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発表・掲載日:2013/06/05

過酸化水素を用いたニトロキシドポリマーの新たな製造法

-低環境負荷で安全な製造法-

ポイント

  • 新たな触媒を開発したことにより反応時間を大幅に短縮
  • 酸素発生量を抑制して、安全で実用的なプロセスを確立
  • 安価な機能性樹脂の安定的な供給につながることを期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター【研究センター長 佐藤 一彦】革新的酸化チーム 今 喜裕 主任研究員、佐藤 一彦 研究センター長らは、住友精化株式会社【社長 上田 雄介】(以下「住友精化」という)と共同で、機能性樹脂として期待されるラジカルポリマーの一種、ニトロキシドポリマーの低環境負荷で安全な新規合成法を開発した。

 ニトロキシドポリマーは酸化還元樹脂の一つで、酸化還元能を利用した機能性樹脂として応用が期待されている。今回、新たな触媒を開発・最適化し、過酸化水素酸化剤として用いて、安全かつ高効率に工業化できるニトロキシドポリマーの新規合成法を開発した。この技術の詳細は、2013年6月6~7日に大阪府大阪市で開催される第2回JACI/GSCシンポジウムで発表される。

ニトロキシドポリマーの安全で高効率な実用的合成法の図
ニトロキシドポリマーの安全で高効率な実用的合成法

開発の社会的背景

 安定ニトロキシドを高分子化したニトロキシドポリマーは、酸化還元樹脂の一つとして70年代から多くの種類が報告されている。室温環境でも十分長い寿命を持つラジカルである2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)をさまざまな種類のポリマーに接続したニトロキシドポリマーの開発が活発であり、例えば、TEMPOを(メタ)アクリレートに接続したポリマーやTEMPOをポリスチレンに接続したポリマーは、アルコールのアルデヒド、ケトンへの酸化触媒能を示すことが知られている。また、近年、酸化還元能を利用した用途展開が実施されている。

 しかし、過酢酸メタクロロ過安息香酸(m-CPBA)を用いたTEMPO(メタ)アクリレートポリマーの通常の製造法では、製造時の爆発危険性が高いうえ、有機溶媒を大量に使用し、環境への負荷が大きく大量合成は不可能だった。一方、過酸化水素を用いる方法は、副生成物が水だけとなり、クリーンな方法であるが、過酸化水素の使用量が理論量の数倍にものぼり、危険性の高い助燃性の酸素が製造中に大量に発生するといった問題があった。また、近年、ハロゲンフリーの機能性化学品の製造が必要とされている。

 大量で安定的なニトロキシドポリマーの供給に向けた、より高効率かつ安全な製造方法の開発が求められている。

研究の経緯

 産総研は、過酸化水素を用いたクリーン酸化技術による機能性化学品の高効率合成法の確立へ向けた触媒技術の開発を行ってきた。これまでに、過酸化水素による酸化プロセスによって、さまざまな機能性化学品をハロゲンフリー、高効率、高選択的に製造する実用的な触媒を開発してきた(2006年10月30日2012年5月29日2012年9月18日 産総研プレス発表)。住友精化では、これまでピペリジン(メタ)アクリレートポリマーを過酸化水素によって酸化して、TEMPO(メタ)アクリレートポリマーを製造するプロセスの研究開発に取り組んできた。しかし、過酸化水素の使用量が多く、大量の酸素が発生する危険なプロセスだったため、製造法としての採用が困難だった。そこで、産総研の高効率な過酸化水素酸化技術を適用して、より安全で高効率なプロセスを確立するため共同研究開発に着手した。

 なお、本研究開発は、住友精化からの受託研究「過酸化水素を用いたニトロキシドポリマーの合成に関する研究(平成22~23年)」により行った。

研究の内容

 これまでの、過酸化水素を用いて原料のピペリジン(メタ)アクリレートポリマーを酸化してTEMPO(メタ)アクリレートポリマーを合成するプロセスでは、酸化反応に使用される量の数倍以上の過酸化水素が有効に使われずに分解して大量の酸素を発生させていた。一般に過酸化水素による酸化反応にはアルコール系の有機溶剤が使用されるが、反応を詳細に解析したところ、アルコール系の有機溶剤を用いた場合、生成したTEMPO(メタ)アクリレートポリマーにより過酸化水素が激しく分解することが明らかとなった。そこで、さまざまな有機溶剤を検討した結果、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAC)を用いると、過酸化水素の分解をほぼ完全に抑えることができることを見いだした。さらに、触媒としてタングステン酸リン化合物を用いることで、極めて高い酸化率(酸化率:95 %)でTEMPO(メタ)アクリレートポリマーを合成できた。この製造方法は、過酸化水素の使用量が原料の2倍程度で、製造中の酸素発生量が工業生産で提示されているしきい値以下であり、実用的で安全な製造方法である(図1)。また、酸化剤として過酸化水素を用いるため、副生成物は水だけで、ハロゲンを一切使用しないため、低環境負荷である。

