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お知らせ記事2023/03/24

量子コンピュータを利用できる「量子計算クラウドサービス」開始
-国産超伝導量子コンピュータ初号機の公開-

理化学研究所(理研)量子コンピュータ研究センターの中村泰信センター長、産業技術総合研究所3D集積システムグループの菊地克弥研究グループ長、情報通信研究機構超伝導ICT研究室の寺井弘高室長、大阪大学量子情報・量子生命研究センターの北川勝浩センター長(大学院基礎工学研究科教授)、藤井啓祐副センター長(大学院基礎工学研究科教授、理研量子計算理論研究チームチームリーダー)、富士通株式会社量子研究所の佐藤信太郎所長、日本電信電話株式会社コンピュータ&データサイエンス研究所の徳永裕己特別研究員らの共同研究グループは、2023年3月27日に量子コンピュータ[1]をクラウド公開し、外部からの利用を開始します。

本研究成果は、国内の量子計算プラットフォームの利用拡大に貢献します。

量子力学の基本原理を計算・通信・計測といった情報科学・情報処理技術にも適用するため、量子情報を取り扱う技術の研究が世界中で進められています。理研は、2021年に量子コンピュータ研究センターを設立し、量子計算を実行する量子コンピュータの研究開発を進めています。

今回、共同研究グループは量子コンピュータによる量子計算プラットフォーム構築の一歩として、超伝導方式[2]による国産量子コンピュータ初号機を整備しました。さらに、本機を用いて、インターネットを介して外部利用が可能なクラウドサービスを開始しました。当面は、ユーザは理研との共同研究契約を通じて利用手続きを行います。

大学を含む国内研究機関と企業との連携によって、今回の「量子計算クラウドサービス」は実現しました。本サービスは、研究開発段階における国内の量子情報の研究に関わる人材育成だけでなく、人材の受け皿となる、情報技術分野を基幹とした国内産業の発展ももたらすと期待できます。

概要図

理研で開発している超伝導量子コンピュータ

背景

量子力学は20世紀初頭に誕生して以来、物理学の基礎理論として科学の広範な分野の発展に貢献してきました。特に、量子重ね合わせ[3]量子もつれ[3]などの特有な現象は、現代の科学技術の発展に不可欠な要素となっています。しかし、20世紀の終わりから急速に発展してきた量子情報科学の観点では、人類は量子力学をまだ完全に使いこなせていません。そこで、量子力学の基本原理を計算・通信・計測といった技術分野にも適用して、従来の技術にない高度な性能を引き出すための研究開発が世界中で進められています。

理研においても、2001年に蔡兆申博士(現量子コンピュータ研究センター超伝導量子シミュレーション研究チームチームリーダー)の率いる巨視的量子コヒーレンス研究チームが発足し、量子情報科学に関わる研究が開始されました。その後、さまざまな研究者が参画しながら研究を発展させ、2021年には中村泰信博士の下、量子コンピュータ研究センターへと発展しました。

量子コンピュータ研究センターでは、超伝導方式による量子コンピュータだけではなく、古澤明博士(量子コンピュータ研究センター副センター長、光量子計算研究チームチームリーダー)らが取り組む光方式、樽茶清悟博士(半導体量子情報デバイス研究チームチームリーダー)らが取り組む半導体方式、さらに真空中の原子を用いる方式といった、さまざまな物理系に基づくハードウェア研究を行っています。また、量子計算理論、量子アルゴリズム、量子アーキテクチャなどのソフトウェア研究も同時に進められており、量子コンピュータ分野における広範な研究開発を行っています。

2021年に、富士通株式会社と共同で量子コンピュータ研究センター内に「理研RQC-富士通連携センター」を設立しました。両者が保有するコンピューティング技術や量子技術の応用に関する知見を統合し、2023年度中に産業への適用に向けた超伝導量子コンピュータを公開するための研究開発にも取り組んでいます。本連携センターで得られた知見は、今回公開する超伝導量子コンピュータにも活用されています。

