発表・掲載日:2013/09/20

カレイ由来の不凍タンパク質により細胞保存期間を延長

-120時間の非凍結保存をマウス膵島細胞で実証-

ポイント

  • カレイの不凍タンパク質により4 ℃でマウス膵島細胞の保存期間が72時間から120時間まで延長された
  • 不凍タンパク質の細胞膜への吸着が、細胞保存期間の延長をもたらすと推察
  • ヒトの膵島細胞を非凍結状態で数日間保存できれば、遠隔地輸送に道が拓かれる

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下、「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】津田 栄 上級主任研究員、西宮 佳志 主任研究員、坂下真実 主任研究員らは、株式会社ニチレイフーズ(以下、「ニチレイフーズ」という)研究開発部 応用研究グループ 小泉 雄史 研究員、井上 敏文 研究員らとともに、カレイから抽出される不凍タンパク質を用いると、マウスの膵島細胞を4 ℃の非凍結温度で120時間(5日間)保存できることを見出した。また、120時間保存した後の膵島細胞はインスリン生産能力を保持していた。共焦点レーザー顕微鏡を用いた実験から、不凍タンパク質が細胞膜に吸着してこれを保護することが細胞の保存期間を延長させると推察した。

 1960年代に南極魚類の血液から発見された不凍タンパク質は、氷の成長を抑えて細胞や組織の凍結を防ぐ物質である。さらに、1990年代には、4℃の非凍結温度下で細胞の生命力を持続させる機能(細胞保護機能)をもつことが示された。

 糖尿病患者は国内だけで1千万人以上いるといわれるが、膵島細胞移植は、有効で負担の少ない治療方法である。しかし、膵島細胞の提供量が不足しているため普及していない。もしも不凍タンパク質を使うことで膵島細胞を数日間非凍結温度で保存できれば、貴重な膵島細胞を遠隔地などにも輸送して用いることが可能になり、より多くの人々が膵島細胞移植を受けられるようになると考えられる。

 なお、この研究成果は2013年9月17日に米オンライン科学誌プロスワンに掲載された。

カレイ由来の不凍タンパク質の写真と図
図1 カレイ由来の不凍タンパク質
左:高純度精製品の画像。右:三次元分子構造モデル(一本鎖αらせん)。

開発の社会的背景

 糖尿病は血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が高くなる病気で、2011年の統計によれば日本の糖尿病患者は約1千万人を超えており、世界で6番目に多い。運動療法や経口薬などによって症状が改善しない場合には注射により血糖値を下げるホルモンであるインスリンを継続投与する必要が生じる。外科手術によって膵臓を患者に移植する方法も開発されているが、患者への負担が大きく、拒絶反応の問題もある。

 この問題を解決するために開発された方法の一つが、膵島細胞移植である。酵素を使って膵臓をバラバラにし、インスリンを分泌する膵島細胞を集めて、局所麻酔だけで血液バッグから点滴の要領で患者の肝臓の血管内に注入して移植を完了する。膵島細胞移植によってインスリン分泌が再開するため、患者はインスリン治療継続投与する必要がなくなる。従来の膵臓移植に比べ患者への負担が小さく、膵臓そのものではなく細胞だけを移植するため拒絶反応が起きにくいので、免疫抑制剤も活用することで2~3回の膵島細胞移植で治癒することが報告されている。しかし日本では臓器の提供量自体が少なく、移植を行う上での地理的ならびに時間的条件が制限されることが問題である。もしも膵島細胞を数日間非凍結温度保存できれば、空輸などの手段で離れた医療現場の間で膵島細胞移植を行うことが可能になると考えられる。

研究の経緯

 産総研では魚類やキノコ類を始め、数十種類におよぶ日本の動植物が不凍タンパク質をもつことを2010年頃までに明らかにした。個々の不凍タンパク質の構造や性能を詳細に調べるとともに、食品分野や冷熱利用技術に不凍タンパク質を応用するための技術開発を行ってきた。また、ニチレイフーズは不凍タンパク質を生産する魚類の大量捕獲と不凍タンパク質粗精製品の冷凍食品応用などについて研究開発を進めてきた。近年になって、カレイ類から得られる不凍タンパク質がいくつかの細胞に対して保護効果を発揮することが示されたため、マウス膵島細胞に対する不凍タンパク質による保護効果の評価を行った。

研究の内容

 市販の細胞保存液は、無機塩、グリセロール、糖、アミノ酸などを含み、細胞の周囲の浸透圧やpHを整えてなるべく生体内に近い環境を作る働きをする。今回、タンパク質を含まない市販の細胞保存液に、各種の不凍タンパク質を溶かし、この細胞保存液を用いた場合のマウス膵島細胞の生存率を調べた。不凍タンパク質として、国産のカレイ類の魚肉から精製した不凍タンパク質(AFPI)、寒冷な環境に生息する魚類であるワカサギ(AFPII)やタラ(AFGP)がもつ不凍タンパク質を用いた。対照実験には、細胞保護効果があることで知られるウシ血清アルブミントレハロースを細胞保存液に溶解したものを用いた。

 実験は、37 ℃で培養したマウス膵島細胞を10 mg/ml濃度の不凍タンパク質を含む細胞保存液に浸し4 ℃の冷蔵庫内で保存して行った。実験開始時の生細胞数を100 %として、保存開始から24、72、120時間後の生細胞の割合(%)を調べた(図2)結果、特にカレイ類がもつ不凍タンパク質(AFPI)を用いたときに、120時間後で約60 %の高い生存率が得られた(図2)。これに対し、ウシ血清アルブミンやトレハロースを用いたときには、膵島細胞は72時間以内にほぼ死滅した。また、この不凍タンパク質(AFPI)を含む細胞保存液を用いて120時間非凍結温度下で保存した膵島細胞を体温付近(37 ℃)に戻したところ、保存前と同レベルのインスリン分泌能力を保っていた。

