English

 

発表・掲載日:2012/03/12

酸化物光電極を用いた水分解による水素製造の世界最高効率を達成

-太陽光を用いた新しい水素製造システムの低コスト化へ-

ポイント

  • 水分解用の酸化物光電極中で最も高い太陽エネルギー変換効率(1.35%)を達成
  • 炭酸塩電解液の使用や酸化物膜の多重積層によって光電極の性能が大幅に向上
  • 水分解の電解電圧を4割以上低減でき、水分解による水素製造の低コスト化が可能に

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【研究部門長 長谷川 裕夫】太陽光エネルギー変換グループ 佐山 和弘 研究グループ長、斉藤 里英 産総研特別研究員らは、酸化物半導体光電極を用いた水分解による水素製造に関して、非常に高性能な積層光電極を開発した。炭酸塩電解液中で、この光電極を重ねて用いることにより、太陽エネルギーを水素エネルギーに変換する反応について、1.35%の太陽エネルギー変換効率を達成した。この値は従来報告されている酸化物光電極の変換効率の約2倍である。今回開発した技術は、太陽エネルギーを利用して水分解による水素製造の際の電解電圧を大幅に低減できる技術であり、将来の低コストの水素製造が期待できる。

 この技術の詳細は、2012年3月13~15日に国立大学法人 筑波大学(茨城県つくば市)で開催される第7回新エネルギー技術シンポジウムで14日に発表する。


さまざまな太陽エネルギー変換利用の技術マップの図
炭酸塩電解液中の今回開発した高性能光電極(右)と対極から発生する水素の泡(左)
太陽エネルギーを水素エネルギーに変換する光電極システム
YouTube動画はこちら

開発の社会的背景

 二酸化炭素の排出を抑えて化石資源に依存しない持続可能な社会を構築するためには、再生可能エネルギーの有効利用が不可欠である。特に再生可能エネルギーの中でも最も膨大である太陽エネルギーの利用は非常に重要であるが、その利用技術は限定されている(図1)。太陽光発電、太陽熱、バイオマスに続く第4の技術として人工光合成がある。その中でも、容易に作製できる酸化物半導体を用いた光触媒や光電極で水を直接分解して水素と酸素を製造する太陽光水素製造技術は低コストであり、将来の水素社会実現の基盤技術として活発に研究が行われている。太陽電池並みの高い効率で、植物栽培と同じようにシンプルで安価な太陽光水素製造システムが開発できれば、エネルギー問題解決に大きな貢献が期待できる。しかし、これまでに報告されている酸化物半導体光電極を用いて太陽エネルギーを水素エネルギーに変換する効率は低く(酸化物だけでは0.69%。高価な白金を複合したものでは1.1%)、高性能システムの開発が望まれていた。

さまざまな太陽エネルギー変換利用の技術マップの図
図1 さまざまな太陽エネルギー変換利用の技術マップ
光触媒-電解ハイブリッド法については2010年3月11日産総研プレス発表参照

研究の経緯

 これまで産総研では、さまざまな酸化物半導体の多孔質光電極を用いて水分解による水素製造技術の研究開発を行ってきた。酸化物半導体光電極を用いた水分解による水素製造は日本発の太陽エネルギー変換技術である。通常、電解による水の分解反応では、理論上1.23 V以上、実際には過電圧の影響で1.6 V以上の電解電圧が必要である。しかし、光電極を用いれば、低い補助電源電圧(今回の光電極では0.7 V程度であるがさらにゼロに近づけることも可能)で水を分解して水素を生成できるので水素製造の低コスト化につながる。研究開発の初期段階では酸化チタンの単結晶や高温焼結体(ペレット)が用いられてきたが、紫外線しか利用できない欠点があった。その後欧州を中心に酸化タングステン(WO3)や酸化鉄(Fe2O3)などの可視光を利用できる酸化物半導体を導電性基板上に湿式法で薄く成膜した多孔質光電極の研究が盛んになった。また、酸化物半導体はn型が多く、酸素を発生する側の電極として最適であり、塗布して空気中で焼成するだけで成膜できるので大面積化も容易である。しかし、太陽エネルギーを水素に変換する太陽エネルギー変換効率は低く、実用化には一層の変換効率の向上が必要不可欠であった。