 

研究手法と成果

今回公開する超伝導量子コンピュータでは、量子ビット[4]を64個並べた64量子ビットの集積回路が用いられます。本装置には「2次元集積回路」と「垂直配線パッケージ」という二つの特徴があります。

2次元集積回路の上では、正方形に並べられた4個の量子ビットが、それぞれ隣り合う量子ビットをつなぐ「量子ビット間結合」で接続されています(図1右上)。また、正方形の中に「読み出し共振器」、「多重読み出し用フィルタ回路」などが配置されています。この4量子ビットからなる基本ユニットを2次元に並べることにより、量子ビット集積回路を作ることができます。今回の64量子ビット集積回路は、16個の機能単位から構成され、2cm角のシリコンチップ上に形成されています(図1)。

図1

図1 64量子ビット集積回路チップ
(左) 量子計算を行う64量子ビット2次元集積回路チップ。4量子ビットからなる基本ユニットを16個並べた設計で、超伝導体である窒化チタン膜により金色に輝く。
(右上)4つの量子ビットからなる基本ユニットの模式図。正方形四隅に量子ビットが並び、中央に読み出し回路を配置している。
(右下)量子ビットを構成するジョセフソン接合部分の電子顕微鏡写真。

また、個々の量子ビットに対する制御や読み出し用の配線の取り回しにも工夫が必要になります。量子ビットと同じ平面上で配線を行う場合、チップ内に並ぶ量子ビットの数に対して、配線を外部へ取り出すための辺の長さが不足してしまうためです。そこで、2次元平面に配置された量子ビットへの配線をチップに対して垂直に結合させる垂直配線パッケージ方式を採用しました。さらに量子ビット集積回路チップへの配線を一括で接続できる配線パッケージも開発しています(図2)。

これらの特徴的な「2次元集積回路」と「垂直配線パッケージ」は、容易に量子ビット数を増やすことを可能にする高い拡張性を備えたシステム構成となっています。これにより、今後の大規模化に際しても基本設計を変えることなく対応することができます。

図2

図2 垂直配線パッケージ
(左)垂直配線の概念図。量子ビットに対する制御・読み出し用配線が信号用コンタクトプローブを介してチップに対して垂直に接続される。この配線を通してマイクロ波信号の送受信が行われる。
(右)量子ビット集積回路チップが装着された配線パッケージ。

量子ビットを制御するための信号には、マイクロ波の周波数(8~9GHz)で振動する電圧パルスが用いられます(図3)。しかし、量子ビットごとに異なる周波数のマイクロ波が必要となるため、共同研究グループは高精度で位相の安定したマイクロ波パルス生成が可能な制御装置、およびこれを用いて量子ビットを制御するソフトウェアを開発しました。

図3

図3 量子ビット制御装置
マイクロ波信号の発振器や受信機で構成された量子ビット制御装置。今回の64量子ビット量子コンピュータでは、制御と読み出しのために入力配線96本・出力配線16本を用いて量子計算を行う。

今回、理研はこの超伝導量子コンピュータをどこからでも利用できるよう、「量子計算クラウドサービス」を提供します(図4)。量子計算などの研究開発の推進・発展を目的とした非商用利用であれば、いずれの研究・技術者でも利用申請が可能です。ただし当面は、理研との共同研究契約を通じて利用手続きを行います。ユーザは理研外のクラウドサーバーに接続することで、超伝導量子コンピュータへのジョブ送信や計算結果の受信を行うことが可能となり、共同研究の目的に合致した用途であれば、超伝導量子コンピュータを利用することができます。

