発表・掲載日:2012/09/20

調光ミラーの鏡状態と透明状態の切り替えに対する耐久性を飛躍的に向上

-オフィスビルなどの冷房負荷の大幅な低減に期待-


 NEDOの産業技術研究助成事業(若手研究グラント)の一環として、産業技術総合研究所(以下、産総研)は、鏡状態から透明状態、透明状態から鏡状態に戻すことを1サイクルとした切り替えにおいて10,000サイクル以上(1日に朝と夕方で2回の鏡状態と透明状態の切り替えをしたとき、約30年に相当するサイクル数)の耐久性をもつ調光ミラー(※)をマグネシウム・イットリウム系合金の薄膜材料を用いて実現しました(図1)。

 この調光ミラーを活用することにより、オフィスビルなどの冷房負荷を大幅に低減する窓ガラスの実用化が期待されます。

 この技術の詳細は、平成24年9月27日(木)から東京国際フォーラムで開催されるイノベーション・ジャパン2012において発表し、試作品の展示とデモを行います。

今回開発したマグネシウム・イットリウム系合金を用いた調光ミラーの写真
図1 今回開発したマグネシウム・イットリウム系合金を用いた調光ミラー
鏡状態と透明状態の切り替えに対する耐久性に優れている。

(※)調光ミラー:水素や酸素の導入や電気化学的作用などにより、光学的な性質を透明状態、鏡状態、さらにそれらの中間の状態に自由に制御できる材料。


1.背景

 窓ガラスは外の光を室内に取り入れるために必須ですが、同時に大きな熱の出入り口となっており、建築物の断熱を妨げる主な要因となっています。そのため、市販の高断熱窓を用いるだけで冷暖房負荷が3割から4割低減できると試算されています。さらに外気温や日射の強さに応じて、光や熱の出入を調節できる窓に変えれば、生活様式を変えることなく膨大な量のエネルギーの節約が期待できます。

 光や熱の出入を調節(調光)する最も効果的な方法は、光学特性を鏡状態と透明状態との間で可逆的に切り替えできる調光ミラーを用いることです。このような調光ミラー特性を示す材料が求められてきたところ、1996年にオランダの研究グループが、薄くパラジウム(Pd)を付けたイットリウム(Y)やランタン(La)の薄膜が水素化と脱水素化によって、透明状態と鏡状態を切り替えできることを発見しました。また、2001年に米国の研究グループが、比較的安価なマグネシウム・ニッケル(Mg-Ni)合金薄膜を用いて調光ミラーを開発しました。しかし、透明状態でも赤茶色に色づいているなどの光学特性に関する問題がありました。

 産総研では、2002年から調光ミラー用薄膜材料の研究開発に着手し、マグネシウム・ニッケル合金薄膜の光学特性向上に取り組んできました。その中で、マグネシウム・ニッケル合金を用いた調光ミラーを窓ガラスに応用し、実際の建物に設置してその冷房負荷を実測することで、通常の透明な複層窓ガラスと比較して30 %以上の冷房負荷低減効果があることを実証しました(図2)。

 このマグネシウム・ニッケル合金を用いた調光ミラーは、最も優れた光学特性をもつものでも透明状態で黄色みが残っていたため、他の薄膜材料の探索を行い、透明状態のときにほとんど無色で可視光透過率(※1)がマグネシウム・ニッケル合金による調光ミラーと同程度なマグネシウム・カルシウム(Mg-Ca)合金薄膜材料を開発しました(2010年8月4日産総研プレス発表)。

 透明状態と鏡状態の切り替えに対する耐久性は、光学特性に優れたマグネシウム・カルシウム合金を用いた調光ミラーでは50サイクル以下であり、最も耐久性の高いマグネシウム・ニッケル合金を用いた調光ミラーでも100サイクル程度でした。マグネシウム・ニッケル合金薄膜とパラジウム触媒層の間にバッファー層を挿入し、さらに表面に撥水性の保護層をコーティングすることで切り替えに対する耐久性が向上しましたが、それでも1,500サイクル程度(1日2回の切り替えで約4年に相当するサイクル数)であり、調光ミラーを窓ガラスに応用するには不十分でした。

 このように、透明状態における光学特性に優れ、さらに切り替えに対する耐久性が高い調光ミラーの実現に向けて、新たな薄膜材料や調光ミラーに適した構造を探索してきました。

