今回、大腸菌に感染するQβウイルス由来のβ-サブユニット(RNA合成酵素に相当)と、宿主由来の2つの翻訳因子との三者複合体の構造解析および機能解析により、複合体形成やRNA合成における翻訳因子の役割の分子的基盤が明らかになった。今後、ウイルスのRNAゲノム複製を担う複合体の形成を阻害することによる新たな抗ウイルス薬の開発につながるものと期待される。
本研究は独立行政法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「RNAと生体機能」【研究総括 微生物化学研究所長 野本 明男】研究領域における研究課題「RNA末端合成プロセス装置の分子基盤」【研究者 富田 耕造】の一環として行われた。また、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)基盤研究A、文部科学省 特定領域研究公募研究からの研究費補助金による支援も受けている。本成果は、2010年8月23日(米国東部時間)に、米国科学アカデミー紀要(PNAS)にオンライン掲載される。
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図1 ウイルス由来のβ-サブユニット(緑)と宿主由来の翻訳因子(赤、青)との複合体の構造 右図は左図を90度回転させたもの |
1)Qβウイルス由来のβサブユニットと翻訳因子EF-Tu、EF-Tsとの複合体はボートのような形をしており、β-サブユニットと翻訳因子EF-Tu、EF-Tsとは1:1:1の比率で、主に疎水的な相互作用で複合体が形成されていた(図2、3)。
2)β-サブユニットは通常のウイルス由来のRNAを鋳型として用いるRNA合成酵素と同様に、サム、パーム、フィンガーの3つのドメインからなる構造をしていた(図3)。
3)翻訳因子EF-TuとEF-Tsは強固な複合体を形成し、EF-Tuのドメイン2と呼ばれる領域はβ-サブユニットのフィンガー領域、EF-Tsのコイルド−コイルドメインと呼ばれる領域はβ-サブユニットのサムドメインと疎水的な相互作用をしており、これら翻訳因子とβ-サブユニットとの相互作用によって、RNA合成複合体のRNA合成触媒中心構造が維持されていた(図3)。
4)翻訳因子との相互作用を破壊すると、β-サブユニットとの複合体形成が阻害され、また、β-サブユニットの発現も著しく抑えられることが示された。
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図2 Qβウイルス由来のβ-サブユニット(緑)と翻訳因子EF-Tu(赤)、EF-Ts(青)との複合体の構造。リボンモデル(A)、サーフェスモデル(B)。右図は左図を90度回転させたもの。複合体がボート形をしていることが分かる。 |
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図3 Qβウイルス由来のβ-サブユニットと翻訳因子EF-Tu、EF-Tsとの相互作用。主にI、II、IIIの三箇所で相互作用し、EF-Tuのドメイン2、3はそれぞれβ-サブユニットのフィンガードメイン、サムドメインと、EF-Tsのコイルド−コイルドメインはβ-サブユニットのサムドメインと疎水的相互作用をする。 |
5)複合体の構造中に鋳型RNAおよび基質であるリボヌクレオチドが入っていく、RNA合成触媒中心へと通じるトンネルをそれぞれ同定した(図4)。
6)複合体の構造中への鋳型RNA、それに相補的な合成されたRNAの二本鎖RNAの結合モデルから、RNA合成伸長過程において、鋳型と合成されたRNAからなる二本鎖RNAは複合体中のEF-Tu、EF-Tsの方向へ伸長することが示された(図4)。
7)ウイルスゲノムRNAの効率的な複製、転写には、鋳型と合成されたRNAからなる二本鎖RNAの構造を変化させる必要があり、複合体中のEF-Tu、EF-Tsは、二本鎖RNAをほどく機能があることが示唆された。
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図4 QβウイルスRNA合成酵素複合体中の基質トンネル、およびQβウイルスRNA合成酵素複合体中への鋳型RNAと合成されたRNAの結合モデル。合成されたRNAと鋳型RNAの二本鎖RNAは複合体中のEF-Tu、EF-Tsの方向へ伸長していく。 |
以上の結果から、ウイルス由来のRNA合成酵素の機能発現において、宿主由来の翻訳因子はRNA合成触媒中心構造を維持するために必要なタンパク質シャペロンとして働いていることを提唱した。さらに、RNA合成伸長モデルから、翻訳因子はウイルスRNAゲノムの合成伸長反応を効率よく行うために、鋳型RNAと合成されたRNAの二本鎖RNAをほどいてRNAの構造を変化させる新機能を有していることをも提唱した。
なお、本研究で明らかになった複合体の構造は、世界で初めてのウイルス由来のRNA合成酵素と宿主タンパク質との複合体の構造であると同時に、翻訳因子が翻訳サイクル以外の過程で機能する様子を捉えたものでもある。また、ウイルスの感染細胞での増殖は宿主のタンパク質に依存しているが、今回、明らかになった分子的基盤により、ウイルス由来のRNA合成酵素と宿主由来のタンパク質との複合体形成を阻害することによって、ウイルスの増殖を阻害することが可能な新たな抗ウイルス薬の開発が期待される。
独立行政法人 産業技術総合研究所 広報部 報道室