発表・掲載日:2023/05/29

世界初、加速度センサーの微小振動応答特性を正確に評価する技術を開発

―インフラ劣化の早期発見技術の信頼性を向上―

NEDOの「IoT社会実現のための革新的センシング技術開発」の一環で産業技術総合研究所は、ビル、橋などインフラの劣化診断に用いられる微小振動(1 mm/s2程度)に対する加速度センサーの応答特性を正確に評価する技術を、世界で初めて確立しました。

本技術では、高性能防振機構や独自の信号処理技術を組み込んだ「低雑音レーザー干渉式振動応答評価装置」を開発することで、加速度センサーの正確な応答特性評価を可能にしました。正確に評価された加速度センサーを使うことで、微弱な振動下でのインフラの振動特性を正確にモニタリングできるので、振動計測に基づいた劣化診断技術の信頼性向上につながります。

図1

図1 開発した「低雑音レーザー干渉式振動応答評価装置」の概要

図2

(振動特性の変化から劣化を検知)

図2 インフラモニタリングへの応用例


1. 概要

ビルや橋、道路など社会インフラの老朽化は現在、国内だけでなく世界的にも大きな社会問題となっています。日本では高度経済成長期に建造された築50年を超すインフラが多く、メンテナンスにかかる費用は2018年時点で約5.2兆円、2048年には約12.3兆円にのぼると推計されています。効率的にメンテナンスを行い、こうした負担を軽減するためには、従来の手作業・目視による点検だけでなく、IoTセンサーなどを用いてインフラの劣化を早期かつ効率的に検知する劣化診断技術が不可欠です。

そのような技術の一つとして、加速度センサー※1でインフラの微小な常時微動※2をモニタリングし、部材の劣化・損傷に伴って生じる振動特性の変化を検知する方法があります。モニタリングには高精度なサーボ加速度計※3や安価なMEMS加速度計※4などさまざまなタイプの加速度センサーが用いられますが、それぞれの応答特性(振動の大きさに対する加速度センサーの出力の大きさと遅延の周波数依存性)はセンサーによって異なります。使用する加速度センサーの応答特性を正しく分かっていないと、加速度センサーの出力値を実際の振動量に変換する際に誤差が生じてしまい、誤った劣化診断をしてしまう可能性があります。そのため、加速度センサーの応答特性を正確に把握することが必要となります。

これまで加速度センサーの応答特性は通常、約102 mm/s2以上の大きな振動を加えて評価しており、数十mm/s2を下回るような微小振動を測る場合にも応答特性は変わらないと仮定してきました が、信頼性が十分に担保されているとはいえない状況でした。特に近年利用が拡大しているMEMS加速度計では、高精度なサーボ加速度計に比べて加わる振動の大きさへの依存性が大きく、上記の仮定による誤差が生じやすい傾向にあります(図3、MEMS加速度計の応答特性評価結果の一例)。このような問題を解決するには、計測対象と同程度の微小な振動を加えて特性を評価することが望ましいですが、数十mm/s2以下の微小振動に対する加速度センサーの応答特性を正確に評価する技術は確立しておらず、大きな課題でした。

図3

図3  振動の大きさによる応答特性の違い(MEMS加速度計)

このような背景のもと、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託事業「IoT社会実現のための革新的センシング技術開発※5」(以下、本事業)の一環で、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)は、高性能な防振機構や独自の信号処理技術を組み込んだ「低雑音レーザー干渉式振動応答評価装置」を開発し、微小振動に対する加速度センサーの応答特性を正確に評価することに世界で初めて成功しました。

なお、本研究成果は、2023年5年29日に学術誌「Measurement Science and Technology」へ掲載されました。


2. 今回の成果

【1】「低雑音レーザー干渉式振動応答評価装置」の開発

一般に加速度センサーの応答特性は、振動加振器で評価対象の加速度センサーを振動させ、そのときの加速度センサーの出力電圧信号と振動加速器の動きを測長するレーザー干渉計※6の出力信号(参照信号)を比較することで評価されます。2つの信号からそれぞれの振幅を算出し、比を計算することで応答感度を求めます。しかし、産総研が保有する世界最先端の振動応答評価装置でも地面の振動やレーザー干渉計の雑音が妨げとなり、参照信号の測定精度は10-2 mm/s2から10-1 mm/s2程度が限界でした。そのため約10 mm/s2以下の振動に対しては相対的に測定誤差が数%を超えてしまい、正確な評価ができませんでした。

