東京大学大学院理学系研究科の根本夏林大学院生、同大学大気海洋研究所の横山祐典教授らによる研究グループは、富士五湖の一つである本栖湖で掘削された堆積物中の石英量をX線回折分析と乾式密度計による密度分析を組み合わせることで定量化しました。その結果、本栖湖の堆積物に含まれる石英は中国大陸から飛来する黄砂に由来し、過去約8000年間の飛来量変化を高時間分解能で明らかにすることに成功しました。毎年春に多く飛来している黄砂ですが、驚くことに黄砂量は3000年前から2000年前にかけて顕著に減少しており、負の北極振動(注1)による偏西風の黄砂輸送の影響減少が要因であると考えられます。この時期には、日本海や黄海での海水温上昇や、新潟県糸魚川市での降水量増加が知られており、いずれも負の北極振動と整合的な現象であることから、今回の研究をサポートするデータです。本研究により、日本周辺の過去8000年にわたる高時間分解能な黄砂量変動データが初めて得られ、グローバルな気候変動と東アジアの大気循環の変化の関係性についてのメカニズムをより詳細に明らかにすることにつながることが期待されます。
偏西風は日本をはじめとした中緯度地域の気候変動に大きく関わっているため、過去の偏西風の強弱や軌道の変化をとらえることは、気候モデルと合わせて気候システムの研究を進める上で重要です。過去の大気循環を復元する手法として黄砂などの大気中のダスト(注2)量の変化を復元することが有効であることが知られています。本栖湖には偏西風を含む大気循環によって輸送される世界のダスト放出量のうち20%以上を占める中国大陸から大量のダストが飛来するため、過去のダスト量変化を調査するのに適した湖です。一方で、堆積物には風化侵食に伴う陸源粒子が多く含まれるため、堆積物中から大気由来のダストに関わる情報のみを取り出すことは困難でした。そこで、本研究では富士山の噴火で産出した玄武岩に囲まれている本栖湖の地質的特徴に着目しました。中国大陸から飛来する黄砂は石英を含む一方、玄武岩には石英が含まれていません。そこで、本栖湖の堆積物に含まれる石英量を分析することで黄砂輸送量変化の復元を試みました。
本研究では本栖湖で採取した湖底堆積物から109サンプルを採取・粉砕の上X線回折分析と乾式密度計による高精度密度測定を大気海洋研究所で実施し、過去8000年間の石英量を定量化しました。分析の結果、陸源粒子に由来する鉱物と石英は独立して変動しており、本栖湖の石英は中国大陸から飛来する黄砂に由来することが分かりました(図1)。
図1:東アジアにおける過去8000年間の気候変化記録 (原論文より引用)
(a)本栖湖に堆積した石英量の変動(本研究)、(b)新潟県糸魚川市の石筍に記録された酸素同位体比(降水量記録)、(c)日本海における珪藻(F. doliolus)の変化(海水温記録)、(d)黄海における海水温変化、(e)中国大陸の石筍に記録された酸素同位体比(降水量記録)
石英量が減少した3000年前から2000年前の期間に、降水量の増加(b)や海水温上昇(c)・(d)が確認されます。
石英量から本栖湖に飛来した黄砂の飛来量を推定したところ、8000年前から現在にかけて徐々に増加していることが分かりました。一方で、3000年前から2000年前には黄砂の飛来量が顕著に減少していました。この期間には中国大陸から日本列島へ黄砂を輸送する偏西風の軌道が変化したため、本栖湖に黄砂を輸送しにくい状態であったと考えられます。同時期には黄海や日本海で海水温の上昇、新潟県糸魚川市で降水量の増加が確認されており、いずれの気候変動も北極振動の位相が負である時に見られる気候状態で説明できることが分かりました。また、この期間に顕著に黄砂が減少した要因として、エルニーニョ・南方振動(注3)との関係が示唆されました。負の北極振動によるダストの供給量変化はエルニーニョ現象と重複すると増幅することが知られており、実際に3000年前から2000年前にはエルニーニョ現象の頻度が増えていました。
本研究では富士山麓・本栖湖で掘削された堆積物中の石英量を定量化することで、過去の黄砂量変化を復元することに成功しました。本研究の結果は富士山の溶岩に囲まれた本栖湖の堆積物が黄砂量の復元に適していることを示し、過去8000年間の黄砂量変動情報を高時間分解能・精度で得ることができました。今後、グローバルな気候変動と東アジアにおける大気循環の変動メカニズムの関係性をより詳細に理解することにつながることが期待されます。
「プレスリリース①湖底堆積物から探る富士山の噴火史 -本栖湖に残されていた未知の噴火の発見-」(2018/10/10)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2018/20181010.html
「プレスリリース②富士五湖の水はどこからきているか? 〜炭素14をトレーサー(追跡子)とした検討によって、河口湖では御坂山地の地下水による影響を確認〜」(2021/9/21)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2021/20210921.html
「プレスリリース③これまでの10倍の効率で花粉を地層から分取し高精度年代測定を可能に ―大型花粉によって今まで諦めていた地層からの年代測定が実用化―」(2024/7/19)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2024/20240719.html
東京大学
大気海洋研究所
横山 祐典 系長・教授
兼:大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授
宮入 陽介 特任助教
大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
根本 夏林 博士課程
秋田大学 大学院国際資源科学科
Stephen P. Obrochta(スティーブン オブラクタ)教授
山梨県富士山科学研究所
山本 真也 主任研究員
産業技術総合研究所
活断層・火山研究部門
藤原 治 研究部門長
地質情報研究部門
中村 淳路 主任研究員
雑誌名:Paleoceanography and Paleoclimatology
題名:A lake at the Mt. Fuji (Lake Motosu) recording prolonged Negative Arctic Oscillation as reduction of Aeolian dust due to Westerly Pathways during the Holocene
著者名:Karin Nemoto*, Yusuke Yokoyama*, Stephen P. Obrochta, Yosuke Miyairi, Osamu Fujiwara, Shinya Yamamoto, Atsunori Nakamura, Aurélia Hubert-Ferrari, Vanessa Heyvaert, Marc De Batist
DOI:10.1029/2023PA004805
URL:https://doi.org/10.1029/2023PA004805
本研究は、科研費「気候システムにおける氷床変動の役割の解明(国際共同研究強化)(課題番号:15KK0151)」、科研費「Monsoon variability and Holocene sea level in the Nankai Region(課題番号:16K05571)」、科研費「低緯度大気海洋結合度変化による急激な気候変調に関する研究(課題番号:17H01168)」、科研費「ヒプシサーマル:完新世の気温復元不一致問題に挑む(課題番号:23KK0013)」の支援により実施されました。湖底堆積物の掘削調査はベルギー科学政策局(Belgian Science Policy Office:BELSPO 課題番号:BRAIN-beBR/121/A2)出資による国際共同研究「QuakeRecNankai プロジェクト」の支援により実施されました。