English

 

発表・掲載日:2010/07/20

わずか4ユニット(8個の有機分子)からなる超伝導分子構造体

-3.5 nm長の極小の超伝導体-

ポイント

  • 有機分子8個(2個×4組)からなる小さな鎖状の超伝導分子構造体を作製
  • 超伝導の分子構造体サイズの極限を理解するために重要な発見
  • ナノサイズの超伝導配線材料の開発に結びつくことに期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】自己組織エレクトロニクス研究グループ【研究グループ長 片浦 弘道】ハサニエン アブドラヒム 主任研究員、分子ナノ物性グループ【研究グループ長 川本 徹】田中 寿 主任研究員は、オハイオ大学と共同で、わずか4ユニット(有機分子が8分子)で超伝導ギャップを示す超伝導分子構造体を発見した。

 分子構造体のサイズと超伝導現象との関連を明らかにするために、超伝導を示す有機分子結晶として知られる (BETS)2GaCl4 (BETS = bis(ethylenedithio)tetraselenafulvalene)のナノスケール構造体を作製した。銀平面基板上に作製したさまざまな長さの鎖状の分子構造体を調べた結果、基本分子ユニットのわずか4倍(BETSが8分子)の状態でも超伝導を示す超伝導ギャップを確認することに成功した(図1)。これは長さにしてわずか3.5 nmの物質で見られる極小の超伝導である。今後ゼロ抵抗が確認され、ナノサイズの素子回路の配線材料としてこの技術の応用が進めば、発熱による素子破壊を回避できることから、ナノエレクトロニクスの産業応用にとって非常に有望であると考えられる。

 本成果の詳細は、Nature Nanotechnology 誌2010年3月28日号( Nature Nanotech. 5, 261-265 (2010) )において発表された。

図1
図1.さまざまな長さの分子構造体のSTMイメージとその分子構造体の長さごとに超伝導の存在を示す超伝導ギャップ(5.4 Kにおける測定) わずか4基本分子ユニット(BETSが8分子)の分子構造体でも超伝導ギャップが確認できる。

開発の社会的背景

 高性能デバイスの開発において、より高密度化を進めた電子素子の開発の一環として、単一分子素子をはじめとする微小素子の研究が進められている。しかし配線が小さくなればなるほど、通電の際に抵抗から生じる発熱が問題となり、ナノサイズの素子では配線の抵抗発熱で素子が焼き付いてしまう。その解決策のひとつとしてナノサイズの超伝導物質を配線材料として用いることが考えられている。

 有機分子が超伝導性を示すという分子性超伝導体の発見は、世界的に非常に大きな関心を引き起こした。分子性超伝導体は、有機分子を構成単位とする結晶であるため、分子構造、結晶構造が柔らかいという特徴があり、外からの圧力や熱、磁場などの影響を受けやすい。また、結晶を構成する分子の構造を変えたり、分子の並び方を変えたりすることで、大きく伝導物性が変化するため、このような性質を研究することで、ナノサイズの超伝導配線材料の開発に結びつくことが期待されている。

研究の経緯

 産総研では次世代の革新的なデバイスの開発に向けて研究を進めており、その基盤となる材料のひとつとして有機分子を構造単位とする超伝導体の開発や機構解明を目指してきた。特に超伝導物性のサイズ依存性は超伝導の性質を理解する上で最も注目される項目のひとつである。

 超伝導はナノスケールの領域で起こると考えられているが、これは電子などのミクロな粒子が個別に持つ性質ではなく、物質を構成する数多くの電子、原子、分子が互いに協力的、反発的な相互作用を及ぼしあって示す粒子集団の量子力学的協力現象である。つまり、厳密には超伝導は引力的電子間相互作用による電子対の形成(ギャップの形成)だけではなく、さらにこの状態が凝縮することによる相転移現象を意味するが、この記事ではわかりやすくするため、前駆状態のギャップ状態も含めて超伝導と呼んでいる。

