発表・掲載日:2005/02/02

光ファイバ通信網の利用による「長さ標準器」の遠隔校正に成功

-土浦市・柏市間(47 km)でブロックゲージの長さを比較(長さ標準の遠隔供給実証実験)-

ポイント

  • 従来、長さ標準器(ブロックゲージ等)の校正は、長さ標準器そのものを標準研究所や校正機関に送らなければならず、送付時の紛失・破損、校正に時間がかかる等の課題があった
  • タンデム型低コヒーレンス干渉計を利用した校正法を用い、茨城県土浦市と千葉県柏市の仮想中継局間で、約47 km長の光ファイバ通信網を通して、約60 nmのばらつきでブロックゲージの遠隔校正に成功
  • 本遠隔校正技術が実用化されることにより、誰でもが、距離的問題を気にすることなく、リアルタイムで国家標準にトレーサブルな標準供給を得ることが可能となる
  • 光ファイバ通信網の活用により「長さ標準」の中小企業・研究ラボなどの一般ユーザーへの広い普及が期待される


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)計測標準研究部門【部門長 田中 充】の 松本 弘一 副部門長らは、産総研が開発した「タンデム型低コヒーレンス干渉計」を利用した校正法を用いて、茨城県土浦市と千葉県柏市に設置した仮想中継局間において、約47 km長の既存の光ファイバ通信網を通しての遠隔精密長さ計測に成功し、長さ標準器ブロックゲージ等)の遠隔校正が可能であることを実証した。

 従来、長さ標準器の校正のためには、標準器そのものを標準研究所や校正機関(以下「標準研等」という)に送らなければならないが(いわゆる「持ち込み校正」)、送付の際の紛失や破損の可能性があり、また時間もかかる等の問題があった。

 これらの問題に対して産総研では、いつでも、何処ででも、誰にでも、国家標準を利用できるようにするために「e-trace」と名付けられた情報通信ネットワーク技術を活用した遠隔標準供給プロジェクトを進めており、この一環として光ファイバを利用した長さ標準器の遠隔校正技術の研究開発を行っている。これまで、産総研では独自に開発した「タンデム型低コヒーレンス干渉計」を利用した測定法を用いて、長さ10 mの単一モード光ファイバを通してのブロックゲージの遠隔精密長さ計測に成功し、原理的に長さ標準器の遠隔校正が可能であることを実証している(2003年3月19日産総研プレス発表)。

 今回、更に長さ標準器の遠隔校正技術の実用上の有効性を実証するために、「タンデム型低コヒーレンス干渉計」を利用した測定法を用いて、茨城県土浦市と千葉県柏市に設置した仮想中継局間において、約47 km長の既存の光ファイバ通信網を通して、土浦局を標準研等、柏局を認定事業者(またはユーザー)と想定した長さ標準器(ブロックゲージ)の遠隔校正の実証実験を行った。この結果、今回の実証実験では、約60 nm(1ナノメートル:10億分の1メートル)のばらつきで遠隔精密長さ計測に成功した。従来の手法(持ち込み校正)での測定精度は、約30 nmのばらつき程度であるが、今回の測定結果は、実用上十分なレベルの測定精度であり、光ファイバ通信網を通しての長さ標準器の遠隔校正の有効性を証明する結果である。

 今回実証実験に成功した長さ標準器の遠隔校正技術により、ユーザーは長さ標準器を測定室に設置したままで、光ファイバ通信網を通して、国家標準にトレーサブルな長さの値を得ることができるようになり、移動に伴う破損、紛失の危険性を回避し、更には校正日数の短縮も可能となる。また、光ファイバ通信網の活用によって、中小企業・研究ラボなどあらゆるユーザーに広く「長さ」の国家標準の提供が可能となる。

