発表・掲載日:2012/07/30

金属酸化物デバイス材料の新機能探索に新たな指針

-金属酸化物における電子同士の避け合いの効果を解明-

ポイント

  • 放射光を利用した光電子分光実験により、金属酸化物中の電子同士の避け合いの効果が明らかに
  • 電子同士の避け合いの効果を定量化するための理論モデルを初めて導出
  • 新しい機能を有した金属酸化物デバイス材料の探索に新たな指針

概要

 国立大学法人 広島大学【学長 浅原利正】放射光科学研究センター【センター長 谷口雅樹】(以下「HiSOR」という)の岩澤英明助教、島田賢也教授、独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口有】電子光技術研究部門【研究部門長 原市聡】酸化物デバイスグループの相浦義弘主任研究員を中心とする共同研究グループは、金属酸化物中の電子相関※1(電子同士の避け合い)の効果を可視化することに成功しました。その結果、電子相関の効果が2通りの異なった現れ方をすることを初めて明らかにしました。そのうちの1つは従来の電子相関の効果からは予想のできないものでした。さらに、研究グループは、一見異なった現れ方をする電子相関の効果を統一的に説明することのできる理論モデルを、一般的な枠組みから構築しました。この理論モデルは、金属酸化物をはじめ、多くの物質に広く適用可能であり、今後、さまざまな物質で電子相関の効果を定量的に評価することが可能となります。今回の成果は、HiSOR の高輝度シンクロトロン放射光※2を利用した、世界最高水準の分解能の角度分解光電子分光実験※3により、金属酸化物中の電子の振る舞いを精密に観測することで得られました。

 金属酸化物は、電気抵抗が低温でゼロになる「高温超伝導」や、磁場をかけることで電気抵抗が1000分の1にまで激減する「超巨大磁気抵抗」をはじめとして、劇的な物性の変化を示すため、新しい電子デバイス材料として、近年、大きな注目を集めています。このような金属酸化物が示す特異な現象は、電子の振る舞いを大きく左右する電子相関に由来します。従って、電子相関の働きをうまく制御できれば、電子デバイス材料としての最適化や新機能の創成が可能となり、省電力で発熱を抑えたコンピューターやメモリーなどの新開発に繋がります。しかし「電子相関がどのようなメカニズムで働き、どのように電子の振る舞いが決定されるのか」に関しては、未解明の点が数多く残っていました。

 今回、金属酸化物全般に有効な電子相関の評価方法が構築されたことで、既存の金属酸化物が示す多彩な性質への理解が促進されることが期待されます。さらに、従来予想されていなかった電子相関の効果が明らかになったことで、これまで金属酸化物デバイス材料として日の当たらなかった物質にも、電子相関に起因する新しい物性現象が眠っている可能性があることがわかりました。

 詳細は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」に近く掲載される予定です。



研究の背景

 今日の情報化社会を支えるパソコン・携帯端末等に欠かせない半導体デバイスは、微細化・集積化により、性能が向上してきました。しかし、微細化・集積化がいずれ理論限界を迎えることから、新しい動作原理で動く電子デバイスが将来的に必要不可欠となります。誘電体、圧電体、磁性体、半導体から超伝導まで広範で多彩な物性を示す金属酸化物は、従来の半導体デバイスに替わる新たな電子デバイス材料として、近年、大きな注目を集めています。

 通常の半導体(シリコンなど)や金属(アルミニウム・銅など)では、物質中の電子は電子相関※1(その他の電子による反発力)をほぼ無視できるため、あたかも自由に運動しているように振る舞います(図1左)。このような「自由電子」と呼ばれる電子の振る舞いは、20世紀半ばに完成したバンド理論※4により、うまく説明がなされていました。しかし、金属酸化物では電子相関が強く、電子は互いに避け合いながら運動するため(図1右)、通常のバンド理論では予測することができない多彩な物理現象(銅酸化物が示す高温超伝導や、マンガン酸化物が示す超巨大磁気抵抗)が生じることが知られており、電子デバイスの新機能創成に向けて、先端的な研究が進められています。

 このように「電子相関の理解」は現代物理学の大きなテーマの1つであるとともに、持続可能な社会の実現に向けた新しい金属酸化物デバイス材料を開発するために必要であると広く認知されています。

従来的に広く考えられている固体中の電子の振る舞いの図
図1.従来的に広く考えられている固体中の電子の振る舞い(赤丸:電子、青丸:原子)
通常の金属・半導体の場合(左)、電子は自由電子的に振る舞い、電子は空間的にも拡がった状態を取ります。
金属酸化物(右)では、クーロン反発(電子相関)のために、電子は避け合いながら運動します。そのために、
電子の運動・拡がりは制限されて、原子サイト付近に存在確率の高い状態を取ります。

研究の内容

 金属酸化物は、一般的に電気伝導を担う電子の種類が複数ある(マルチバンド)ことから、1つ1つの電子の振る舞い、またそれらの物性に対する役割を明らかにすることが、金属酸化物材料の新機能発見に向けて重要な手がかりとなります。そこで研究グループは、角度分解光電子分光※3という手法を用いて、マルチバンド金属酸化物の代表例の1つである層状ルテニウム酸化物「Sr2RuO4」(図2左)について、電子の振る舞い(エネルギー・運動方向の分布)を精密に調べました。ルテニウム酸化物は、特異な超伝導を示すことに加え、高い電気伝導率と高温安定性を併せ持つことから電子デバイス用の電極材料として注目を集めており、ルテニウム酸化物中の微視的な電子の振る舞いを解明することが望まれていました。