図4

図4 超伝導量子コンピュータへのユーザアクセス概念図
ウェブインターフェース上で、登録ユーザの認証やジョブ送受信を行う。

共同研究グループは、さらに多くの量子ビットでの量子計算動作を可能にするため、希釈冷凍機内の配線(図5)の高密度化など、さらなるシステム開発を進めています。また超伝導量子コンピュータをNISQ[5]応用プラットフォームのテストベッドとして提供しつつ、ユーザのニーズなどを踏まえ、公開装置についてもさらなる高度化に向けた必要な研究開発を進めていきます。

今回の量子計算クラウドサービス公開を通じて、量子ソフトウェア開発者や量子計算研究者および企業開発者との協力を深めることで、量子コンピュータ研究開発を一層加速します。

図5

図5 64量子ビット超伝導量子コンピュータ用の希釈冷凍機内の配線
中央の円筒型磁気シールド内に64量子ビット集積回路チップを入れ、制御配線・読み出し配線を接続する。運用時にはチップ周辺を約10mK(約-273℃)まで冷却する必要があるため、全体を真空断熱容器の内部に収め、希釈冷凍機で冷却する。

今後の期待 

量子コンピュータの開発は、固体素子初の量子ビット実証から、現在まで20数年で発展を遂げてきました。しかし、従来の半導体集積回路を用いたコンピュータのように、どこでも自由に使えるようになるには、まだ長い開発期間が必要です。今後、拡張性の高い集積回路(図6)を主要技術として、100量子ビット、1,000量子ビットといったマイルストーンを達成していく予定です。また、将来的に大規模量子コンピュータを実現し、社会実装するために、100万量子ビット級の集積化の技術開発、エラー訂正・誤り耐性量子計算[6]の実現を探求していきます。

図6

図6 将来の量子ビット集積回路のイメージ
4量子ビットで構成される基本ユニットを平面上に周期的に並べることで、集積化された量子ビットの数を増やすことができる。上図は64量子ビットをさらに4✕4に並べ、1,024量子ビットにした将来予想図。

補足説明

[1] 量子コンピュータ
量子物理の原理に従って計算を行うコンピュータ。従来のコンピュータ(古典コンピュータ)にはない量子重ね合わせや量子もつれを利用することで、分子中の電子状態などの量子的な振る舞いを効率的にシミュレーションすることや素因数分解など、さまざまな問題を高速で解けると期待されている。[参照元へ戻る]
[2] 超伝導方式
超伝導材料を用いた電子回路上で、ジョセフソン接合というトンネル接合素子を用いて量子ビットを実現する量子コンピュータの方式。量子ビットの「0と1」を表すエネルギー差のスケールが小さいため、希釈冷凍機の中で極低温(約-273℃)まで冷却して、熱雑音を抑えることが必要となる。[参照元へ戻る]
[3] 量子重ね合わせ、量子もつれ
量子重ね合わせは、複数の状態が同時に存在するという私たちの日常スケール感覚とは相容れない状態にあることを指し、量子物理の世界に特有の効果として複素数の重みを持ちうる。量子もつれは、エンタングルメントとも呼ばれ、量子重ね合わせとの組み合わせで生じる量子物理特有の相関である。[参照元へ戻る]
[4] 量子ビット
量子情報媒体の最小単位のこと。通常のデジタル回路では、ビットが「0もしくは1」のいずれか2状態をとるのに対し、量子ビットでは「0でありかつ1でもある」量子重ね合わせ状態をとることが可能である。任意の複素数の重みで0と1の情報を重ね合わせることができ、1量子ビットの状態は、模式的に球の中心から球面上の任意の点を指す矢印によって表すことができる。[参照元へ戻る]
[5] NISQ
ノイズによって生じる計算のエラーを訂正することのできない、小規模から中規模サイズの量子コンピュータの総称。変分量子アルゴリズムなどの応用を通じた、近い将来での実用化が期待されている。NISQはNoisy Intermediate-Scale Quantum computersの略。[参照元へ戻る]
[6] エラー訂正・誤り耐性量子計算
従来のコンピュータもエラーを起こすが、計算の途中でエラーを訂正する機能がある。量子コンピュータの場合にも、エラーを訂正しながら量子計算を進めることができる。複数の量子ビットの間に量子もつれ状態を生成することで1量子ビット分の情報を表現し、もつれた量子ビット間の乱れを検知することで、量子情報を壊すことなくエラー訂正を行う。量子コンピュータ全体にわたって量子ビットの制御や読み出しのエラー発生確率を小さくし、計算の過程で生じるエラーの影響を蓄積することなく、訂正しながら大規模に実行する量子計算を誤り耐性量子計算と呼ぶ。実用的な規模の計算を行うためには、エラーから守られた数百万から1億個の量子ビットを使う必要があると考えられている。[参照元へ戻る]
 

