国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)エネルギープロセス研究部門 炭化水素資源転換研究グループ 加登 裕也 研究グループ長、森本 正人 研究グループ付、麓 恵里 上級主任研究員、細貝 聡 主任研究員、曽根田 靖 キャリアリサーチャーらは、松やにに含まれる成分を出発原料として、黒鉛前駆体となるピッチを合成し、熱処理によって黒鉛化可能であることを示しました。さらに、本材料がリチウムイオン電池(LIB)の負極材料として利用できる可能性も示しました。
黒鉛は、蓄電池の電極材料や電炉製鉄における黒鉛電極、半導体製造に必要なるつぼやヒーターなどに幅広く利用されており、エネルギー分野および先端科学分野において不可欠な材料です。一方で、石炭や石油から得られる原料を高温で熱処理することにより製造する人造黒鉛は、脱化石資源化の進展やCO2排出規制の強化に加え、安定供給の観点から、その原料の多様化への期待が高まっています。
バイオマスなど非化石資源の活用は有望な選択肢の一つと考えられますが、これまで触媒を利用したバイオマスの黒鉛化は知られているものの、得られる材料形態や用途には制約がありました。今回、産総研の研究グループは松やにに含まれる樹脂酸を黒鉛化可能なピッチへと転換することに成功し、さらに無触媒条件下の熱処理による黒鉛化を初めて実証しました。本研究は、植物由来分子から黒鉛前駆体を設計できる可能性を示したものであり、黒鉛製造プロセスにおける原料多様化の可能性を提示するものです。
また、バイオマス由来資源を活用した持続可能な黒鉛材料開発に向けた基盤的知見を提供するとともに、LIB負極材料への適用も含む幅広い応用展開に向けた重要な一歩と位置づけられます。
なお、この研究成果の詳細は、2026年7月1日に「Nature Communications」に掲載されます。
黒鉛は高い電気/熱伝導性をもち、製鉄業における黒鉛電極あるいは半導体製造に必要なるつぼ、ヒーターなどの高耐熱材料、さらに蓄電池の電極材料などのように化学的安定性が求められる分野に至るまで幅広く利用される材料です。黒鉛は大きく天然黒鉛と人造黒鉛に分類されます。天然黒鉛は自然界で炭素が熱や圧力を受けて形成された鉱物資源であるのに対して、人造黒鉛は石炭や石油由来の原料を、高温処理することにより製造されています。LIB負極材としての利用を想定したとき、天然黒鉛は容量やコスト面で有利である一方、人造黒鉛は高速充電特性に優れるという特徴があります。近年、黒鉛の需要が高まる中、脱化石資源化の進展やCO2排出規制強化に加え、天然黒鉛・人造黒鉛ともに海外依存度が高いことから安定供給の点で課題があります。このため、人造黒鉛の製造プロセスにおける原料多様化の重要性が高まっています。
一方で、バイオマスなどの非化石資源を炭素材料へ転換する研究は進められているものの、黒鉛材料の製造に適した原料設計やプロセスの確立にはなお解決すべき課題があります。特に、木質系バイオマスを加熱して得られる炭化物の多くは高温で熱処理しても黒鉛化しないことが知られています。また、触媒を用いた黒鉛化手法も報告されていますが、ピッチを経由しないため、成形・加工プロセスへの適用が難しく、用途やプロセスの面で制約があります。
産総研では、重質油などの化石資源を高効率かつクリーンに利用するための研究開発に取り組んでおり、特に、重質炭化水素の複雑な混合物に対して、その分子構造に基づいて理解するための解析技術を強みとしています。これまで、例えば石油精製プロセスにおける重質成分の析出現象に対して、対象となる成分の詳細な分子構造解析と、その構造を模擬したモデル化合物の合成および性状評価を組み合わせることで、現象の発生メカニズムを解明する研究開発を進めてきました。
このような分子レベルでの理解と設計に基づく技術基盤を背景に、同様のアプローチを炭素材料開発へ展開することを志向しました。そこで、人造黒鉛の原料として必須であるピッチを、植物由来成分から合成するという、これまで実現されていなかった課題に取り組みました。
なお、本成果はNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託業務(JPNP14004)の結果得られたものです。
人造黒鉛の製造には、熱処理過程で溶融し、芳香族分子が配向・再配列するピッチを前駆体として経由することが重要です。そこで本研究では、既存ピッチの分子構造に基づき、黒鉛化に適した構造を設計しました。その結果、樹脂酸を出発原料としてピッチ様構造を構築できることを見出しました。さらに、樹脂酸が松やにに豊富に含まれることに着目し、その混合物であるロジンに対して本手法を適用しました。得られたピッチについて分子構造解析を実施した結果、酸素含有量の低減と芳香族性の向上が確認され、本ピッチが黒鉛化可能な構造特性を備えていることが示されました。また、本手法で得られるピッチは、現在工業的に利用されているピッチと同様に、加熱により溶融・流動性を示すため(図1)、成形体への加工プロセスなど用途展開の自由度が高いことを示しています。
続いて、本ピッチに対して無触媒下で段階的な熱処理を行い、X線回折等により結晶構造を評価した結果、黒鉛結晶が発達していることが確認されました(図1)。また、得られた黒鉛については、黒鉛に特徴的な充放電曲線が観測されたことから、LIB負極材料としての適用可能性が示されました。
バイオマス由来の大きな分子を分解する、従来のトップダウン型のアプローチでは分子構造を制御できず黒鉛化可能なピッチを得ることが困難でした。これに対し本研究では、分子構造に基づくボトムアップ型の材料設計により、黒鉛化可能なピッチの創出を実現しました。本研究により、植物由来分子から黒鉛前駆体を合成するための新たな材料設計指針が得られました。さらに、この分子設計の考え方は、松やにに含まれる樹脂酸に限らず、植物が生合成する各種テルペン類にも適用可能であると考えられ、バイオマス由来の炭素材料設計に新たな展開をもたらすことが期待されます。

図1 合成ピッチの熱溶融性と黒鉛化挙動
今後は、原料の選定や合成条件の最適化、構造制御の高度化を進めるとともに、得られるピッチの特性評価をさらに進めます。一方、合成された黒鉛について、容量などの電池特性にはなお改善の余地があるため、今後さらなる性能向上に向けた検討を進めていきます。また、本プロセスの実用化を目指して、成形体への適用可能性や各種炭素材料への展開について検討していきます。
掲載誌:Nature Communications
タイトル:Graphitizable Pitch from Pine Resin Enables Bulk Graphite from Terpenes
著者名:Masato Morimoto, Yuya Kado, Takuma Kawaguchi, Shogo Ise, Shinya Sato, Eri Fumoto, Toshihiro Kakinuma, Sadao Matsuzawa, Sou Hosokai, Yasushi Soneda
DOI:10.1038/s41467-026-74338-9