発表・掲載日:2012/09/18

電子機器の長期信頼性に貢献するエポキシ樹脂の製造技術

-過酸化水素を用いた酸化技術によるクリーンな合成法-

ポイント

  • 高性能触媒により、高効率で高純度なエポキシ樹脂原料の合成法を開発
  • 塩素を使わないため、半導体封止材用途に有利なエポキシ樹脂製造を実現
  • 長期信頼性の高い半導体基板の開発に寄与

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)環境化学技術研究部門【研究部門長 柳下 宏】精密有機反応制御第3グループ 今 喜裕 研究員、精密有機反応制御グループ 清水 政男 主任研究員、企画本部 佐藤 一彦 総括企画主幹らは、昭和電工株式会社【代表取締役 市川 秀夫】(以下「昭和電工」という)と共同で、過酸化水素を利用した酸化技術によって、封止材用途に有利な、塩素を使わないエポキシ樹脂原料の高効率な合成法を開発した。過酸化水素は酸化反応後の副生成物が水だけであり、クリーンな酸化剤として知られている。過酸化水素の反応性は低いが、今回、最適な触媒を開発することにより、エポキシ樹脂原料を高効率、高純度で製造することができた。

 今回開発した塩素を使わずに封止材を製造する技術は、近年エレクトロニクス分野において進められている基板配線の金メッキワイヤーから銅ワイヤーへの変換に対応した新しい技術である。現行のエポキシ樹脂では、製造時に混入する塩素系化合物が銅ワイヤーを腐食するため、封止材の長期信頼性を損ねる。一方、今回開発したエポキシ樹脂は、塩素系化合物による腐食の心配がないため、高い長期信頼性をもつことが期待される。現在、昭和電工では2014年以降の実用化を目指し、エポキシ樹脂の製造プロセスの確立を進めている。

今回開発したエポキシ化合物(左)とその粉末から作成したIC封止材(右)の写真
今回開発したエポキシ化合物(左)とその粉末から作成したIC封止材(右)


開発の社会的背景

 半導体封止材は、さまざまなエレクトロニクス材料の表面を保護し、性能の劣化を防ぐため、現代産業に必須の機能性化学品の一つである。近年、製造コストを削減するため、基板配線についてはこれまで使用されてきた金メッキワイヤーから銅ワイヤーへの変換が急ピッチで進んでいる。しかし、銅ワイヤーは金メッキワイヤーに比べて酸などにより腐食されやすい特徴をもつ。従来の製造法では、塩素系化合物の混入が避けられず、塩素系化合物が封止材中に残存して銅ワイヤーを腐食するため、これまでの封止材では基板の長期信頼性が十分ではなかった。そのため、現在、電子機器の長期信頼性向上を目指して、塩素系化合物の混入が少ない半導体封止材の開発が活発に進められている。

研究の経緯

 これまでに産総研と昭和電工は共同で、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)(平成16~18年度)の委託事業「有害化学物質リスク削減基盤技術開発プロジェクト/非フェノール系レジストの研究開発」において、過酸化水素を酸化剤に用い、塩素を使わない脂環式エポキシ化合物の製造法を開発した。このプロジェクトで開発された超長寿命レジストは長期間にわたり絶縁信頼性を示し、液晶の画像制御基板部品などの用途の製品として昭和電工から上市されている(2006年10月30日 産総研プレス発表)。

 産総研と昭和電工は、これまで産総研が蓄積してきた触媒技術をベースに、レジストに留まらず種々の電子材料に対応する有用な技術として、エポキシ化技術の開発を推進した。その過程で封止材用途として適用可能なグリシジルエーテルのエポキシ化技術を共同開発することに成功した。特に今回、最適な触媒を開発することにより、エポキシ樹脂原料を高効率、高純度で製造することが可能となった。

 本研究開発は、経済産業省(平成20年度)および独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)(平成21~23年度)の委託事業「グリーン・サステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発/革新的酸化プロセス基盤技術開発プロジェクト」の一部として行ったものである。

研究の内容

 封止材の原料であるエポキシ樹脂は、これまでエピクロロヒドリンによる高効率エポキシ化反応を用いて製造されてきた。しかし、エポキシ樹脂中への塩素系化合物の混入を避けられないため、銅配線が腐食し、絶縁樹脂中に銅が析出する原因となる。一方、過酸化水素を使用した酸化技術によるエポキシ化反応は副生成物が水だけなので、クリーンで塩素系化合物を使わないエポキシ樹脂の製造法として期待されている。しかし、過酸化水素の酸化力は弱いため、酸化力を飛躍的に高める効果的な触媒の開発が必須である。

