発表・掲載日:2013/01/28

ハンディ燃料電池システムを開発

-市販LPGカセットボンベを使って災害・非常時でも発電可能-

ポイント

  • 内部改質機能を持つようにナノ構造を制御した電極を開発し、急速起動を実現
  • LPGなど汎用的で持ち運びの容易な炭化水素燃料の直接利用が可能
  • 災害・非常時用やアウトドア用の電源への応用に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 村山 宣光】機能集積モジュール化研究グループ 藤代 芳伸 研究グループ長、山口 十志明 主任研究員、鷲見 裕史 研究員は、持ち運びできるハンディ燃料電池システムを開発した。

 このシステムは、マイクロチューブ固体酸化物形燃料電池(SOFC)を用いているが、電極の構造をナノレベルで制御することによって、LPGなどの汎用的で運搬が容易な炭化水素燃料を直接利用できるようになった。急速起動性に優れ、持ち運びができることから、災害・非常時用、アウトドア用の電源としての応用が期待される。

 なお、この技術の詳細は、平成25年1月30~2月1日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催される「nano tech 2013第12回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」の産総研ブースにて展示される。

ハンディ燃料電池システムの外観写真と概念図
ハンディ燃料電池システムの外観と概念図


開発の社会的背景

 SOFCは燃料電池の中で最も高い発電効率が期待されており、現在、定置用電源としての実用化が進められている。さらに、次世代自動車などの移動体用電源やポータブル電源への応用も期待されているが、通常のSOFCの作動温度は700~1000 ℃と高く、また、急速起動性が低いという問題から実用化が困難とされてきた。

 しかし、近年、スマートフォンやワンセグテレビ、ビデオカメラなど小型電子機器の普及が進んできたため、商用電源や急速充電器の確保が困難な災害・非常時やアウトドアでも急速起動が可能な数W~数十Wの電源が求められるようになっている。また、現状では水素燃料の入手が困難であるため、LPGカセットボンベなどの汎用的な炭化水素燃料で発電できるSOFCの実用化が期待されている。

研究の経緯

 産総研は、平成17~21年度に実施した独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構プロジェクト「セラミックリアクター開発」において、600 ℃程度の低温で作動するマイクロチューブSOFCを開発し(2009年9月10日 産総研プレス発表)、SOFCの低温作動化によって急速起動性が向上し、水素燃料を用いて50~200 W発電モジュールを数分以内で起動できることを実証した。さらに、ナノメートルサイズのセリア(CeO2系触媒層(ナノセリア)を電極に付加することによって、450 ℃の低温でのメタン燃料の内部改質による発電を実証した(2011年1月17日 産総研主な研究成果)。

 今回、水素燃料やメタン燃料に比べて汎用的で運搬が容易なLPGなどの炭化水素を燃料とし、急速起動できる燃料電池システムの開発に取り組んだ。

研究の内容

 LPGの主成分の一つであるブタンは、メタンよりも熱分解による炭素析出が起こりやすく、燃料電池に直接供給すると燃料極(負極)の劣化が急速に進行することが知られている。そのため、従来の燃料電池システムでは、燃料電池へ供給する前に、高価な貴金属触媒を用いた外部改質器を用いて、ブタン燃料をあらかじめ改質する必要があった。今回、燃料極の基材全体に内部改質の機能を持つナノセリアを付加することによって、従来よりも耐久性を向上させたナノ構造制御電極を開発した。今回開発したマイクロチューブSOFCは、この電極を用いることによってブタン燃料の直接供給でも安定的な発電ができる。また、耐久性が向上したことにより、起動時のみに用いるLPGバーナーの排ガスでの急速起動も可能となり、マイクロチューブSOFCとして、従来の約半分の時間である2分以内で400 ℃に到達し、USB機器を駆動できる(図1)。ナノ構造制御電極は十分な内部改質機能を持つため、外部改質器を簡略化できるなど、燃料電池システムのコンパクト化や低コスト化に寄与できる。

ブタン直接供給による急速起動試験の図
図1 ブタン直接供給による急速起動試験(USB機器接続時)

 図2に発電後の燃料極の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す。数時間以内に発電が不可能になった従来電極(a)では、燃料極に含まれるニッケル触媒が析出した炭素に覆われ、さらに繊維状の炭素の成長も確認された。それに対して、ナノセリアを用いた改良電極(b)では、24時間発電した後でも炭素の析出が見られず、ブタン燃料に対する耐久性が著しく向上していることがわかる。

