計画法の枠組みにニューラルネットワークと多目的遺伝的アルゴリズムを組み合わせた新たな実験計画法を用いた。今回の人工心臓の4つの入力条件(溝本数: 3-18本、16通り、溝角度: 10-180度、18通り、溝入口深さ: 0.05-0.25 mm、5通り、溝出口深さ: 0.05-0.25 mm、5通り)の組み合わせは7,200通りも存在し、それら全ての組み合わせに対して実験、あるいは数値シミュレーションを実施することは困難である。今回用いた実験計画法により、約60回の解析結果を基に、体外設置型動圧浮上遠心血液ポンプの動圧軸受の発生力と赤血球損傷係数を最適化した。この手法は、多数の入力条件と目的変数をもつ複雑システムを、少ないデータを基に簡単に最適化でき、製品設計、製造プロセスなど、広い分野の研究開発効率向上への貢献が期待される。

なお、今回の手法の詳細は、2020年5月23日に日本品質管理学会第122回研究発表会にて発表された。

エネルギー・環境領域の最近の研究成果の概要図

今回の実験計画法による人工心臓(動圧浮上遠心血液ポンプ)のデザイン最適化
(日本品質管理学会第122回研究発表会要旨集98ページ図2、99ページ図3を改変)


開発の社会的背景

厚生労働省2018年の人口動態統計月報年計によると、心疾患は、がんに次ぐ現代の日本の三大死因の一つであり、死亡者数は年間約20万人で、年間総死亡者数約135万人の15 %を占める。中でも心不全による死亡が最多であり、従来の手法では治癒困難な重症心不全には、心臓移植が有効な治療法である。しかし、日本国内では深刻なドナー不足のため、現在の心臓移植の平均待機期間は約1180日である。そのため、心臓移植までのつなぎとして、心機能を補助する体内埋込型補助人工心臓が用いられている。

 

研究の経緯

産総研は、内部のインペラが血液中を非接触で回転浮上する、動圧軸受を用いた体外設置型動圧浮上遠心血液ポンプの開発を進めてきた。この血液ポンプにより、手術中から体内埋込型補助人工心臓を適用するまでの中長期の血液循環を補助することができる。動圧軸受の設計には、動圧溝本数、溝角度、溝の深さなど、多数のデザインパラメータ(入力)がある。また、血液ポンプの動圧軸受は、インペラを浮上させる高い軸受剛性と、赤血球破壊などが発生しにくい血液適合性を同時に満たす必要がある。そのため、製品の要求性能としては、動圧軸受が発生する力の増加、赤血球破壊の減少など、複数の目的変数がある。そのような多入力多目的のシステムの試行錯誤による最適化には限界があるため、より効率よく開発を進める手法を必要としていた。

一方、そのような多入力多目的システムを簡易に最適化するため、実験計画法の枠組みに、多目的遺伝的アルゴリズムを組み合わせた多入力多目的最適化手法を開発していた。今回、この最適化手法にニューラルネットワークの解析手法を取り込み、人工心臓のデザイン最適化に適用を試みた。

なお、本研究開発の一部は、独立行政法人日本学術振興会科研費JP18K12049の支援を受けて行った。

 

研究の内容

今回用いた新たな実験計画法は、実験計画作成(Plan)、実験(今回の研究では数値シミュレーション)を実施(Do)、ニューラルネットワーク(NN)モデルにより目的変数を入力変数で近似(Check)、多目的遺伝的アルゴリズム(MOGA)により各目的変数に対して入力変数を多目的最適化(Action)、のPDCAサイクルにより、必要最小限の実験(今回の研究では数値シミュレーション)回数で、多入力多目的の複雑システムの最適解を簡易に探索できる(図1)。CheckにNNを用いることで多重共線性の問題がなくなり、入力変数間の相関のチェックが不要で、従来の単純な線形回帰式よりも複雑な入力出力関係をモデル化できる。また、ActionにMOGAを用いることで、トレードオフ関係にある複数の目的変数を同時に最適化できる。なお、今回は、AIZOTH社が開発中の人工知能統合解析プラットフォーム(Multi-Sigma(https://multi-sigma.aizoth.com/))を用いてNNとMOGAの解析を行った。