今回開発したニトロキシドポリマーの製造方法の図
図1 今回開発したニトロキシドポリマーの製造方法

今後の予定

 産総研と住友精化は引き続き協力して、触媒量の低減を含めた製造プロセスの改良によるさらなるコスト低減を検討し、実用化を目指す。


用語の説明

◆ラジカル、ラジカルポリマー
ラジカルは遊離基ともいう。電子が2個で対になっている状態の原子からなる通常の化合物と異なり、電子が1個だけで孤立している状態の原子を含む化合物。ラジカルポリマーはラジカルを含む高分子。[参照元へ戻る]
◆ニトロキシド、ニトロキシドポリマー
ニトロキシドはラジカルの一種で、N-Oの酸素上がラジカルになった構造を含む化合物。ニトロキシドポリマーはニトロキシドを含む高分子。TEMPO(メタ)アクリレートポリマーが知られている。[参照元へ戻る]
◆触媒
特定の化学反応の反応速度を速める物質で、自身は反応の前後で変化しないものをいう。1回あたりの使用量が少なく何度も再使用できることから、クリーンなプロセスに適している。[参照元へ戻る]
◆過酸化水素
主に水溶液の形で殺菌剤や漂白剤として利用される、無色透明の液体。2.5-3.5 %水溶液に添加剤を加えたものは消毒薬オキシドールとして知られている。今回開発した技術では主に30 %過酸化水素水溶液を使用している。[参照元へ戻る]
◆酸化剤
酸化とは、対象とする物質から電子を取り出す化学反応。「鉄が錆びる」「紙や木が燃える」「摂取した食物が体内でエネルギーに変わる」などに代表される、最も身近な化学反応。過酸化水素のように、対象とする化合物を酸化させる化合物を酸化剤という。[参照元へ戻る]
◆2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)
安定なラジカルとして知られる有機化合物。構造式は以下の通り。[参照元へ戻る]
2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)構造式
◆過酢酸
酢酸の過酸化物。構造式は以下の通り。酸化剤として工業的に使用され、反応後は酢酸が生成する。[参照元へ戻る]
過酢酸構造式
◆メタクロロ過安息香酸 (m-CPBA)
過酢酸と同様に、有機化合物の過酸化物の一種。後述するメタクロロ安息香酸の過酸化物。構造式は以下の通り。反応後はメタクロロ安息香酸が生成する。[参照元へ戻る]
メタクロロ過安息香酸 (m-CPBA)構造式
◆TEMPO(メタ)アクリレートポリマー
TEMPOを構造として含む高分子化合物。構造式は以下の通り。[参照元へ戻る]
TEMPO(メタ)アクリレートポリマー構造式
◆ハロゲン、ハロゲンフリー
ハロゲンは周期表で第17族に属する元素。フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンの5種類を指す。また、これら5種類の原子を製品中に一定の濃度以下しか含まないこと(明確な基準はないが、高純度品の場合、概ね数十ppm以下が推奨される)をハロゲンフリーという。特に塩素が混入すると機能性材料の劣化が早まる(絶縁性能が落ちる、腐食が早まる、など)ため、ハロゲンフリーの材料の開発が盛んである。[参照元へ戻る]
◆ピペリジン(メタ)アクリレートポリマー
ピペリジンを構造として含む高分子。構造式は以下の通り。ピペリジン(メタ)アクリレートポリマーを酸化すると、TEMPO(メタ)アクリレートポリマーが生成する。[参照元へ戻る]
ピペリジン(メタ)アクリレートポリマー構造式
◆N,N-ジメチルアセトアミド(DMAC)
有機合成に一般的に使用される有機系の溶剤。構造式は以下の通り。[参照元へ戻る]
N,N-ジメチルアセトアミド(DMAC)構造式
◆タングステン酸
過酸化水素によるエポキシ化を直接的に促進する触媒。構造式は以下の通り。[参照元へ戻る]
タングステン酸構造式
◆リン化合物
リン原子(P)を構造中に含む化合物。ここでは下記構造式に示される様なリン酸やホスホン酸をさす。[参照元へ戻る]
リン化合物構造式

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