発表・掲載日:2025/06/04

海域で発生するスロー地震を見逃さない!

-機械学習を用いて日本海溝のテクトニック微動をモニタリングする手法を開発-

ポイント

  • 日本海溝で発生するスロー地震の一種であるテクトニック微動を機械学習によって高感度に検出する解析フローを開発
  • 8年間分の地震波形データを解析し、従来法と比べ7倍の数のテクトニック微動を検出
  • プレート境界においてひずみが蓄積されている場所、解放されている場所の評価に貢献

概要図

機械学習によるテクトニック微動の検出数の増加。点はテクトニック微動の震央位置を示し、その色はテクトニック微動のエネルギー(対数表記)を示す。赤色の等値線は東北地方太平洋沖地震のすべり域を示す。灰色の破線は日本海溝の位置を示す。白の三角形は観測点の位置を示す。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)活断層・火山研究部門 寒河江 皓大 特別研究員らは、国立大学法人 東北大学 大学院理学研究科 加納 将行 助教と共同で、機械学習を用いてテクトニック微動を高感度に検出する解析フローを開発し、日本海溝に設置された地震観測網で得られたデータに適用しました。

プレート境界などに蓄積された地殻のひずみが、断層すべりによって瞬間的に解放される現象を地震といいます。通常の地震に対して、断層がゆっくりとすべる現象をスロー地震と呼びます。スロー地震は、発生する地震波の周期などに応じていくつかの分類があり、テクトニック微動はその一つです。大地震の前にスロー地震が先行して発生した事例などが報告されていることから、プレート境界においてスロー地震の発生場所や発生時期を詳細に調べることは、ひずみが蓄積されている場所や解放されている場所の把握につながる可能性があります。

本研究では、機械学習を用いた手法で、地震観測網で得られた波形データからテクトニック微動を検出し、その震源位置を決定する新しい解析フローを確立しました。また、それを東北沖の日本海溝に設置された地震観測網の8年間分のデータに適用し、従来法と比較して7倍の数のテクトニック微動を検出することができました。今回新たにテクトニック微動が検出された場所もあり、通常の地震とテクトニック微動の空間的、時間的な関係がより明瞭になりました。今後、テクトニック微動活動の時間変化をより細かく調査することで、スロー地震の発生メカニズムを解明する手がかりになる可能性があります。

なお、この研究の詳細は、2025年5月31日に「Journal of Geophysical Research: Solid Earth」に掲載されました。


開発の社会的背景

日本海溝のように、大陸プレートの下に海洋プレートが沈み込む場所では、プレート境界にひずみが年々蓄積され、それが瞬間的に解放されることで2011年東北地方太平洋沖地震のような大地震が発生することがあります。一方で、スロー地震は通常の地震と比べてゆっくりと断層のすべりが進行することで生じる現象で、南海トラフや日本海溝をはじめ、世界各地のプレート沈み込み帯で多く観測されています。スロー地震はプレート境界で発生する大地震の震源近傍で発生し、大地震の発生前にスロー地震が先行して起きた事例や、大地震における断層の破壊がスロー地震の発生場所の周辺で停止した事例が報告されています。そのため、スロー地震はプレート境界のひずみの蓄積や解放のメカニズムを理解するうえで非常に重要な現象だと考えられています。

テクトニック微動はスロー地震の一種で、主に2 Hz~8 Hz程度の周波数帯の微弱な震動が数十秒から数日間継続する現象のことを指します。地震観測網で得られる波形データで観測することができるものの、振幅が観測限界を少し上回る程度の大きさであることも多く、明瞭には検出されないこともあります。特に、通常の地震活動が活発な地域においては、テクトニック微動を地震と区別して検出するのが難しいという問題や、海域の観測点では堆積層などの影響で波形が複雑になり、テクトニック微動の検出が難しくなる問題がありました。

 

研究の経緯

産総研は、これまで地震観測や波形データの解析、地下水や地殻変動の観測および解析、室内実験、シミュレーションなどを用いて、スロー地震が発生する場所や発生プロセスを解明する研究に取り組んできました。また、大量の地震波形データを効率的に処理するために、機械学習を用いた解析手法の開発も進めています。今回、機械学習の技術を東北沖の日本海溝で発生しているスロー地震の一種であるテクトニック微動に応用しました。

なお、本研究には国立研究開発法人 防災科学技術研究所の日本海溝海底地震津波観測網(S-net)のデータを使用しました。また、本研究は日本学術振興会の科研費『学術変革領域研究(A)「Slow-to-Fast地震学」(課題番号: JP21H05205, JP21H05203)』による支援を受けています。

 

研究の内容

本研究は、(1)機械学習に基づいて通常の地震とテクトニック微動の地震波形を分類する方法、(2)複数観測点で得られた検出結果を統合する方法という二つの技術を考案し、日本海溝におけるテクトニック微動モニタリング手法の開発に至りました(図1)。

一つ目の技術である地震波形の分類には、機械学習モデルDiETDiscriminator for Earthquake and Tremor)を開発して用いています。従来、テクトニック微動の検出には、複数の観測点間での地震波形の類似性を評価する方法が使われてきました。しかし、通常の地震の場合でも地震波形の類似性が高いため、テクトニック微動と地震を自動的に区別することが困難でした。DiETモデルは、地震波形の周波数成分の時間変化を視覚的に表現したスペクトログラムを学習し、観測点ごとに入力波形の分類を行います(図1a)。テクトニック微動と地震では、卓越する周波数成分や地震波の継続時間が異なり、それらの特徴の違いがスペクトログラムに現れます。日本海溝では、S-netの1観測点のみを使って学習した機械学習モデル(Takahashi et al., 2021)の報告が既にありましたが、DiETモデルはS-netの150観測点全てを使って学習を行ったため、モデルの汎化性能の大幅な向上が期待できます。現に、スペクトログラムの特徴を学習したDiETモデルは、97%以上の精度で地震波形を識別し、観測点ごとの効率的なテクトニック微動検出を実現しました。

