- 電流計測機器の校正を支える「電流比較器」にダイヤモンド量子センサーを導入
- 同じ装置構成で交流電流比と直流電流比のそれぞれを高精度に評価し、従来の電流比較器と比べて中心部のサイズを3分の1以下、質量を10分の1以下に小型化
- 交流用・直流用で分かれていた校正体系の共通化を進める基盤技術として、次世代電力網で電流計測機器校正の効率化と電流計測の標準化への貢献に期待

※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)天谷 康孝 チーム長、貝沼 雄太 研究員、物理計測標準研究部門 村松 秀和 研究員、先進パワーエレクトロニクス研究センター 加藤 宙光 研究チーム長、国立大学法人東京科学大学 工学院 電気電子系 岩﨑 孝之 教授、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 大島 武 センター長らは、ダイヤモンド量子センサーを用いて、交流・直流の電流比を同じ装置構成で高精度に評価できる「電流比較器」を開発しました。
電流比較器は、発電設備や送配電設備などで使われている電流計測機器の校正を支える装置です。交流と直流では測定原理が異なるため、従来は交流電流比用と直流電流比用に異なる電流比較器が用いられており、校正体系も別々に整備されていました。両者を統一的に扱える計測技術や校正体系を確立することが、信頼性の高い電流計測をより広く効率的に社会に普及させる上での課題でした。
本研究では、電流による磁束をダイヤモンド量子センサーで検出する構成により、交流電流比および直流電流比の両者を同じ装置構成で高精度に評価できることを示しました。また、従来の交流電流比測定に用いられる電磁誘導に基づく検出コイルが不要になったことで、電流比較器の中心部分の小型化にも成功しました。これにより、従来は別々であった電流計測機器の校正体系の共通化や効率化につながり、再生可能エネルギーなどの普及によって交流・直流が混在する次世代電力網における電流計測の標準化への貢献が期待されます。
なお、この技術の詳細は、2026年8月11日に「Scientific Reports」に掲載されました。
私たちの生活を支える電力網には、発電所や送配電設備などのさまざまな設備が存在します。これらの設備では数百アンペアに及ぶ大電流が扱われるため、そのまま測定器に入力することはできません。そのため、実際には変流器を用いて測定しやすい数アンペア程度の小さな電流に変換して測定します。このとき、元の電流と変換後の電流の比(電流比)を高精度に評価することが重要であり、そのために電流比較器が用いられています。このような高精度な電流比測定を担う電流比較器においては、交流と直流では異なる測定原理が用いられており、それぞれ別の校正体系によって維持されてきました。従来の交流電流比測定に用いられる電流比較器は電磁誘導に基づいた測定原理を採用しており、交流電流比の測定は行えますが、直流を測定することができません。そのため、交流電流比と直流電流比の評価には、それぞれ異なる原理、および異なる装置構成が用いられており、両者を統一的に扱える計測技術や校正体系を確立することが、信頼性の高い電流計測をより広く効率的に社会に普及させる上での課題でした。この課題を解決すれば、交流用と直流用で別々の測定系や校正体系を維持する必要がなくなり、装置構成やデータ管理が複雑になる状況を解消できます。
産総研はこれまで、精密電気計測技術の研究開発や電流比較器の国家標準の維持・管理を進めてきました。東京科学大学はダイヤモンド量子センサーの開発、量子科学技術研究開発機構はダイヤモンド結晶中に高品質な窒素と空孔の複合欠陥を形成する技術の研究開発を進めてきました。本研究では、各機関の技術を統合し、電流比較技術にダイヤモンド量子センサーを組み込むことで、交流電流比と直流電流比を同じ装置構成で高精度に測定できる新たな電流計測技術を開発しました。
なお、本研究は⽂部科学省 光・量⼦⾶躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)JPMXS0118067395(2018~2027年度)、内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期「先進的量子技術基盤の社会課題への応用促進」(2023~2027年度)、内閣府 研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE「研究開発型」)(2025~2027年度)、国立研究開発法人科学技術振興機構 先端国際共同研究推進事業「量子技術応用のためのダイヤモンドスピンキュービット」(JPMJAP24C1)(2024~2029年度)の支援を受けたものです。
本研究では、交流および直流それぞれの電流比を同じ装置で高精度に測定できる電流比較器を開発しました。開発した装置では、磁気センサーとして交流および直流において高い磁気感度を示すダイヤモンド量子センサーを用いることで、同じ装置での交流電流比・直流電流比の高精度な測定を実現しました。また、従来の交流電流比測定に必要であった電磁誘導型の検出コイルが不要となったことで、磁性体コアの小型化が可能となり、従来の構成と比べて、電流比較器の中心部分のサイズは3分の1以下、質量は10分の1以下になりました。
電流比較器は、二つの巻線に流れる電流がつくる磁束が互いに打ち消しあってゼロとなるように調整し、そのときの釣り合いから二つの巻線数の比に基づいて電流比を測定する装置です。その精度は非常に高いため、電流比測定の国家標準の実現や変流器の校正に広く用いられています。本研究では、ドーナツ形状である磁性体の一部に設けた切れ目(ギャップ)へ磁束を集中させ、そこに配置したダイヤモンド量子センサーで、わずかに漏れ出る磁束の検出を行いました。ダイヤモンド量子センサーでは、量子ダイヤモンドに緑色レーザーを照射し、特定の周波数のマイクロ波を印加したときに得られる赤色の蛍光の強度が、外部からの磁場を反映した量子状態に応じて変化することを利用しています。そのため、蛍光強度の変化を読み取ることで、ギャップ中の磁束を高感度に検出し、電流同士のバランスを正確に検出することができます(図1)。また、ダイヤモンド量子センサーは磁場と温度を独立に計測することができるため、周囲の温度変化の影響を低減し、安定した磁束検出を可能としました。

