発表・掲載日:2009/08/14

ジルコニア電解質を用いた低温作動型燃料電池を開発

-600℃で運転でき、発電密度1W/cm2を達成-

ポイント

  • ジルコニア系固体酸化物形燃料電池(SOFC)の従来より低温での作動に成功、600℃で1W/cm2を達成。
  • 電極構造制御技術の適用によって従来材料のSOFCを高性能化するための指針を明らかにした。
  • 長期安定性にすぐれ、低コストの燃料電池システムが実現でき、家庭用分散電源などへの応用が期待できる。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 村山 宣光】機能モジュール化研究グループ【研究グループ長 藤代 芳伸】鈴木 俊男 研究員らは、ジルコニア電解質を用いた固体酸化物形燃料電池(SOFC)の作動温度の低温化に成功し、600℃で発電密度1.1W/cm2を達成した。

 SOFCは、全ての部品をセラミックス材料で構成できるため、信頼性やエネルギー変換効率が高いという優れた特徴があるが、高い作動温度(700~1000℃)を必要とするために、これまでは用途が限られていた。従って、SOFCの広範な用途への適用と実用化のためには、作動温度を低温化し、コストを削減する必要があり、現在様々な研究が進められている。

 今回、産総研はファインセラミックス技術研究組合の協力を得て、電解質の薄膜化と電極構造の最適化を同時に実現する高度製造プロセス技術の適用により、従来材料であるジルコニア系材料を高性能化することによって、チューブ型マイクロSOFCを試作した。また、燃料極の構造や燃料流量の発電性能への影響を明らかにすることによって、従来材料を用いたSOFCの高性能化への指針を明らかにした。この研究成果によって、長期安定性やコスト面で優れたジルコニア系材料を用い、低温作動が可能なSOFCシステムの実現への目途が得られたものと考えられる。

 本成果は、2009年8月14日に米国科学誌“Science”に掲載された。

開発したチューブ型マイクロSOFCの写真 開発したチューブ型マイクロSOFCの図
図1 開発したチューブ型マイクロSOFC(1W出力)


開発の社会的背景

 燃料電池とは燃料と空気(酸素)の化学反応から直接電気を取り出す発電装置であり、高いエネルギー変換効率が実現できるため、次世代のエネルギー源として実用化が期待されている。燃料電池は固体高分子形(PEFC)溶融炭酸塩形(MCFC)リン酸形(PAFC)、固体酸化物形(SOFC)等、種々の方式が開発されている。PEFCは作動温度が100℃程度であり、家庭用や自動車用の燃料電池として開発が進められているが、エネルギー効率が低く、電極材料のコスト高などの問題点も指摘されている。一方、燃料電池の中で最もエネルギー効率が高いのはセラミックス材料から構成されるSOFCである。しかしながら、SOFCは作動温度が700~1000℃と高温であることから、これまでは大型発電設備への適用などに用途が限られていた。作動温度を下げることができれば、SOFCを家庭用分散電源移動電子機器用電源自動車補助電源等への適用も期待できることから、SOFCの低温作動化を目指した研究開発が活発に進められてきている。

研究の経緯

 産総研はファインセラミックス技術研究組合と共同で、SOFCの作動温度の低温化と急速起動性能の向上を目的とした新エネルギー・産業技術総合開発機構のプロジェクト「セラミックリアクター開発」(2005~2009年度)の中で、SOFCをマイクロ化、高集積化することによって、作動温度が600℃以下でも高出力で熱衝撃にも強いSOFCを実用化させるための研究開発を行ってきている。これまでに、高い発電性能が期待できるものの、作製が困難とされていたセリア系材料を用いて、高性能チューブ型マイクロSOFCと、その集積化技術の開発に成功している。(2009年2月12日プレス発表

 一方、長期安定性に優れ、コスト面でも有利であるジルコニア系材料に関してはこれまで多くの研究開発実績があり、SOFCへの実用化展開(作動温度700-1000℃)が進んでいた。このSOFCの低温作動化に関する研究では、新規材料開発が中心であり、600℃以下で作動可能なSOFC材料の開発が進んでいるものの、SOFCとして機能させるためには解決すべき課題も数多い。そのため、低温作動を可能とする新たな製造プロセス技術の開発が強く望まれていた。

研究の内容

 産総研はファインセラミックス技術研究組合の協力を得て、先に開発したセリア系材料による高性能チューブ型マイクロSOFCの製造技術を発展させ、さらなる電解質の薄膜化(これまでの20µm程度の膜厚から3µmまで低減)と高度な電極構造(気孔率や触媒構造)の制御を可能とする新たな製造プロセス技術を開発した。この製造プロセス技術をジルコニア系材料に適用することによって、従来になかった薄膜電解質と高気孔率の電極構造をもったジルコニア系SOFCを実現することに成功した。

 電解質材料としてはジルコニア系セラミックス、燃料側電極材料にニッケル-ジルコニア系セラミックスを、空気側電極材料にはランタン-コバルト-セリア系セラミックスを用い、1.8mm径のチューブ型マイクロSOFCを作製した(図2)。このマイクロSOFCの燃料極の気孔率を変化させて、水素流通下において発電性能を比較したところ、このマイクロSOFCの電極抵抗は燃料極の気孔率に大きく影響を受けることがわかり、気孔率54%で電極抵抗を1/30にまで低減することができた(図3)。この燃料極気孔率54%のマイクロSOFCに550-600℃の作動温度で発電試験を行ったところ、最大0.5~1.1W/cm2の電力が得られた(図4)。また、マイクロSOFCの発電性能が燃料流量条件によって大きく変化することも見出した。