図1

図1 本研究で確立したテクトニック微動検出の解析フロー。(a)地震とテクトニック微動のスペクトログラムの例。(b)GrASPで統合した観測点群の例。三角形は観測点の位置を示し、その色はテクトニック微動の判別精度を示す。青色の線はGrASPで統合した観測点を結んでいる。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
 

次に、テクトニック微動検出の信頼性をより向上させて、その震源決定を行うには、複数観測点におけるDiETモデルの検出結果を統合する手法が不可欠です。2019年ごろから、機械学習を用いてテクトニック微動を識別する研究は盛んに行われてきましたが、複数観測点での検出結果を統合する手法は提案されてきませんでした。そこで我々はグラフ理論を用いたクラスタリング手法に着目し、GrASPGraph-based Associator with Signal Probability)という手法を開発しました。GrASPでは、各観測点における地震波形の判別精度を基にネットワークを構成し、テクトニック微動を検出した観測点群の抽出を行います(図1b)。これは震源から遠ざかるほど地震波の振幅が減衰し、それに伴ってDiETモデルによる地震波形の判別精度が低下するという特性を利用したものです。その結果、複数の場所で同時に発生したテクトニック微動について、それぞれに対応する観測点群を抽出することに成功し、各観測点群で震源決定を行えるようになりました。

本研究で開発したこれらの手法を組み合わせることにより、2016年8月から2024年8月までの8年間分の地震波形データを解析した結果、従来法と比べ7倍の数のテクトニック微動の検出に成功しました。ここでは、8年間でテクトニック微動として放射されたエネルギーの総和(累積エネルギー)の空間分布に着目した結果を紹介します(図2)。解析の結果、大地震の発生域とテクトニック微動の発生域が相補的に分布していることが確認されました。また、累積エネルギーの分布に空間的な強弱があることがわかりました。これは、スロー地震によって解放されたひずみの程度の違いを反映している可能性があります。特に観測網の北端付近では、十分な観測点があるにもかかわらず、テクトニック微動が検出されていない領域が存在します(図3)。この領域は、千島海溝沿いの巨大地震の想定震源域の一部に含まれ、スロー地震によるひずみの解放が起きておらず、ひずみを蓄積し続けている可能性があります。本研究の成果は、プレート境界におけるひずみの蓄積・解放状態の評価に貢献できます。

図2

図2 三陸沖と十勝沖(左)、茨城沖と福島沖(右)における8年間分の累積エネルギー(対数表記)の分布。等値線は大地震のすべり域を示す。灰色の破線は日本海溝の位置を示す。白色の三角形は観測点の位置を示す。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
 

図3

図3 十勝沖と根室沖における8年間分の累積エネルギー(対数表記)の分布。等値線は大地震のすべり域を示す。灰色の破線は日本海溝の位置を示す。白色の三角形は観測点の位置を示す。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
 

今後の予定

今後は、日本海溝のテクトニック微動モニタリングを継続していくとともに、テクトニック微動の活動様式の詳細な解析を進めていきます。また、将来的には本研究で開発したシステムを他の観測網に適用し、テクトニック微動の網羅的なモニタリングを目指します。

 

研究者情報

産総研
活断層・火山研究部門 地震テクトニクス研究グループ 寒河江 皓大 産総研特別研究員、内出 崇彦 研究グループ長
活断層・火山研究部門 地震地下水研究グループ 矢部 優 主任研究員

東北大学
大学院理学研究科 地球物理学専攻 固体地球物理学講座 加納 将行 助教

 

論文情報

掲載誌:Journal of Geophysical Research: Solid Earth
論文タイトル:Machine Learning-Based Detection and Localization of Tectonic Tremors in the Japan Trench
著者:Kodai Sagae, Masayuki Kano, Suguru Yabe, Takahiko Uchide
DOI:10.1029/2025JB031348

 

参考文献

Takahashi, H., Tateiwa, K., Yano, K., & Kano, M. (2021). A convolutional neural network-based classification of local earthquakes and tectonic tremors in Sanriku-oki, Japan, using S-net data. Earth Planet Space, 73, 186.


用語解説

テクトニック微動
人間には揺れを感じることができず、地震計でも観測限界を少し上回る程度の地震波が数十秒から数日継続する現象。プレート境界や巨大地震発生域の周辺で観測されており、後述のスロー地震の一種である。[参照元へ戻る]
スロー地震
通常の地震よりもゆっくりと断層がすべる現象。測地学的観測の時間スケール(数日から数年)から地震学的観測の時間スケール(数秒から数百秒)まで幅広い帯域で観測されている。[参照元へ戻る]
グラフ理論
点と辺で表されるデータの構造をモデル化・解析する数学の分野。複雑なネットワークやその関係性を容易に表現し、解析することを可能にする。[参照元へ戻る]
クラスタリング
機械学習における教師なし学習の一種であり、データを特定のルールで分類する方法。データの中に潜むパターンや構造を抽出することが可能。[参照元へ戻る]


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