「重心を低く」と言われても、目で見ることができないのに、どうすればいいのだろう。
ひとつの問いを追いかけ続けて研究者になった人がいます。
柏センターで勤務する、産業技術総合研究所人間社会拡張研究部門 拡張介入オペレーション研究グループの須藤大輔さん。
理学療法士から大学教員を経て、人の身体を科学的に分析する研究者になりました。
転ぶ子供が増えたという学校の先生たちの話をきっかけに、子供の身体機能についての調査を開始。
柏センターで開催したちば子ども大学講座で、須藤さんは参加者協力を得て実施した調査結果を分析し、論文として国際学術誌『Life』に掲載されました。
子どもにロコモがある⁈
「最近の子どもは転びやすくなった」「昔では考えられないようなケガをする」
子どもの教育現場の先生たちと話をしている時に耳にした言葉が、須藤さんのアンテナに引っかかります。
調べてみると、バランスの悪い子、身体が硬い子、しゃがめない子など、いろいろな子どもがいることがわかりました。
高齢者の身体機能の低下を示す「ロコモティブシンドローム(以下、ロコモ)」という概念があります。
それが、転倒リスクや介護リスクにつながると言われています。
高齢者ロコモに関する研究をしていた須藤さんは、子どもにもロコモがあり研究されていることを知って驚きました。
そして子どもの身体機能をテーマに研究を始めました。
視覚と身体機能の関係に着目
身体の動きは視覚からの情報に大きく依存している。
高齢者の転倒予防について、視覚と身体機能をテーマに研究をしていました。
その応用として、研究の対象を高齢者から子どもへとスライドし研究を開始。
柏センターのちば子ども大学講座の企画を知り、開催協力を申し出ました。
「ヒトのからだってどう動く?“見る力”でわかる体のヒミツ」(2025年8月開催)
講座に参加する子どもたちに協力してもらい、視覚と運動についての分析を行いました。
子どもロコモの調査項目
・片足立ちができる
・前屈して床に手がつく
・肘を曲げないで万歳ができる
・かかとをつけたまましゃがめる
目と手の協調性調査項目
・視覚探索(モニターを使って計測するデバイスを使った評価)
・トレイルメイキングテスト(A4サイズの紙にアトランダムに書かれた数字を順番に線でつなぐ)
・ルーラードロップテスト(定規を落として手でつかむ)
分析してわかったこと
・年齢が上がるとともに視覚探索や目と手の協調性は上がる
・目と手の協調性は、トレイルメイキングテストと非常に関連がある
・大型デバイスを使わなくても簡便な評価指標として活用できる可能性が示された
・ルーラードロップテストは、目と手の協調に関連しなかった
子どもたちの協力が研究を前に進めた
講座で体験した測定は、実は最先端の研究そのものです。
研究者が知りたいことを、参加者の皆さんと一緒に調べる学びの場でもありました。
そして、その時に得られたデータが分析され、国際学術誌『Life』に掲載される論文として結実しました。
研究成果は研究者だけの力では生まれません。
参加者の協力があったからこそ実現した成果です。
今後は、大人数のデータを分析し、評価の精度を上げていきたいと須藤さんは言います。
学校などの教育機関、先生や保護者に協力をいただき、視覚と身体機能の調査を拡大し、子どもの運動機能低下についての研究を進めていきます。
研究の原点「重心って、どこにあるのだろう」
理学療法士として地域密着型の総合病院で働き始めた頃、患者さんの歩行介助や立ち上がる、歩く訓練の時に、患者さんの重心を低くしてあげるとよいと先輩からアドバイスをもらいました。
患者さんの多くは高齢者で、転倒や骨折、脳血管疾患の臨床が多く、リハビリテーション(以下、リハ)を行う際のアドバイスでした。
重心を下げるといっても、重心がどこにあるのか見えないのに、どうコントロールしたらいいのだろう。
スポーツ経験のある人なら「重心を低く」と指導された覚えがあるかもしれません。
野球をやっていた少年時代、思い起こせば重心ってどこにあるのか疑問に思っていたと須藤さんは振り返ります。
重心がどこにあるのか、その疑問は人の身体への興味となり、やがて須藤さんの研究の入口へとなっていきました。
臨床の現場から研究の場へ
リハには、急性期、回復期、生活期というスパンがあり、急性期の対処によって後遺症が残ってしまうことがあります。
「リハビリは入口が大事」という思いから、急性期の救急医療の場で働き、研究することを選択した須藤さんは、東京の大学病院に移りました。
救急医療の現場は、スピード感や意思決定の速度が求められます。
呼吸器疾患、循環器疾患、脳血管疾患手術後の人、交通事故で搬送された人、薬物中毒の人や火災事故後の全身熱傷の人など、多様な患者さんのリハを担当し、人工呼吸器や循環器の管理も経験しました。
病気やけがの状態が今後どのようになるか科学的に推定することを予後予測といいます。
急性期のリハは先ず何をしなければならないかを考えることが重要なため、前の職場で予後予測について学んでいたことは、キャリアを積むうえでよい経験となっています。
最初に抱いた重心はどこにあるのか、学会などで話を聴くうちに、「3次元動作分析装置」を使うといろいろなことがわかるらしいことを知ります。
動作分析の分野について勉強することを決め、大学院へ進学。
3次元動作分析装置を使い、高齢者の歩行時の重心の動揺や転倒予防の研究へとつながっていきます。
「視覚と身体運動」を当たり前の学問に
大学院で学位を取得後、大学の教員としてバイオメカニクスの授業を担当。
「重心はここにある」「立っている時はこういう動きをする」「座っている時の重心はこの辺にある」といった話をしてきました。
スポーツをするうえで、立つ・座る・歩くといった基本動作が正しくできていないと、その先のパフォーマンスは伸びないと言われています。
機会があれば、子どもたちに身体の重心の話をしてあげたいと須藤さん。
自分の身体に興味を持って欲しいですねと話します。
そんな須藤さんには、大きな目標があります。
それは、視覚と身体運動の関係を学ぶ仕組みを日本に広げること。
海外では、トップアスリートが視覚情報の処理や意思決定を含めたビジョントレーニングを受けています。
しかし日本では、まだ研究者も専門家も少ない分野です。
先ずはリハ職の教育に、視覚運動制御論のようなカリキュラムを入れ込みたいですね。
そのために「目と身体運動の連携について、日本を引っ張る存在になりたい」と語ります。
中枢部分に関わり、制度設計に携わっていきたいと意気込みます。
ちば子ども大学講座参加協力いただいた皆さんへ
参加してもらってありがとう。
研究者的な立場から言うと、自分の身体は一番いい実験材料なので、なにかしら自分の身体に興味を持っておいて欲しいと思います。
医療予防的にも大事なことです。
自分の身体を知ることは面白い。
なんで自分は歩けているのかを知っておくと面白い。
興味を持つことはいいことです。
また、学校へ行くのも、買いものに行くのも、いい運動になります。
そういう時間を大切にして、生活してみましょう。

「視覚と認知と運動に関して、調べたいと思っている人は一緒にやりましょう!」
須藤さんは、「視覚と認知と運動」の関係について、さらに多くのデータを集めながら研究を進めたいと考えています。
より確かな知見を得るためには、学校、教育機関、研究者、地域の皆さん、様々な人たちとの連携は欠かせません。
「重心ってどこにあるのだろう」
須藤さんの問いから始まった研究は、高齢者から子どもたちの健康を考える研究へと広がりました。
皆さんも研究の仲間になってみませんか。
掲載論文
Association Between Visual Search Performance and Eye-Hand Coordination in School Aged Children