 超伝導物質が超伝導状態を維持するために必要な最小限の長さはどれくらいか、また、一次元的な鎖状の分子構造体でも超伝導状態を維持できるのか、などの疑問を明らかにすべく、ナノサイズの超伝導構造体を作製した。この超伝導構造体を極低温での観測が可能な超高真空走査型トンネル顕微鏡(UHV-STM)装置を用いて観測をおこなった。

研究の内容

 有機分子BETSを構造単位とする物質である(BETS)2GaCl4(BETS = bis(ethylenedithio)tetraselena fulvalene)の分子性結晶は、λ型と呼ばれる分子配列を持ち、極低温である6 K以下で超伝導を示す。伝導を担うのは有機分子であるBETSが2分子で+1価に酸化された(BETS)2+で表される部分であり、対になっている陰イオンのGaCl4-は結晶全体の電荷を中性にするために必要である。BETS分子は図2に分子構造を示したように平面性の高い分子であり、積層することで伝導経路を形成する。はじめに(BETS)2GaCl4のλ型バルク結晶(100 μm × 100 μm × 1.5 cm)を電解合成により作製した。その結晶構造は図2右に示したようにBETS分子がa軸方向に積層した構造を持つ。

図2(左図) 図2(右図)
図2.BETS分子の構造式と分子構造(上からの投影と横からの投影、左図)および (BETS)2GaCl4のλ型結晶構造(右図)

 この(BETS)2GaCl4のλ型結晶を原料として、超高真空下で試料温度と基板温度を精密にコントロールする昇華法により、この分子性結晶の組成を保ったままの(BETS)2GaCl4からなるナノサイズの分子構造体を銀平面基板(Ag(111))上に作製することに成功した。その分子構造体は分子が鎖のように一軸方向に積層した構造をしており、λ型の結晶構造に類似している。

 銀平面基板上においてはさまざまな長さの分子構造体が島状に生成しているが、まず充分な大きさを持つ分子構造体について、極低温での観測が可能なUHV-STM装置を用いて微分コンダクタンス(dI/dV)を測定したところ、5.8 Kにおいて両端に極大(コヒーレンスピーク)と中心部に極小(超伝導ギャップ)が観測され(図3b)、超伝導状態であることが示された。このコヒーレンスピークの存在は、超伝導状態が一定の領域に広がって安定に存在していることを示すものである。観測された超伝導を確かめるために、試料の温度を変えて超伝導-金属転移を観測したところ、図3bに示したように超伝導ギャップ、およびコヒーレンスピークは8 Kまではっきりと観測された。それ以上の温度ではコヒーレンスピークが明瞭でなくなったことから、超伝導状態の広がりは小さくなったと判断された。また、10 K以上では超伝導ギャップも明瞭でなくなり、超伝導状態は消滅したと考えられる。

図3
図3.銀平面基板Ag(111)上に作製した分子構造体のSTMイメージ(a)と想定される分子配列(挿入図)、および5.8 Kから15 Kの各温度で測定した超伝導ギャップ(b)。
(a)の挿入図に示した色つきの分子がSTMイメージで前面に見えている分子である。

 次に、より小さな分子構造体について、(BETS)2GaCl4を基本分子ユニットとしてさまざまな長さからなる分子構造体を選び観測したところ、これらの分子構造体の中でもきちんと配列した分子構造体は超伝導ギャップを示した(図1)。さらに50 nm以下(60ユニット程度)の分子構造体においてはその鎖状分子構造体の長さが短くなるに従い、超伝導ギャップの大きさが指数関数的に減少することがわかった。しかし、これらの超伝導ギャップは分子構造体の長さが(BETS)2GaCl4のわずか4ユニット(BETSが8分子)になっても観測され、BETS分子がa軸方向に8分子並んだ約3.5 nmの分子構造体においても超伝導転移を示すことがわかった(図1)。

