発表・掲載日:2013/02/04

阿武隈川の水中放射性セシウム濃度は低いレベルであることを確認

-溶存態・懸濁態の放射性セシウム濃度をモニタリング-

ポイント

  • 全放射性セシウム濃度は0.270 Bq/L以下で、下流に行くにともない濃度が上昇した
  • 溶存態放射性セシウム濃度は0.128 Bq/L以下で、場所により存在割合が大きく異なった
  • 放射性セシウムの環境動態評価、農作物への影響評価の基盤情報として活用

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門【研究部門長 駒井 武】地圏環境リスク研究グループ【研究グループ長 張 銘】保高 徹生 研究員、川辺 能成 主任研究員は、平常時(河川水中の懸濁物質が少ない時期)の阿武隈川の本流および支流中の溶存態および懸濁物質に吸着した形態(以下「懸濁態」という)の放射性セシウム濃度のモニタリングを実施した。

 2012年9月14日、15日のモニタリング調査の結果、溶存態放射性セシウム濃度は0.128 Bq/L以下、懸濁態放射性セシウムも含めた全放射性セシウム濃度は0.270 Bq/L以下であり、食品中の放射性物質の基準値(飲料水)10 Bq/Lと比較して、全放射性セシウム濃度で約30分の1以下、溶存態放射性セシウムで約80分の1以下であることを確認した。さらに、懸濁物質の粒径範囲ごとの放射性セシウム濃度を確認した結果、5.0 µm以上の粒径の懸濁物質に95 %以上の放射性セシウムが吸着していることが確認された。

 本結果および今後のモニタリングデータは、環境中の放射性セシウムの環境動態評価、農作物への影響評価などの基盤情報として活用され、今後の長期的な福島県内の環境中の放射性セシウムの挙動評価への貢献が期待される。なお、このモニタリング結果の一部は、2012年12月13日に京都市で開催された「東京電力福島第一原子力発電所事故における環境モニタリングと線量評価国際シンポジウム」で発表された。

阿武隈川本流の水中の放射性セシウム濃度の図
図1 阿武隈川本流の水中の放射性セシウム濃度

研究の社会的背景

 東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性物質は地表面に沈着し、降雨などに伴い徐々に環境中を拡散する。特に、渓流水や河川水を通じた放射性セシウムの移動は、水田などの水を用いた農作物への影響、山林などからの放射性セシウムの拡散状況の把握、河川底質や河口付近への放射性セシウムの移動などの環境動態評価において重要となる。また、水中の放射性セシウムは主に溶存態と懸濁態で存在しており、その挙動が大きく異なることから、水中の存在形態別の放射性セシウム濃度の測定が求められている。一方、事故後に実施されてきた河川水モニタリングなどにおいては、存在形態別の放射性セシウム濃度に関する情報は極めて限定的であった。

研究の経緯

 産総研は、これまでにプルシアンブルーを用いた環境水中の溶存態放射性セシウムのモニタリング技術の開発(2012年9月5日 主な研究成果)を実施してきており、被災自治体のニーズに即した技術の開発・提供の一環として地元自治体などと連携して、放射性セシウムのモニタリング技術の開発や環境動態評価に精力的に取り組んできた。本調査は、これらの環境モニタリングの一環として、阿武隈川流域の水中の溶存態放射性セシウムおよび懸濁態放射性セシウム濃度に関する水質モニタリング調査を実施したものである。

研究の内容

 調査は、平常時(河川水中の懸濁物質が少ない時期)の2012年9月14日、15日に福島県内の阿武隈川本流および支流の合計14地点において実施した。橋の上などから河川水を30 L~40 L程度採取し、0.45 µmのメンブレンフィルターでろ過後、ろ液については2 Lまで濃縮を実施した。ろ液およびメンブレンフィルターについては、ゲルマニウム半導体検出器により放射性セシウム濃度を測定した。また、1-3地点と1-4地点については、5.0 µm、1.0 µm、0.45 µmの3種類のメンブレンフィルターでろ過を実施し、懸濁物質の粒径範囲ごとの懸濁態放射性セシウム濃度を測定した。

