発表・掲載日:2026/05/14

共生システムを逆手に取る“トロイの木馬”型微生物は新しい生物農薬候補!?

-共生微生物と同じ手段で巧みにカメムシ体内の共生器官に侵入、異常増殖する病原微生物を発見-

ポイント

  • カメムシ類に病原性を示す微生物の探索を行い、共生微生物と同じ感染経路・行動を示す昆虫病原微生物を発見
  • 発見した病原微生物は、土壌から消化管に取り込まれ、共生微生物と同じ「ドリル泳法」によって共生器官に侵入、異常増殖して宿主カメムシを10日以内にほぼ100パーセント死に至らしめることが明らかに
  • 特異性が高く環境負荷が低い、新たな生物農薬としての応用に期待

概要図

あたかも共生微生物のように振るまって共生器官に侵入し、宿主害虫を殺してしまう病原微生物を発見!


概要

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)バイオものづくり研究センター 菊池 義智 研究チーム長、国立大学法人電気通信大学 大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻 中根 大介 准教授、公立大学法人秋田県立大学 竹下 和貴 助教らの研究チームは共同で、共生微生物を装ってカメムシの体内に侵入し、最終的に宿主を死に至らしめる昆虫病原微生物を新たに発見しました。

害虫の多くは体内に共生微生物を保持し、餌だけでは不足する栄養素の供給など、生存に不可欠な機能を共生微生物に依存しています。カメムシ類はその代表例で、消化管の一部に存在する発達した袋状の共生器官に、環境中から取り込んだ共生微生物を住まわせて共生関係を維持しています。

今回、この共生関係を逆手に取り、カメムシの共生微生物を模倣して体内に侵入する新たな病原微生物を発見しました。この病原微生物は土壌から消化管に取り込まれ、共生微生物が持つものと同じ「ドリル泳法」によって共生器官へ到達します。そしてこの病原微生物は、共生器官へ定着後に異常増殖し、共生器官を破って体液中に広がり、敗血症を引き起こして、宿主カメムシを10日以内にほぼ100パーセントの確率で死に至らしめることが明らかになりました。共生微生物のふりをして共生器官に侵入して宿主を殺す昆虫病原微生物が報告されるのは今回が初めてです。本成果は、環境負荷の低い新たな害虫防除技術の開発につながることが期待されます。

なお、この技術の詳細は、2026年4月28日に「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」にオンライン掲載されました。


開発の社会的背景

人間の生活環境には多様な昆虫が生息しており、その中には農作物を加害する農業害虫、家屋や食品を食害する貯穀害虫、さらには病原菌を媒介して健康や衛生環境に悪影響を及ぼす衛生害虫・不快害虫が含まれます。これらの害虫防除には化学農薬が広く利用されていますが、生物多様性への影響や殺虫剤抵抗性の発達が問題となっています。このため、害虫に対して種特異性が高い昆虫病原微生物や天敵昆虫を活用する生物農薬が注目されています。生物農薬は化学農薬に比べて対象害虫への特異性が高く、環境負荷が低いことから、持続可能な農業に向けた重要な選択肢とされています。農業害虫の中でも、多くの農作物を吸汁して加害するカメムシ類は難防除害虫として知られており、化学農薬を使用する以外には有効な防除手段がありませんでした。

害虫の多くは、体内に共生微生物を保持しており、餌からは十分に得られない栄養素の補償や、難分解性の餌の分解など、栄養代謝に関わる重要な機能を共生微生物に依存しています。こうした共生微生物は害虫の生存・成長・繁殖に不可欠な存在となっています。共生微生物を保持する昆虫には、共生微生物を安定的に維持するために、共生器官と呼ばれる特殊な器官を進化させた種も知られています。カメムシ類はその代表例であり、消化管の一部に袋状に発達した共生器官が存在し、土壌中から取り込んだ共生微生物をこの器官内に蓄え、栄養獲得に利用することが知られています。

 

研究の経緯

産総研ではこれまで、多くの難防除害虫を含むカメムシ類を対象に、微生物との共生に関する研究を進めてきました。また、低環境負荷で持続可能な一次産業の発展に寄与する害虫防除技術の開発を目指し、昆虫の殺虫剤抵抗性メカニズムや病原微生物に対する抵抗性発達メカニズムの解明に取り組んできました(2021年11月10日 産総研プレス発表)。さらに、人への安全性が高く、抵抗性が発達しにくい殺虫剤の開発を目標に、昆虫の呼吸器官(気門・気管)を標的とした新たな防除技術の研究も進めてきました(2021年3月2日 産総研プレス発表2025年10月28日産総研プレス発表)。近年、害虫への特異性が高く環境負荷の低い生物農薬が注目される中、特に難防除害虫が多いカメムシ類に対して、有効性の高い生物農薬の探索と研究開発を進めてきました。今回、ダイズの重要害虫であるホソヘリカメムシを対象に病原性を示す微生物の探索に取り組みました。

なお、本研究開発は、日本学術振興会 科学研究費補助金 学術変革領域研究(B)「微生物が動く意味(2022年度~2024年度)」による支援を受けています。

 

研究の内容

多くの昆虫は体内に共生微生物を保持し、栄養補償や難分解性物質の分解など、宿主の生存に不可欠な機能を担わせています。カメムシ類では、消化管に袋状の共生器官(盲のう)が発達しており、環境中から取り込んだバークホルデリア共生細菌(Burkholderia)をこの器官内に住まわせて共生関係を維持しています。