 今後は、実際の認定事業者やユーザーの校正室までの光ファイバを通じた実証実験や大規模生産工場などでの実証実験を行い、2年後を目処に実用化を図る予定である。

ブロックゲージの写真
写真 ブロックゲージ


研究の背景

 現在の長さ標準は、計量法トレーサビリティ制度(Jcss:Japan Calibration Service Systemにおいて、国家標準である「よう素安定化He-Neレーザ」を頂点として、「実用安定化レーザ」や「光波干渉測長計」、人工物標準である「端度器」や「線度器」などによって供給されている。特に、端度器の一つであるブロックゲージは、実用長さ標準として一番多く利用されている標準器である。従来、その校正のためには、ユーザーはブロックゲージそのものを標準研等に送らなければならないが(いわゆる「持ち込み校正」)、送付の際の紛失や破損の可能性があり、また往復に要する時間もかかるといった問題があった。現在、我が国ではブロックゲージの校正が年間十数万本も行われており、コストやリスク、スピードの面での効率化が求められていた。

研究の経緯

 本成果は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 牧野 力】の委託事業「計量器校正情報システムの研究開発」(平成13~17年度)によるものである。「e-trace」と名付けられた本研究開発は、インターネットや光ファイバ、GPS(全地球測位システム)等の情報通信ネットワーク技術を利用し、時間、長さ、電気、放射能、温度、三次元量、流量、圧力の 8 分野において、各量の遠隔校正技術の開発を目指すもので、長さ分野では「光ファイバを利用した長さ標準器の遠隔校正技術」が開発目標である。具体的には、光ファイバで連結されたタンデム型低コヒーレンス干渉計による長さ情報の正確な伝送技術を開発し、新しい実用長さ標準校正技術体系の確立を目指している。これが実現すると、現在の情報化社会にマッチングしたトレーサビリティ制度が確立されるだけでなく、品質保証の原点である標準供給における地理的問題の解消、高精度化、省力化、校正日数の短縮化、技術審査の効率化等が可能となる。

研究の内容

○「タンデム型低コヒーレンス干渉計」の原理

 波長幅が広い光(白色光や低コヒーレンス光と呼ばれる)を干渉計の光源として用いた低コヒーレンス干渉計では、干渉計中の光路長差がゼロのときのみ干渉縞信号が発生する。このような干渉計を二つ直列に配置したタンデム型低コヒーレンス干渉計では、それぞれの干渉計に大きな光路長差を与えると、個々の干渉計だけでは干渉縞信号が発生しないが、二つの干渉計の光路長差が一致して補償しあうときのみ、干渉縞信号が発生する。従って、二つの干渉計を単一モード光ファイバで接続すれば、遠く離れた低コヒーレンス干渉計の光路長差を比較することができる。一つの低コヒーレンス干渉計が標準研等に置かれ、精密な移動ステージ等で光路長差を与えられると、その光路長差の情報が、光ファイバを通じて光のままで遠方のユーザーへ送られる。もう一つの低コヒーレンス干渉計をユーザーの測定室に置き、被測定器物で光路長差を与え、干渉縞信号の発生する位置を検出すると、被測定器物の長さが標準研等の移動ステージで校正される。

「タンデム型低コヒーレンス干渉計」の原理図
光路差が、(A+D)=(B+C)の時に干渉
図1 「タンデム型低コヒーレンス干渉計」の原理

○「タンデム型低コヒーレンス干渉計」を利用した校正法による、長さ10 mの光ファイバを通しての、ブロックゲージの遠隔精密長さ計測の原理実証実験に成功(2003年3月19日産総研プレス発表)

 産総研ではこれまでに、「タンデム型低コヒーレンス干渉計」を利用した測定法を用い、長さ10 mの単一モード光ファイバを通して、呼び寸法が10 mmまでのブロックゲージを用いての遠隔精密長さ計測の原理実証実験を行っており、この結果、約140 nm のばらつきで測定することができ、原理的に長さ標準器の遠隔校正が可能であることを実証している(2003年3月19日産総研プレス発表)。