また、実験データとして数値シミュレーションによるデータを用いた。3次元CADソフトを用いて動圧軸受の3次元モデルを作成し、 熱流体解析ソフトウエアにより、インペラを浮上させる動圧軸受の発生力と赤血球の壊れやすさ(DI値)を算出した。

今回の実験計画法により、動圧軸受の発生力の増加と赤血球破壊の減少を同時に実現するデザインを探索したところ、従来は、経験的に動圧軸受の溝本数は8~12本程度であったが、今回探索されたデザインでは、溝本数は5本程度と少なく、従来の設計指針とは異なる結果であった。また、従来、動圧軸受の発生力の増加と赤血球破壊の減少はトレードオフの関係で同時に達成できないと考えられていたが、今回の結果では両者はトレードオフの関係ではなく、同時に達成できる可能性が示唆された。今回の結果は、あくまで数値シミュレーションによるものであり、今後、実機による検証は必要であるが、従来の経験的な試行錯誤では得られなかったような、新たな解が探索できる可能性が示唆された。

図1

図1 今回用いた新たな実験計画法
(日本品質管理学会第122回研究発表会要旨集98ページ図1を改変)

なお、今回用いた最適化手法は、多入力多目的の複雑システムを、少ない実験データを用いて簡易に最適化する際に有効である可能性が示唆されたため、製品のデザインパラメータや製造プロセスの製造条件などを最適化するなど、広い分野における多入力多目的システムの研究開発への応用が期待できる。

 

今後の予定

今後は、実際に試作した動圧軸受による実験を通じて、今回の結果を検証する。また、今回用いた最適化手法については、社会的なインパクトの大きいさまざまな事例に適用し、社会的課題の解決と有効性の検証を行いたい。

 

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
安全科学研究部門 社会とLCA研究グループ
主任研究員 河尻 耕太郎   E-mail:kotaro-kawajiri*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)

健康医工学研究部門 人工臓器研究グループ
主任研究員 小阪 亮   E-mail:ryo.kosaka*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)


用語の説明

◆実験計画法
効率よく実験を実施し、適切に結果を解析するための一連の方法論を体系化した、統計学の応用分野の一つ。[参照元へ戻る]
◆ニューラルネットワーク(NN)
人工知能の技術の一つで、入力と出力の関係を脳の神経回路の働きを模した数理モデルで表現する手法。[参照元へ戻る]
◆遺伝的アルゴリズム(GA)
人工知能の技術の一つで、生物界の進化の仕組みを模倣して、最適な解を探索する手法。多目的遺伝的アルゴリズム(MOGA)は、複数の目的変数に対して最適な入力条件を探索するGAの手法。[参照元へ戻る]
◆動圧軸受
流体を隙間が狭くなっている流路に押し込むことにより生じるくさび効果による局所圧を利用して、回転荷重を支持する機械要素。[参照元へ戻る]
◆インペラ
扇風機内部の羽根のように、血液ポンプ内部でポンプ外に血液を拍出するために、回転する羽根を持った回転部品。[参照元へ戻る]
◆多重共線性
統計解析の際、入力変数間で相関が高いと、回帰式の係数が正しく得られない問題。そのため、一般的には、回帰分析を行う前に、入力変数間の相関をチェックし、相関の高い入力変数を除外する作業が必要であるが、入力変数の数が増加すると、そのための手間が飛躍的に増加する。[参照元へ戻る]
◆赤血球の壊れやすさ(DI値)
赤血球の壊れやすさの指標。血液ポンプ内部のインペラの回転により、過度に赤血球が破壊されると、貧血や腎不全を引き起こす。[参照元へ戻る]