 今回、電荷再結合抑制と光吸収増大の観点から、3種類の酸化物半導体膜を多重に積層することなどによって変換効率を大幅に向上することに成功した。

 なお、本研究は日本学術振興会の最先端・次世代研究開発支援プログラム「太陽エネルギーの化学エネルギーへの革新的変換技術の研究」(平成22年度~)の成果である。

研究の内容

 図2に酸化チタンなどn型半導体を光電極として用いた水分解による水素製造の原理を示す。光電極は対極とつながっており、通常その間に太陽電池のような補助電源を入れて用いる。光が半導体光電極に吸収されると価電子帯の電子が伝導帯に跳ね上がる(光励起)。この伝導帯の電子を補助電源の作用で対極に送り込み、対極で水を還元すれば水素が生成する。伝導帯の電子のエネルギーは高いので、補助電源の電圧が通常の水の電解電圧より低くても電子を対極へ送り込むことができる。一方、価電子帯にはその電子の抜け殻ができ、この部分に正電荷に帯電した“正孔”ができる。正孔は他の物質から電子を奪いやすい(酸化しやすい)ので、光電極側では水を酸化して酸素を発生させる。このように低電圧で水を電解できるので、太陽電池だけで水を電解して水素を製造するよりも、光電極の性能が今後ある程度向上すればシステムとして低コスト化が可能になる(図3)。500 nmまでの波長の光、または600 nmまでの波長の光をすべてこの反応に利用し、補助電源の電圧をゼロに近づければ、太陽エネルギー変換効率の理論的な限界値はそれぞれ8%または15%に達し、太陽電池と水電解を単純に組み合わせたシステムと同等の効率を、単純な光電極とより少ない太陽電池で実現できるようになる。

半導体光電極による水分解水素製造の仕組みの図
図2 半導体光電極による水分解水素製造の仕組み

半導体光電極による水分解水素製造の意義の図
図3 半導体光電極による水分解水素製造の意義

 今回、3種類の半導体を積層した構造の酸化物光電極を作製し、高濃度の炭酸塩電解液を用いて水分解による水素製造を行った。図4に今回作製した積層光電極の写真と電子顕微鏡写真を示す。この光電極は導電性ガラスを基板として、1層目に酸化タングステン(WO3)、2層目に酸化スズ(SnO2)、3層目にバナジン酸ビスマス(BiVO4)となるように積層してある。それぞれの層に対応した金属イオンを含む溶液をスピンコート法で塗布し、焼成して成膜した。この成膜法を用いることで多孔質の薄膜が作製される。BiVO4側から光を照射すると、BiVO4が520 nmまでの可視光を主に吸収する一方で、WO3は効率的な電子移動を担い、その間のSnO2は界面での電荷再結合のロスを低減すると考えられる。

 図5に今回開発した酸化物光電極の電流電圧特性を示す。3種類の半導体を積層した光電極を用いて高濃度の炭酸塩電解液中で水分解反応を進行させると、太陽エネルギー変換効率は0.85%であった。さらに、この光電極を2枚重ねて光閉じ込め構造として、同様に高濃度炭酸塩電解液中で水分解を行うと、太陽エネルギー変換効率は1.35%に向上した。これは貴金属を添加していない酸化物光電極を用いた場合の効率としては、従来報告されている最高値の2倍程度で、世界最高値である。この積層酸化物光電極を用いたシステムによって水が分解されて、水素の泡が対極から、酸素の泡が光電極から生成される。現状の材料でも水分解の電解電圧を4割以上低減でき、水分解による水素製造の低コスト化につながる。

積層光電極の写真(左)と電子顕微鏡写真(右)
図4 積層光電極の写真(左)、電子顕微鏡写真(右)

