国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)電池技術研究部門 藤田 侑志 研究員、竹内 友成 上級主任研究員、伊藤 優汰 研究員、奥村 豊旗 研究グループ長は最近見いだされた※1パイロクロア型酸化物系固体電解質材料が、現行のリチウムイオン電池(LIB)に用いる有機電解液に匹敵するイオン伝導率15 mS cm-1を示すことを実証しました。
近年ではLIBの発火事故が相次ぎ、より安全性の高い二次電池の研究開発が進められています。特に、可燃性の有機電解液を難燃性かつ耐熱性に優れた無機固体電解質に置き換えた全固体電池は次世代二次電池として期待されています。中でも酸化物系固体電解質は、熱に強く、空気や水に対しても安定しており、長寿命の全固体電池を実現し得る材料として注目されています。しかし、従来の材料は有機電解液や他の固体電解質に比べてイオン伝導率が一桁低く、EVなどの大型電池に必要な出力を満たせない点が課題で、有機電解液に匹敵するイオン伝導率を持つ酸化物系固体電解質の開発が鍵となっていました。
この課題を解決し得る新材料として、最近、日本の大学と企業の共同研究によって報告されたパイロクロア型固体電解質が注目されています。パイロクロア型固体電解質は、従来の酸化物系固体電解質よりも高いイオン伝導率を示します。しかし、緻密化が難しい材料として知られており、粒子と粒子の間にリチウムイオンが通過できない隙間が多く生じていました。
今回、酸化物系固体電解質の緻密化に有効な通電焼結(SPS)法を用いることで、パイロクロア型固体電解質(Li1.25La0.58Nb2O6F)を理論密度比で98 %まで緻密化し、そのイオン伝導率が酸化物系固体電解質において世界で最も高い値15 mS cm-1を示すことを明らかにしました。この成果により、酸化物系全固体電池の開発がより加速されると期待されます。
今回の研究成果の詳細は、2026年3月11日に「ACS Materials Letters」に掲載されます。
充電することで繰り返し利用できる電池(二次電池)の中でも、軽量・高電圧・大容量なリチウムイオン二次電池(LIB)は、現在、モバイルバッテリーや電気自動車(EV)用の電源として幅広く使われています。しかし、現在の液系LIBは可燃性の有機電解液が含まれるため、発火の危険性や電池寿命の問題があり、より高性能な電池も必要とされています。全固体電池は、難燃性かつ耐熱性に優れた無機固体電解質を利用しているため、発火のリスクが低く、さらに例えばEV用途など大型電池で必要な冷却システムを削減できることから、現行LIBよりも安全性が高く、EVなどへコンパクトに搭載できる次世代電池として期待されており、世界中で研究開発が進められています。
研究開発中の全固体電池における無機固体電解質は主に硫化物系・塩化物系・酸化物系に大別されます。中でも酸化物系固体電解質を使った全固体電池は、とりわけ熱に強く、長期サイクル寿命も期待できる反面、材料のイオン伝導率が有機電解液や他の固体電解質材料に比べ1桁低いため、EVなどの大型電池用途においては出力面で課題があり、実用化にはまだ時間がかかるとされてきました。最近、パイロクロア型酸化物系固体電解質が日本の研究グループによって発見されました。まだ有機電解液などには及ばないものの、酸化物系固体電解質の中では最高のイオン伝導率を示すために注目され始めています。さらに、大気や湿気に非常に高い耐性があるため、他の固体電解質材料と異なり、材料管理に雰囲気制御が必要ないというメリットもあります。しかし、パイロクロア型固体電解質は緻密化が難しく、内部にリチウムイオンが移動できない隙間が残ってしまうため、これまでの測定ではイオン伝導率を適切に評価できていない可能性がありました。
産総研では20年以上前から通電焼結法を用いたセラミックス材料の合成や緻密化のノウハウを蓄積してきました。通電焼結法は、粉末に電気と圧力を同時に加えて短時間で固める方法です。材料内部が高速で加熱でき、従来の焼結法と比べ低温で緻密な固体を作れます。またスケールアップも比較的容易で、直径10cm程度のターゲット材料(薄膜作製に必要な基板)も短時間で作製可能です。これまでに産総研では、通電焼結法によって難燃性セラミックスターゲット材料の作製や酸化物系固体電解質の緻密化を進め、全固体電池の性能向上に貢献してきました。
本研究では、産総研で長年培ってきた通電焼結法のノウハウをパイロクロア型固体電解質に活かし、その潜在的なイオン伝導率を評価することに取り組みました。
なお、本研究開発は、国立研究開発法人科学技術振興機構の委託事業「JST 経済安全保障重要技術育成プログラム(JPMJKP24P)」(2025~2030年度)による支援を受けています。
本研究で使用した通電焼結(SPS)装置とパイロクロア型固体電解質の焼結体を図1に示します。図1左の写真は通電焼結装置内部の写真で、中央にある黒鉛治具に粉末試料を詰めて加圧しながら焼結します。焼結中は図1中央写真のように黒鉛治具が発熱し、この熱と圧力によって粉末試料が急速に焼結されます。SPS焼結によって、図1右写真のようなパイロクロア型固体電解質の焼結体を作製しました。