図1 開発したダイヤモンド量子センサーを用いた電流比較器の構造
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
交流測定では、検出した磁束から、入力電流に対応する周波数成分を取り出し、電流比較器において巻線数の比で決まる理想比からのわずかなズレを評価しました。その結果、開発した電流比較器の300 Hz程度までの理想比からのズレ(図2(a)の赤マーカー)が磁性材料の周波数特性を考慮した曲線(図2(a)の黒実線)と矛盾のないことを確認しました。さらに測定の繰り返し性を評価した結果、交流電流比の測定においてアラン偏差の解析結果(図2(b)の赤実線)が時間と相関のないランダムなノイズの理論曲線(図2(b)の黒実線)に沿って50 nAまで低減したことから、入力電流1 Aにおける繰り返し測定として5×10-8 A/A程度の再現性を得ました。国家標準に要求される1×10-6 A/Aレベルを十分に上回る性能を実証しました。
直流測定では、交流測定のように周波数成分を分離することができず、また地磁気の影響を受けるため、直流電流を入力した状態と入力しない状態の差分を評価しました。直流電流の過渡的な変化の影響を最小限にするため、直流電流を加えてから十分な時間が経過した後(図3(a)のオレンジの網掛け部分)および直流電流を切ってから十分な時間が経過した後(図3(a)のグレーの網掛け部分)のデータを解析しました。その結果、直流測定においても高精度に残留磁束を検出し、微小な直流電流比のズレに対応する信号を測定可能であることを確認しました(図3(a))。さらに測定の繰り返し性を評価した結果、アラン偏差が交流測定と同様に50 nAまで低減し、開発した電流比較器は交流だけでなく、直流測定においても入力電流1 Aにおける繰り返し測定の再現性が5×10-8 A/A程度であることを実証しました(図3(b))。
以上の結果から、ダイヤモンド量子センサーを用いた電流比較器により、交流電流比と直流電流比を同じ装置構成で高精度に測定できることを示しました。本成果は、再生可能エネルギーの普及によって交流と直流が混在する次世代電力網において複雑化する電流計測を下支えする、機器校正の効率化と電流計測の標準化への貢献が期待されます。

図2 (a)開発した電流比較器の周波数依存性の測定結果と(b)測定精度評価の結果(アラン偏差)
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

図3 (a)開発した電流比較器での直流電流比の測定と(b)測定精度評価の結果(アラン偏差)
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
今後は、今回開発した電流比較器のさらなる周波数範囲の拡大と感度向上を目指すとともに、実用化に向けたシステム構築を進めます。光ファイバーと一体化した構成などの導入により、従来必要であった大型の定盤構造を排したコンパクトかつ堅牢な計測システムの構築を進め、実験室環境に限らず、電流計測機器校正や電流計測の標準化に活用できる技術基盤の確立を目指します。
掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:Current comparator for both AC and DC ratio measurements with 10-8-level type-a uncertainty
著者:Hidekazu Muramatsu, Yuta Kainuma, Hiromitsu Kato, Norihiko Sakamoto, Tatsuji Yamada, Chiharu Urano, Hiroshi Abe, Shinobu Onoda, Takeshi Ohshima, Yuji Hatano, Mutsuko Hatano, Nobu-Hisa Kaneko, Yasutaka Amagai, and Takayuki Iwasaki
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-026-58868-2