 モニタリング調査の結果、阿武隈川本流の溶存態放射性セシウム濃度は、0.010 Bq/L未満(検出限界未満)~0.068 Bq/Lといずれの地点でも0.1 Bq/L未満であった。また、懸濁態放射性セシウム濃度は、0.003 Bq/L未満(検出限界未満)~0.207 Bq/Lの範囲であった(図2、表1)。溶存態の放射性セシウム濃度は下流に行くに従い、溶存態・懸濁態とも濃度が増大する傾向にあった。また、阿武隈川支流の溶存態放射性セシウム濃度は、0.010 Bq/L未満(検出限界未満)~0.128 Bq/L、懸濁態放射性セシウム濃度は0.018 Bq/L未満(検出限界未満)~0.202 Bq/Lの範囲であった(図3、表1)。これらの放射性セシウム濃度は、食品中の放射性物質の基準値(飲料水)10 Bq/Lと比較して、全放射性セシウム濃度で約30分の1以下、溶存態放射性セシウムで約80分の1以下となった。

 溶存態放射性セシウム濃度の存在割合は16~87 %であり、溶存態放射性セシウムの存在割合は地点により大きく異なることが確認された。また、懸濁物質の粒径範囲ごとの放射性セシウム濃度を測定した結果、調査を実施した2地点においては5.0 µm以上の粒径の懸濁物質に95 %以上の放射性セシウムが吸着していることが確認された(表2)。

阿武隈川本流の水中の放射性セシウム濃度の図
図2 阿武隈川本流の水中の放射性セシウム濃度
空間線量率は、文部科学省(2011)の第三次航空機モニタリングのデータを使用

阿武隈川支流の放射性セシウム濃度の図
図3 阿武隈川支流の放射性セシウム濃度
空間線量率は、文部科学省(2011)の第三次航空機モニタリングのデータを使用

表1 モニタリング調査結果
モニタリング調査結果の表
* 空間線量率は、文部科学省(2011)の第三次航空機モニタリングのデータを使用

表2 粒径範囲ごとの懸濁態放射性セシウム濃度
粒径範囲ごとの懸濁態放射性セシウム濃度の表

今後の予定

 福島県内自治体や関連研究機関と連携を取り、福島県内の環境水中の放射性セシウムの経時的なモニタリングを継続し、環境中の放射性セシウムの環境動態評価、農作物への影響評価などの基盤情報整備に努める。さらに、これらのデータを活用した長期的な環境中の放射性セシウムの動態評価、農作物への影響評価を行うことで、農産物生産などの長期的な安全確保・対策の必要性の判断に資する情報を提供する。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
地圏資源環境研究部門 地圏環境リスク研究グループ 
研究員  保高 徹生  E-mail:t.yasutaka*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆懸濁物質
浮遊物質とも呼ばれ、水の濁りの原因となる物質。一般には孔径1.0 µmのフィルターを通過しない物質。本研究では0.45 µmのメンブレンフィルターを通過しない物質を懸濁態と呼んでいる。[参照元に戻る]
◆溶存態、懸濁態
水に溶けてイオンとなっている状態のこと。溶存態のセシウムは主に1価の陽イオンで存在する。粘土鉱物や砂、有機物などの懸濁物質に吸着した放射性セシウム(懸濁態)と比較して、植物に吸収されやすく、水中での移動性が高いという特徴がある。[参照元に戻る]
◆放射性セシウム
核分裂を起こし、放射線を発するセシウム原子の総称。東京電力福島第一原子力発電所の放射性物質漏洩事故による半減期の長いセシウム134(半減期約2年間)とセシウム137(半減期約30年間)が、長期間にわたり放射線を発している。[参照元に戻る]
◆ゲルマニウム半導体検出器
放射線検出器の1種である。ガンマ線計測に用いる場合に高いエネルギー分解能が得られる。[参照元に戻る]

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