マウス膵島細胞の生存率の経時変化の図
図2 マウス膵島細胞の生存率の経時変化
市販の細胞保存液(●)にAFPI(○)、AFPII(△)、AFGP(◇)、トレハロース(■)、ウシ血清アルブミン(▲)を市販の細胞保存液に溶かしたものを調製し、各々に約100,000個のマウス膵島細胞を浸漬したときの生存率の時間依存性を調べた。

 さらに、共焦点レーザー顕微鏡を用いてこの不凍タンパク質(AFPI)が膵島細胞に吸着する様子を観察した。不凍タンパク質を蛍光物質で標識した溶液にマウス膵島細胞を浸して、1時間経過した後の顕微鏡画像を図3左に示す。この不凍タンパク質は膵島細胞の細胞膜にまんべんなく吸着していることが確認された。また、蛍光色素でウシ血清アルブミンを標識したものを用いて実験を行ったところ、カレイ由来の不凍タンパク質(AFPI)の細胞膜への結合能力はウシ血清アルブミンよりもはるかに優れていることが判明した(図3右)。

共焦点レーザー顕微鏡による細胞観察結果の図
図3 共焦点レーザー顕微鏡による細胞観察結果
左:マウス膵島細胞の膜に対する蛍光ラベル不凍タンパク質(AFPI)の吸着を示す画像。
右:AFPIとウシ血清アルブミン(BSA)の細胞膜吸着能力の違いを表す模式図。

 これまでに、電気化学顕微鏡などを用いた研究により、保存液に浸された細胞が時間経過と共に膨張して最終的に破裂して、機能を失うことが分かっている。今回の結果から、不凍タンパク質(AFPI)は細胞膜に吸着して細胞の膨張とそれに続く破裂を抑制し、結果的に細胞機能を維持できる期間を延長すると考えられた(図4)。

不凍タンパク質細胞保護メカニズムを表す模式図
図4 不凍タンパク質の細胞保護メカニズムを表す模式図
左:保存液中では、通常の細胞は72時間の時間経過と共に膨張しやがて破裂する。
右:細胞膜に吸着した不凍タンパク質は破裂を防いで細胞を保護し、その生存時間を延ばすことができる。

 日本人が普段食べている魚から抽出される不凍タンパク質の安全性はいくつかの予備的な実験によって確かめられてきてはいるが、より詳細な評価法を用いて精査する必要がある。不凍タンパク質が副作用を示さずに細胞膜を保護するだけの機能を示すのであれば、今後細胞保存液には必ず不凍タンパク質が添加される可能性がある。マウス膵島細胞について観察された今回の不凍タンパク質の保護効果はヒトの膵島に対しても同様に発揮されることが期待される。膵島細胞移植がより広く普及し、糖尿病患者数の減少をもたらすことを期待したい。

今後の予定

 今回の不凍タンパク質のマウス膵島細胞に対する保護効果は、ヒトの膵島細胞に対しても同様に発揮されることが期待される。カレイ類の不凍タンパク質による細胞保存期間の延長効果をヒト膵島細胞に応用することを目指す。より多くの保護成分を含む細胞保存液に不凍タンパク質を溶かし、細胞膜保護効果を調べる予定である。その一方で、不凍タンパク質の分子構造のどの部分が細胞膜保護に関与しているのかの作用メカニズムを解析したい。これらの研究を通じて、不凍タンパク質を活用した新たな細胞保護技術を開発していきたい。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
生物プロセス研究部門
上級主任研究員 津田 栄  E-mail:s.tsuda*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆不凍タンパク質
氷の表面に結合してその成長を止めるタンパク質のこと。低温環境に適応した複数の生物から発見されており、魚類由来のものは氷だけではなく、細胞膜にも結合して細胞の安定性を向上させるものもある。[参照元に戻る]
◆共焦点レーザー顕微鏡
レーザー光を使い対象物を複数に分割して撮影する顕微鏡のこと。それらの画像をコンピューター上で合成することにより対象物の三次元画像を得る。[参照元に戻る]
◆膵島細胞(すいとうさいぼう)
血液中のブドウ糖(血糖)を調整するインスリンなどのホルモンを分泌する細胞のこと。膵臓組織の中で集団を形成しており、それが顕微鏡下には島の様に見えるため膵島と名付けられた。別名ランゲルハンス島ともいう。[参照元に戻る]
◆インスリン
膵島細胞から分泌され血糖値を下げる働きをするペプチドのこと。肥満などによってインスリンの働きが悪くなると糖尿病になる。[参照元に戻る]
◆膵島細胞移植
患者の肝臓の血管内に膵島細胞を注入(移植)する糖尿病の治療方法のこと。移植によってインスリン分泌が再開するため、患者はインスリン治療から離脱できる。[参照元に戻る]
◆ウシ血清アルブミン
ウシの血清から精製される分子量約66,000のタンパク質のこと。細胞保護作用をもつことで知られ、受精卵保存液などに添加されている。[参照元に戻る]
◆トレハロース
糖類の一種で、2つのグルコースが1,1-グリコシド結合により結びついた分子のこと。細胞保護作用をもつことで知られ、細胞保存技術への応用が検討されている。[参照元に戻る]
◆電気化学顕微鏡
対象物の表面近くを微少な探針で走査して画像化する顕微鏡のこと。細胞膜の観察や電極材料の表面解析などに用いられている。[参照元に戻る]

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