 以上により分子からなる極微小の分子構造体について、「超伝導の前兆であるギャップ」構造がナノスケールで明確に観測された。今後、対形成から対凝縮への過程がさらに明らかになり、実際にゼロ抵抗が確認されれば、ナノサイズの素子回路の配線材料としての応用が期待される。さらにこれらの分子性超伝導体について、構造の微小な変化(結晶構造・分子構造や組成の変化)の効果、すなわち超伝導特性を左右するパラメーターについてより微視的な情報を得ることが、今後の超伝導物質開発の重要な指針となると考えられる。

今後の予定

 今回実験材料として用いた (BETS)2GaCl4に関しては、対になっている陰イオンのGaCl4-の一部を磁性の陰イオンであるFeCl4-に置き換えた反強磁性と超伝導の共存する興味深い系が知られており、この物質についても同様に調べることで、超伝導と反強磁性という2つの協力現象が共存する物質のメカニズムを明らかにしたい。その結果として局所的な超伝導現象の研究の可能性だけでなく、将来的に、分子を構造単位とするさまざまなナノスケール超伝導デバイスや、超伝導ナノワイヤーを接続部材として用いたナノスケール電子回路の未来を切り開くことになると期待される。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
ナノシステム研究部門 自己組織エレクトロニクスグループ
ハサニエン アブドラヒム 主任研究員 E-mail:abdou.hassanien*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)

 

ナノシステム研究部門 分子ナノ物性グループ
田中 寿 主任研究員 E-mail:hisashi.tanaka*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆超伝導ギャップ
超伝導状態と常伝導状態の自由エネルギーの差(ギャップ)、つまり超伝導を担う電子対を形成するエネルギーに相当する。超伝導転移温度以下では温度が低いほどエネルギーギャップは大きく、温度上昇に伴い減少し、転移温度でゼロになる。[参照元に戻る]
◆単一分子素子
分子設計により、電流オンオフのスイッチや整流、メモリーなどの機能を各々の分子に組み込んだもの。これを素子としてナノ配線をおこない集積化することで、従来のシリコン製素子よりも高密度化、省電力化するものと考えられている。[参照元に戻る]
◆分子性超伝導体
芳香族炭素化合物分子や硫黄族元素を含む平面性の高い有機分子などからなる分子性結晶は、そのままでは絶縁体であるが、一部を酸化したり、他の分子と電荷をやりとりしたりすることで、電気が流れるようになり、これを分子性伝導体と呼ぶ。さらに一部のものは低温で超伝導体に転移するものがある。このような物質を分子性超伝導体と呼ぶ。[参照元に戻る]
◆超高真空走査型トンネル顕微鏡(UHV-STM)
Ultrahigh vacuum low temperature scanning tunneling microscopeの略。非常に先端の細い探針を物質の表面に近づけ、探針と試料の間に流れるトンネル電流を基に試料表面の形状や、電子状態を観測可能な装置。探針の先端を数十ナノメートル程度にまで細くし、超高真空雰囲気にすることで、原子像を詳細に観測できる。[参照元に戻る]
◆電解合成
物質の酸化還元を電気化学的に制御して物質を合成すること。分子性伝導体においては、電気的に中性で絶縁体である有機分子を電気エネルギーで酸化することで、有機分子の上に伝導キャリアが発生し、電気が流れるようになる。[参照元に戻る]
◆微分コンダクタンス(dI/dV)
走査型トンネル顕微鏡を用いて各観測位置において探針と試料間に電圧(V)を印加してトンネル電流(I)を測定し、これを電圧で微分することで、その点における状態密度に対応するdI/dV-Vカーブを得ることができる。これにより物質の電子状態を知ることができ、特に超伝導状態の場合は上記の超伝導ギャップが観測される。[参照元に戻る]



▲ ページトップへ

国立研究開発法人産業技術総合研究所