室温を28℃に設定した際の冷房にかかる電力量の積算値の変化の図
図2 室温を28℃に設定した際の冷房にかかる電力量の積算値の変化

2.今回の成果

 今回、調光ミラー用薄膜材料として、マグネシウム・イットリウム(Mg-Y)系合金が有力であることを見いだしました。この合金を用いることで、透明状態と鏡状態の切り替えに対する耐久性が10,000サイクル以上まで飛躍的に向上しました。耐久性(切り替えることができるサイクル数)はパラジウムの膜厚に強く依存し、パラジウムの膜厚が薄くなるにしたがって急速に減少しましたが、調光ミラー薄膜層とパラジウム触媒層の間に中間層を挿入することで、パラジウム触媒層の膜厚を半分以下まで薄くしても10,000サイクル以上の耐久性を維持することができ、触媒層の厚さを薄くすることで透明状態における光学特性が向上しました。さらに、パラジウム触媒層の上に反射防止膜をコーティングすることで、光学特性が一層向上し、これまで我々が作製した中で最も光学特性に優れたマグネシウム・カルシウム合金を用いた調光ミラーに匹敵する光学特性をもつ調光ミラーの作製に成功しました。

 今回開発した調光ミラーは、マグネトロンスパッタ装置(※2)を用い、ガラス板上に金属マグネシウム、金属イットリウムなどを同時にスパッタ(※2)して、厚さ約50ナノメートル(nm)のマグネシウム・イットリウム系合金薄膜を蒸着させ、さらに真空中で極薄く中間層(厚さ約1~2 nm)とパラジウム層(厚さ約3 nm)をスパッタ・蒸着して作製しました。ガラス上の合金薄膜は、作製時は銀色の鏡状態ですが、酸素を含まず水素を含んだ雰囲気で透明に変化し、逆に水素を含まず酸素を含んだ雰囲気では鏡状態に戻ります。このマグネシウム・イットリウム系合金を用いた調光ミラーは、10,000サイクル以上の鏡状態と透明状態の切り替えに対しても、鏡状態および透明状態における透過率は繰り返しサイクル数によらず一定の値を示しており、劣化していないことが確認されました。10,000サイクルというサイクル数は、マグネシウム・ニッケル合金を用いた調光ミラーの7倍以上に相当し、1日に朝と夕方で2回の切り替えを行った場合、30年に相当するサイクル数です(図3)。この耐久性の飛躍的な向上により、調光ミラーを用いた窓ガラスをオフィスビルなどで使用するなどの実用化が期待されます。

従来の調光ミラーと今回開発した調光ミラーの切り替えに対する耐久性の比較図
図3 従来の調光ミラーと今回開発した調光ミラーの切り替えに対する耐久性の比較

反射防止膜があるときと無いときの透明状態における透過率スペクトルの比較図
図4 反射防止膜があるときと無いときの透明状態における透過率スペクトルの比較
 さらに、表面に反射防止膜をコーティングすることで、切り替えに対する耐久性は維持しつつ、透明状態における可視光透過率(Tvis)が41%から55%に向上し、無色性も向上しました(図4)。この光学特性は、これまで作製した中で最も光学特性に優れたマグネシウム・カルシウム合金を用いた調光ミラー(Tvis=60%)に匹敵することが確認されました。

3.今後の予定

 調光ミラーを窓ガラスとして使用する場合、水素ガスと酸素ガスの簡便な供給システムが必要です。今後はガス供給システムの開発に取り組み、調光ミラーを用いた窓ガラスユニットを開発します。さらに、紫外線に対する耐久性の評価などを行うことで、近い将来、オフィスビルの窓材に用いて冷房負荷を大幅に低減できるよう研究開発を進めていきます。



用語の説明

※1 可視光透過率
可視光に対する人間の目の感度を考慮した光の透過率 [参照元へ戻る]
※2 マグネトロンスパッタ装置、スパッタ
マグネトロンスパッタ法を用いて成膜を行う装置。スパッタ法とは薄膜の作製方法のひとつで、真空中にアルゴンガスを入れて放電を起こしてターゲット材料をアルゴンイオンによって叩き出し(スパッタし)、基板に堆積させる。制御された成膜ができる手法として薄膜作製に広く用いられている。マグネトロンスパッタ法はこの放電の効率をよくするため、マグネットによる磁界を利用するもので、高純度の成膜を行うことができる。[参照元へ戻る]

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