発表・掲載日:2024/09/09

バイオフィルム感染症の治療薬開発を後押しする二つの技術

-抗菌製剤の設計とバイオセンサーの開発-

ポイント

  • 抗菌薬をカプセルに封入した銀ナノ粒子修飾高分子製剤を創製
  • 表皮ブドウ球菌が形成するバイオフィルムに対する抗菌効果を確認
  • 電極材料にレーザー誘起グラフェンを用いて、短時間で抗菌活性を評価できるバイオセンサーを開発

概要図

今回創製した製剤のバイオフィルムに対する抗菌効果を、開発したバイオセンサーで短時間に評価できる


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)極限機能材料研究部門 高橋 知里 主任研究員は、沖縄科学技術大学院大学(以下「OIST」という)エイミー・シェン教授らと共に、バイオフィルム形成菌に対する高抗菌効果をもつ製剤の創製とその短時間評価技術を開発しました。

バイオフィルム感染症は人間の歯や歯肉、体内に埋め込まれた心臓ペースメーカー、人工心臓弁などの表面にバイオフィルムとよばれる糖類が形成されることによって引き起こされます。通常の薬剤投与ではバイオフィルム内の菌に抗菌物質を作用させることが困難なため、感染症の慢性化が問題でした。

本研究において、マクロライド系抗菌物質のアジスロマイシンをカプセルに封入した銀ナノ粒子含有ソルプラス®高分子製剤を創製しました。この製剤は銀ナノ粒子と抗菌薬という作用機序の異なる二つの抗菌物質を一体化してバイオフィルム形成菌に対して作用させるため、高い抗菌効果が期待できます。創製した製剤を投与した2時間後には銀ナノ粒子含有高分子製剤と比較しておよそ1.5倍の表皮ブドウ球菌バイオフィルム抗菌効果が確認されました。

また、抗菌効果をもつ製剤の開発においては抗菌活性評価にかかる時間が問題となっていました。そこで、レーザー誘起グラフェンを用いたバイオセンサーを開発し、今回開発した製剤を用いて検証することで、非常に短時間で抗菌活性評価ができることを実証しました。

この研究成果の詳細は、2024年9月9日(英国夏時間)に「Nanoscale」に掲載されました。


開発の社会的背景

歯周病などバイオフィルム感染症は人間の歯、心臓ペースメーカー、人工心臓弁などの表面にバイオフィルムが形成されることによって引き起こされる感染症です。バイオフィルムは表皮ブドウ球菌などの微生物が産生する細胞外多糖で、いったんこのバイオフィルムが形成されると、通常の薬剤投与ではバイオフィルム内の菌に薬や抗菌物質を作用させることが困難なため、この感染症は慢性化することとなり、バイオフィルムに対して抗菌効果をもつ製剤の開発が求められていました。

並行して、抗菌効果をもつ製剤の開発には抗菌活性評価が必要です。従来、この評価には希釈平板法が実施されてきました。この手法は対象となる薬剤、製剤を含む懸濁液を希釈し、寒天培地に薄く塗布して培養し、培地上のコロニーの外見や数から、微生物の種類や量を特定するものです。他にも染色により生菌と死菌を染め分け生菌数をカウントする方法もありますが、一般的に半日から2日程度と測定に時間を要するため、開発を困難にする要因の一つとなっていました。

 

研究の経緯

産総研は、薬や抗菌物質を目的の箇所に効率よく届けるためのカプセル製剤の設計に取り組んでおり、これまでに、抗菌効果を持つ銀ナノ粒子を修飾した高分子製剤の設計を行ってきました。製剤の実用化のため、抗菌効果のより短時間での評価が課題となっておりましたが、OISTで進められていたバイオセンサーを用いた抗菌活性評価技術を知ることとなり、Amy先生との共同研究が実現しました。これにより、製剤の評価時間を大幅に短縮することが可能となりました。

 

研究の内容

本研究では、大きく2つの技術を開発しました。

一つ目は、バイオフィルムに対して効果的なコアシェル構造を持ち、高分子の中に銀ナノ粒子と薬剤を異なる分布で組み込む製剤設計技術です。化学合成法を用いて球状の銀ナノ粒子を修飾したソルプラス®(BASF Pharmaの界面活性剤)を基剤として、コア部分にアジスロマイシンを封入した250 nm程度の大きさの粒子製剤を合成しました(図1)。この新規製剤を2時間投与したバイオフィルムを希釈平板法で抗菌活性評価したところ、表皮ブドウ球菌が形成したバイオフィルムに対して、銀ナノ粒子を複合したソルプラス製剤よりも1.5倍程度の高い抗菌効果を持つことがわかりました(図2左)。銀ナノ粒子とアジスロマイシン、それぞれの表皮ブドウ球菌に対する異なる作用機序が、コアシェル構造を付与することによってより効果的に作用するようになり、バイオフィルムおよび形成菌に対しての抗菌効果を向上させたと考えられます。新規製剤を投与して6時間後には9割のバイオフィルム形成菌が死滅していることがわかりました(図2右)。図3の走査型電子顕微鏡像が示すように、2時間後にはある程度の表皮ブドウ球菌が球形で存在していましたが、6時間後には死滅しているとみられる平らな形状の表皮ブドウ球菌が多数観察されました。

