発表・掲載日:2016/01/15

国際規格 ISO18074(カシミヤ繊維の試験方法)が発行

-DNAの解析技術がカシミヤ製品の偽装を防止する-

ポイント

  • カシミヤ、ヤク、羊毛の繊維を正確に識別する技術が国際標準規格として発行された
  • 加工品を含む繊維製品から抽出したDNAを分析して動物種を識別する
  • カシミヤ繊維の偽装を防止することで公正な取引を促進できることが期待される


概要

 2015年12月1日に、カシミヤ繊維の試験方法を定めた国際標準規格ISO18074が発行された。この規格は、国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下、産総研)が参加した、経済産業省と国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の国際標準化を推進する事業で得られた試験方法に関する成果であり、国際標準化機構(ISO)に提案し採用されたものである。動物は種に固有のDNA塩基配列を持っており、動物繊維の塩基配列を分析することでその繊維が由来する動物種を特定できる。カシミヤ100 %の繊維からはカシミヤに特有のDNAだけが検出される。羊毛やヤクの繊維との混紡製品からは、羊やヤクのDNAも同時に検出され混入を検知でき、カシミヤ100 %表示の信ぴょう性を確かめることができる。

DNAの分析によるカシミヤ繊維の識別試験の図
DNAの分析によるカシミヤ繊維の識別試験
各動物種に特有のDNA断片を増幅後に、蛍光試薬で可視化すると各動物種に固有のDNAの有無を判定できる。ヤク(Y)、ヒツジ(W)、カシミヤ(C)を独立に試験し、それぞれに特有の断片の増幅の有無を検出する。動物特有のDNA断片または陽性コントロール(白矢印)で増幅があり、DNAを含まない陰性コントロールでは増幅が無いことで試験の有効性をチェックする。


開発の社会的背景

 カシミヤ繊維を用いた製品は肌触りが良いなど優れた特質をもつため、高価であるにも関わらず消費者ニーズ、市場性が高い。その反面、カシミヤ100 %表示なのに羊毛やヤクなどの繊維が用いられた製品も多くなった。公正取引委員会(現消費者庁)からもたびたび排除命令が出される状況は、わが国のカシミヤ製品の高い信頼性を低下させ、また、消費者の権利を脅かしている。市場には、カシミヤ繊維の実際の生産を超える量の製品が流通していると言われている。

 従来、カシミヤ繊維の識別方法は光学顕微鏡による目視で行われており、類似の繊維との識別には長年の経験と高度な技術が求められる。最近では繊維に対してさまざまな加工が施されることから識別は一層難しくなり、識別する技術者の間で見解が一致しないことも増えていた。

 この様な状況から、わが国のカシミヤ製品の高い信頼性の確保と高価なカシミヤ製品を求める消費者利益の保護のため、カシミヤ繊維をより正確に識別できる試験方法を早急に確立、標準化することが求められていた。

研究の経緯

 産総研はDNAを解析する技術の開発と、それに基づいて生物種を特定する技術の開発に取り組んできた。これまで微生物や魚類などさまざまな生物由来のゲノムDNAの解析経験を通じて、DNA塩基配列情報を解析する技術基盤を培っている。

 今回のカシミヤ繊維の識別方法の開発は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構による戦略的国際標準化推進事業「カシミヤ繊維の試験方法に関する標準化(平成22年度)」、経済産業省による委託事業「国際標準共同研究開発事業/カシミヤ繊維の試験方法に関する標準化(平成23~24年度)」の支援を受けて行ったものである。PCR法を用いたDNA分析手法を応用した試験の標準化を目指して開発した結果、カシミヤ繊維の試験方法を定めた国際標準規格ISO18074が発行された。このプロジェクトでは、産総研と、学校法人 金沢工業大学、一般社団法人 繊維評価技術協議会が、一般財団法人 ボーケン品質評価機構(以下、ボーケン)の協力を得て、試験方法の改良と実証を進めた。プロジェクトのメンバーが、日本を代表してISOの会議などで各国との議論を進めた結果、日本の提案が採用される形で発行に至った。

研究の内容

 カシミヤ繊維から抽出したミトコンドリアのゲノムDNAの塩基配列を産総研で解明した。その配列を偽装に使われるヤク、ヒツジの塩基配列と比較して、これら3つの動物種に固有の塩基配列を明らかにし、識別方法を開発した。さらに、繊維からDNAを抽出・精製する各段階(図1)を見直すことにより、染色された繊維を含め多様な製品からの繊維を識別できるようになった。また、標準化を意識して識別試験の各段階で、分子生物学などで使われる標準的で汎用(はんよう)的な方法や試薬を使うようにした結果、再現性よく試験ができるようになった。

