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発表・掲載日:2010/02/09

プロジェクションディスプレーなどの心臓部である光走査素子を新たに開発

-25 kHz以上の高速走査と100度以上の広い走査角度を同時に実現-

ポイント

  • 独自の駆動方式でミラーの高速走査と広い走査角度、低い駆動電圧(消費電力)を同時に実現
  • メタルベース構造で製造コストを1/10に、また、3万時間以上の連続耐久試験をクリア
  • 携帯型プロジェクターやヘッドマウント・ディスプレーだけではなく、センサーやレーザープリンターにも応用可能

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 村山 宣光】集積加工研究グループ 朴 載赫 研究員と明渡 純 主幹研究員(兼)集積加工研究グループ長は、プロジェクション(投射型)ディスプレーなどに用いるメタルベースの高速光走査素子(光スキャナー)を開発し、高性能化と低コスト化を実現した。

 今回開発した光走査素子では、独自に考案したラム波共鳴圧電駆動方式を採用し、プロジェクションディスプレーへの利用に必要な、25 kHz以上の高速走査速度と20 V以下の低駆動電圧で、100度以上の大きな光学的走査角度(ミラー振れ角)を達成した。また、メタルベース構造とすることで、製造コストをこれまでより1/10に削減できる。3万時間以上の連続耐久試験もクリアしており、2万回の走査時において走査時間の変動幅がナノ秒オーダーレベル以下であった。

 本メタルベース高速光走査素子は、2010年2月17日から19日に東京ビックサイトにて開催される「国際ナノテクノロジー総合展・技術会議 nano tech 2010」で、ディスプレーデバイスなど各種応用デバイスとともに展示される。

ラム波共鳴圧電駆動方式によるメタルベース高速光走査素子の様子の写真
ラム波共鳴圧電駆動方式によるメタルベース高速光走査素子の様子
上部の光源から出たレーザー光が光走査素子で反射され、広い角度の範囲に投射できる。

開発の社会的背景

 携帯型プロジェクター、レーザーディスプレーなどレーザー光源を利用したプロジェクション(投射型)ディスプレーでは、画像表示機器としての色再現性の高さ(広色域)だけではなく消費電力の低減化が期待されており、最近これらを実現するための鍵となる部品として、高性能化と低コスト化が両立する高速光走査素子が注目されている。

 光走査素子は、レーザー光を走査するための反射ミラーと駆動部から構成されている。その駆動原理は反射ミラーを支える梁(柔軟なヒンジ)をねじる方式(ねじり駆動)であり、駆動部の振動が引き起こす共振現象により、ミラーの走査ねじれ角が増大する。

 光走査素子は、携帯型プロジェクターや大画面レーザーディスプレー、さらにはヘッドマウント・ディスプレーヘッドアップ・ディスプレーにも適用できるだけではなく、各種センサーやレーザープリンターにも応用が可能である。また、この素子を利用した、数cm角の小型光走査モジュールの開発が急速に進展している(図1)。

光走査素子の構造と光走査素子をプロジェクターに用いた際の動作原理の図
図1 光走査素子の構造と光走査素子をプロジェクターに用いた際の動作原理
高速な水平方向のレーザー走査と低速な垂直方向のレーザー走査を組み合わせて、ブラウン管テレビと同様に描画することで画面を構成する。

 高画質のプロジェクションディスプレーを実現するためには、水平方向に光を走査する際に光走査素子には高速な走査速度が必要であり、薄型で大画面ディスプレーを実現するためには、できるだけ近距離からミラーが反射した光を投射するために大きな走査角度を必要とする。しかしながら、光走査素子は、走査速度(共振周波数)と走査角度(ミラー振れ角)が基本的にトレードオフの関係にあり、高解像度を実現する走査速度25 kHz以上で、光学的走査角度60度を超える性能を有するものは、これまで実現されていなかった。

研究の経緯

 産総研では、独自に開発したエアロゾルデポジション法(AD法)による圧電膜の形成とデバイス応用の研究に取り組み、企業とともにMEMSを用いた光走査素子の開発を進めてきた。