共同研究グループ

理化学研究所 量子コンピュータ研究センター
センター長 中村泰信 (ナカムラ・ヤスノブ)
(超伝導量子エレクトロニクス研究チーム チームリーダー)
副センター長 萬 伸一 (ヨロズ・シンイチ)
超伝導量子エレクトロニクス研究チーム
研究員 玉手修平 (タマテ・シュウヘイ)
上級テクニカルスタッフ 楠山幸一 (クスヤマ・コウイチ)
超伝導量子エレクトロニクス連携研究ユニット
ユニットリーダー 阿部英介 (アベ・エイスケ)
超伝導量子計算システム研究ユニット
ユニットリーダー 田渕 豊 (タブチ・ユタカ)
産業技術総合研究所 デバイス技術研究部門 3D集積システムグループ
研究グループ長 菊地克弥 (キクチ・カツヤ)
情報通信研究機構 未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター
超伝導ICT研究室
室長 寺井弘高 (テライ・ヒロタカ)
研究技術員 菱田有二 (ヒシダ・ユウジ)
大阪大学 量子情報・量子生命研究センター
センター長・教授 北川勝浩(キタガワ・マサヒロ)
(大学院基礎工学研究科 教授)
副センター長・教授 藤井啓祐 (フジイ・ケイスケ)
(大学院基礎工学研究科 教授、理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 量子計算理論研究チーム チームリーダー)
副センター長・准教授 根来 誠 (ネゴロ・マコト)
特任准教授 三好健文 (ミヨシ・タケフミ)
(株式会社イーツリーズ・ジャパン 取締役)
准教授 猿渡俊介 (サルワタリ・シュンスケ)
(大学院情報科学研究科 准教授)
特任研究員(常勤) 桝本尚之 (マスモト・ナオユキ)
富士通株式会社 富士通研究所 量子研究所
所長 佐藤信太郎 (サトウ・シンタロウ)
日本電信電話株式会社 コンピュータ&データサイエンス研究所
特別研究員 徳永裕己 (トクナガ・ユウキ)
研究員 鈴木泰成 (スズキ・ヤスナリ)
 

研究支援

本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「超伝導量子コンピュータの研究開発(研究代表者:中村泰信)Grant No.JPMXS0118068682」(理化学研究所、大阪大学、富士通株式会社、日本電信電話株式会社、東京大学、東京医科歯科大学、東北大学、産業技術総合研究所、情報通信研究機構、株式会社東芝、三菱電機株式会社、日本電気株式会社、株式会社QunaSys)「知的量子設計による量子ソフトウェア研究開発と応用(研究代表者:藤井啓祐)Grant No. JPMXS0120319794」(大阪大学、慶應義塾大学、名古屋大学、東京大学、京都大学、日本電信電話株式会社、株式会社イーツリーズ・ジャパン)、科学技術振興機構(JST)ERATO「中村巨視的量子機械プロジェクト(研究総括:中村泰信)」、同共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「量子ソフトウェア研究拠点(プロジェクトリーダー:北川勝浩)」による助成を受けて行われました。

本件問い合わせ先

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
広報部 報道室
TEL:029-862-6216 FAX:029-862-6212
E-mail:hodo-ml*aist.go.jp(*を@に変更して使用してください。)