発表・掲載日:2003/09/10

世界最高の熱安定性を示す遺伝子診断用酵素(DNAリガーゼ)の開発に成功

ポイント

  • 超好熱性古細菌のゲノム情報を用い、遺伝子配列(DNA)の僅かな違いを検出し病気の診断を可能にする酵素(超耐熱性DNAリガーゼ)を見出した。
  • 本酵素には世界最高の耐熱性があり、遺伝子(DNA)診断の普及に役立つことが分かった。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川弘之】(以下「産総研」という)人間系特別研究体【系長 田口隆久】の石川一彦・主任研究員と全崇鍾・NEDOフェローは、超好熱性古細菌(始原菌ともいう) Aeropyrum pernix(アエロパイラム・ペルニックス)のゲノム情報を用い、標的遺伝子の僅かな違いの検出・増幅に応用できる超耐熱性DNAリガーゼ(2つのDNA断片を結合させる酵素)の開発に成功した。

 耐熱性のDNAリガーゼは遺伝子変異による疾病の診断用に開発されてきた酵素である。今回、開発された耐熱性酵素は既存の酵素に比して著しく耐熱性が増強されており、100℃でも極めて安定、105℃に於ける活性の半減期でさえ1時間であった。本酵素の利用により従来の方法に較べ標的遺伝子の検出時間は約2分の1となり、さらに、感度は100000倍にも増大すると期待される。



研究の背景

 現在、膨大なゲノム情報が明らかになり、その情報を最大限利用するポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction: PCR)法が、分子生物学の研究分野では標準技術の1つとなった。さらに、遺伝子変異による病気診断に利用できるリガーゼ連鎖反応(ligase chain reaction: LCR)法も考案され、他の方法では検出困難な1塩基のみの変異を、短時間で簡便に増幅・検出することも可能となった。

 DNAリガーゼは、2つのDNA断片の末端を結合させる酵素で、LCR法では 耐熱性のDNAリガーゼが必須である。現在、LCR法で使用されている耐熱性DNAリガーゼは、95℃約1時間で、酵素活性は半減する。

 今回発表する耐熱性DNAリガーゼは、95℃で酵素活性の低下は認められなかった。さらに、100℃では、数時間酵素活性の低下が認められず、105℃における酵素活性の半減期は約1時間であった。LCR法では、2本鎖DNAを高温(94℃以上)で解離させる必要があるため、その酵素は高温下で長時間安定であればあるほど望ましい。本酵素の耐熱性は、既存の酵素よりも極めて高いため、LCR法の普及を含む幅広い用途が期待される。

今回の開発の特長

 産総研が今回開発した耐熱性DNAリガーゼは、従来知られていた如何なるDNAリガーゼよりも耐熱性が高い。そのため、LCR法等において、高温下での幅広い用途が期待される。LCR法で使用した場合、従来の酵素に比べて検出時間が約2分の1に短縮でき、さらに、検出感度においては約100000倍に増大する。

開発の詳細な経緯

 今回の産総研の開発は、超好熱性古細菌のゲノム情報から既知のDNAリガーゼと相同性がある遺伝子を見出した。本遺伝子のクローニングおよび本酵素の調製を大腸菌で行った。その機能解析を行った結果、本酵素が、既存のDNAリガーゼの中で、もっとも耐熱性が高いことが分かった。

 この事実は、ゲノム情報だけから予測できるものではなく、実際に酵素の調製と機能解析を実行した結果として分かったことである。

開発の意義

 LCR法で使用されている耐熱性DNAリガーゼは、Stratagene(ストラタジーン)社製のPfu DNA LigaseおよびEpicentre(エピセンター)社製のAmpligase DNA Ligaseの2種類であるが、95℃約1時間で、酵素活性は半減する。今回産総研が開発した酵素は、このような温度では活性低下が全く観察されない。

将来構想

 産総研は、この有用酵素の基本的な特許を先に出願した(特願2003-045224)。さらに、詳しい研究結果は、分子生物学の国際雑誌(FEBS Letters)に発表した(2003年8月28日)。産総研では、今後この酵素の新規応用法の開発に力を入れていく予定である。