 また、光走査素子の駆動原理を再検討して、産総研独自のラム波共鳴駆動原理とメタルベース構造を考案し、性能向上とコスト低減の可能性を発表した(日経マイクロデバイス誌 2006年4月号、2007年2月号)。その後、これらを活かした光走査素子の実用化に向け、デザインの最適化、メタル材質の探索をもとに高性能化・高信頼性化・高耐久性化の開発・検討を行い、市場ニーズに適合する製品化研究に取り組んだ。その結果、大幅な走査角度の向上と駆動電圧の低減など性能と耐久性の向上に成功し、製品に搭載可能な実用レベルの性能を実現した。

 現在、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「ナノテク・先端部材実用化研究開発/高性能AD圧電膜とナノチューブラバーを用いたレーザーTV用高安定光スキャナーの基盤技術開発」(研究代表:明渡 純)の中で、マイクロプレシジョン株式会社、NECトーキン株式会社、株式会社ファインラバー研究所と、また、経済産業省・中小企業等製品性能評価事業「レーザープリンター用MEMS光スキャナーユニットの商品化開発」(研究代表:明渡 純)の中でシナノケンシ株式会社と共同研究開発を進めている。

研究の内容

 今回の研究開発では、高性能化・高安定性化のために光走査素子の駆動原理から見直しを行うことでラム波共鳴方式の圧電駆動原理を実用レベルで確立した。具体的には低コスト・高耐久性化のために光走査素子本体を構成する部材をシリコン単結晶から金属性のバネ鋼材に変更することで、新規のMEMSによる光デバイスとしてメタルベース高速光走査素子を開発した(図2)。

開発の流れの図
図2 開発の流れ

 ラム波共鳴圧電駆動原理に関しては、金属バネ材でできた素子フレーム部に圧電体の曲げ振動モード(d31)で板波(ラム波、Lamb wave)を発生させる。圧電体の大きさと配置、フレーム部の形状や支持方法を最適化することにより、この板波の節(板波の中で動かないところ)の部分を、ミラーを支持するヒンジの付け根近傍に発生させることで、高効率にヒンジ部にねじれ振動を誘起する。この新規動作原理は、ミラー部のねじれ共振系と圧電体などの駆動源を離れた位置に配置しながら(図3)ラム波共鳴構造をとることで、非常に高い駆動効率でねじれ共振を発生させることができる(図4)。そのため従来の類似方式に対し、ヒンジ部のねじれ共振構造が機械的に単純化され精度の高いねじれ振動を確保できた。また、駆動源の面積を大きくできることで発生エネルギーも大きくなるため、大型のミラーを、高い共振周波数で、かつ、大きなねじれ角で走査できるようになった。駆動源となる圧電体はバルク材の薄板の張り付けでも可能だが、AD法で接着剤を介さず金属の素子フレーム部に圧電薄膜を直接形成することで、生産歩留まりの向上や駆動電圧の低減、温度特性の改善が図れる。

メタルベース光走査素子の構造写真
図3 メタルベース光走査素子の構造

メタルベース光走査素子のラム波共鳴圧電駆動原理の図
図4 メタルベース光走査素子のラム波共鳴圧電駆動原理

ラム波共鳴圧電駆動により反射ミラーが高速で振動する様子の動画画像
ラム波共鳴圧電駆動により反射ミラーが高速で振動する様子
動画:12秒
Windows Media形式)

 これまで報告のある共振型の光走査素子は、シリコンを材料としたMEMSを応用したものが大半である。使用するシリコンウエハーが単結晶材料であるため、高加工精度の微細加工技術を利用すると、共振状態で利用しても高い耐久性が期待でき、また量産時の共振周波数のばらつきなども低く抑えられると考えられているからである。ところが、実際のデバイスでは、シリコン自体がもろい材料のため、車載やモバイル製品に応用する場合、外乱衝撃により突発的な破損を起こす場合が多く、信頼性に欠けるという課題があった。もちろんパッケージングに工夫をすることで改善できる可能性もあるが、集光率の高い開口角を決めるのがミラーサイズであるため、1ミラー方式のプロジェクター用光走査素子の場合、高密度の集光性を有したレーザー光を実現するには、必然的にミラーサイズは1 mm角以上となる。そのため、ミラーサイズが10 μmのDLPプロジェクターなどと違って、ミラーそのものに相当の重量があるため、衝撃に対する信頼性の問題は完全には改善しきれない可能性がある。また、この様な光走査素子では、ミラーサイズの大きさからデバイス全体のサイズも5 mm角以上となり、1枚のシリコンウエハーから製造可能なデバイスが比較的少量になるため、必然的にコスト高になるのは避けられなかった。