光電極の電流電圧特性図
図5 光電極の電流電圧特性
光のエネルギーを用いて小さな電解電圧で水を分解できる

今後の予定

 光電極の太陽エネルギー変換効率を向上させるには、光電流を増大させつつ、補助電源電圧をさらに低下させる必要があり、より長波長の可視光を十分に利用できる、伝導帯準位が負に大きい、電荷分離効率が高いという3つの特徴を持つ半導体の開発が重要である。そのため、産総研では無数にある複合材料やその組み合わせの中から短時間で有望な半導体や最適な多層膜構造を自動探索できるロボットシステムを独自に開発して高速スクリーニングを行っている。また、材料探索とともに光電極調製法を改良して太陽エネルギー変換効率を向上させていく。さらに高濃度炭酸塩は、炭酸イオンが酸化還元を繰り返して触媒のように水分解反応を促進していると考えられるが、その詳細なメカニズムを解明し、水分解システムの高効率化につなげたい。


用語の説明

◆半導体光電極

板状や膜状の半導体に導線を接続して電極化したもの。光に応答した光電流が導線を流れる。太陽電池としても利用できるが、通常の半導体光電極では光エネルギーによる電流で酸化還元反応を進行させて化学エネルギーに変換して取り出す。1972年に酸化チタン単結晶半導体を用いた水分解反応がNature誌に発表されて以来、太陽エネルギー変換の新しい研究分野として注目され発展してきている。その原理は発表者の名前をとって本多-藤嶋効果と呼ばれる。この原理が発展して光触媒の研究の進歩に結びついている。
光電極の半導体材料は大きく酸化物系と非酸化物系に大別される。調製が単純な酸化物系では1990年代に入り導電性ガラス上にナノ構造の多孔質半導体薄膜を湿式成膜すると性能が向上する効果が見出され、欧州を中心に研究が加速していた。導電性ガラス上の個々のナノ微粒子中で電荷分離する原理は光触媒と同様であり、見た目も光触媒粉末を成膜した形状と同様なので光触媒電極とも呼ばれる。[参照元へ戻る]

◆太陽エネルギー変換効率

入射した太陽エネルギーに対して、変換して利用できるエネルギーの割合を示す。太陽電池では電力として10~20%程度になる。バイオマスの場合は、年間の太陽エネルギー総量に対して、年間で収穫された作物の乾燥物(糖やセルロースなど)から計算した蓄積エネルギーの割合を示す。バイオエタノール原料のスイッチグラスやトウモロコシで0.2~0.8%、藻類のスピルリナやクロレラで0.5~2%といわれている。産総研は鉄イオンのような酸化還元媒体を用いた粉末光触媒では水分解および鉄イオン反応に蓄積された太陽エネルギー変換効率として0.3%の世界最高値を報告(2010年3月11日産総研プレス発表)している。水分解水素製造の場合は水素として変換したエネルギーの割合である。光電極の水分解の場合は太陽エネルギーに加えて電気エネルギーも使っているので、投入した電気エネルギー分を差し引いて計算する。
太陽エネルギー変換効率 =([発生した水素の持つエネルギー] - [投入した電気エネルギー])
÷光電極に入射した疑似太陽光のエネルギー
今回開発した光電極では、発生した水素の持つエネルギーの内の約4割が太陽エネルギーから、6割が電気エネルギーから来ている。[参照元へ戻る]

◆人工光合成
広義としては、光合成の仕組みを理解してそれを一部模倣することであるが、各分野でさまざまな意味で使われているので定義がまだ不明確である。目的指向の定義としては、太陽エネルギーを用いて低エネルギー物質(水、炭酸ガス、窒素、Fe3+イオンなど)を高エネルギー物質(水素、炭化水素、アンモニア、Fe2+イオンなど)に変換して化学エネルギーとして蓄積する技術といえる。光エネルギーを変換する形態としては、葉緑素と同様の金属錯体や有機色素、半導体を用いた粉末光触媒や板状の光電極、およびそれらと電子リレーである酸化還元媒体との組み合わせなどがある。 [参照元へ戻る]
◆過電圧
電気化学的な反応では理論上反応が進行する電位よりもさらに大きな電位をかけないと実験的には反応が進行しない場合がある。その過大な電位差を過電圧と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆スピンコート法
溶液を基板上に滴下し、その基板を高速回転させることで溶媒を除去し、薄膜を形成させる方法。[参照元へ戻る]

関連記事


お問い合わせ

お問い合わせフォーム

▲ ページトップへ