 病気の診断という本来の重要な用途の他にも、微量サンプルしか入手できないような場合でも、そこに含まれる重要な遺伝子を増幅して発見したり、定量したりする等、遺伝子増幅技術の可能性やビジネス化は無限に広がると思われる。


用語の説明

◆超好熱性古細菌
古細菌(始原菌ともいう)というのは、太古の地球から生き延びてきた生物と考えられ、「真核生物」(ヒト、鳥、魚、酵母、ホウレンソウなど)、「真正細菌」(大腸菌など)と並ぶ、第3のカテゴリーの生物を指す。海底の熱水鉱床などで、ここ十年余のあいだに相次いで発見された。超好熱性古細菌が有する酵素は、ほとんどの他の酵素が変成し失活する100℃付近でも生化学反応を触媒することができ、未来の工業を構築するに重要である。すなわち、100℃付近で起こる種々の反応プロセスに、酵素による生化学反応を導入できれば、高効率・高付加価値型の新しい産業が創成できるとも期待される。
95℃近辺で生育している超好熱性古細菌Aeropyrum pernix(アエロパイラム・ペルニックス)は鹿児島県近海で発見され、そのゲノムは日本で全解読された。産総研の人間系特別研究体では、率先してその応用開発を目指している。今回の成果も、その例のひとつである。[参照元へ戻る]
◆リガーゼ連鎖反応(ligase chain reaction:LCR)法
リガーゼ連鎖反応(ligase chain reaction:LCR)法は、耐熱性のDNAリガーゼを用いて温度サイクリング反応(熱処理と冷却の繰り返し反応)を行うことにより標的遺伝子配列を増幅、検出する方法である。
 本法では、熱処理により解離したDNAの二重らせん(図1)の双方にそれぞれに冷却して結合する2種類の隣りあった遺伝子断片(図2、黄色)、計4種類の遺伝子断片を用いて反応を行う。具体的には、2本鎖DNAを94-99℃で熱処理して、それぞれを1本鎖に解離させる(図1)。続く50-70℃での冷却操作により、1本鎖に分離した標的DNA(図2、水色)に2種類の隣りあった遺伝子断片が結合する(図2、黄色)。さらに、正常な配列であった場合、耐熱性DNAリガーゼ(図2、紫色)によって隣り合う遺伝子断片が連結する(図2、左)が、1塩基でも異常があった場合は連結しない(図2、右)。この一連の反応を繰り返すことによって、正常DNA配列の場合、遺伝子断片の連結産物が指数関数的に増幅される(図3、左)が、異常DNA配列は増幅されない(図3、右)。

 

リガーゼ連鎖反応法説明図1

図1
 
リガーゼ連鎖反応法説明図2
図2
 
リガーゼ連鎖反応法説明図3
図3

本法では94-99℃の加熱で2本鎖DNAを1本鎖に解離させる必要があるため、このような高温でも失活しないDNAリガーゼが求められていた。従来のDNAリガーゼは95℃で60分間保つと活性は半分に低下し、効率が大きく低下することが避けられなかった。
LCR法は「遺伝子増幅技術」の1つであるが、その中での特徴は、以下の2点である。
(1)特異性が高いため、遺伝子配列の1箇所の変異を検出することができる。隣接する遺伝子断片の末端が、標的DNAと完全に相補的な図2、左のような場合にのみ連結反応が起こり、この産物を鋳型にして正常なDNA増幅が起こる(図3、左)。一方、二つの遺伝子断片の末端の境界部位に1塩基でも異常があると、連結反応は起こらず、異常なDNAは増幅しない(図2、3、右)。このことによって両者が明確に区別でき、異常なDNAの診断が可能である。
(2)もう一つは、感度が高いことである。従来の核酸増幅法であるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)では、30サイクル以上の温度サイクリングを行うと非特異的な核酸を増幅してノイズになる場合があるが、LCR法では50~70サイクルにおいても特異的な核酸増幅が可能である。従って微量な試料でも、誤ることなく解析、分析することができる。[参照元へ戻る]



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