国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)電子光技術研究部門【研究部門長 森 雅彦】3次元フォトニクスグループ 榊原 陽一 研究グループ長、吉田 知也 主任研究員らは、従来難しいとされてきた、シリコン光集積回路への光ファイバーや光部品の表面実装を容易にする光結合技術を開発した。
通常シリコン光配線はウェハ面内に形成されるが、今回開発した技術ではシリコン光配線の先端をイオン注入によりウェハ面に対して垂直方向に立体湾曲加工して、ウェハ面に垂直な方向から光集積回路へ光入出力できるようにする。曲げ半径を3μmまで小型化できるため、実用化への見通しが得られた。表面垂直方向から近接させた光ファイバーとの光結合損失特性は2 dB程度と高効率であり、波長依存性・入射角度依存性・偏光依存性も小さい。これは、従来表面光結合の主流技術であった回折格子型光結合器とは動作原理が異なる、画期的な光結合素子である。データセンター内外の短中距離大容量光通信や半導体チップ間信号伝送などの光インターコネクションへの応用が期待される。
なお、これらの成果は、スペイン、バレンシアで開催された第41回欧州光通信国際会議(ECOC2015)でポストデッドライン論文として採択され、現地時間10月1日(木)に発表された。また、米国光学会誌Optics Expressに2015年11月3日にオンライン掲載された。
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立体湾曲シリコン光配線の概念図(左)と、それを搭載したシリコン光回路が表面垂直方向からの光ファイバーと光結合した状態の光学顕微鏡写真(右) |
光通信技術は現代の高度情報化社会を支える基幹インフラ技術として、中長距離の大容量通信網ではすでに中核的存在となっている。加えて近年のクラウドコンピューティングの発達や近未来に予見されるIoT社会の到来により、データセンター内やデータセンター間の短中距離大容量光通信技術という新たな技術ニーズが生じている。さらに高密度集積回路(LSI)の発達により中央演算処理装置(CPU)チップとメモリーチップ間の電気配線による大容量信号伝送などが限界を迎えつつあり、その限界を打破するために光通信による新たなチップ間信号伝送技術の開発が期待されている。
このような光インターコネクションと呼ばれる新しい光通信用途への技術ニーズに対応するには、シリコン材料を光学材料として利用するシリコンフォトニクスは、シリコンLSIで培われてきた大量生産可能な微細加工技術を利用できる上にシリコン半導体電子回路との融合集積も可能なため、有力な候補技術として世界各国で研究開発が活発化している。しかし光インターコネクションの実用化には、光ファイバーなどの外部光部品とシリコンフォトニクスデバイスのシリコン光配線を高効率に結合する技術が必須であり、そのような結合技術、特に実装コストの低減、ウェハ段階で検査可能という利点を持つ表面結合技術の開発が求められている。
表面光結合には、シリコン光配線の先端部を表面方向に立体的に湾曲させるものがある。もう1つの表面結合技術である回折格子構造の欠点である波長依存性や偏光依存性の克服が期待できる。2011年にオハイオ州立大は、MEMSの加工技術により曲げ半径100 μm程度の立体湾曲シリコン光配線を作製したが、極めてアスペクト比が高い不安定な構造で実用的ではなかった。産総研では、2013年にイオン注入技術により曲げ半径30 μm程度の立体湾曲シリコン光配線を作製したが、実用的とは言えない大きさであった。引き続き、大幅な小型化を目指して、プロセスの改良やデバイス特性の評価を進め、今回の成果を得た。
今回のシリコン光配線の立体湾曲加工では、まずシリコン光配線の先端部の周囲の石英ガラスクラッド材料を除去してシリコン材料を露出させた片持ち梁(はり)構造を形成した(図1a)。次にこの構造にイオン注入を行い立体湾曲加工した(図1b)。イオンの種類、加速エネルギー、注入量で曲げ加工量を制御できるが、今回は従来に比べて注入量を大きくして曲げ半径約3 μmという小型構造を実現した(図1c)。その後、さらに石英ガラスクラッド材料をこの構造の上に製膜して立体湾曲光結合器を完成させた。
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図1 シリコン光配線の立体湾曲加工プロセスと、試作した立体湾曲シリコン光配線の電子顕微鏡写真 |
シリコン光回路の入出力端にこの立体湾曲光結合器を形成したテストチップを試作し、表面垂直方向から接近させた光ファイバーと光結合させて性能を評価した。その結果、光結合損失値が最小で約2 dBという高効率の光結合が、1535 nmから1610 nmの広い波長領域でほぼフラットな波長特性で得られることを確認した(図2)。さらに入射角度依存性と偏光依存性も小さいことが確認できた。
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図2 立体湾曲シリコン光配線と光ファイバーの光結合損失 |
今回開発した技術は、ウェハ段階での検査用途に直ちに応用可能な特性を持っている。特に波長依存性、偏光依存性、入射角度依存性が小さいという特性は、検査技術の機構的許容度を大幅に増すので、検査用途から実用化を目指す。また、各種光部品の表面実装のための要素技術の開発も順次進めていく。
今回の研究開発は小片試料による実験室レベルでの原理実証であり、開発技術の実用化への橋渡しを行うためには半導体工場と互換性のある大口径ウェハでのプロセス検証実証が不可欠である。産総研等が運営するつくばイノベーションアリーナ(TIA)スーパークリーンルーム(SCR)の300 mmウェハ研究開発ライン等を用いたプロセス検証実証を行い、技術移転や共同研究を図っていく。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
電子光技術研究部門 3次元フォトニクスグループ
総括研究主幹 榊原 陽一 E-mail:yo-sakakibara*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)