 今回の成果により、長期安定性やコスト面で有利なジルコニア系SOFCの高性能化や作動温度の低減化への指針が明らかになり、その設計が可能となったため、SOFCシステムの用途の拡大と普及促進が期待される。

開発したチューブ型マイクロSOFCの概要図 開発したチューブ型マイクロSOFCの断面図
図2 開発したチューブ型マイクロSOFC(1W)の概要と断面図

開発したチューブ型マイクロSOFCの電極抵抗と燃料極気孔率の関係図
図3 開発したチューブ型マイクロSOFCの電極抵抗と燃料極気孔率の関係
(電子顕微鏡写真は還元後の燃料極構造)

燃料極気孔率54%のSOFCにおける発電性能の図
図4 燃料極気孔率54%のSOFCにおける発電性能

今後の予定

 今後は、今回得られた知見を元に、コスト面で有利なジルコニア系SOFCの性能向上を目指して、さらに研究開発を進める。今回開発したジルコニア系SOFC(作動温度~600℃)と、これまでに開発してきたセリア系SOFC(作動温度~500℃)は燃料の種類や改質方法など、様々な使用条件や用途によって使い分けることが可能である。最終的には、低炭素排出社会の実現に向けた新エネルギーデバイスとしてのSOFCの用途拡大とその普及促進を図っていきたい。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
先進製造プロセス研究部門 機能モジュール化研究グループ
研究員 鈴木 俊男 〒463-8560 愛知県名古屋市守山区下志段味穴ケ洞2266-98
TEL:052-736-7083 E-mail:toshio.suzuki*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)

用語の説明

◆ジルコニア
化学記号(ZrO2)。不純物を添加することで高温(800-1000℃)において酸化物イオンを伝導することから古くから燃料電池、酸素センサーの材料として幅広く使用されており、高い安定性を有する材料である。[参照元に戻る]
◆電解質
燃料電池の空気と燃料ガスを分離して、酸化物イオンだけを通過させる緻密な膜を指す。固体酸化物形燃料電池では通常ジルコニア系セラミックスが多く使用されているが、低温運転を目指し、低温で高いイオン伝導率を有するセラミックス材料が多く検討されている。[参照元に戻る]
◆固体酸化物形燃料電池 (SOFC)
燃料電池は、水素と酸素の化学反応から直接発電することができる高効率でクリーンな発電方法として広く開発が進められている。その中でSOFC は酸化物を用いた燃料電池であり、通常700~1000℃で運転を行う。種々の燃料電池の中で、最も高効率で耐久性が高く、さらに排熱を利用することによって総合効率が非常に高くなるため、実用化が大いに期待されている。[参照元に戻る]
◆固体高分子形燃料電池(PEFC)
高分子を用いた燃料電池であり、70~100℃での運転が可能であることから、移動用電源や小容量電源に適している。現在、燃料電池自動車に採用されているのが、このタイプの燃料電池である。[参照元に戻る]
◆溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)
リチウム・ナトリウム炭酸塩などを用いた燃料電池であり、650~700℃で運転する。SOFC と同等のエネルギー変換効率をもっている。[参照元に戻る]
◆リン酸形燃料電池(PAFC)
リン酸水溶液を用いた燃料電池であり、200℃付近の作動温度で運転する。現在商用化段階まで開発が進んでいる。[参照元に戻る]
◆家庭用分散電源
家庭の敷地内に設置し、各家庭において独立に運転し、電力の供給が可能な電源。[参照元に戻る]
◆移動電子機器用電源
移動や携帯が可能な電子機器(携帯電話、ノートパソコンなど)用の電源。[参照元に戻る]
◆自動車補助電源
自動車の高性能化・高機能化に伴い、自動車はより多くの電力を必要としている。その際に必要な電力を供給するための補助的な電源のことである。ハイブリット車等の発進・加速時などや、トラックに搭載されている高電力消費装置(冷蔵庫など)の運転に補助電源を使用することによって、アイドリング時のエネルギーロスや、大気汚染物質の排出を最小化することができる。[参照元に戻る]
◆セラミックリアクター
セラミックス材料を利用して物質・エネルギー変換を行う電気化学反応システム。例えば、イットリアを固溶したジルコニア(ZrO2)(YSZ)等の酸素イオン伝導性材料から構成される。応用例として、センサー、燃料電池、排ガス浄化等が挙げられる。[参照元に戻る]
◆セリア
化学記号(CeO2)。ジルコニアと同様に不純物を添加することで酸化物イオンを伝導する。ジルコニア系材料の約10倍の高いイオン伝導度を有することから、新規の低温作動型SOFC材料として期待されている。一方で還元環境下では電子伝導を生じることから、燃料電池効率の低減を招くことも指摘されている。[参照元に戻る]
◆電極抵抗
燃料電池の電極ではガスの拡散や、化学反応が起こり、電子の受け渡しが生じることで電気を発生させる。そのときの拡散・反応速度によって電池の性能が決定されるが、そのような因子に対応する抵抗を総じて電極抵抗と呼ぶ。[参照元に戻る]

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