カシミヤ繊維を識別する試験手順の図
図1 カシミヤ繊維を識別する試験手順
繊維製品や原毛からDNA溶液を得る工程と得られたDNAに含まれる動物種を特定する工程から構成される。得られたDNAに対して、3つの動物種(カシミヤ、ヒツジ、ヤク)に固有のDNA部分を増幅するPCR法によって、その増幅の有無からサンプル中に含まれる繊維の動物種を特定できる。

今後の予定

 本プロジェクトの協力機関であるボーケンをはじめとして、多くの検査機関で今回発行された国際標準規格が利用されることで、カシミヤ繊維製品の偽装防止への効果が期待される。またカシミヤを産出する国でも、国際標準規格として本方法の検査が取り入れられる動きがある。従来の顕微鏡観察を本方法が補完して偽装されたカシミヤ繊維の識別の精度が上がることにより、消費者の権利を守ることにもつながると期待している。

 ISO規格は一般財団法人 日本規格協会などから購入することができる。また、国際標準規格ISO18074で利用できるDNA増幅用のプライマー配列は、産総研生物プロセス研究部門ゲノムデザイン研究グループ、ボーケンのホームページ上で公開される。

 今回の識別試験に用いたDNAの解析技術は、カシミヤ、ヤク、ヒツジ以外の生物へも応用できる。また繊維の識別以外にもさまざまな分野へ応用できる。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
生物プロセス研究部門 バイオデザイン研究グループ
主任研究員   小池 英明  E-mail:小池連絡先



用語の説明

◆カシミヤ
カシミヤはヤギ科の一種である。標高が高く寒い地域に生息するものは繊細な下毛を蓄え、その毛は肌触りが良いため、「カシミヤ」の名称で高級な繊維製品として取引されている。[参照元へ戻る]
カシミヤの写真
◆ISO
ISOは正式名称を国際標準化機構(International Organization for Standardization)といい、各国の代表的標準化機関から成る国際標準化機関で、電気・通信および電子技術分野を除く全産業分野(鉱工業、農業、医薬品等)に関する国際規格の作成を行っている(以上、日本工業標準調査会ホームページより引用)。繊維に関する規格はTechnical Committee 38 (TC38)で扱われる。今回の識別方法は、組成および化学的な試験に関する規格を扱うTC38のワーキンググループWG22で議論された。[参照元へ戻る]
◆ヤク
ヤクは牛の近縁種であり、ヤクから得られた毛は「ヤク」の繊維名称で取引されている。カシミヤと同様に寒い地域に生息する個体は細い下毛を蓄え、質の良いものは肌触りの良い繊維製品として使われる。一部のヤクやヒツジの繊維は見た目ではカシミヤとの差が分かりにくいため、カシミヤ繊維に故意に混入され、カシミヤ100 %と偽装される事例が増えている。[参照元へ戻る]
ヤクの写真
◆ゲノムDNA
DNAは4種類の物質(ATGC)で構成されており、一次元の塩基配列として生命現象に関するさまざまな情報が蓄えられている。生物種がもつ固有の遺伝情報の総体をゲノムと呼ぶ。この固有のゲノムのDNA塩基配列を解明し、さらに、そこにコードされる遺伝子情報などを情報科学的に解析することがゲノムDNAの解析のスタートである。[参照元へ戻る]
◆PCR法
PCR法はDNA中の特定の塩基配列を増幅するための技術である。特定の配列を認識して結合する一対の短いDNA断片を設計して用いることによって、その断片に挟まれる領域を倍々に増やすことができる。この過程を繰り返すことで、微量のDNAを数億倍に増幅できる。分子生物学やさまざまなDNA鑑定に広く利用されている方法である。[参照元へ戻る]
◆ミトコンドリア
動物や植物などの細胞中に存在する小器官であり、主に酸素呼吸によるエネルギー生成の役割を担っている。細胞内に1つしかない核とは独立して増えることができ、このためミトコンドリアのDNAは多数存在し、分析しやすい。ミトコンドリアのDNAは繊維からも抽出しやすく、加工を施された繊維からも抽出して分析することができる。[参照元へ戻る]