○「タンデム型低コヒーレンス干渉計」を利用した校正法による、47 km長光ファイバ通信網を通しての、ブロックゲージの遠隔精密長さ計測の実証実験に成功

 広くユーザーに利用されるためには、既に敷設されている光ファイバ通信網を用いての実証実験による有効性の検証が必要である。このために、「タンデム型低コヒーレンス干渉計」を利用した測定法を用い、茨城県土浦市と千葉県柏市に設置した仮想中継局間において、約47 km長の既存の光ファイバ通信網を通してのブロックゲージの遠隔精密長さ計測の実証実験を行った。土浦局を標準研等と想定し、光通信波長帯に対応した1.5 µm帯のブロード光源からの光を光ファイバに入射し、約47 km長の光ファイバ通信網を通して認定事業者(またはユーザー)と想定する柏局に設置した、被校正用低コヒーレンス干渉計に入射させ、それからの反射光を再び光ファイバに入射させた。この光は再び光ファイバ通信網を通して戻り、土浦局に設けた標準用低コヒーレンス干渉計に入射する。この時、両者のブロックゲージが同一寸法である時のみに低コヒーレンス干渉縞が発生するので、標準用と被校正用のブロックゲージの寸法を正確に比較することができる。今回の実証実験では、約60 nmのばらつきで測定することができた。従来の手法(持ち込み校正)での測定精度は、約30 nmのばらつき程度であるが、今回の測定結果は、実用上十分なレベルの測定精度であり、光ファイバ通信網を通しての長さ標準器の遠隔校正の有効性を証明する結果である(今回の実証実験は、通常の測定環境とは室温等が異なった環境での測定結果であり、厳密な環境での測定では精度はさらに向上するものと思われる。)。

土浦市と柏市間での約47km長の既存の光ファイバ通信網を利用した長さ標準器の遠隔校正実証実験イメージ図
図2 土浦市と柏市間での約47 km長の既存の光ファイバ通信網を利用した長さ標準器の遠隔校正実証実験イメージ図

2003年3月19日プレス発表「光ファイバーによる「長さ標準器」の遠隔校正技術を開発」の、長さ10 mの単一モード光ファイバを通しての遠隔精密長さ計測実験では、波長800 nmの可視光領域の光源(光通信波長帯に対応していない)を用いた結果であるため、今回の測定結果よりもばらつきが大きくなっている。

今後の予定

 今回実証実験に成功した長さ標準器の光ファイバ通信網を利用した遠隔校正技術が実用化されることにより、誰でもが、距離的問題を気にすることなく、リアルタイムで国家標準にトレーサブルな標準供給を得ることが可能になり、「長さ標準」の中小企業・研究ラボなどの一般ユーザーへの広い普及が期待される。

 今後は、実際の認定事業者やユーザーの校正室までの光ファイバ通信網を通じた長さ標準器の遠隔校正実証実験や大規模生産工場などでの実証実験を行い、2年後を目処に実用化を図る予定である。

光ファイバ通信網を活用した長さ標準の遠隔供給イメージ図
図3 光ファイバ通信網を活用した長さ標準の遠隔供給イメージ


用語の説明

◆タンデム型低コヒーレンス干渉計
干渉計は入射光を二つに分け、別々の光路を通した後再び重ね合わせて、光路長差に応じた干渉強度を観測する装置である。波長幅が広い光を干渉計の光源として用いると、干渉計中の二つの光路長差がゼロのときのみ干渉信号が発生し、大きな光路長差があると干渉しない。このように、干渉信号が発生する位置が局所的な干渉計を、低コヒーレンス干渉計と呼ぶ。タンデム型低コヒーレンス干渉計は、二つの低コヒーレンス干渉計を直列に配置した干渉計である。つまり、一つ目の低コヒーレンス干渉計の出力光が、二つ目の低コヒーレンス干渉計に入力する配置となっている。[参照元へ戻る]
◆長さ標準器
メートルの定義に基づいて長さを実際に実現する精密機器。[参照元へ戻る]
◆ブロックゲージ
直方体の両端面が平行に精密に研磨された長さ標準器であり、簡便であることから実用長さ標準器として一番多く使われている。[参照元へ戻る]
◆トレーサブル
不確かさがすべて表記された、切れ目のない比較の連鎖を通じて、通常は国家標準又は国際標準である決められた標準に関連づけられ得る測定結果又は標準の値の性質のこと。[参照元へ戻る]
◆計量法トレーサビリティ制度(Jcss:Japan Calibration Service System
企業などが持っている標準器がどの程度の不確かさで国家計量標準とつながっているかということを明確にする体系。[参照元へ戻る]
◆干渉縞
光を分割し、それらを再び重ね合わせた時に、それらの間の光路の長さの差が光の波長の整数倍のときに発生する強弱の光現象。[参照元へ戻る]


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