そこで今回、産総研は参照信号の測定精度を上げるための改良を行いました。まず、振動応答評価装置の主な雑音源であった地面振動を抑えるために低周波防振台を導入したうえで、レーザー干渉計もホモダイン式からヘテロダイン式に変更し、評価装置起因の参照信号の雑音を低減しました。さらに、振幅の算出に独自の信号処理を用いることで、雑音の影響を最小限に抑え、参照信号の測定精度を大幅に向上することに成功しました。これらの結果、インフラ診断で重要な0.1Hzから数十Hzの全帯域で、従来性能を大きく超える10-2 mm/s2以下の精度で参照信号を測定できるシステムを開発しました(図4)。

これにより、従来技術では評価が難しかった1 mm/s2程度までの微小振動に対しても、参照信号を正確に測定し加速度センサーの応答を評価できる技術を実現しました。

図4

図4 低雑音レーザー干渉式振動応答評価装置による参照信号の精度向上

【2】「低雑音レーザー干渉式振動応答評価装置」の評価能力実証

開発した装置の評価能力を検証するため、加速度センサーの中でも高精度なサーボ加速度計の応答特性を1 mm/s2と104 mm/s2の異なる加速度で評価する実証実験を行いました。サーボ加速度計の動作原理から、応答特性は加わる振動の大きさに関わらずほぼ一定であると期待されるため、開発装置を使い異なる加速度で評価したそれぞれの特性が一致すれば正しい評価ができていることになります。ビル、橋などの典型的な固有振動数にあたる0.1 Hzから数十Hzの帯域における応答特性が特に重要なため、同帯域での評価を行いました。

その結果、従来技術で確立されている104 mm/s2での評価と、今回開発した1 mm/s2での評価で得られた応答特性は一致することを確認しました(図5)。このことから、従来技術では検知できなかった微小振動でも応答特性を正しく測定できることを実証しました。

図5

図5  微小振動での応答特性評価技術の検証

開発した装置を用いることで、MEMS加速度計などのあらゆる加速度センサーに対して、センサー自身の雑音が妨げとならない範囲で微小な振動まで応答特性を評価することが可能となります。これにより加速度計の計測精度が担保され、インフラ診断の信頼性向上につながることが期待されます。

3.今後の予定

産総研は本事業の中で、今回開発した微小振動に対する応答特性評価に加えて、加速度センサーの周囲環境も実際の計測時に近くなるように温湿度を変えながら応答特性評価を行う技術の開発を進めます。これによりインフラ診断のあらゆる測定条件に対応した応答特性評価が可能な体制を整備し、インフラの劣化診断技術のさらなる信頼性向上に貢献します。

NEDOは、本技術開発をはじめ、既存のIoT技術では実現困難な超微小量の検出や過酷環境下での動作、非接触・非破壊での測定などを可能とする革新的センシングデバイスを世界に先駆けて開発するとともに、革新的センシングデバイスの信頼性向上に寄与する基盤技術開発を支援します。


【注釈】

    
※1 加速度センサー(加速度計)
センサーに加わる加速度を、電圧などの電気信号に変換するセンサーです。[参照元へ戻る]
※2 常時微動
地盤や建物が、風・波浪などの自然現象や交通などの人間活動によって常に発生している揺れです。場所や建物の強度などの条件に依存しますが、一般的には
10 mm/s2以下の人間が感じない程度の微小な揺れです。[参照元へ戻る]
※3 サーボ加速度計
加速度センサーの一種で、フィードバック制御によって高い直線性・安定性を持つという特徴があります。加わる振動の大きさに関わらずほぼ一定の応答特性を持つため、本事業では微小振動応答評価技術の実証に用いました。[参照元へ戻る]
※4 MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)加速度計
半導体製造技術を使って作られた加速度計で、小型・安価・低消費電力という特徴があります。サーボ加速度計などと比べると、加わる振動の大きさによって応答特性が変化する傾向にあります。[参照元へ戻る]
※5 IoT社会実現のための革新的センシング技術開発
事業名:IoT社会実現のための革新的センシング技術開発/革新的センシング基盤技術開発/超微小量センシング信頼性評価技術開発
事業期間:2019年度~2024年度
事業概要:https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100151.html[参照元へ戻る]
※6 レーザー干渉計
レーザー光の干渉を利用し、レーザー波長を基準にして変位を計測する装置です。[参照元へ戻る]


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