図1 通電焼結装置(左)とパイロクロア型固体電解質の焼結体(右)
図2に通電焼結法によって形成されたパイロクロア型固体電解質の断面写真を示します。粒子と粒子の隙間がほとんど見られず、理論密度比で約98 %と、高い緻密度を示していることが確認されました。粒子の隙間がなくなることでリチウムイオンがスムーズに移動できるため、イオン伝導率がより一層高まります。イオン伝導率測定の結果、室温においてパイロクロア型固体電解質中のリチウムイオン伝導率が15 mS cm-1、焼結体全体のイオン伝導率が11 mS cm-1を示し、パイロクロア型固体電解質のより高いイオン伝導率を評価することに成功しました。これは液系LIBに一般的に含まれる有機電解液に匹敵するイオン伝導率です。つまり、近年日本で新たに発見されたパイロクロア型固体電解質は、”酸化物系固体電解質を使った全固体電池はイオン伝導率が低い”という長年の問題にブレイクスルーを生む材料であり、実用化にまだ時間がかかるとされるEVなどの大型電池用途の材料として実用水準に達していることが示唆されました。

図2 パイロクロア型固体電解質の断面写真
電気化学測定によって得られたパイロクロア型固体電解質の結晶内および焼結体全体のイオン伝導率の温度依存性を評価した結果を図3に示します。図3において、青のプロットは結晶内の、赤のプロットは焼結体全体のイオン伝導率を示しています。パイロクロア型固体電解質は、黒で示した従来の酸化物系・硫化物系・塩化物系それぞれの固体電解質と比べて、室温で同等以上の性能を示しています。さらに、パイロクロア型固体電解質は-100 ℃といった低温でもイオン伝導率の減少が抑えられていることが確認されました。このことから、パイロクロア型固体電解質を全固体電池に応用すると、低温特性に優れることから極地や宇宙空間などの極低温環境の用途でも高い性能を発揮できると期待されます。

図3 イオン伝導率の温度依存性(T:温度, K-1:温度の単位の逆数,σ:イオン伝導率, S cm-1:イオン伝導率の単位)
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
本研究により、酸化物系固体電解質が持つ高い化学・熱安定性と優れたイオン伝導性を両立できる可能性が明らかになり、「高安全性・高性能」を同時に満たす全固体電池の実現に向けて重要な進展となりました。今後は、パイロクロア型酸化物系固体電解質を採用した全固体電池のセル設計および電池特性評価を行い、現行LIBと同等レベルのエネルギー密度・サイクル寿命・出力特性を示す次世代全固体電池の実用化に向けて研究開発を進めます。
掲載誌:ACS Materials Letters
論文タイトル:Synthesis of Pyrochlore-type Li1.25La0.58Nb2O6F Solid Electrolyte via Spark Plasma Sintering
著者:Yushi Fujita, Tomonari Takeuchi, Yuta Ito, Toyoki Okumura
DOI:10.1021/acsmaterialslett.5c01541
※1 A. Aimi et al. High Li-Ion Conductivity in Pyrochlore-Type Solid Electrolyte Li2–xLa(1+x)/3M2O6F (M = Nb, Ta). Chemistry of Materials.2024, vol. 36, no. 8, p. 3717-3725. DOI:10.1021/acs.chemmater.3c03288
※2 参考URL: https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20220720.html(“全固体電池”とは)