 これに対して、今回の開発では、自動車部品用途で利用される安価で高強度・高弾性の金属バネ材料を用い、さらに、これに合わせてラム波共鳴圧電駆動原理をより高効率化できるようにデザインの最適化を行うことで、光走査素子として十分に利用可能な直径1 mm角以上のミラーサイズにおいて、28 kHzの高速走査速度と104度の大きな走査角度(ミラー振れ角)とを同時に実現する光走査素子の開発に世界で初めて成功した。

 今回開発した光走査素子は、駆動電圧20Vで走査角度100度以上と、従来の圧電駆動型光走査素子に比べて、5~10倍以上の大きな走査角度が実現できた。これは、同一の走査角度を得るための駆動電圧でみれば、5~10分の1程度に低減できたともいえ、消費電力は100 mW以下で、低駆動電圧、低消費電力が求められるモバイル用途などに適したデバイス応用への道が開けた(図5)。

今回開発したメタルベース高速光走査素子の駆動電圧と走査角度の関係の図
図5 今回開発したメタルベース高速光走査素子の駆動電圧と走査角度の関係

ラム波共鳴圧電駆動原理によるメタルベース光走査素子のミラー走査精度の図
図6 ラム波共鳴圧電駆動原理によるメタルベース光走査素子のミラー走査精度

 ミラー走査精度に関しては、大気中で電気的制御の無い状態において、28 kHzの走査速度、90度の光学走査角度、2万回の走査回数において、走査時間(走査周期)の変動幅はナノ秒オーダーレベルであった(図6)。この走査精度は、実用的なプロジェクションディスプレーに十分適用可能な性能であり、例えば、3ナノ秒以下の走査精度性能はハイビジョンクラスの高解像度ディスプレーに適用できるレベルである。さらに、われわれの開発したメタルべース光走査素子は、現時点で3万時間以上の連続耐久試験をクリアしている(現在も継続耐久試験中)。従来、この様な用途で金属材料を構造材に使うことは、金属疲労が問題視されてきたが、今回の結果はその常識を覆す新しい知見であり、また、民生機器製品に十分応用できる水準でもある。

 今回開発した素子は従来提案されているシリコンベース光走査素子では実現できなかった高速走査速度と広い走査角度を両立できた(図7)。光走査素子のサイズについても、数mm角から数10 mm角までのさまざまなミラーサイズに対応が可能で、2次元光走査素子も試作済みであり、幅広い応用が期待できる。また、製造コストの面でも、材料単価で金属バネ材はシリコン材より2桁ほど安価で、また、クリーンルームなどの高価な製造インフラが不要であるため、強い価格競争力が期待できる。
メタルベース光走査素子と従来シリコンMEMS光走査素子との性能比較の図
図7 メタルベース光走査素子と従来シリコンMEMS光走査素子との性能比較

今後の予定

 今回開発した光走査素子の実用化を目指し、量産化のための開発を企業と積極的に推進するとともに、新規の応用先を探索していく。なお、本成果は、2010年2月17日から19日に東京ビックサイトにて開催される「nano tech 2010 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」のNEDOブースならびに産総研ブースで、ディスプレーデバイスなど各種応用デバイスとともに展示し、デモンストレーションを行う予定である。