従来電極と改良電極のブタン燃料を用いた発電後のSEM写真
図2 従来電極(a)と改良電極(b)のブタン燃料を用いた発電後のSEM写真

 今回、開発したナノ構造を制御した燃料極を支持体とした直流5~36 V仕様のマイクロチューブSOFC発電モジュール(図3)を用いて、LPGカセットボンベを燃料とする「ハンディ燃料電池システム」を試作した。起動後、2分以内に直流5 V駆動のUSB機器を作動できる(図4)。なお、起動にはLPGバーナーのみを用いるため、外部電源を必要としない。今回の開発によって、災害・非常時用やアウトドア用、次世代自動車などの移動体用電源へのSOFC発電システムの適用の可能性を示した。

マイクロチューブSOFCモジュールの写真
図3 マイクロチューブSOFCモジュール(直流5~36 V仕様)

LPGカセットボンベ燃料によるUSB機器の作動試験の写真
図4 LPGカセットボンベ燃料によるUSB機器(LEDライト)の作動試験
原理的にはボンベ1本あたり24時間の連続運転が可能

今後の予定

 今後は、SOFCモジュールの発電性能や耐久性の向上に取り組むとともに、燃料改質や供給制御システムも含めたハンディ燃料電池システムを開発し、災害・非常時用やアウトドア用、次世代自動車などの移動体用電源などへの応用を目指す。



用語の説明

◆固体酸化物形燃料電池(SOFC)
ジルコニア(ZrO2)やセリア(CeO2)などの固体酸化物を電解質に用いた燃料電池。一般的には700~1000 ℃の高温で作動し、電解質内を酸化物イオン(O2-)が伝導するため、原理的には水素だけでなくメタン(CH4)やブタン(C4H10)などの炭化水素でも空気中の酸素と電気化学反応させて発電できる。各種燃料電池の中で最も発電効率が高く、高温排熱の有効利用によってシステム全体のエネルギー変換効率をさらに高めることができるため、早期の実用化が期待されている。SOFCはSolid Oxide Fuel Cellの略。[参照元へ戻る]
◆LPG
液化石油ガス(Liquefied Petroleum Gas)。主成分は、プロパン(C3H8)とブタン。常温でも、プロパンは約0.8MPa(8気圧)、ブタンは約0.2MPa(2気圧)で容易に液化できる。国内では、家庭用・業務用LPGボンベや、小型燃焼機器用カセットボンベ、LPG自動車用燃料などとして流通している。[参照元へ戻る]
◆炭化水素燃料
メタンやブタン、エタノール(C2H5OH)、灯油、ガソリンなど、炭素(C)と水素(H)からなる燃料。炭素数が大きい燃料は液化が容易で、重量あたりの熱量が大きくなるため、主に可搬用に用いられるが、高温では熱分解によって炭素が析出しやすくなり、SOFC電極の耐久性に大きな影響を与えることが知られている。[参照元へ戻る]
◆セリア(CeO2
酸化セリウム。セリアは、炭化水素の改質や一酸化炭素(CO)の酸化、窒素酸化物(NOx)の分解などの触媒として用いられる他、サマリウム(Sm)やガドリニウム(Gd)を添加することによって酸化物イオン(O2-)伝導体となる。[参照元へ戻る]
◆内部改質
炭化水素を燃料電池の化学反応が起こりやすい水素(H2)や一酸化炭素(CO)に改質する反応を電極内部で行うこと。これに対して、改質触媒を外部に設置して、燃料電池へ燃料を供給する前に改質を行うことを外部改質と呼ぶ。内部改質は、改質部と燃料電池間の放熱損失が全くないため、発電効率は向上するが、電極内部で炭素析出が起こりやすくなるため、ナノ構造制御電極の開発などが重要になる。[参照元へ戻る]
◆炭素析出
炭化水素の熱分解(CxH2y→xC+yH2)によって固体の炭素が析出すること。電極上に析出した炭素は燃料電池の電気化学反応を阻害し、電極の劣化を引き起こす。通常、SOFCでは水蒸気改質(CxH2y+xH2O→xCO+(x+y)H2)を行って炭素析出を回避するが、ここでは酸化物イオン(O2-)の供給を制御(CxH2y+xO2-→xCO+yH2)することによって、炭素析出を抑制している。[参照元へ戻る]

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