図1

図1:粒子製剤の断面構造。2層構造になっていて薬は内側に内封されており、銀ナノ粒子は粒子製剤表面(青色箇所)を中心に全体に修飾されています。
※Mohan(2024), Nanoscale(CC BY-NC 3.0)の図を引用・改変したものを使用しています。

図2

図2:(左)本研究で開発した製剤と種々の製剤を投与して2時間後のバイオフィルム形成菌の生菌率
(右)開発した製剤を投与して2~6時間後のバイオフィルム形成菌の生菌率
※Mohan(2024), Nanoscale(CC BY-NC 3.0)の図を引用・改変したものを使用しています。

図2

図3:バイオフィルムに本研究で開発した製剤を投与して2時間後と6時間後の走査型電子顕微鏡(SEM)像(矢印は製剤を表示)
※Mohan(2024), Nanoscale(CC BY-NC 3.0)の図を引用・改変したものを使用しています。

二つ目は、簡便で短時間での測定が可能な抗菌活性評価を実施するためのバイオセンサーの合成技術です。

近年では、CO2レーザーや青色レーザーを用いてポリイミドシート上にグラフェン層を効率的に生成できることが報告されており、この材料はレーザー誘起グラフェン(LIG)として知られています。この材料は微細孔構造(図4)をもつため、バイオフィルムに接触させることで細菌を捕捉することができます。細菌を捕捉したLIGを電極として使用すると、細菌の僅かな活性の変化に応じて電極の性質が変化するため、高感度での抗菌活性評価につながると考えられます。

本研究では、LIG電極を用いた新規バイオセンサーを開発することで、従来に比べて簡便に抗菌活性評価を可能とする、LIG電気化学測定プラットフォームを構築できました。高感度なセンサーを作成するためには、電流値の変化を測定するために電極の高導電性が重要ですが、CO2レーザーの照射条件を最適化することでこれを実現しました。表皮ブドウ球菌が形成したバイオフィルムに対し、開発したバイオセンサーを浸し、一定電位を与えた際の電流応答を測定したところ、バイオフィルムに製剤を投与した時間に応じて応答電流値が減少し(図5)、既往の希釈平板法で調べた生菌率の経時変化と同じような挙動を示しました。応答電流の測定は10分程度で可能であり、新規製剤の抗菌効果の評価を大幅に短縮できる可能性があります。

図4

図4:ポリイミド基板上に形成したレーザー誘起グラフェン(LIG)のSEM像
※Mohan(2024), Nanoscale(CC BY-NC 3.0)の図を引用・改変したものを使用しています。

図4

図5:新規製剤(5 µg/mLと10 µg/mLの2種類の銀濃度)を投与した表皮ブドウ球菌バイオフィルムのクロノアンペロメトリー測定結果
※Mohan(2024), Nanoscale(CC BY-NC 3.0)の図を引用・改変したものを使用しています。

今後の予定

今後、薬剤耐性菌及び複数菌で形成されるバイオフィルムに対して効果的な製剤の設計を進めていきます。また、様々な菌種、製剤を用いてレーザー誘起グラフェンを電極に用いたバイオセンサーによる抗菌活性評価を実施する予定です。同時に、本バイオセンサーを改良し、高感度で酸化還元反応の測定が可能な系を構築し、活性酸素種の測定を進めます。

 

論文情報

掲載誌:Nanoscale
論文タイトル:Enhanced Antibacterial Efficacy: Rapid Analysis of Silver-Decorated Azithromycin-Infused Soluplus® Nanoparticles Against E. coli and S. epidermidis Biofilms
著者:Jaligam Murali Mohan, Chisato Takahashi, Benjamin Heidt and Amy Q. Shen
DOI:10.1039/D4NR02583K


用語解説

バイオセンサー
バイオセンサーは、酵素、抗体、核酸、微生物など生物由来の分子認識機能を用いたセンサーです。ターゲット対象物を検出し、電気化学などで信号化することで、高感度で定量することができる検出装置です。バイオセンサーは、臨床診断、創薬、食品分析、環境調査など幅広い分野で用いられています。[参照元へ戻る]


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