発表・掲載日:2013/06/17

多層グラフェンを用いた微細配線作製技術を開発

-LSI配線への応用に期待-

ポイント

  • コバルト触媒を用いて多層グラフェンを合成し、銅と同オーダーの低抵抗を実現
  • 250 ℃で107 A/cm2の電流を150時間流しても断線しない高信頼性
  • 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)のプロジェクト「グリーン・ナノエレクトロニクスのコア技術開発」(中心研究者:横山 直樹)の助成による成果

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】連携研究体グリーン・ナノエレクトロニクスセンター(以下「GNC」という)横山 直樹 連携研究体長、佐藤 信太郎 特定集中研究専門員、近藤 大雄 特定集中研究専門員らは、二次元ナノカーボン材料である多層グラフェンを利用した低抵抗で高信頼性の配線を開発した。

 従来の技術では、主としてグラファイト結晶からの剥離によりグラフェンを得ていたが、今回はコバルトのエピタキシャル膜を触媒とし、化学気相合成(CVD)法により多層グラフェンを基板上に合成した。この多層グラフェンは高品質結晶グラファイトから得たグラフェンと同様の構造、電気特性を持っていた。また、銅よりも高い電流密度耐性を持つ。さらに、この多層グラフェンの層間に異種分子(塩化鉄)をインターカレーションすることにより、銅と同オーダーの抵抗率(9.1 µΩcm)が得られた。これは従来のCVD法により合成されたグラフェンで得られた値に比べると約1桁小さい。低消費電力化のための大規模集積回路(LSI)微細配線への応用が期待される。

 この技術の詳細は、2013年6月13~15日に京都府京都市で開催される国際会議2013 IEEE  International Interconnect Technology Conference(IITC 2013)で発表される。

多層グラフェンを配線として利用したLSI模式図
多層グラフェンを配線として利用したLSIの模式図

開発の社会的背景

 近年、携帯情報端末の普及や、IT機器の高機能化に伴う消費電力の増大が懸念され、電子情報機器の消費電力低減が求められている。LSIは従来、微細化により低消費電力化を図ってきたが、微細化の限界が近づくとともに、さまざまな弊害が指摘されている。最先端LSIの微細配線には銅が使用されているが、配線の微細化に伴い電流密度が高くなるとともにエレクトロマイグレーション耐性も低くなるため、信頼性の低下が指摘されている。さらに、微細化に伴い、結晶粒境界や表面での電子の散乱や、薄膜化に限界があるバリアメタルにより、銅配線の実効抵抗率が上昇しつつあるため、銅に代わる微細配線の材料が求められている。

 一方、グラフェンは銅より2桁以上高い電流密度耐性を持つとともに、バリスティック伝導を示すことから低抵抗化も期待でき、微細化が進むLSIの配線材料として期待されている。しかし、配線に適した高品質多層グラフェンの大面積合成技術は確立されていない。また、銅と同程度の抵抗を示す多層グラフェン配線は、いまだ実現できていない。

研究の経緯

 GNCは、内閣府と独立行政法人 日本学術振興会によって運営される最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択されたプロジェクトを実施するために2010年4月に設立された。企業5社(富士通株式会社、株式会社 東芝、株式会社 日立製作所、ルネサスエレクトロニクス株式会社、株式会社 アルバック)からの出向研究者と産総研研究者によって構成されている。

 GNCでは平成23年度より、従来のLSIの消費電力を10分の1~100分の1に低減することを目標に、グラフェン、カーボンナノチューブを配線やトランジスタへ応用するための研究に取り組んできた。この研究開発は、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)のプロジェクト「グリーン・ナノエレクトロニクスのコア技術開発」(中心研究者:横山 直樹)の助成により行われた。

研究の内容

 今回、高品質多層グラフェンの合成技術を開発するとともに、それを配線化し、異種分子をインターカレーションすることにより、銅と同程度の低抵抗を示すグラフェン配線の作製に成功した。これらの技術について以下に説明する。

 今回開発した技術では、条件を最適化したCVD法を用いて高品質多層グラフェンをサファイア基板上に合成する。原料はメタンをアルゴンと水素で希釈したガスであり、500 ℃程度の温度のサファイア基板上にスパッタ法を用いて作製したコバルト薄膜を触媒とした。グラフェンの合成温度は約1,000 ℃である。図1に合成された多層グラフェンの透過電子顕微鏡(TEM)による断面図、およびラマン分光スペクトルを示す。TEM像から、10層程度の多層グラフェンであることがわかる。また、ラマンスペクトルのG'(2D)バンドの形状は高品質結晶グラファイトと類似していることから、この多層グラフェンがグラファイトと同様の構造を持つ可能性が考えられる。

多層グラフェンのTEMによる断面図とラマンスペクトルの図
図1 (a)多層グラフェンのTEMによる断面図と(b)ラマンスペクトル

 今回の多層グラフェンを酸化膜付シリコン基板に転写し、通常の半導体プロセスを用いて配線化した。グラフェン配線の光学顕微鏡像と電流-電圧特性を図2に示す。抵抗率は最小で56 µΩcmであり、高品質結晶グラファイト(抵抗率:40 µΩcm程度)に匹敵するものであった。このグラフェン配線に250 ℃で107 A/cm2の密度の電流を流したところ、150時間を経過しても断線せず、銅配線より優れた電流密度耐性を示した(図3)。