用語の説明

ラム波の説明図
ラム波(S0モード)
ラム波(A0モード)
◆プロジェクション(投射型)ディスプレー
画像を拡大してスクリーン(すなわちテレビの画面)上に投影してイメージを作るディスプレー装置の一種で、一般的に2種類の方式がある。例えば、プロジェクターの場合は映像をスクリーンの前から投影し、リアプロジェクションテレビの場合は映像をスクリーンの後ろから投影する。大画面表示装置としては安価、軽量、省電力という長所がある。[参照元へ戻る]
◆光走査素子(光スキャナー)
光(レーザーまたはLED光)を走査(スキャン:scan)させるデバイスで、レーザープリンター、コピー機、レーザー顕微鏡やプロジェクターなどに使われる。一般的に3種類の方式がある。ポリゴン走査素子の場合はモーターを利用して多面ミラーを回転運動させて光を走査する方式で、ガルバノ走査素子は、厳密には、モーターを利用してミラーを往復振動運動させる方式である。光走査素子(光スキャナー)は振動素子の力を利用して微細加工した構造体のミラーを往復振動運動(ねじり駆動)させて光を走査する方式である。[参照元へ戻る]
◆ラム波(板波)
平板中を伝播するガイド波の一種であり、振動方向が薄板に垂直で、なおかつ伝播方向に同じ振動成分を持ちながら伝播する波である。振動の違いでA0モード(ゼロ次の非対称モードラム波)とS0モード(ゼロ次の対称モードラム波)の2種類のモードがある。ラム波共鳴圧電駆動光走査素子はA0モードを利用している。[参照元へ戻る]
◆ナノ秒
ナノ秒(nano-second)とは、1秒の10億分の1を表す時間の単位である。「ns」と表記される場合が多い。ナノは単位の接頭辞で、10億分の1(10のマイナス9乗)を表す。1ナノ秒間に光は真空中を約30cm進む。[参照元へ戻る]
◆圧電
圧電効果(piezoelectric effect)とは、圧力(力)を加えると、圧力に比例した分極(表面電荷)が現れる現象をいう。また、逆に電界を印加すると圧電体自体が変形する現象は逆圧電効果ともいわれる。一般的に、この両方現象を圧電効果と呼ぶ。誘電体の一種である圧電体は、ライターやガスコンロの点火、ソナー、スピーカー等に圧電素子として幅広く用いられている。[参照元へ戻る]
◆ヘッドマウント・ディスプレー
ヘッドマウント・ディスプレー(Head-Mounted Display、HMD)は頭部に装着するディスプレーの一種であり、形状的には、眼鏡の上部または前部に投影装置が装着され、透明板部分に投影される眼鏡型と、鍔(つば)の部分から投影装置が垂れ下がっている帽子型(ヘルメットマウントディスプレー)がある。投影方式的には、目の前にハーフミラー等を利用することにより映像を投影する方式と網膜に直接映像を投影する方式(網膜投影型:利用者が近視や遠視等でも鮮明な像を見ることができる)がある。[参照元へ戻る]
◆ヘッドアップ・ディスプレー
ヘッドアップ・ディスプレー(Head-Up Display、HUD)は人間の視野に直接情報を映し出す手段であり、軍事航空分野において開発され、実用的には、自動車のフロントガラスに運転者向けの画像を提供するなど、さまざまな分野に応用されている。[参照元へ戻る]
◆エアロゾルデポジション法
エアロゾルデポジション法(AD法)とは、固体状態のセラミックス微粉末を常温で基板に吹き付けることにより、加熱することなく機械的な衝撃力だけで、緻密(ちみつ)かつ高透明、高強度、高密着力のセラミックス被膜を形成するもので、従来の製膜法に比べて飛躍的な製膜速度の向上とプロセス温度の低下を実現する手法である。
産総研プレスリリース 2004年5月20日[参照元へ戻る]
◆MEMS
MEMS (Micro Electro Mechanical Systems)。半導体集積回路製造技術をアクチュエーター、センサー、電子回路などに応用して製造された、微細構造のデバイスの総称。一般的には、マイクロマシンと同義。現在、インクジェットヘッド、圧力・加速度センサー、デジタルミラーデバイス(プロジェクター)などが市販されている。[参照元へ戻る]
◆開口角
開口角 (angular aperture、NA値 ) 光学設計上では、光学系の光軸上の物点から入射瞳の直径に対し張る角、もしくは、光軸上の像点から射出瞳の直径に対して張る角をいう。[参照元へ戻る]
◆DLPプロジェクター
DLP(Digital Light Processing)プロジェクターはデジタルミラーデバイス (Digital Mirror Device、DMD)を用いた映像表示プロジェクターの一種である。DMDはテキサス・インスツルメンツが開発したMEMSデバイスで、多数の微小鏡面(マイクロミラー)を平面に配列した表示素子の一種である。[参照元へ戻る]

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