 Sr2RuO4では電気伝導を担う電子の種類が3種類あるため(図2右)、従来の測定方法では、電子の振る舞いを精密に調べることが困難でした。しかし、HiSORの高輝度シンクロトロン放射光※2の特徴でもある、入射光のエネルギー・偏光の方向※5を最適化することで、種類の異なる電子の振る舞いを選択的に観測することが可能となりました(図3中・右)。その結果、実験で観測された電子の振る舞いには、バンド理論と比較して、2通りの変化のパターンがあることがわかりました(図4)。1つ目の変化のパターン(図4左)は、従来、電子相関による影響であると考えられていたものです。一方、2つ目の変化のパターン(図4右)は、従来の電子相関の効果からは予想できないものであり、その起源が何であるかは未解決のままとなっていました。今回、研究グループは、電子相関を定量的に評価するための理論モデルを初めて構築し、これら2つの異なる変化のパターンを1つの理論モデルで説明できることを初めて見出しました(図4)。この新理論モデルは、金属酸化物をはじめ、多くの物質に広く適用可能であり、今後、さまざまな物質で電子相関の効果を定量的に評価することが可能となります。

層状ルテニウム酸化物の結晶構造(左)と、電気伝導に寄与する3つの空間分布の異なる電子の振る舞い(右)の図
図2.層状ルテニウム酸化物「Sr2RuO4」の結晶構造(左)と、電気伝導に寄与する3つの空間分布の異なる電子の振る舞い(右)

電子の振る舞いをイメージ化した角度分解光電子分光の結果の図
図3.バンド理論により予測されるルテニウム酸化物超伝導体Sr2RuO4中の電子の振る舞い(左)と、それぞれ
水平偏光・垂直偏光配置で励起光エネルギー※5を最適化すること得られたdzxバンド(中)とdxyバンド(右)
における電子の振る舞いをイメージ化した角度分解光電子分光の結果。

実験値から理論値を差分することで求めた理論値からの変化量のグラフ
図4.dzxバンド(左)とdxyバンド(右)における実験値から理論値を差分することで求めた、理論値からの変化量
電子相関をあらわす新理論モデルを構築することで、2つの異なった変化の仕方も、ひとつのモデルで説明することが出来ました。

今後の展望

 今回の成果は、金属酸化物における電子相関の役割を明らかにし、その性質の理解の促進に大きく貢献します。新理論モデルを用いることにより、新たな機能を有する金属酸化物材料の設計が可能になります。

研究体制

 本研究成果は、日本学術振興会の科学研究費補助金:若手研究(B)「偏光依存角度分解光電子分光によるマルチバンド強相関物質の微細電子構造の解明」(平成22~24年度、研究代表者:岩澤英明)の一環として得られました。本研究は、HiSORの共同研究委員会により採択された研究課題(課題番号10-A-5、10-A-11)のもと実験が行われました。



用語の説明

※1 電子相関

電子が持つ電荷(マイナス)に由来する、電子と電子の間に働くクーロン反発力のことです。電子の密度が低い場合(通常の半導体や金属)には、この影響は無視できますが、電子の密度が高くなると、電子はお互いに避け合いながら運動するようになります。このような状態を電子相関が働いているといいます。[参照元へ戻る]

※2 シンクロトロン放射光
電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向(電子軌道)が曲げられた時に電子軌道の接線方向に放射される強い光のことです。HiSORでは、真空紫外から軟X線の領域の波長の光を利用して、世界最高水準の精密な角度分解光電子分光実験※3を行うことができます。[参照元へ戻る]
※3 角度分解光電子分光実験
結晶の表面に紫外線を照射して、光電効果により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定する実験手法です。この方法により、固体中の電子のエネルギーと運動量の関係(これをバンド分散といいます)を観測することができます。精密に観測された微視的なバンド分散から、超伝導をはじめとしたさまざまな巨視的な物質の性質を説明することができます。[参照元へ戻る]
※4 バンド理論
20世紀半ばに完成した、金属や絶縁体を記述する固体物理の基本理論です。現実の物質中では、~1023もの膨大な数の電子が、互いにクーロン力により避け合いながら、複雑に運動しています。バンド理論では、その多電子の状態を、1つの電子が平均的なポテンシャル中を運動している状態とみなします(一電子近似)。各々の電子は、エネルギーの低い(安定な)電子軌道を順次、占有しますが、電子軌道は重なり合いが生じるため、電子の取りうるエネルギー分布は離散的ではなくなり、帯(バンド)のようになります。[参照元へ戻る]
※5 エネルギー・偏光の方向
放射光はさまざまな波長の光を含んだ「連続光」です。そのため、特定の波長(エネルギー)の光を、回折格子で選択して使用することができます。また、放射光も電場と磁場の振動によって引き起こされる電磁波の一種といえます。その中でも、電磁波の振動方向が一方向に定まったものを直線偏光と呼びます。さらに、直線偏光の電場の振動方向が、入射面に対して同一面内にあるものを水平偏光、垂直面内にあるものを垂直偏光と呼びます。今回、このエネルギー・偏光の方向を最適化することで、異なる種類の電子の振る舞いを明瞭に観測することができました。[参照元へ戻る]



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