多層グラフェン配線の光学顕微鏡写真と電流-電圧特性の図
図2 (a)多層グラフェン配線の光学顕微鏡写真と(b)電流-電圧特性

野生型のバークホルデリア系統とPHA関連遺伝子を破壊したバークホルデリア系統の電子顕微鏡像の比較、野生型のバークホルデリア系統、PHA関連遺伝子を破壊したバークホルデリア系統、PHA関連遺伝子を破壊後再導入したバークホルデリア系統の宿主体内における感染量の比較図
図3 250 ℃環境での電流密度耐性の評価試験
青丸は銅が断線した条件。多層グラフェンは107 A/cm2の電流を150時間印加しても断線しなかった。

 今回の多層グラフェン配線は優れた信頼性を示したが、抵抗率は銅よりも約1桁高いため、塩化鉄のインターカレーションによる低抵抗化を試みた。多層グラフェン配線が形成された基板と塩化鉄粉末を真空石英管内に入れ、310 ℃に加熱して、インターカレーションを行った。図4に、インターカレーション前後のラマンスペクトルと、抵抗の変化率を示す。ラマンスペクトルのGバンドは高波数側に移動し、インターカレーションにより多層グラフェンへ電荷移動が起こったことを示唆している。電荷移動が起これば抵抗は低下するはずだが、実際に抵抗率はインターカレーション後に中央値で約15%に低下した。得られた抵抗率の最小値は9.1 µΩcmであり、銅と同オーダーの抵抗率を、多層グラフェンを用いた配線で初めて得られた。

インターカレーション前後のラマンスペクトルの変化とインターカレーション後の抵抗変化率の累積確率分布図
図4 (a)インターカレーション前後のラマンスペクトルの変化。Gバンドが高波数側に移動している。(b)インターカレーション後の抵抗変化率の累積確率分布。中央値は0.15。

今後の予定

 今回の研究で得られた低抵抗・高信頼性多層グラフェン配線は、LSIの配線への適用が期待される。今後、銅以下の低抵抗の多層グラフェン配線を実現するとともに、多層グラフェン、カーボンナノチューブを利用した3次元配線を開発し、LSIへの適用を目指す。


用語の説明

◆グラフェン
グラファイトを構成する単原子薄膜で、炭素原子が平面上で蜂の巣格子状に並んだ構造をもつ。多層グラフェンはこれが積層化したもの。[参照元へ戻る]
◆エピタキシャル
基板表面の結晶原子配列に従って結晶の向きの揃った単結晶的な薄膜の状態。[参照元へ戻る]
◆化学気相合成(CVD)法
反応容器内で原料ガスを熱などにより分解して基板上に薄膜や構造体を合成する方法。グラフェンの場合は、一般的にメタン(CH4)やアセチレン(C2H2)などの炭化水素系ガスを原料とし、遷移金属の触媒膜上に合成する。CVD法によれば、500~1,100 ℃程度の比較的低温でグラフェンを合成できる。[参照元へ戻る]
◆インターカレーション
分子または分子集団が別の二つの分子または分子集団の間に入る反応のこと。グラファイトや多層グラフェンの場合は、その層間に他の物質が入り込む現象のことをいう。[参照元へ戻る]
◆大規模集積回路(LSI)
多数のトランジスタなどを、半導体表面に集積して構成される大規模な回路。現在、ほぼ全てがシリコン結晶の表面に形成されている。現代のエレクトロニクスの基幹を成す。[参照元へ戻る]
◆エレクトロマイグレーション
金属配線中に電流を流した際、電子と金属原子の間で運動量の交換が行われるために、原子が空孔などを介して徐々に移動することで、配線に欠損が生じる現象。[参照元へ戻る]
◆バリアメタル
金属材料の拡散防止や相互反応防止のために用いられる金属膜の総称であり、母材と密着性が良く、反応しない材料が用いられる。銅配線においては、通常、タンタル(Ta)や窒化タンタル(TaN) が使われている。[参照元へ戻る]
◆バリスティック伝導
電子が不純物や格子振動などで散乱されずに物質内を通り過ぎる現象。[参照元へ戻る]
◆カーボンナノチューブ
グラフェンが丸まって筒になった構造のもの。丸まった時のグラフェンの方位や直径により、金属や半導体となる。一層からなるものを単層カーボンナノチューブ、複数層からなるものを多層カーボンナノチューブと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆スパッタ法
ターゲット(物質)表面にアルゴンなど不活性ガスを衝突させることで、ターゲット表面から叩き出された原子・分子を基材に堆積させる方法。[参照元へ戻る]
◆透過電子顕微鏡(TEM)
観察試料に対して電子ビームを照射し、透過してきた電子を結像して観察を行う顕微鏡のこと。透過電子線を利用するため、非常に薄い資料を用意する必要がある。[参照元へ戻る]
◆ラマン分光
物質に光を入射したとき、散乱された光の中に入射された光の波長と異なる波長の光が含まれる現象をラマン効果と呼ぶ。この入射光と散乱光の波長差(エネルギー差)は分子や結晶固有の振動準位などに対応するため、この波長差や散乱光の強度から物質の同定や定量を行うことができる。このような分光法のことをラマン分光法と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆G'(2D)バンド
グラファイトやグラフェンのラマンスペクトルにおいて、2700 cm-1付近に現れる構造のこと。その形や大きさが、積層状態などにより変化する。[参照元へ戻る]
◆Gバンド
グラファイトやグラフェンのラマンスペクトルにおいて、1600 cm-1付近に現れる構造のこと。電界や外部環境により電荷移動が起こると、その位置が一般的に高波数側に移動する。[参照元へ戻る]

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