本研究では、カメムシ類に病原性を示す微生物(主に細菌)のスクリーニングを行い、共生微生物を装って共生器官に侵入し、最終的に宿主を死に至らしめる新規病原微生物を発見しました。ダイズの重要害虫であるホソヘリカメムシを用いた解析の結果、共生細菌に系統的に近縁な細菌の中に、共生器官に昆虫の防御的な免疫反応であるメラニン化を引き起こし、ホソヘリカメムシに高い致死率を示す病原株(SJ1株)が存在することが明らかになりました(図1)。

図1

図1 病原細菌に感染した共生器官と宿主の生存率
(A)ホソヘリカメムシの共生器官の画像:病原細菌SJ1株が感染すると、共生器官に昆虫の防御的な免疫反応であるメラニン化が生じる。黄色の矢印はメラニン化が生じている場所を示す。(B)病原細菌SJ1株(104細胞)を経口投与した場合の宿主の生存率。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
 

この病原細菌SJ1株は、共生細菌と同様に共生器官へ侵入・定着しますが、その後に異常増殖を開始し、共生器官を破って体液中に広がり、敗血症を引き起こして宿主を死に至らしめます(図2A)。病原細菌SJ1株が感染した共生器官では表面組織が破れており、このために図1Aで見られたようなメラニン化が起きるのだと考えられます。また、宿主死亡後には病原細菌が死骸から体外へ脱出することも分かりました(図2B)。

図2

図2 共生器官を破壊する病原細菌
(A)破裂した共生器官の画像:病原細菌SJ1株(緑色)は共生器官内で増殖し、最終的に共生器官を破壊する。(B)死亡して3日が経った宿主カメムシの死骸:死骸を寒天培地上に置き、3日間静置したところ、病原細菌SJ1株が宿主の死骸から出てきている様子が観察された。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
 

さらに、共生細菌はべん毛を体に巻き付けてドリルのように回転し、粘性の高い消化管内を突破して共生器官へ到達する特殊な「ドリル泳法」を行うことが知られています。今回発見された病原細菌SJ1株も同様のドリル泳法を行うことが明らかとなりました(図3A)。また、共生細菌が共生器官に定着すると周囲の気管(昆虫の呼吸器官)が発達しますが、病原細菌SJ1株が感染した場合にも同様の気管発達が観察されました(図3B)。これらの結果は、病原細菌が共生細菌と極めて類似した方法で共生器官に侵入・定着し、宿主側も両者を十分に識別できていない可能性を示唆しています。

図3

図3 病原細菌の遊泳行動と感染による共生器官の反応
(A)共生細菌と病原細菌のドリル泳法:病原細菌SJ1株は、宿主の共生器官に侵入するために、共生細菌と同様、べん毛を自身の体に巻き付ける特殊な遊泳方式(ドリル泳法)で移動する。(B)感染後の共生器官の反応:共生細菌の定着後、宿主は共生細菌に酸素を供給するために共生器官に気管(黄色)を網目状に発達させる。病原細菌SJ1株が感染した共生器官でも、細菌無しの場合に比べて気管の発達が促進されているのが見て取れる。青色に染色されているのは、宿主細胞の核。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
 

今後の予定

共生微生物は昆虫の生存・成長・繁殖に不可欠であるため、共生微生物を模倣する病原微生物に対しては、宿主側で抵抗性が発達しにくい可能性があります。また、本研究で発見された病原微生物は宿主特異性が高く、農業害虫であるホソヘリカメムシやその近縁種を選択的かつ高効率で防除できることから、持続可能で安全性の高い新たな害虫防除資材としての応用が期待されます。

 

論文情報

掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
論文タイトル:A Trojan horse pathogen breaking through partner choice barriers in the insect gut
著者名:Kota Ishigami1、Seonghan Jang12、Aoba Yoshioka3、Hiroyuki Morimura3、Aya Yokota4、Lionel Moulinh4、Antoine-Olivier Lirette15、Kazutaka Takeshita6、Daisuke Nakane3、Peter Mergaert4、Yoshitomo Kikuchi1
1産総研、2韓国生命工学研究院、3電気通信大学、4フランス国立科学研究センター、5北海道大学、6秋田県立大学
DOI:10.1073/pnas.2533244123


用語解説

共生微生物
昆虫の体内や体表に共存する細菌や真菌などの微生物を指す。これらは栄養供給、消化補助、解毒など多様な機能を担い、宿主である昆虫の生存や環境適応に重要な役割を果たしている。[参照元へ戻る]
ドリル泳法
細菌がべん毛を自らの菌体に巻き付け、粘性の高い環境や組織中をドリルのように掘り進む運動様式。宿主組織への侵入や定着に関与すると考えられている。[参照元へ戻る]
敗血症
病原細菌が体液中で増殖する重篤な病態のこと。細菌やその毒素が血流に乗って全身に影響を及ぼすことで発症する。[参照元へ戻る]
メラニン化
昆虫の免疫応答の一種で、病原体侵入や組織損傷部位にメラニンが沈着する反応。異物の封じ込めや殺菌に寄与し、自然免疫の重要な防御機構として機能する。ヒトの瘡蓋に相当する。[参照元へ戻る]

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