 今回、半導体封止材用のエポキシ樹脂として、グリシジルエーテル系化合物の製造方法を開発した。グリシジルエーテルはエポキシドと炭素-酸素-炭素からなる構造(エーテル結合)をもつ化合物で、加工性に加えて耐候性、耐熱性、絶縁特性に優れ、半導体封止材に最適なエポキシ樹脂とされている。しかし、この化合物は脂環式エポキシ化合物に比べ、エポキシ化が格段に難しく、触媒の精密な調整が必要である。

 今回開発した技術では、原料からアリルエーテルを合成し、過酸化水素による酸化反応によってエポキシ化し、グリシジルエーテルを製造する。この合成工程により、塩素系化合物をはじめとするハロゲンを使わずにグリシジルエーテルを製造できる(ハロゲンフリーエポキシ化)。触媒にはタングステン錯体-リン系添加剤の組み合わせを基本に、アミン系添加剤を組み合わせたものを用いた。この触媒により、副生成物が水だけの環境低負荷なグリシジルエーテル製造法が実現した。さらに、反応のスケールアップ、コストの削減、触媒量の低減を行うことで製造プロセスを現実的なものにし、工業的な製造規模においてもその実証を済ませた。現在、サンプルの評価をユーザー企業と共に行っているが、硬化後のエポキシ樹脂から塩素イオンがほとんど抽出されないうえ、成型性にも問題はなく、絶縁信頼性が向上した、などの高評価が得られている。

ハロゲンを使わないエポキシ樹脂の合成戦略図
図 ハロゲンを使わないエポキシ樹脂の合成戦略

今後の予定

 今後、触媒技術をさらに改良し、反応のスケールアップと製造工程における触媒量の低減を目指す。産総研では開発した触媒技術の高度化を進め、封止材全般に適用できるよう、過酸化水素による酸化反応がより難しい素材に対する触媒の開発を開始する。昭和電工ではさらに評価試験および製造プロセスの改良を進め、他の用途への展開と併せ2014年の実用化を目指す。



用語の説明

◆過酸化水素
殺菌剤や漂白剤として利用される無色透明の液体。主に水溶液で用いる。低濃度水溶液は消毒薬オキシドールとして知られている。今回開発した技術では30-45%濃度の過酸化水素水溶液を使用している。[参照元へ戻る]
◆酸化、酸化剤
「鉄が錆びる」などに代表される最も身近な化学反応の一つ。対象物を酸化させるために用いる試薬を酸化剤という。今回開発した技術では、過酸化水素を酸化剤に用いて対象とする化合物を酸化させる。[参照元へ戻る]
◆封止材
電子部品を包み、外形を構成する部分。空気・水などから電子部品を保護し劣化を防ぎ、寿命を延ばす。ほぼ全ての電子部品・基板に使用されている。 [参照元へ戻る]
◆エポキシ、エポキシ化、エポキシド
炭素-炭素二重結合から、炭素2個と酸素1個からなる三角形型の構造へと変換する酸化反応の一つ。得られた生成物はエポキシドと呼ばれ、現在、各種電子材料の原料として幅広く使用されている。[参照元へ戻る]
エポキシ、エポキシ化、エポキシドの説明図
◆触媒
特定の化学反応の反応速度を速める物質で、それ自身は反応の前後で変化しないものをいう。1回あたりの使用量が少なく何度も再使用できることからクリーンな化学プロセスに適している。[参照元へ戻る]
◆脂環式エポキシ化合物
炭化水素から構成される環状の化合物にエポキシが組み合わさったもの。一般的には6角形の形をしたシクロヘキサンにエポキシが組み合わさったエポキシシクロヘキサンが知られており、電子材料用途ではエポキシシクロヘキサンを基本単位とするより複雑な化合物が使用される。[参照元へ戻る]
エポキシシクロヘキサンの構造図
◆レジスト
主に工業用途で使用される、物理的、化学的処理に対する保護膜。[参照元へ戻る]
◆エピクロロヒドリン
エポキシドに塩素(Cl)が組み合わさった化合物。塩素の部分でさまざまな化合物に結合できる。工業的に多くのプロセスで用いられている。[参照元へ戻る]
エピクロロヒドリンの構造図
◆グリシジルエーテル
エポキシドに炭素-酸素-炭素からなる構造(エーテル結合)が組み合わさった化合物。機能性化学品として注目されているが、一般的なエポキシドに比べて製造が難しい。[参照元へ戻る]
グリシジルエーテルの構造図
◆アリルエーテル
炭素-炭素二重結合を含む炭素3個からなる構造(アリル基)がエーテル(前述)を形成している化合物。グリシジルエーテルはアリルエーテルの炭素-炭素二重結合をエポキシ化して得られる。[参照元へ戻る]
アリルエーテルの構造図


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